第13話 愛されるごま団子
「佐一……?? どうしたの? 今日は非番だった?」
楓が怪訝な顔をして訊く。
はっと我に返った佐一が、
「あ、ああ、そう。今日はごま団子が食べたくて、買いに来た。あと、うちの母親がカステラを食べたいそうだ」
佐一がごま団子とカステラを買った。ごま団子は六つ買った。
「いつもどおり、全部お持ち帰りでよかった?」
楓が一応確認する。佐一はいつも持ち帰りだった。
「……いや、今日は、俺は、今すぐに、どうしても、ごま団子が食べたい気分なんだ。だからごま団子二つと、アイスコーヒーをテーブル席に頼む。あとは持ち帰りで」
「珍しいね〜〜。やっぱり、あの二人が気になるんだ〜〜」
楓が佐一を揶揄う顔をする。
あの二人とは、桜琴と拓実の事である。
「あ、当たり前だろう! この間どうしたいか、相談したばかりだろう」
佐一がムキになって答える。
「うふふ、まだ、お友達になったばかりだから大丈夫よ。ふふ」
楓は楽しそうだ。
(うちのさくちゃんは、本当にモテモテだわ! 自慢の妹よ)
佐一はズカズカと大股歩きで、楽しそうに話している桜琴と、拓実の横を通り、前のテーブル席に座った。
「い、いらっしゃいませ。さ、佐一はここで食べるの? め、珍しいね」
桜琴が佐一に気まずそうに話かけた。
佐一が身体を半分後ろに向けて座り、二人がいるテーブルの方を向いた。
「まぁな。俺だってすぐにごま団子とか、食べたい時もある」
佐一が桜琴を一瞥し、愛想なく答える。
「そ、そういえば、佐一、この前、TV映ってたよ。お母さんと赤ちゃんを助け出してたところ。すごいよね。感動した。カッコ良かったよ……」
桜琴は恐る恐る話かける。いつも素っ気ない返事しか返って来ないので、それなりに傷つくのだ。
「そうか? レスキューだから、当たり前の仕事をしただけだ。TV見てたんだな」
淡々と佐一は答える。しかし内心は、桜琴が自分の映っていたTVを見た、それだけでも、嬉しくてたまらない。
(う、うう……。やっぱり冷たい、き、傷つく……)
桜琴が俯く。それを見ていた拓実が自己紹介する。
「お兄さん、レスキューなんですね。かっこいいなぁ! あ、俺、鶴山拓実っていいます。K大でテクノロジーの勉強してます」
「……俺は日野佐一だ。大学生か……、なんで桜琴と友達になった?」
佐一が自己紹介の後、警戒が滲む目で拓実をじっと見ている。
「好きだからです!!」
拓実があっけらかんと明るく答える。
(ええ、拓くん、そ、それは……ど、どういう好き……?)
桜琴は顔が赤くなった。佐一も驚きを隠せない表情になっている。
「桜琴ちゃんの作る、お饅頭が好きだからです!」
拓実はにっこりと微笑む。
「はっ、なんだ。そんな理由か……」
佐一が言い捨てる。
(なんだ、ドキドキしちゃった……。でも安心した。距離を保たないと……、また黒緑あいつらに何されるか)
桜琴は胸を撫で下ろす。
「おい、お前、鶴山とか言ったか。このごま団子食うか? 美味いぞ。一つやるよ」
佐一が拓実にごま団子を見せた。
「え〜! いいんスか? 美味しそう! お兄さんいい人っスね!」
拓実が佐一からごま団子を貰い、お皿に乗せてもらっている。
そこに楓がアイスコーヒーを持ってきた。
「あら、拓実くん、佐一とも仲良くなっちゃったの? すごい才能ね。さくちゃん、最近、外にもなかなか遊びに行かないから、また遊びにきてあげてね」
拓実にそう言って微笑んた後、佐一の前にコースターに置き、その上にアイスコーヒーとストローを置いた。
「このごま団子、もっちもち! お、美味しいです〜〜」
拓実が頬をもごもご動かし、目を細め、幸せそうな顔をしている。
「このごま団子は、仕上げにお父さんがごまを付けるだけで、後は全部、いつもさくちゃんが作ってるのよ、拓実くん」
楓はさっきから拓実くんと呼んでいる。すっかり打ち解けている様子だ。
誰とでもすぐに仲良くなれるんだ、桜琴は人懐こい拓実が羨ましかった。
「へぇ〜、どうりで上手いはずだ。うん。流石は桜琴ちゃんだね」
拓実はまだ味わって食べていた。
——桜琴ちゃんが作った、この甘い甘いごま団子、まだ噛み締めていたい——
「そんな、あたしなんてまだまだだよ……。だから仕上げは父なの」
拓実に褒められて、桜琴は嬉しそうだ。
そんな桜琴を見て、佐一は面白くなかった。
「……まっ、俺はここの店の和菓子は、小さい頃から飽きるほど食ってるけどな」
佐一が自慢げに拓実に話す。
「……そうなんスね。俺もこれから飽きるほど食べます」
「俺は家が近いからな、いつも、何時でも、いくつでも食べられるんだ」
佐一が勝ち誇った様子で話す。
「そ〜なんスね。それはマジで羨ましいです。俺、今日はバス乗り継いでここまできたんで。いつでもすぐに桜琴ちゃんに会えるって、いいですね。あ、俺、そろそろ帰らないと」
拓実は平然と言ったが、その場にいる桜琴は赤面し、佐一は唖然とし、楓は手を口元に当て、喜色満面である。
拓実は立ち上がり、赤面している桜琴の顔をジッと見てきた。
目が合う。大きな黒い瞳が、長いまつ毛が真っ直ぐに見つめてくる。桜琴は呼吸を忘れ、心臓が早鐘を打つ。
「じゃあ、桜琴ちゃんまた明日ね。ご馳走様でした」
楓にも頭を下げ、拓実は足早に帰って行った。
「きゃ〜、なんなの、あの子。可愛い〜!! 素直で顔良し。スタイルもいいわね。絶対さくちゃんの事、好きよね。明日も来る気かしら!」
楓は楽しそうだったが、桜琴は不安しかない。
拓実が黒緑に襲われないか、という心配だ。
佐一は愕然としていた。
(あんなに……、自分の気持ちを素直に言える奴がいるのか……。俺なんて、素直の『す』の字もないぞ……)
「佐一……、大変ね、強力なライバル登場ね。もうそろそろ、大人にならないと。大学生相手に子供じみた喧嘩売ってるようじゃ、ね?」
楓が忠告してくる、しっかり見ている。こういう所は、母親の吟琴に似てる、と佐一はつくづく思う。
(俺はなぜ、こういう物言いしかできない。こんなに桜琴の事が好きなのに、クソっ!!!)
桜琴を意識したのは、桜琴が十八歳になった時だった。初めて彼氏ができたと、楓から聞いた時だった。それまで単なる妹だったのが、自分の中に相手の男をやっかむ気持ちが湧いて、悔しくて仕方なかった。自分の気持ちに気づいた瞬間だった。
『あたし、大きくなったら、佐一のお嫁さんになるの』と口癖のように言っていた。
当時、桜琴は七歳、佐一、十四歳の時である。
幼馴染みの楓の可愛い妹だった。
当時は可愛いなとか、嬉しいなと思っていた。たとえ相手が子供でも、人から好かれるのを嫌がる人間はいない。よほど嫌いじゃない限り。
交際の話を聞いたあの日、桜琴が大人になり、綺麗になり、いつの間にか、勝手に知らない世界へ行ってしまった。自分を置いて……。そんな気分になった。
自分との約束は忘れてしまったのか?
もちろん子供が言ったことを鵜呑みにしていたわけじゃないが、胸が痛かった。
佐一は元々、人と話すのが上手い方ではないが、普通に話はできる。でなければレスキュー隊など出来ない。
だが好きな女、桜琴とは話もまともにできない。顔も見れない。いつも盗み見をしている。変態だ。
自分はガキのままだ、と佐一は思った。
佐一に売られた喧嘩を買いもせずに、自分の気持ちを素直に、嫌味なく言えた拓実の方が、ずっと大人だった。
もっと、大人にならなければいけない……。
佐一はアイスコーヒーを飲んだ。ミルクも、シロップも入れなかったそれは、少し苦かった。
拓実は、月縁堂から少し歩いたところにあるバス停で、帰りのバスを待っていた。大学のレポートを書かなければならない。期日は明後日までだ。
母親が拓実の車と、鶴山家の運転手まで、拓実から奪ったせいで、交通機関を使わないといけないので、少し不便ではあるが、こうした日常のあらゆるところに、人手不足による問題、高齢化社会、少子化……。深刻な問題がある。
普段は使わない乗り物などに乗ると、人工知能が活かせそうな場所、こういうものが未来にあったら便利だな、というアイディアが溢れてきて、どんな経験も決して無駄にはならないと、拓実は思っている。
もっともあんな母親の元で育てば、嫌でも前を向いて、必死に抵抗して、生きていかねばならない。拓実の兄のように——
(あのレスキューのお兄さん。桜琴ちゃんの事、絶対好きだよな。小学生の男子みたい……。好きな子の前では意地悪みたいな……、素直になれないみたいな?)
それにしてもバス、遅いな、なにかあったのかなと何気に当たりを見渡した。
(! あれ、あの黒い
月縁堂から歩いて来た道の方に、黒いものが見えた。
(え? こっちに向かって来てる??)
「拓様! 大変です!! 黒い虫の大群がこちらに迫ってきておりますぞ!!」
目の前にスッと山名が現れた。
「山名! ど、どうしてここに?」
拓実は少しびっくりしたが、山名が神出鬼没なのはいつもの事だ。
すごい速さで飛んできた黒い虫の群れは、拓実と山名の周りをぐるぐる飛びまわっている。
ブンブンという羽音が耳障りだ。
よく見ると、それは黒い蜂の群れだった。
サイズは二センチ程度、数は二百ぐらいだろうか……?
(ただの蜂じゃないな。妖気を孕んでいる……)
拓実は胸ポケットから紅樺色のピアスを出し、左耳に着ける。
神通力で結界を張る。
紅いオーラが拓実の両手から出ている。
(くそ。こいつら動きが厄介だ。早く結界を、急いで、張らないと……)
一人だと少しばかり時間がかかる。
一生の神通力が羨ましいと拓実は思った。
スピードも威力も違う。歴代結界師の中で最強と謳われる神通力の持ち主だ。
蜂の大群を相手に、下手に刺激をしないほうが良いと思っている山名は、静かに手鞠弾の準備をしている。
その時、二人の周りをブンブン飛びまわっていた黒い蜂たちが、拓実が動けないのをチャンスとばかりに、何匹かが凄い速さで、拓実目掛けて飛んできた。
山名が素早く、短剣で黒い蜂を何体かは切り落としたが、その中でも特に素早く、山名の剣術を躱した一匹の大きな黒い蜂が、拓実の左上腕部を刺した。
「!! イタッ!」
一箇所刺された。
「拓様!! だ、大丈夫ですか? ええい、この馬鹿蜂野郎どもが!」
次から次へ飛んで来る黒い蜂を、山名が見事な剣術の舞で華麗に倒していく。
「よし、山名、結界が張れたぞ」
大きく息を吸い、拓実は智拳印を結んだ。
黒狼に変わった。黒狼の皮膚は蜂の針など通さない。
(一気に焼くぞ!!
黒狼は真っ赤な炎を口から吐き出し、自分と山名の周りに炎の大きな輪を作る。
簡単に言えば、炎のドーナツだ。
少しでも近寄った黒い蜂はジジッ! と嫌な音を立てて、焼かれていく。
あちこちで蜂の焦げた匂いがする。不快な匂いだった。
この術は自分を守りながら、相手も近づけさせない、こういう厄介な敵には打ってつけだった。
そして天の力を借り、炎をどんどん大きくし、やがて敵を猛火で焼き尽くしていく、というものだ。
この間、必死に鍛錬して、神火龍と契約し、やっと身につけた術である。
その炎の輪はどんどん黒い蜂の方へ広がっていく。
炎輪が黒狼と山名を守りながら、どんどん、どんどん大きくなる。
結界の中、逃げ場もなく、黒い蜂たちが焼かれていく。パチパチと焼かれていく。 焦げ臭い匂いとは裏腹に、キラキラと白く輝いて見えるものが死骸だった。
(まるであの時の厄災みたいだ。妙だな……)
黒狼は焼けていく黒い蜂を見ていた。
黒い蜂たちが壁を作り、必死に守っていた大きな黒い蜂が一匹いた。
大人の中指よりも大きな蜂だった。
拓実を刺した蜂に間違いない。
その最後の大きな一匹の黒い蜂が焼け始めた。
ジジジジ……と羽を動かし、必死に逃げようとし、足掻き、無様な姿が目に映った。女王蜂だったのだろうか、と拓実は思った。
妖魔はこのように虫や、時には動物に姿を変えて、襲ってきたりするので、厄介だ。
今回のような蜂の大群みたいな妖魔は初めてだった。
一匹、一匹がつまり小さな妖魔だった。それが突然、たくさん集まり、群れを成し、襲ってくる。あのままだと、すぐ厄災になっただろう。
拓実は完全に妖気がなくなったのを確認してから、人の姿に戻り、結界を解除した。
「いやぁ、大量の馬鹿蜂ども、大変でしたなぁ。拓様、お疲れ様でした」
山名がため息を吐きながら、一瞬でスーツに着替える。
「あぁ、……山名がいてくれなきゃ、俺、神獣になる前に、蜂に刺されまくって死んでたかも。ホント、ありがとう。助かった」
「とんでもございません。結界師を守るのは忍びの努めでございます。ところで、わたくしめが至らぬばかりに、左の腕を刺されましたな。申し訳ありません。見せてください」
拓実は山名のせいじゃないと首を振り、シャツを捲り上げ、左腕を見せた。
拓実も自分の腕を見て驚愕した。
(!!! な、何これ!? あの時のおっさんの顔じゃん!)
先日倒した厄災のギリシャ神の顔がそのまま、緻密に左腕に黒緑カラーで描かれていた。大きさは五センチぐらいだろうか?
やはり凄まじい怒りを感じる表情だ。この間の顔とどう見ても、同じ顔だった。
それに刺された左腕はパンパンに腫れ、熱を持ち、赤く腫れている。ズキズキと痛みも出てきた。
「うわっ、びっくりした。なんですか、これ」
山名が青ざめた顔で、マジマジと左腕を見ている。
「言っとくけど、こんな悪趣味なタトゥーは入れないからね。さっきの蜂にやられた。この間倒した厄災の顔だよ。俺、呪われたのかな……」
「あぁ、そういえばこんな顔だったような。呪い? 気持ち悪いですね。これはわたくしめが下手に薬とか塗れないなぁ。とりあえず、取り急ぎ、若様と波に連絡を……」
空から鷹が飛んできて、山名が何やらさらさらと書いた紙を持って飛んでいった。
熱を持った腕が突然ひどく痺れ出した。感覚がなくなっていくような——
山名と一生が電話で話をしている。
何を話してるのかさえ、聞き取れない……。
頭がボーっとしてきていた——
立っている事すらキツくなってきた……。
——やばいな、これ。俺、死ぬのかな——
「拓様、拓様!」
山名の声が遥か遠くに聞こえた——
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