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車内に根津と住井、2人分の笑い声が轟く。男の必死さが余計に笑いを誘った。
「何を今さら見え透いた嘘をついているんだ。ここにしっかり書いてあるじゃないか――」
根津は署長のタスキを指でなぞりながら呆れた笑いを浮かべる。
「――
「違う、俺は『
根津が言い終わらないうちに叫ぶ。根津は空いた口がふさがらなかった。ついでに、彼、一日警察署長役の男の口をガムテープでふさぐことも忘れていた。
住井が恐る恐るミラーを覗き込んだ。そこにはターゲットの署長とは全く違う、地味だが小ぎれいな雰囲気の男が座っていた。どこかで既視感のある顔だった。住井はふと、街で見かけたポスターを思い出した。
「この人署長じゃないわよ、
住井に言われて、根津も目の前の男に気づいた。そこで署長の格好をしていたのは、映画によく出ている俳優の男だった。失敗を悟った根津は、首の爆弾の重みに引っ張られて力なく座席に倒れ込んだ。
「なんでそんな男を連れてくるのよ。タスキで気づかなかったわけ?」
運転席から首を回した住井が目を剥いた。木根の肩には両端を赤く染められたタスキが掛けられている。そこに「一日警察署長」と安っぽい字体で書かれていた。
根津は茫然としたまま口だけを動かし始めた。
「ヨーロッパの王侯貴族だってタスキを掛けて風格を漂わせているじゃないか」
「これはそんなのとは全然違うじゃない。こんな男を誘拐してきてこれからどうするつもりなのよ」
住井が丸みを帯びた字体で書かれた「一日警察署長」の文字を顎で指した。だが根津と木根は住井の肩越しにフロントガラスの方を見ていた。道を外れたマーチが、ガードレールへ突っ込もうとしていた。根津が慌てて体を起こした。
「ブレーキを掛けろ」「前、前」
2人が叫んだのはほとんど同時だった。住井は根津に言われた通り慌ててブレーキを踏み込んだ。
間一髪のところでマーチが停車する。住井はハンドルを握りしめて目を瞑っていた。衝撃に備えて首を丸めていたが、急停止の加速度以降は静かなままだった。彼女はゆっくりと顔を上げて目を開いた。ガードレールの向こうには奈落がぽっかりと広がっていた。
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