第8話 暗いあなたの瞳

 帰りのショートホームルームが終わり放課後になる。皆が続々と帰っていく中、私は朝のなのちゃんの言葉をずっと引きずっていた。


 私は一体何をしてしまったのだろうか。そのような考えを朝から引きずっている。それなのに何をしたのか未だ全くもって思い出すことが出来ない。そのせいか不安な感情が心の奥底からこみ上げてくる。嘘の可能性だって十分にあるかもしれないが、仮に本当だとしたら私はもう色々な意味で生きていける自信がない。


 私は頭を抱えながら椅子に座っていた。なのちゃんはお花摘みと言って教室から出ていってしまったので私はただただ座りながら待っている。


 私は一体どうればいいのかな。責任とるようなことをしてしまったのであれば一生責任をとるつもりだけど。でも、嘘とか冗談というかそんな感じがするのは気のせいなのだろうか。考えれば考えるほど思考がどんどんおかしくなってくる。


 このまま考えてたって仕方がないと思い、現実逃避をするかの如く私はスマホを取り出し電源をつける。時に逃げるのだって大事なことだから。私の場合責任から逃げようとしているだけ。


 私はスマホの画面に目を移すと相変わらず桃からのメッセージが五十件近く来ておりどう反応すればいいのかわからなかった。恐怖を感じるし、嬉しさだってある。しかし、少しばかし数が多い気もする。妹じゃなく、なのちゃんだったら普通に恐怖しか感じなかったと思う。


 「ましろちゃん…帰ろ〜?」


 「ひゃ、ひゃい…!」


 未読のメッセージを見ているうちにいつの間にか戻ってきていた。そのことに気づかなかった私は声をかけられて驚いてしまう。なのちゃんはそんな私の反応を見て楽しんでいるかのように微かに笑っている。


 「お、驚かせないでください…」


 「それは無理かな?だってましろちゃんの反応、見てて面白いから」


 なのちゃんは私の頬をつつきながらそう言う。私は下を向きながらただただ沈黙をつらぬく。こんな時に何か言えたらいいのかもしれない。しかし、私には到底難しすぎる。


 なのちゃんは私が反応しないのが不服に感じたのか私の頬をつつくのをやめる。私はつついていた指が離れたため、顔を上げる。そこには無表情とも言える冷たい雰囲気を纏ったなのちゃんがいた。


 私はそんな雰囲気のなのちゃんに恐怖を感じ、逃げ出そうと席から立ち上がる。しかし、立ち上がった瞬間になのちゃんに腕を惹かれ抱き寄せてくる。


 「……何かしら反応してよ…かわいいネコなましろちゃん?」


 「…っ!ね、ネコ!?な、なのちゃん…?」


 私は今この状況に思考が追いつかない。また、胸がざわめいているのを感じ何か良くないことが起こるのではないかと思い始める。


 何が起きているのかわがからないし、心臓がさっきから落ち着かない。この胸の落ち着きの無さは一体どういう意味なのか。ただただ嫌な予感がする。なのちゃんの表情はずっと変わってなくてただただ畏怖する。


 「ねえ、ましろちゃん…私のこと好き?……答えて」


 「ひっ……す、すきです…?」


 「ホント?ホントに私のこと好きなの?」


 なのちゃんの表情は先程から変わってはいないものの、どこか悍ましさが増している。それに加え、目からハイライトが消えている。


 私は恐怖のあまり身体が震えてくる。恐怖のあまり身体が震えてくることが人生で初めてのことなので不安とさらなる恐怖がこみあげてくる。


 「ましろちゃんは私に誘惑されて堕ちなきゃいけないんだよ?それなのに何で抵抗するのかな。そんなに私のこと嫌いなのかな」


 「ち、ちがいます……なのちゃんは…その……私の唯一のと、友達です」


 私は恐怖を感じながらもなんとか言葉を紡ぐ。自分の言った言葉に少し羞恥心を感じるが恐怖心もあるので何とも言えない感情になっている。


 「そうなんだ……ふ〜ん…?」


 なのちゃんは少し照れくさそうにしながら髪をいじっている。よく見ると頬に熱を帯びており赤くなっている。そんな姿が可愛らしかったがいかんせん先程の冷たい表情が脳裏にちらついてどう反応したらいいのかわからない。


 「な、なのちゃん…?」


 「…じゃあ、何も問題はないってことだよね…?」


 私の視界に映る彼女の瞳には暗闇のような暗い感情が見える。戦慄してしまうほどに恐怖を感じるがなぜだか目が離せない。離したくても離せない、まるで瞳に吸い込まれているような感覚に陥っている。


 「今日はもう帰るね…?ましろちゃん」


 「…っ!は、はい」


 なのちゃんはそう言うと自分の荷物を持って教室を出ていった。教室に取り残された私は今までの重荷が解けたのか脱力してその場で座り込んでしまう。今は何も考えたくない。なのちゃんのあの表情と言動、それに加えて禍々しかったあの瞳。想像するだけでもあの時の感情が蘇ってくる。恐怖とそれに交わるよくわからない感情の数々。


 私はそれから数分の間、その場で固まっていた。


 




 

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