偽装作戦

 日付が変わろうとしている一日ついたち港には根津と住井と木根の三人しかいなかった。波の音が人気のなさを余計に感じさせる。そもそも夜間に人が活動することを想定されていないのか、電灯はまばらにしかついていなかった。

 木根は房緑組総長の金岡の電話番号を知っていた。芸能界と裏社会のつながりと言うのは定期的にすっぱ抜かれることを知っていても、根津は驚かずにはいられなかった。

 次に出演する映画の役作りのために本物の拳銃を撃たせてほしい。木根は挨拶もそこそこに、そう頼み込んだ。そして驚いたことに、金岡はその頼みを二つ返事で了承した。

 23時半に港の倉庫に来るように指示され、3人は金岡たちを待っていた。

 自由に吹き付ける風が煩わしく、彼らは自然に倉庫の壁に身を寄せていた。


「こんなことに巻き込んでしまってすまなかった」


 神妙な面持ちで根津が言った。隣で住井も静かに頭を下げた。本当だよ、と木根が腰に手を当てて二人の前で仁王立ちの姿勢をとった。


「本来なら演技の仕事は事前に事務所を通してもらわないといけないんだ」


 しかめっ面を浮かべながら木根はとぼけて見せた。


「そういうわけじゃ……」


 言いかけた根津は、木根に手で制されて口を閉じた。


「トンネルで抜いた銃は、ここでは絶対にしまっておいたほうがいい」

「もちろんだ。俺たちで銃を抜かせない状況を作っておいて、そんな真似はしないよ」

「それもそうだが――」


 木根は物分かりの悪い2人に若干の苛立ちを覚えたのか、根津の言葉に被せてそう言った。


「――きっと偽物だって見抜かれる」


 根津は偽造を言い当てられて絶句した。トンネルでも木根は本当に拳銃に怯えているように見えた。


「ハリウッド御用達のモデルガンよ」


 住井が目を丸くして言った。


「だからだよ」


 木根がすぐにそう言った。


「拳銃に詳しいだけじゃわからないが、あいつらは映画興行にも一枚嚙んでいて、特に金岡の親父は小道具にも詳しいんだ」

「一昨日、金岡の生前葬で揉めていたのも映画関連?」


 住井が訳知り顔で尋ねた。

その言葉で根津も一昨日の葬儀で古節と揉めていた男がいたことを思い出した。改めて木根の顔を見てみると、確かに古節に胸倉をつかまれても平然としていたあの男にそっくりだった。


「ある映画のマフィア役をねじ込んできたんだ。俺には拒否権も与えられなかった。若い頃世話になったことは確かだが、いい加減あいつらの言った通りの仕事をするのがバカらしくなってね。だから俺も房緑組には用があるわけ」


 木根はそう言って自嘲気味に笑った。

 23時30分、指定された倉庫の前に1台のベンツが停車した。根津と住井、そして木根は、まるで警察に包囲された犯罪者のようにベンツのヘッドライトに照らされた。

 根津は手で光を遮りながらベンツの中を見定めようした。だが強い光を当てられていては、暗い車内はよく見えなかった。

 ジェルで頭髪を湿らせた若い男が助手席側から降りてくると、素早い手つきで後部座席のドアを開けた。身なりに似合わないホテルマンのような振る舞いだった。根津はその様子を固唾をのんで見守っていた。


「やあ木根さん、考え直してくださったようで」


 車から降りてきた男は慇懃に言いながら、胡散臭さを丸出しにして笑った。房緑組総長の金岡だった。

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