第15話 きっとこれも一つの記憶

 私はバッと起き上がる。視界に映るのはいつもの殺風景な何も無い私の部屋。おかしい、私は先程まで学校の教室にいたはず。それなのに何故私は今自分の部屋のベッドの上にいるのだろうか。そんな疑問の為に思考がフル加速している。


 何があったか思い出そうとしてもまるで最初からそんなことがなかったかのように記憶にない。あれ、私って今何考えてたんだっけ。何をしようとしていたのか何を考えていたのかわからない。


 時間を無駄にしているほど私には時間なんてものは残されていない。このまま時間を潰していたら学校に遅刻してしまう。


 私は重い身体を動かしながらベッドから降りて洗面台に向かう。そんな私は自分の日常が変化していることに気づくはずもなかった。




 辺りを見渡しても相変わらず誰もいない教室。本当に誰一人としていない教室。いつもの席で座っているはずの彼女の姿がないことに私は気づく。お手洗いなどに行ってるだけかなと考えるが彼女の席にはバッグが掛かっていない。


 どういうことなのかな。いつもならこの時間帯にはもうこの席に座ってスマホとにらめっこしていたりするのに。あの可愛らしくて微笑ましい光景がないと思うと悲しいような、辛いようなそんなものを感じる。


 なのちゃんがいないと学校で一人になっちゃう。なんとしてでも一人にならないようにしないと。またあの頃のような楽しくなくて辛いだけの学校生活を送りたくない。一度でも甘さを知ってしまうとその甘さの沼からは抜け出せない。自然と身体が依存症の如く求めてしまうからだ。まるで今の私のようで。


 なのちゃんがいない事によって私の心の中の何かが黒く濁っていく。怖くて恐くてわからなくて私の人格がおかしくなっていくかのようで。


 目の前の景色が全て泡のように見えてしまっている。目を擦るために手を近づけると震えてしまっている自分の手に気がつく。


 「怯えてるの…?一体何に…わからない。わからないわからないわからない」


 「何してるの」


 透き通るような声が聞こえ後ろを振り向くと、そこには見覚えだけがある会ったことがない女子が立っていた。会ったことも話したこともないがこれだけはわかる。逃げた方がいい、と。


 私は直感に信じて逃げようとするが突如として胸に痛みが走る。今までに味わったことのない燃え尽きてしまいそうな感覚に私は倒れそうになる。


 「逃げようとしたって無駄。あなたは誰からも逃げることなんて出来ないしさせてあげない」


 「う、うぐゅっ!?」


 彼女はいつの間にか私の懐にまで近づいている。それに気づいた時には既に彼女は私の首にキスマークをつけていた。


 彼女は支配欲が強いのか独占欲が強いせいなのかわからないが私の首を強く吸っている。そのせいで痛みを感じる。引き剥がそうとしてもうまく手に力が加わらないため、引き剥がしたくても引き剥がせない。


 しばらくして彼女が満足したのか私の首から唇を離し一歩下がる。キスマークを付けられた箇所がヒリヒリして痛む。


 名前もわからない人に跡を付けられたはずなのに嫌悪感が湧かない。彼女が一体何の意図をもってこの行為をしているのか。


 「奴隷ちゃんは私の奴隷なんだから誰かにあげたりしない」


 彼女は気味の悪い笑みを浮かべている。私はそんな彼女の表情に圧巻され目を瞑ると、私の唇に生暖かくて柔らかい感触をした何かが当たっているのを感じる。


 私は彼女に唇を奪われていた。


 「んっ!?」


 ただただ重ねているだけの普通のキス。それなのに私はどうしてこうも気持ちいいと感じてしまうのだろうか。抵抗しようと思えば簡単に抵抗出来てしまうのに、駄目だってわかってるのに。なのに、抵抗する気が芽生えてこない。


 彼女はそのまま私のことを強く抱きしめてくる。強く抱きしめられているからか少し痛くて苦しいが、痛みなんて気にもならないほど彼女の甘い匂いと体温に包まれている。

 

 そんな心地の良い時間はあっという間で、彼女は私の唇から離れていた。


 「はぁ、はぁ……あの女より私のほうがいいでしょ」


 「……んっ」


 私たちはお互いに息を荒くしながら目線を合わせている。彼女が誰なのかわからないし、何故か好意を視線と共に向けてくる。


 私は誰かを好きになることなんて一生ない。だから彼女の言葉にわざと意味を問う。彼女がどんなに私に好意を向けようが行為をしてきたとしても私があなたを好きになるうことなんてない。私が好きなのは私だけでそれ以外は正直言ってどうでもいい。


 そんなことを言ってしまった暁には私から自由というものがなくなる。これは単なる私の直感でもあり記憶の欠片に埋め込まれてる経験からなる予想。


 もうどのくらい結末を終えたのかわからないがわかっても意味はないのだろう。結末を終えてしまったらやり直され、記憶が完全になくなってしまう。


 これ以上やることなんてないが、このまま終わってしまうのも面白くもない。せめてこの結末くらい彼女に答えてあげてもいいのかもしれない。


 そう思った私は彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。


 

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