03 騎士隊の演習を見学してみたら
(なんだか、学院とはちがったかんじでヒソヒソされている気がする)
コーデリアは自問した。
なにか問題を起こしただろうか? やはり従姉主催の茶会での振る舞いがよろしくなかったのかもしれない。
およそ社交界とは縁のなかったコーデリアは、不用意にしゃべらないことを心がけた。
これでも辺境伯領の娘。言質を取られることは避けたほうがいいと考え、慎重に言葉を選んだ。自分なりにかなり頑張ったと思う。
その結果が「寡黙でおしとやかなご令嬢」という評価になっていたとしても、故郷で兵士たちによく言われる『見かけ倒し(いろんな意味で)』よりはマシだろう。たぶん。
失敗したかなと思わなくもないが、従姉は「あれでいい」と言ってくれたし、それまであまり会話のなかった学友と話をすることもできた。
彼女たちは下級貴族の出で、こんな高位貴族まみれの茶会に参加する機会はないという。場の空気になじめず小さくなっていたところ、微笑みながら嫌味の言葉をスルーしているコーデリアに憧憬を抱いたという。
その後、動じないコーデリアに飽いた令嬢たちが別の話題に花を咲かせているなか、ひたすらお菓子を堪能している姿に気づいたらしく、話しかけてきてくれたのだ。食い意地が張っていてよかったと思った。
セルリアがコーデリアたちのために小さなテーブルを整えてくれ、場を移してスイーツ三昧。王都の美味しいグルメ情報を教えてもらったりもした。
学院卒業までもうすこし時間があるが、残りの学院生活は楽しいものになるかもしれない。
それは、とてもうれしいことだった。
◇
祝祭期間もすでに五日が過ぎ、残す大きなイベントは最終日の舞踏会のみ。未婚の男女にとってはメインイベントで、パートナーを誰にするのか、水面下での競争が激化している、らしい。
コーデリアはやはりひとりぼっちで、男性からのアプローチはない。
見られていることはあるが、それはこれまでの変わりのない『珍しいものを見る目つき』であり、色めいたものではないのだ。もっとも、コーデリアにはその『色』自体に縁がないため、それがどんなものなのかわからないのだが。
けれど、王太子が従姉を見るまなざしや、両親が互いを見つめる瞳が、それに準ずるものだと思っている。
ならば、コーデリアに向けられているのはまったく違うものだと判断できた。
王宮の庭を歩きながら考えていると、どこからか集団の声が聞こえた。
声に混じって響くのは剣戟の音。
そういえば王宮騎士隊の馬場が併設されており、演習場も広いと聞く。辺境伯領で働く兵士のなかには、かつて王宮騎士隊に所属していた者もおり、話を聞いたことがあるのだ。
学校では女子に剣の授業は当然なくて、野蛮だと毛嫌いする女生徒も多かった。
危険を回避するため区画は分けられ、せいぜい試合を見学する程度。授業の一環でおこなわれる模擬試合は、なんというかおざなりで、上位者にへりくだる姿勢も垣間見れた。
男爵子息がどんなに強くとも、公爵令息に勝つわけにはいかない。
そういうことだ。まったくつまらないものである。
しかしここは王宮。成人男子による王宮騎士隊。大勢の要人が滞在する期間、警備の壁も厚くなっているはず。実戦さながらの演習だってしているに違いない。
コーデリアはそちらに足を向けた。
◇
簡易的な闘技場を兼ねているのであろう演習場。円の中心部にある広場に男性騎士の集団が見えた。
彼らをぐるりと囲むように見学席が設けられており、そこには予想外に女性の姿が多い。
野蛮だなんだと眉をひそめていた学院のご令嬢らの姿も見られ、コーデリアは首を傾げたが、漏れてきた「〇〇さま、素敵」の声に納得する。
(そのひとが誰だかは知らないけど、やはり剣を持って戦う姿は素敵よね、わかるわ!)
ひとだかりを避け、端のほうから演習場を見下ろす。
彼女たちが黄色い声をあげている先はすぐにわかった。なよっとしたかんじの美男子が手を挙げて声に応えている。あのひとが、なんとかさま、だろう。
「……えー、でもなんか弱そう」
思わず呟いてしまうと、誰かが噴き出して笑った。
ちょうど近くを通ったらしい大柄な男がコーデリアを見上げ、口許を吊り上げる。
「手厳しいな、さすがお嬢」
「あらまあ、誰かと思えばグレッグじゃないの。どうしてあなたがここにいるの?」
「立太子の記念式典だからな。警備の応援要請があって、
グレッグはコーデリアの実家で国境警備を担っている男のひとり。幼いころから可愛がってもらっている馴染みの者である。
彼のくちから幾人か既知の名が挙がり、コーデリアの顔がほころぶ。こうして王宮に招かれるということは、彼らのちからが認められているということ。身内として誇らしい気分でいっぱいだ。
「お嬢にそう言ってもらえるほうが、俺たちにとって誇らしいことだよ」
「みんなの誇りになれるほど、わたしは人格者じゃないのよ。だってなんだかすっごく疎まれているの。ほら、いまだって女の子たちが嫌悪の目で見てくるし、あちらの騎士さまたちも『なんだあの女』って目で見てるわ、すっごく見てくるわ、ジロジロ見てくるわ。ねえグレッグ、わたしの恰好おかしいのかしら、やっぱり根っこが田舎者だから、ドレスとか似合ってないのよ。学院は制服があって本当に助かってるわ」
やがて一人の男が近づいてきた。帰れと注意されるのかと身構えていると、それが見知った男であることに気づき、コーデリアは胸をなでおろす。緊張していたぶん体の強張りが解け、頬がゆるむ。
そんなコーデリアの表情を見た男はカッと目を見開き、次いで不機嫌そうな顔つきとなった。
「帰れよ」
「あらやだ、本当に帰れって言われたわ。ひどいじゃないハディ、何年ぶりかに顔を合わせたと思ったら、会話もなく即終了なんて」
「ハディはやめろ、コーデリア嬢」
「ねえねえハディ。初日に遠目から姿を見たときも思ったけれど、立派になったわね。すごく驚いたわ。あなたは気づいていなかったかもしれないけど、じつはね、わたしもあのホールにいたのよ」
「聞けよ、コーデリア嬢」
「あのねハディ」
「だから、俺の話をちょっとは聞けよ、相変わらずマイペースだなコーディは」
「まあ、俺ですって。聞いたグレッグ、ハディが『俺』って言ったわ、昔は僕だったのに。大きくなってしまったのね、なんだか寂しいわ」
「お、ま、え、と、い、う、や、つ、は」
歯ぎしりでもしそうにくちを引き結んだハドウィック。
隣で応酬を聞いていたグレッグが、そこで堪えきれずに笑い出した。その大きな声は衆目を集め、なにか問題でもあったのかと他の騎士たちも近づいてくる。
「レディ、なにか問題が?」
「いえ、とくになにもございませんが」
まっさきに声をかけてきたのは、さきほど令嬢たちが注目していた美青年である。艶やかな金髪をゆるく結わえ、土汚れひとつない簡易的な胸当てをつけている。
長身で細身、柔らかな空気をまとった優男は、己をナサニエルと名乗った。続く家名は侯爵家のもの。彼は三男らしい。
家を継がない男子が騎士隊へ所属するのはよくあること。
籍を置いてはいるが名ばかりの役職に就くこともあると聞いたことがあり、おそらくこの男もそういったタイプだろうとコーデリアは考えた。
実力もないのに王宮騎士の役職付きなんておかしいのでは?
幼いころ、疑問をくちにしたコーデリアに「それが政治だ」と父は言っていた。
それらは悪いことばかりではない。
まず資金ぐりの問題。実家から金を引き出してくれる。
次に知名度の問題。名を知られているということは、そうそう悪いことはできないということ。なにか問題を起こしたとしてもきちんと対処してくれる保障があるし、もともと煙たい家であれば、いい機会だから実家ごと粛清することもできる。戦力は二の次なのだ。
(だって見るからに実戦経験なさそう。使ったことあるのかしら、あの装備)
腰にぶら下げた剣の鞘が陽光に輝く。似たような眩しさで微笑んだ貴公子の顔に、遠くから歓声があがった。それを当然のように受け、優男はハドウィックに向かう。
「ハドウィック殿下、我が国の令嬢に無礼な振る舞いはご遠慮いただきたく存じます」
「俺が彼女に無礼をしたと言うのか」
「いえ、まさかそのような。しかし、このように可憐でか弱い女性にとって、殿下のような鋭い顔つきの騎士が近くにあるのは、恐怖を感じるものです」
「え……」
思わず声が漏れ、コーデリアはあわてて扇で口許を覆った。ナサニエルは優雅な笑みを浮かべ、胸に手を当てて軽く礼を執る。
「わたくしめにおまかせください、レディ・コーデリア」
「はあ」
なにを任せるのだろう。そんなことよりコーデリアはハドウィックと話がしたいのに。
「か弱い? こいつが?」
ハドウィックが鼻で笑い、コーデリアを指さす。
本当に幼いころの影が見当たらない、いつのまにこんなに不遜な男になったのだろう。とても偉そう、上から目線このうえない。だが。
「まあ、そういえば王子さまですものね」
「なんだその言い草は」
「いえ、なんだかとっても偉そうだなって思ったけど、そういえばとても地位が高いのだったわって。イベラ国の評判、こちらにまで届いているわよ」
簒奪者であるかつての家臣を討ち取ったハドウィックの父はもとより、その息子であるハドウィックもまた数々の将をねじ伏せたと伝え聞く。
泣き虫ながらも剣を取り、懸命に腕を磨いている姿をコーデリアは憶えている。それはグレッグもそうだろう。なんだか感慨深そうな顔をしていて、コーデリアは不意に泣きそうになった。
無事でよかったと、いまさらながらに気づいたからだ。
本当に、本当に、生きていてくれてよかった。
こうして会えて、言葉を交わすことができて、本当にうれしい。
こみあげてきた涙をこらえて俯いてしまった姿をどう捉えたか、ナサニエルがずいと一歩踏み出して、ハドウィックとコーデリアのあいだに割って入った。
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