第16話 可愛いなのちゃん

 気がつけば私は寝ていたようで教室の中がクラスの人達の声で埋まっていた。私は伏せていた顔を上げ、横を向き確認する。そこには私にスマホを向けてニヤニヤとしている彼女の姿があった。


 「あっ、起きちゃった?せっかくましろちゃんの寝てる姿収めてたのに〜!」


 「い、いたんですね…いなかったのでびっくりしました…」


 「朝のこと言ってる?朝来るの遅かったのは普通に寝坊しちゃったからだよ?」


 目の前にいるなのちゃんはいつも通りのなのちゃんで私はそっと胸を撫で下ろす。そんな私を見た彼女はあの小悪魔的な表情を浮かべながら身体を寄せてくる。


 「もしかして私がいなくて寂しかった?それとも焦った?」


 「そ、そんなわけな…くはないです…なのちゃんがいなくて寂しかったです」


 「そうなんだ〜ましろちゃん私の姿がなくて寂しかったんだ…ふ〜ん」


 「ましろちゃんはやっぱり可愛いね」


 彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐさま小悪魔的な表情に戻っていた。驚いた彼女の表情は新鮮で私は一瞬のことだったが記憶に焼き付ける。彼女は頬を膨らませながら私の頭を撫でる。


 撫でるのは別にいいんだけど可愛いって言いながらはやめてほしい。私は別に可愛くないって言ってるのに。どうしてそんなに私のことを可愛いって言うんだろう。人が違ったら嫌味にしか聞こえない。それをわかってて言ってるのか、それともわからずに思ったことを言ってるのか。


 どちらにしろ私を可愛いと言うのをやめていただきたいだけだ。私の反応を楽しんでいるのであれば嬉しい。不快に感じる人も世にはいるかもしれないが、少なくとも私はなのちゃんと桃限定で嬉々を感じる。何故なら彼女らは私がこの世に存在してもいいんだと思わせてくれる大切な人。


 そうこう考えてると私の頭を撫でている彼女の手が止まり離れていこうとする。私は離れていこうとする彼女の手を両手で掴み頬ずりをする。私のことを可愛いって言って誂ったあなたへの仕返し。


 「ま、ましろちゃん…!?」


 「――もうやめちゃうですか?可愛いって言ってたくせに……」


 「……反則だよ。その表情」


 彼女は見るからに私の突然の行動に動揺し焦っている。ほんのりと紅く熱を帯びた彼女の顔は今にでもオーバーヒートしそうで可愛い。確かにこういう表情を見れるのはいいのかもしれない。誂っている人の気持が少しわかった気がする。


 茹でダコみたいに顔が紅くなっているなのちゃんは私を引き寄せ胸を押し付けてくる。顔が彼女の胸元に埋まるが、胸が私と同じくらい小さいので苦しくはない。それどころかほんのりと実っているので柔らかくて心地よさを感じる。甘い香りもするため、私は今にでも溶けてしまいそうになる。


 はたから見たら私たちはどのように映し出されているのだろうか。私が彼女の胸に顔を埋めているように見えるのかもしれない。だとしてもそれを悪く言う輩はいないだろう。なにせ耳を澄ませば黄色い悲鳴が聞こえてくるのだから。


 「なのちゃん……見られている気がするのですが……?」


 「き、気のせいじゃないかな?……天を仰いでいる人が見えるけど」


 なのちゃん、それは気のせいじゃないです。ボソッと聞こえないように言ってるけど近くにいるので丸わかりです。天を仰ぐ人がいる自体で誰かに見られてるのは確変でも起こらない限り確定なんです。でも、今はそんなことどうでもいい。今はただこの平和な時間を少しでも味わっていたい。なのちゃんとこの幸せを共にすることが出来のならば他の人ことなんてどうでもいい。


 どんなに酷い目にあわされようが私のこの心と気持ちは変わることはない。


 「――愛してる……」


 「……ま、ましろちゃん!?今なに言って……」


 「気のせいです」


 私の愛する彼女は顔は見えないが明らかに動揺しまくっている。先程までの小悪魔的な表情の余裕っぷりは跡形もない。ただただ照れて耳まで紅くする少女の姿だけがあるだけだ。


 こんな表情を見れるのは私だけの特権、そう思っていたい。他の誰かの前でその表情をしないでいてほしい。じゃないと私の中に眠る嫉妬の炎が再熱して危険なことになってしまう。あの悲劇を繰り返さないためにもどうかなのちゃんはそのままでいてほしい。


 そうこうしているうちに一時限目の開始を告げる鐘が鳴った。




 時間が経つのはあっという間で気づけば昼休みになっていた。私たちはお互いの机を向かい合わせになるようにくっつける。


 「絶対に気のせいじゃなかったと思う!」


 「な、なのちゃん?どうしたんですか……」


 「愛してるって言ってたよね」


 なのちゃんはそう言いながら視線を向けてくる。突き刺さる彼女の視線が痛いが気にしないで昼食を食べ始める。


 「ましろちゃん聞いてる?」


 「ん……おいしい」


 「聞いてよ……」


 なのちゃんはふてくされながらも箸を進めている。そんな可愛らしいなのちゃんを見ているとなぜだか心臓の鼓動が早くなる。


 なんでだろう。確かに私はなのちゃんを愛してる。だけど、それがどういった感情で構成されているのかわからない。恋愛感情での愛なのか庇護欲、慈愛からくる愛なのか。


 わからない。誰にも愛されたことなんてないからどれが愛でどれが愛なのかわからない。家族からはと言われても家族愛なんてものは幻想でしかないからなにも言えない。家族からの愛は愛じゃないから。だから愛なんて知らない。


 でも、なのちゃんには私を愛していてほしい。なんでこんな気持を抱いているのかわからないけど愛されたい。そして、あなたを愛したい。


 「なのちゃん、卵焼きいりますか?」


 「いいの?」


 「はい…!」


 私は彼女の口に卵焼きを近づける。彼女はなにか言いたげな表情でこっちを見てきている。私は首を傾げ微笑む。そんな私を見て覚悟を決めたのか口を開ける。


 「あ、あーん」


 「うぅ……あ、あーん…」


 なのちゃんは顔を赤らめながら下を向いて咀嚼している。小動物みたいで可愛い彼女を私はスマホを取り出し写真に収めた。


 


 


 

 


 


 


 


 


 

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