第14話 確信

 拓実は目を開けた。見覚えのある白い天井が見えた。

 頭がガンガンする、ぶつけたような痛みだ。左腕もなんだか痛い……。

(あぁ、そうだ。俺、蜂の妖魔に刺されて……。ここはどこだ)

 拓実はボーっとする頭で考えた。ポタポタと落ちていく点滴が視界に入った。

 普通の病院にはない薬剤の独特の匂いで、ここがどこかわかった。



「拓!! 良かった! 目を覚ましたのか?」

 一生の声だった。声が湿っている。

「拓様、うう……、ご無事で何よりです」

 山名が泣いている。

 一生の話によると、あと少し遅かったら、死んでいたらしい。

 黒い蜂の毒によるショック状態だったらしい。

 波の者たちが応急処置をし、車でここまで大急ぎで運んでくれたらしい。


 普通の病院ではこの状態は見せられないので、いつものこの病院だ。

 ただ病院といっても、看板もあげてはいない。

 厄災や妖魔にやられた時用の治療薬の開発と、傷を負った忍びや結界師の治療をしている。


「拓坊、お目覚めかい?」

 誰かが入ってきた。低い声を聞いてすぐに誰かわかった。

「……薫さん?」

 拓実が訊ねる。

「そうよ。安心したわ。意識もしっかりしてるわネ」

「薫さんが助けてくださったんですよね。ありがとうございます」

 拓実がお礼を言う。


 ふぅと息を吐きながら、薫はベット近くの長椅子に腰掛けた。

「拓坊、あんたね、気をつけなさいよ、命大事にネ。うちに私特製の解毒剤があったからよかったものの。普通の病院なら死んでるわよ」

「そう思ってここに連れてきたんだよ、

 一生が口を挟む。

「今回の毒は普通の妖魔のより、かなり強かったわよ。解毒剤、まるまる一本使っちゃったわ。拓坊、あんた、一体、何と戦ったのよ?」

 薫が首を傾げ、訝しげな目で拓実を見た。綺麗なストレートの黒髪がさらりと肩から落ちた。

「何って言われても……? 俺もよくわからないんです。突然、凄い速さでやってきて……」

「ふ〜ん……。状況は山名ちゃんから聞いたんだけど、特定の人物を狙ってるようね……。確かこの間の厄災の時もだったわネ。う〜ん……」

 薫が腕を組みながら、宙を見ている。何か考えているようだ。


 一生が拓実の顔を覗き込む。

「倒れた時に頭を打ったみたいだが、うん、大丈夫そうだな。腕に関しては、山名から聞いている。言いにくいんだが……、その腕の顔には、姉さんの特製の塗り薬も効かなかったし、祈祷した消毒液などでも消せなかった……」

 一生が拓実の腕を痛々しい目で見てくる。

「え? 俺、このまま、この変なおっさんとずっと一緒なの!? そんなの絶対にやだ。タンクトップも着れないし、もし人に見られたらさ、変なタトゥー、すっごいセンス悪い奴って思われるんじゃ……」

 拓実が絶望感漂う目でみんなに話す。山名は心苦しそうに俯いている。


「まあ、それもそうなんだが……。それより、大変なのが、ずっと拓の神通力が見えないんだ。紅いオーラが全く見えなくなってる……。拓が目を覚ましたら回復してる、と思ったんだが……」

 一生が困惑している……。

 こんなことは初めてだからだ。


「え? つまり神通力も神力も使えないって事? 嘘だよね……?」

 拓実の悲観的な声が、鎮まり返った病室に響く——

「……まぁ、そういうことだな……。今は気にせず、ゆっくり休め。しばらくしたら戻るかもしれん」

「嫌だ!! 俺は一生に負担ばかりかけられない! こんな休んでいたくない。……元はといえば、コイツのせいだ。この腕のおっさんのせいだよ……」

 拓実が腕の顔を睨みながらバシバシと叩く。

 鋭い痛みが走る。

 腕が石を乗せられてるみたいに重い、自分の腕じゃないみたいだ。

「やめろ、拓! 悪化するかもしれん」


 拓実の腕に刻まれた、奇妙な男の憤慨した表情——

 一生は私念かもしれないな、と顎に手をやり、考え込んだ。

 しかし、拓実は人から恨みを買ったりするタイプではない。事勿れ主義だ。


「俺さ、こんな変なおっさん知らないし、こんな変なマーキングされるとか、マジで筋合いとかなんだけどな!」


「拓……、今からうちに来い。神社の宮司として神通力を使い、私がそいつを無理やり引き剥がす。痛いかもしれんが、他に思いつかない」

 薫が長椅子から立ち上がった。

「ちょっとダメよ、一生。そんな手荒な真似は、傷跡が残ったらどうするの? それにネ、拓坊は今日はここに泊まりよ。まだ微熱もあるし、今夜は、拓坊は、私と、ランデブーなのよ。そうよネ?」

 薫が拓実に熱い視線を向けた。真っ赤な口紅がよく似合う美人だ。


! 拓実は熱がなかったら、明日には退院させてくださいね? このままだと、またそいつが来るかもしれないし、神力が強いうちの屋敷で守ります」

「はいはい。じゃあ、今日だけは、拓坊と、私が、ここに、二人ネ。ウフフ……」

 薫が嬉しそうに笑う。拓実はしょげている。

「いえ、今日は拓の隣で私も寝ます。いつ何があってもおかしくない状況ですから。姉さん、私の分の簡易ベットを準備してください」

「まぁぁ、一生。人の恋路の邪魔をする気?」

「姉さん、医学的には姉さんの力が必要ですが、もし、妖魔や厄災が、神通力が使えない、今の拓の所に来たら、どうしますか? 姉さん、戦えますか?」

 一生が脅す。薫には戦うだけの神通力はない。

「仕方ないわねぇ。でも今度、デートしてよ、拓坊」

「あ、はい。します。映画でいいですか?」

 拓実はどうでも良い、そんな感じだ。

「姉さん、この際、はっきり言っておきますけど無駄ですよ。拓にそっちの気、全くないし、姉さんが男って、拓は知ってます。無駄ですよ、無駄無駄」

 一生が薫に言い切った。

 薫は美男子に対してはすぐにこれだ、口説きにかかる。一生の会社でも何人か口説かれてるのを見たことがある。


 本名は神谷田薫。性別、男。二十九歳。職業、医師。一生の会社の専属産業医だ。趣味は料理。

 身長は百七十センチぐらいで、肩甲骨の下まで伸ばした、黒く艶のある美しいストレートヘア。

 身体も細くしなやかで、豊胸しているため、モデルのように美しく、一見完璧な女だが、低い声と、時々、隠しきれてない男らしい仕草で、見る人が見ればすぐ男だとわかる。


「あら〜、愛に性別はないわよ〜。なぁによ、拓坊、モテるのに彼女もあんまり作らなかったじゃない、長続きしないし。だから、てっきり私は……。え? 無駄って何よ? 今好きな子でもいるの?」

 薫は何か気づいた表情で拓実を見た。

 拓実は俯きながら、恥ずかしそうに呟く。

「……好きっていうのはよくわからない。だけど、会いたくなる女性ひとは今、いるかな……」

「あら! それは好きって事なんじゃない? 人を好きになるって素敵な事よ、拓坊」



 その話を聞いて、一生の中にあった、不確かなものの正体。

 それが今、わかった。

 それを今から確かめなければならない。


 ——疑いたくはないが、原因はあの店かもしれない。少なくとも、あの周辺に何かがある……。


 ずっと引っかかっていた。どうして桜琴には『忘却』が効かなかったのか。

 なぜ、あの店からの帰り、厄災に追われたのか、襲われたのか。今まであったことのない厄災。

 そして、拓実は今日もあの店に行った帰りに襲われた。山名の話では倒した妖魔の死骸がまた白くキラキラしていたと——


「拓、元気になったら付き合ってほしいところがある。きっとそこに、問題解決の糸口がある」

 一生は意気消沈している拓実を見ながら言葉にした。

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