第19話 未来を切り拓け
予定外の戦いになってしまったが、源次がいて良かったと一生は思った。霊力は一生の次に強い。
結界を張ったことで、源次にも大黒蜂や、黒い蝶が見えるようになった。
桜琴と陽太は一生の後ろにいた。桜琴は陽太を抱えて、震えている。顔が真っ青だ。何が起きているのか全くわからない恐怖だろう。
先程、一生の弓攻撃を腹部に受けた人型妖魔は、もがいて歩き回っている。自棄になり、地面を蹴り回し始めた。土が飛び、砂埃が舞う。
源次は左手で、琥珀色の水晶ピアスに触りながら、『雷剣』と心の中で呟いた。一瞬ピアスがキラッと光を放った。
ピアスから手を離した時には、バチバチと稲妻を纏った大剣を源次は握っていた。
「いくぞ」そう言いながら、源次は人型妖魔めがけて、走り出した。
途中で黒い蝶が源次の行手を阻もうと、バタバタと飛んできたが、源次は走りながら、それらをバサバサと斬って進んでいく。雷剣で斬られた蝶は焦げて死んでいく。
人型妖魔の横を、源次が走りながら通りすぎた。
『ぐわぁああああ』と妖魔の断末魔の叫びが、辺り一面にこだまする。
人型妖魔は水平に真っ二つになっていた。目に見えぬ速さで、一瞬のうちに源次に斬られていた。
人型妖魔は形を失い崩れ、キラキラ光る砂のようになり、その砂の中から白い結晶のようなものが上へ上へと昇り消えていく。
(また、この消滅の仕方か……。ここで妖魔厄災になったものは光輝いて消えるのか?)
ふと一生は結界の中から上を見上げた。
「!!」
一生は目を見張った。
結界の上に大きな蛙が二匹乗っている。全く気づかなかった。
アメフクラガエルのように、まんまるとした体格で、体色は蒼く、白い斑点がある。紅いつぶらな瞳でただ一点だけを見ている。赤い舌を口から素早く出し、今しがた源次が倒した、妖魔の死骸の白い結晶を捕食していた。
だが蛙たちは美味しそうに口に運んではいない。無表情で、ただ食べる、その行為を繰り返しているだけに見えた。
——なんだ、この光景は。妖魔は成仏すら許されてなかったのか? あの蛙は八百万の神なのか?
神々の世界は自分が思っているものより、ずっと残酷なのかもしれないな、と一生は思った。
人型妖魔を倒して、ほっとしたのも束の間で、すぐに大黒蜂が近くを飛び始めた。
(あの大黒蜂の針に刺されたら、命を落としかねない。神獣にならねば……)
だが次の瞬間、神獣の姿を桜琴に見られる、その恐怖が頭をよぎった。
あの
異能を受け入れてくれるのか?
一生は神獣になるのを躊躇ってしまった。
——ねぇ、何言ってるの? 人間が大きな狼になるの? 狼が日本を守ってる? いい加減にして、たまにしか会ってくれないくせに、会えばそんなオカルト話? もしもそんな人間がいたら気味が悪いわ。聞きたくもないわ。
元婚約者に言われた言葉だった。
正直、傷ついた……。
交際を始めて半年以上が過ぎた頃、結界師である事を伝えた。
元婚約者は五つも年上で、三十までには結婚したいとかで、来年結婚する予定だった。
主にアイスなどの氷菓子を多く販売している、有名な会社のご令嬢だった。氷菓子部門にも手を広げたい父と、神谷田製菓と共同で氷菓子などを作りたかった元婚約者の親。
美人だったし、スタイルも良かった。長い手足に小さな顔。家事などしたこともないような真っ白な手にネイル。巻き髪に、いつもワンピースかスカート。趣味は旅行と、バイオリン。
まあ、少し年上だが、ビジネス婚なら悪くはない結婚なのかな、と思っていた。
父には婚約が破談になった理由は『価値観の違い』とだけ話した。父も元結界師で神獣になれる異能を持っていたので、傷つけることは言えなかった。
元婚約者が一生の事をなんて言ったのかは知らない。
ただ父は「……そうか、なら仕方がないな」とだけ言った。父は母とどうやって結婚したのだろう……?
「……おい! 一生、何してる?」
大黒蜂が一生の方に向かってきていたのを、黒色と琥珀色のゼブラ柄の狼が、鋭い爪で追い払った。
『
すでに神獣になっていた。その狼の琥珀の宝石のような、綺麗な瞳が訴えている。なんでお前は神獣にならないのかと——
一生は桜琴を見た。桜琴は源次の神獣になった姿をじっと見ていた。怯えている様子はないが、何を考えているかまでは読み取れない。
「一生、何を考えてる!! 早く白銀狼にならんか」
琥珀狼が叫ぶ。大黒蜂は飛び回り、隙を窺っている。
一生は氷弓を構えた。
『名手・
碧いオーラに包まれた五本の氷の矢が、凄まじい速さで大黒蜂に一直線に飛んでいく。
ひらり。大黒蜂が素早く右転し、ギリギリのところで矢を躱す。
躱されて、一生は唇を噛んだ。
「莫迦か!! 一生。お前、状況がわかってないのか。そんなわけないよな。ふざけるのも大概にしろ!!」
琥珀狼が尻尾を立てて怒鳴る。
「うずまき、ただいま、参上〜」
山名が忍びになって、結界の中に入ってきた。
手には碧い網を握っている。捕まえる気らしい。
「オレが時間稼いでる間に、早く神獣になれ!! 頼む!」
琥珀狼が一生に懇願する。
『雷鳥』
琥珀狼が心の中で呟く——
強風が吹き、雷鳴とともに空から大きな黄金の鳥が現れた。雷鳥である。
大きな翼を羽ばたかせながら、大黒蜂を追いかける。
大黒蜂も逃げる逃げる。
『クェェ〜〜〜〜〜ッ』
大きな雄叫びとともに、雷鳥は口から稲妻を吐き出す。
大黒蜂の羽に少しだけ稲妻が当たる。羽が少し焦げただけだった。
雷鳥が大黒蜂に追いつき、クチバシで啄もうとしても、上手く逃げられてしまう。
状況を見ていたうずまきが、一生の側に近寄った。
「若様、雷鳥ではきっと仕留められません。相性が悪い。全体攻撃じゃないと無理です」
「……」
一生はダンマリだ。いつもの一生らしくないと、
「今のままじゃ勝てない、わかっているはずです。神力が必要だと……。どうして、白銀狼にならないのです?」
一生は言葉を発しない。だがその理由がうずまきには分かっている。
「若様、あの子は前の婚約者とは違いますよ。また拒絶されるのが怖いのですよね?」
「……海渡に何がわかる?」
一生は顔を背けた。
うずまきが真顔で一生の目を見つめる。
「若様は大莫迦者です。いや、莫迦たれですか? 自分が惚れた女性を信じないのですか? わたくしめは少なくとも、あの子はそんな子じゃないと思います」
「別に惚れてなんかいない」
一生は目を逸らした。
「……いいですか、若様。このままでは好きな子も、誰も、守れませんよ! それでも白銀狼ですか! 未来は自分の手で切り拓いていくものじゃないんですか!! あなたが昔、私に言ったんですよ!!」
『ピギャ〜〜〜〜〜〜』
雷鳥が地面に落ちている。小刻みに震え、翼は項垂れ、目は虚ろで口からは唾液が流れ出ている。大黒蜂に刺されたようだ。
「雷鳥がやられた! うずまき! 今すぐ、そこから逃げろ!!」
琥珀狼の声がして、うずまきが振り返ると、すぐ前に大黒蜂が迫っていた。
お尻から大針を出している。
(ダメだ、逃げる時間が足りない。刺される!!! 若様だけでも守らないと!)
うずまきはすぐ後ろにいる一生を守ろうと、両手を広げて大黒蜂の前に立ち塞がった。
「うずまき〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
琥珀狼が喚叫している。
ドンッ!!!
何かがぶつかる音がした。
うずまきの前には白銀狼がいた。うずまきを庇うように立っている。
さっきの衝突音は白銀狼が、大黒蜂に体当たりした音だった。大黒蜂は地面に横たわっている。
「海渡、ありがとな。おかげで目が覚めた」
「若様! 神獣に一瞬で!? また強くなられましたなぁ」
山名こと、うずまきは泣いている。
「ずいぶんと遊び散らかしてくれたな。さぁ、反撃と行こうか」
白銀狼は大黒蜂を、その澄んだ碧い瞳で睨みつけた——
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