02 王太子妃のお茶会に参加しましょう
茶会の席は、従姉の隣だった。
ゆったり波打ったブロンドの髪を背中に流し、流行の最先端デザインのドレスを着たセルリアは、見れば見るほど美しい。以前から美人だったけれど、この滲み出る色香はやはり王太子とのロマンスゆえのことだろうか。
「なるほど、これが人妻の色気なのね」
「コーディ、そういった言い回しはあまり大きな声で言わないほうがよくてよ」
「そうなの? 褒め言葉なのに」
「……褒め言葉ではないと思うのだけれど」
貴女の周囲にいる殿方は、血の気の多い兵士ばかりですものねえ……。
若干呆れたように呟く従姉に、コーデリアは肩を落とす。「姉さまは学院であまりしゃべらないほうがいいと思うよ」という弟のレグラットの言葉は、そういう意味を含んでいたのだろうか。
「やっぱりわたし、おかしいのよね。だから全然声をかけられないし、遠巻きにされてヒソヒソされて、用があるのかしら? って思って話しかけても女の子たちに悲鳴をあげて逃げられちゃうんだわ」
ため息をつくコーデリア。セルリアは問いかける。
「逃げられるの?」
「うん、そうなの。レグには、姉さまは黙っておけばいいよって言われたけど、その結果がこれなら、もっと普通にしておけばよかったんじゃないかしら。まあ、いまさら後悔しても遅いんだけど」
「殿方にはどうだったの?」
「女の子とは違ったかんじで避けられてたかなあ」
「あら、どんなふうに?」
「えっとね、以前にも相談したかもしれないけど、誰かが声をかけてくれようとしたら周囲がみんな止めるのよ。話をするときは、いつも相手は複数人。わたし、そんなに怖いかしら。たしかにね、彼らは体が細くて筋肉もあんまりついていないかんじで、弱そうだなっていうか、剣の試合を見ていたら、わたしのほうが強そうだなって思っちゃったりもしたけど、そういうの態度に出ていたのかしら」
コーデリアはさらに消沈したようすで肩を落としたが、セルリアはどう答えを返すべきか悩んでしまった。
それはおそらく、コーデリアに対して『抜け駆け禁止協定』のようなものがあり、あるいは一対一で話をすることに対する緊張であったりしたのだろう。思春期真っ只中の少年たちは、この愛らしい美少女にどう対応していいのかわからなかったのだ。中身はすごく残念なのに。
「でもね、昨日の夜会では嘘みたいに話しかけてきたのよ。いままでなんだったのかしらってぐらい」
「あら、そうなの」
卒業を前にして枷がなくなり、早いもの勝ちのような思考に切り替わったのだろう。
それはそれで心配ね、とセルリアは思う。なまじ美少女すぎたおかげで恋愛に縁がなかった従妹が、変な男に捕まってしまわないか大変に心配である。
ため息をつきながら思い出すのは、婚約者であるアレニウス殿下の言葉だ。
ドラコ将軍の娘、コーデリア嬢には想う相手がいるのかどうか、君は知っているかい?
そんなふうに問われたのは、記念式典の準備をしていたときだった。
招待客のリストに目を通し、国外から訪れる名だたる来賓客に目をくらませていたセルリアは首を傾げざるを得なかった。
従妹はとても美人。白百合の姫といえば、誰もが「ああ、あの」と名を挙げるほど、知られた存在だ。年齢差もあり、アレニウスの婚約者候補には挙がらなかった。何故いまさらそんなことを訊いてくるのか。
「言っておくが、私の愛妾として考えているというわけではないよ」
「それはわかっております。殿下はそのようなことができるほど器用ではありませんもの」
「器用不器用の問題ではない。そこは『私が愛する者はセルリアひとりだけだ』と認識しておいてほしいのだが?」
いらずらめいた笑みを浮かべ、己を引き寄せるアレニウスに苦笑しながら、セルリアは彼の胸を押し返す。
「仕事中でございますわよ殿下。それで、コーディのことですが、なにをなさりたいのです? もしや弟殿下のお相手ですか? たしかに年回りはよいかと思いますが」
「違う。内々のことではあるが、彼女に対して正式に婚約を申し込みたいという話があってね」
「まあ、どなたですの?」
「イベラのハドウィック殿下だ」
そこに驚きはなかった。
内乱が起き、亡命してきた幼い王子をドラコ辺境伯が預かっていたことは、セルリアも憶えている。コーデリアが無邪気に「おともだちができたのよ」と紹介してくれた。
我が国では珍しい黒い髪をした、どこか遠慮がちな空気を持った男の子は、野生児じみたコーデリアに引きずられるままに野を駆け、兵士たちに揉まれ、次第に笑顔を取り戻し元気になっていった。
コーデリアがハドウィックに抱いていたのは友情であり、あるいはもうすこし踏み込んだ親愛の情だったと思うけれど、たったひとり異国で暮らすことになった王子にとっては、より大きな感情として残っていても不思議ではない。
「コーデリアから恋愛の相談を受けたことはありませんわね。あの子は、そういったことに疎いですし、興味も薄いというか。特定の殿方の話は聞いたことがありません」
「ならば、問題なかろう。あとはドラコ将軍に任せるとしよう」
ずっと不安定だった隣国。ようやく本来の王族が上に立ち、ゼフロとしても彼の国と親交が深まるのは今後のためにもよいことだ。
国家間の友好として、王族ないしは高位貴族の婚姻はよくあること。
亡命した王子が、幼少期にこころを交わした異国の姫を想い続け、国を取り戻したあとで妻に迎える。さながら戯曲のようなロマンスは民の心象もよいことだろう。
「なんだか打算的ですわね」
「これは、国家というくくりでみたときの考え。悪く思わないでくれ。ハドウィック殿下の御心を笑うつもりは勿論ないよ。友として、応援もしている」
「だからコーディに想い人がいるのかどうかを確認なされた、ということですのね」
「私とて、女性に無理を強いるつもりはないよ」
「それを聞いて安心いたしました。ですが、あの子が嫌だと言えば、わたくしは殿下方の敵にまわりますわよ」
「ああ、かまわない」
(ここでハドウィック殿下の話を出すこともできるけれど、御本人がまだなにもおっしゃっていない状態でわたくしが言うのも、おかしな話ですわよね)
小さかった男の子は、凛々しく雄々しい青年に成長していた。
男は筋力、強くなければ生き残れない。
そんな世界で暮らしていたコーデリアにとって、高位貴族の男性よりは、戦いを知っているハドウィックのほうが合っているように思うし、これはもう『なるようになる』しかないだろう。
ちいさく笑って、セルリアは紅茶を飲む。テーブルに置かれた焼き菓子をコーデリアに勧めると、瞳を輝かせて手を伸ばした。
コーデリアの生まれたドラコ領は、まあなんというか田舎で。普段はのどかな土地である。隣国イベラで内乱が起こり、王が地位を追われる事態が発生したが、領内はさほど荒れず、むしろこれを契機として経済をうまくまわしていた。
侵攻してきた隣国の兵士も居ただろうが、それらを制圧したのはドラコ領が有する国境警備隊。
そちらの問題はそちらで解決せよ、我々は関与しない。しかし、兵を向けるというのであれば、国として対処する。
隣国へは立ち入らず、あくまでも国境を越えた場合にのみ対応する姿勢を貫いた。
また、流れこむ難民問題を自領だけで解決することはせず、彼らの声を聞き、適切な他領地へ案内もしていた。
辺境伯は度胸も度量も大きな傑物だ。幼い王子の亡命先に選ばれたということは、それだけ信用されていた証左でもあるだろう。
そんな地でのんびり育ったコーデリアは、あまり王都へ出ることもなかったこともあり、セルリアが都から持ち込む菓子をとても喜んでくれていた。彼女とて女の子。甘いものは好きなのだ。
セルリアが王太子妃として
王宮の料理人がつくった菓子は、味だけではなく見た目もまた素晴らしい。
コーデリアはセルリアに勧められるままにそれらを手にとるが、参加している令嬢たちは、菓子よりも会話に重きを置いているらしい。その会話も、どこそこの誰かと誰かが仲違いをしているらしいとか、こんなことをしていたらしいとか、どれも伝聞の形をとった悪い噂話。それらを「あらまあ」と非難しながら喜色を滲ませた声をあげているのだから、どうにも居心地が悪い。
(お茶会って、こんなものだったかしら?)
子どものころに、ごくたまに参加していたものとは雰囲気が違う。注がれた新しいお茶を飲みながら、コーデリアは独りごつ。
ドラコ家は「言いたいことは、誤解のないようはっきりと伝える」ことが家訓である。それゆえ遠回しの嫌味には慣れていない。セルリアの隣に陣取っているおとなしそうな自分は、上昇志向の強い令嬢たちにとってはさぞかし邪魔な存在だろう。
我が家は辺境伯を賜ってはいるが、コーデリア自身は己を高く見ることはない。父はともかくとして、自分は社交も満足にこなせない田舎娘だ。
彼女たちは扇で口許を隠し、やわらかながらもチクリと言葉の棘を向けてくる。
面倒だなとコーデリアは思ったけれど、ここで言い返してしまえば従姉に迷惑がかかってしまうだろうことはわかった。「姉さま、おしゃべり禁止ですよ!」と脳内の弟も言っている。
結果、曖昧に微笑んで黙り込むことになり、そのおかげでコーデリアはますます『おとなしいお人形さん』として認識されてしまい、祝祭イベントが続くにつれ、噂はどんどん一人歩きしていくのであった。
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