「彼はデラックステレビのツネキさんで、ずっと『あたまがあがりません』の特殊効果をしているんですよ」


 だが木根が狼狽したのは一瞬のことで、すぐに平静を取り戻して話し始めた。それを聞くと金岡はすぐに相好を崩した。金岡の部下たちも警戒を解いていた。一瞬沸き上がった根津への疑いはすぐに解けたらしい。

根津は笑顔で金岡に会釈するだけで精いっぱいだった。その時は金岡を見習ってできるだけ胡散臭い笑みになるように注意した。

 根津は根津で白いシャツに、カーディガンを背中にかけて襟を胸の前で結んでいた。カーディガンは首の爆弾を隠すためだが、それ以外はステレオタイプな業界人の格好だった。それに加えて薄く灰色が入った眼鏡をかけている。味付けが濃すぎて変装にならないと根津は不安だったが、これでもまだ平常の範囲らしく、そのことには金岡をはじめとして誰も疑いの目を持たなかった。


「道理でププが興奮するわけだ。こいつは爆発物探知犬なんだよ」


 ププと呼ばれたチワワを抱き上げながら金岡がつぶやいていた。その間のププはしきりに根津に向かって吼えている。金岡が立ち上がりププの鼻が根津の首辺りを通り過ぎるときひと際大きく吼えた気がしたが、根津以外は誰も気づいていないようだった。


「頭のいいワンちゃんですね。仕込みの爆弾を教えちゃうから、うちの番組は出禁かなあ」


 根津がとぼけて言うと、金岡たちがカエルの合唱のような笑い声をあげた。

 チワワは悪さを際立たせるためのただの装飾品と言うわけではないらしい。身を守るための道具をしたたかに携える金岡の用心深さに、根津はより一層気を引き締めることとなった。

 それは住井も同様らしく、彼女は青い顔をして息を飲んでいた。


「長年火薬は扱ってきましたが、ピストルは初めてなんですよ。なので今日は楽しみです」


 根津はへりくだるように言いながら金岡の手を握った。ププが再び火がついたように吠え出して、金岡がそれをどうにか落とさないようにと格闘していた。その隙に根津が金岡のポケットに手を伸ばした。薄い感触を逃さずに掴むと、瞬時にポケットから取り出して手の平で周りから隠す。護衛の組員はおろか、金岡すらププを抱えるのに必死で気づいていない。

 勝ち誇った笑みを浮かべ、住井に目で合図をする。だが苦い顔をしていた住井は根津の意図が分からず首を傾げていた。


「それじゃあ早速」


 金岡の合図で倉庫に案内される。入口の鍵が開けられて、重厚な扉を部下たちが横に滑らしていく。

 見張りに禿頭の部下1人を外に残してすぐに扉が閉められた。電気が端から順番に灯っていき、この地域の裏を支配する房緑組が秘匿してきた倉庫の内部が明らかになる。

 埃っぽい匂いが漂っているが、黴臭さはない。倉庫の中には、いくつもの棚や箱が積み上げられていた。何も言われなければ普通の倉庫と変わらない。だが火薬がギッシリと収められた倉庫の空気を敏感に感じ取ったのか、ププは今までにないほど金岡の腕の中で暴れていた。

 拳銃はこの辺だよ、と言いながら金岡が内部を案内した。彼は衣料ケースが詰められた棚の前で足を止めた。ププを床に下ろしてから、その一つを取り出して箱を開けた。中には黒々と光る拳銃がきれいに納められていた。

 わあ、と住井が嘘みたいな声を上げて驚いて見せる。本当に嘘なのだから仕方がないが、驚いたことにこの場では誰も疑っていない。金岡に至っては、泥団子のコレクションを自慢するみたいに幼い笑みを浮かべていた。


「マフィア役ならトカレフがいいんじゃないかな」


 金岡は同じような黒鉄が並ぶ中で迷うことなく1丁抜き取った。

 あとはタイミングを見極めるだけ。根津がそう思った矢先、彼の背後を素早い足音が近づいて来るのに気付いた。根津は咄嗟に振り返った。自由を手に入れたププが野性の本能に従って、根津の首めがけて飛び上がった。

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