第13話 少女

 あれから数時間が経ち、私は教室に向かいながら胸に刺さっている何かを触る。どうやらこの何かは私にしか見えないようだった。実際に桃に胸を見せて聞いてもいつも通りの可愛らしい反応しかしなかった。鏡の前で見たり、写真を撮ったりしてみても特に何もそれらしきものは刺さっていなかった。撮った写真を桃にあげてみたら、興奮して舞い上がっていた。


 私は教室の扉を開けて、独り言のようにボソッとおはようと言いながら入っていく。朝が早いためか相変わらず人がほとんどいない。


 だけど、たった一人だけこの教室内にあの子、なのちゃんはいた。彼女は席に座り、ムスッとした顔をしながらスマホとにらめっこしていた。


 私はカバンを机の横に掛け席に座る。なのちゃんは相変わらずスマホとにらめっこをしているので私はそんな彼女を眺める。小顔でどこか幼さが抜けない童顔でいくらでも眺められる。私に人間観察なんて趣味はないし、している人の気持ちなんて理解できなかった。けど、何となくしている人の気持が理解できたのかもしれない。


 「……写真とってもバレないよね…?」


 何故か無性に今の彼女の表情を撮りたいそんな衝動に駆られてしまった頃にはもう遅く、スマホを取り出して彼女に向けてシャッターを切っていた。流石にシャッター音で気づいたのかスマホに向けていた目線をこちらに向けていた。


 「あっ……ど、どどどうしました?」


 「今シャッター音が聴こえた気がするんだけど…ましろちゃん♡」


 「聴き間違いじゃないですか…?」


 「ふーん…誤魔化すんだぁ?」


 なのちゃんは席から立ち上がり、私の方に近づいてくる。彼女はいつもの小悪魔的な表情を浮かべて私の心を惑わしてくる。彼女はそれを無自覚でやっているのかそれとも狙ってやっているのか私には知る由もない。だけどその表情は確かに私を惑わし誘惑してくる。


 私は彼女の表情に見とれて身体を動かすことを忘れてしまう。動かそうと思ったときには既に目と鼻の距離になのちゃんはいた。


 「もしかして私に見とれてた?答えてよましろちゃん♡」


 「っ……!」  


 彼女は獲物を見る捕食者の目をしていた。そんな彼女の前に私はただただ息が詰まって声が出ない。そんな状態の私に彼女は顔を近づけてくる。彼女が何をしようとしているのかわかりたくなくてもわかってしまう。それなのに彼女からの行為を受け入れようとしている。そんな自分が嫌で嫌でとても憎たらしく思える。

 

 自負心を感じていると彼女の唇が私の唇に触れそうなぐらいにまで彼女の顔が私の顔に近づいていた。それに気づくと私の心臓の鼓動は急速に早くなる。それと同時に身体に電流が流れたかのような痛みが走る。


 私は急な痛みに思わずその場で蹲ってしまう。視界は不安定で色の三原色が見えてしまう。また、寒いのに何故か暑く嫌な汗がダラダラと出てくる。


 「ま、ましろちゃん…?」


 なのちゃんの顔は視界が歪んでいてよく見えないがそれでも動揺していることだけはわかる。こんなに動揺しているなのちゃんは見たことがなくて面白い。だけどそんなことを思っていられるほどあまり余裕がない。


 視界が歪んでいる中、目の前のなのちゃんの後ろに誰かが立っている。姿は隠れてて見えないが確かにそこにいる気配がする。


 「な、なのちゃん…後ろにいる人は誰ですか…」


 「…?う、うしろ?」


 なのちゃんは私にそう言われると、ゆっくりと振り返る。彼女はなぜだか震えており、様子がおかしいことに気づく。私は恐る恐る彼女の背後に隠れながらその姿を拝む。


 身長が私より小さく幼く見える。腰ぐらいまでのびている白くてキレイな髪に紅く熱を帯びている頬、どこか不思議で異質さを感じる。この少女に見覚えがないのになぜだか既視感を感じる。わからない、だからこそより一層不気味に感じて身の毛がよだつ。


 ましろちゃんの方を見てみてもただただ硬直しているだけだった。まるで知り合いに会ったときの謎の仕草みたいだった。


 「……久しぶりでいいんだよね…?」


 「ましろんがそう思うなら…」


 ましろちゃんはどこか気まずそうにしながら目の前の少女と話している。私はただ呆気にとられて目が回るようなそんな感覚に襲われる。この場において私だけが状況を理解できていない部外者みたいで。


 私はこの空間の空気に耐えられそうになくて、私は気づけばましろちゃんの背中から離れて教室の扉に手をかけていた。開こうと横に引くがゴツっと音が聞こえびくともしない。もう一回引いてみるが結果は変わらず扉は動かない。


 私はふと後ろを振り返ると、至近距離にあの少女の顔があった。


 「…あなたにようがあるの」


 「な、なんでしゅかっ…!」


 驚きのあまり言葉を噛んでしまうが次の瞬間に比べればさほど大したことではない。


 「私の奴隷になって?」


 この空気がより一層凍りつくのがわかった。


 


 


 


 


 


 

 

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