第12話 お友達からってことで
「いらっしゃいませ〜」
楓の元気な声が響く、金曜日の昼さがり——
大学の授業が、午後からなかったため、早速、拓実は月縁堂へ行って、テーブル席でどら焼きを食べながら、オレンジジュースを飲んでいた。
窓から小さな庭を見つめる——
春の陽気な日差しを感じさせながら、和の風情を感じる、枯山水様式の坪庭。
限られた庭で楽しむ、川の流れ。小さな灯籠——
とてもセンスが良いと感じた。あのイケメンのお父さんが手入れしてるのかな、と拓実は思った。
ここで先日、一生が爆買いした、この店の和菓子はいくつか食べた。
どれも丹精込めて、丁寧に作られているのがわかったし、和菓子に対する情熱を感じた。
一生の家に泊まった次の日の朝に、月縁堂のカステラを食べた。ほどよく甘くて、優しい味だった。波の者たちもカステラに大はしゃぎだった。朝御飯を食べた後だったが、いくらでも入りそうな……、そんな不思議なカステラだった。
一生の家は、波の者たちの独身者用の屋敷があり、格安で入居もできる。
ここはいつも賑やかだ。忍びの
ここに来ると、拓実はいつも楽しかった。
ご飯時は基本、本宅で一生と忍びたちがみんなで食べている。絆を深めるためだ、と一生は言っていたが、ご飯はみんなで食べた方が美味しいに決まっている。
忍びのまとめ役の山名は、肌がすこぶる綺麗で、足も長く、鍛え抜かれた筋肉と、忍びならではの体幹、身軽に動ける細さがある。
美しい一生と並ぶと絵になった。山名はやや長めの黒髪で癖毛のため、ゆるふわパーマをかけているように見える。
いわゆる『大人のセクシー』さを感じる。
中学生の頃、山名の両親が行方不明になり、児童養護施設にいたのだが、一生の父親が養育里親になり、引き取り、この神谷田家で生活をしている。
一生には姉が一人いるが、戦える霊力はない。
山名がなぜ、引き取られたか、霊力が桁違いに強かったからだ。将来の一生のサポート役と、波の長が老いて、近々引退するため、次の波の長となる素質を持った者を、一生の父はずっと探していた。
そして施設から引き取られ、この豪邸に住み、何不自由ない生活をして、一流大学まで卒業させてもらい、時には親として、厳しくも優しく、そんな温かい環境で育てられ、親のぬくもりを知った。
一生の両親には感謝しても、しきれない。
そんな山名はいま、うずまきとして、拓実の行動を監視している。
天井裏に潜んで、拓実の様子をもう、二十分見ている。
一生の命令だった。
『拓が饅頭女に接触し、変な事しないか、しっかり監視しておいてくれ。正体がバレたりしたら困るからな』
——はぁぁぁ、正直、この
山名は隙間から、また店内を見る。そんなに忙しい時間帯ではないらしく、客も三人ほどだ。一人の従業員がシロネコの配達員と話している。
(従業員は若い女性一人のまま、変わりなしか……)
髪を結い上げ、蝶々の簪を髪に挿してる、肉厚的な唇の美人だ。着物姿で接客している。着物姿なのでよくわからないが、ダイナマイトバディに違いないと、山名は確信している。
(あの可愛い子、いないなぁ……、厨房か)
山名は探したが、桜琴の姿は先ほどから見当たらない。
拓実を見ると、オレンジジュースも、どら焼きもすっかり完食している。
ずっと、窓を見たり、店内を見たり、そわそわしている。挙動不審である。
(う〜〜ん。拓様、何やってるんだろう……? 若様は、拓様があの子に変な事しないようにと……。ん? 何の話? 訳がわからんですぞ)
その時、楓が拓実の所に早足でやってきた。
「すみません。ネットの注文の発送をしていて遅くなりました。この間は本当に、ありがとうございました。あの……神谷田さんにもよろしくお伝えください」
楓の表情も話し方も色気ムンムンだ。
「あ、いや、こちらこそ。美味しいお菓子がいっぱい食べられて、幸せでした。一生にはきちんと伝えておきます。あ……、あの桜琴ちゃんは今日は?」
拓実が楓に訊ねる。会いたくて仕方ないという顔だ。
急に桜琴ちゃんと言ってきたので、楓も敬語を使うのをやめた。
「あ〜、さくちゃんはあんまり、接客はしないかな。こっちにほとんど来ないよ? 品出し以外、厨房にいるよ。何? 何か用事? 会いたいの?」
「あの美味しいお饅頭のお礼が直接、言いたいです……」
拓実が少し、頬を赤くして小さな声で言った。
「あ、そうなんだ。それはさくちゃん、喜ぶと思うよ。待ってて。呼んできてあげるね!」
拓実は頬を赤くしたまま、俯いている。
——ななな、なんですとーーー!! これではまるで拓様も、あの子が気になっているように見える……。わたくしめの目がおかしいのか? 拓様には凛華様という、婚約者がいるというのに、そんなわけがない。ただお礼を言うだけに違いない。てか、声、小さいな? 緊張してるから……? 拓様らしくないなぁ。なんで緊張? あんな可愛い子に会うからか、そうか、そうに違いあるまい!
山名は隙間からじっと、拓実を見ていた。
しばらくすると、奥から桜琴が出てきた。困惑してるようにも見えるが、拓実の方へ近づいていく。
拓実が立ち上がり、身体ごと、桜琴の方に向いた。
「あ! 桜琴ちゃん!!」
拓実が少し恥ずかしそうに、満面の笑みを桜琴に向けた。
「鶴山さん。こんにちは。先日はあんなに沢山購入していただき、本当にありがとうございました。父も母も大喜びでした。今日はわざわざ、御礼を言いに来てくださったのですか……?」
桜琴は接客スマイルで、拓実に伝える。
「あ、うん。本当に美味しかったよ。特に『月縁堂カステラ』は絶品だった。一緒に食べた人達も、みんなすごく喜んでたよ。あと白餡が入った可愛いどうぶつ饅頭も、今、食べたどら焼きも、ふわふわで美味しかった。と、とにかく全部美味しいよ!」
拓実は少し興奮気味に、和菓子の感想を桜琴の告げる。興奮しているのは、和菓子の話をしているからじゃない。いつもみたいに上手く話せない。
「そうですか! 有難うございます。励みになります。……今日は神谷田さんは、御一緒じゃないんですね。神谷田さんにも御礼を、と思ったのですが……」
桜琴は、テーブルに一つしかないグラスを見て言った。
「あ〜、一生には俺から言っておくよ。最近ずっと忙しくてさ、外回りの仕事ばかりしてたから、仕事溜まりまくってると思うよ。今頃、会社に缶詰になってると思う」
一生の話題だと、緊張せずに途切れずに会話ができる。
「え、缶詰状態ですか、……外回りのお仕事も大変そうですね。そんな中、うちに謝罪に来てくださって……」
桜琴が申し訳なさそうな顔をした。元はといえば、拓実のせいなのだから、拓実は少し心が痛んだ。
「あ〜〜、うん。いつも最近、一生はこんな感じ。その分、外回りの仕事は、俺が一生の分まで頑張るよ」
外回りの仕事とは、裏稼業、妖魔、厄災退治である。
「お二人は、お仕事が一緒なのですね。鶴山さんは大学生でしたよね。私、てっきり御友人なのかと……」
桜琴は拓実が一生の会社でバイトしながら、大学に通う苦学生なんだと知った。意外だった。身に着けているものも安物ではない。いわゆる金持ちの気品があった。
「友人でもあるかな。年齢も一つしか変わらないし……」
一生の話になると、拓実も自然と笑顔になった。
「そうなんですね。私、神谷田さんはもう少し上かと……。あ、失礼ですね! とても落ち着いていらっしゃるから……」
「桜琴ちゃんはいくつなの? もしかして……、まだ未成年?」
拓実はドキドキしながら訊ねた。
「ふふ、それ、よく言われますが、鶴山さんの一つ下ですよ。私も立派な社会人ですよ」
桜琴は笑いながら答える。
「そ、そうなんだ。じゃあ、敬語やめない? 堅苦しいしさ」
拓実は内心、安心していた。
——まだ高校生だとか言われたら、さすがにやばいよな。ん? 何がやばい? 付き合うとかそんな話してないのに……。
「でもお客様ですし。タメ口はちょっと……」
桜琴が戸惑っている。
「俺の事は『拓』でいいよ。俺、女の子の友達いなくてさ、仲良くしてくれたら嬉しいな……」
山名は二人のやりとりを天井裏から、まだ見ている。というより、拓実が帰らないと帰れない。
——なっ!! 拓様……、大学では、いつもいつもいっつも、女の子にきゃあきゃあ言われ、周りに女の子だらけじゃないですか。もちろん、拓様は男の子の御友人も多いですが、わたくしめが見た限り、圧倒的に女の子が多い……。しかも、モデルみたいな美人の取り巻きもいるのに? わたくしめ、妬んではおりませんよ、決して! てか、友達? 拓様がご自分から誘った? 若様とわたくしめ以外には、軽くしか人と関わらないようにしてる拓様が? なんで?
「あら〜、お二人、すっかり仲良しね。さくちゃん、いいじゃない。こんなカッコいい子。そう言ってくれてるんだから、ね?」
楓が拓実のグラスにお水を注ぎに来た。
「で、でも……あたし……」
桜琴は相手と距離を詰めるのが怖かった。
「さくちゃん、目の前にある出会いは大切にしないと。今年こそ、彼氏作りましょ!」
楓も引っ込み思案になってしまった妹を内心、心配していた。
「え、ええ、今、彼氏いないんスか?」
拓実が驚いて楓に訊ねる。嬉しそうにしか見えない。
「さくちゃん、うぶなのよ。もうずっといないよね? お食事行っただけで、その後進展なしとか、まぁ色々ね。でももういい年頃だし、恋愛もしてほしい。もちろん無理にとは言わないけど。さくちゃんの恋バナ、聞きたいのよ。さくちゃんと朝まで語り合いたいのよ!」
楓が、妹を溺愛しているのがよく分かる話し方だった。
(なんか逃げられそうにないな。適当に話、合わせよう……)
桜琴は諦めモードに入り、
「わかりました。拓くん。お友達としてよろしくお願いします」
と拓実の顔を見て言った。本当に、目鼻立ちの綺麗な男の子だと桜琴は思った。
(女の子には困ってないだろうに……。どうしてあたしなの? もしかして遊び人……? 罰ゲーム? でも……、神谷田さん、いい人だったし。そんな事するような人とは友達になったりしないだろうし。はぁ、考えるの面倒くさい……。早く、厨房に戻りたい)
「嘘〜〜〜! 桜琴ちゃん、俺、マジで嬉しいよ〜〜。明日も来るし、明後日も来るからねぇ〜〜〜〜!!!」
「お、お友達としてなら、だ、大歓迎です。で、でも毎日はちょっと……」
拓実のハイテンションに、完全に引いている桜琴だった。自分と友達になることに、そんなにメリットなんてないけど、と思っていた。
一方、山名はこの光景を見て、震えていた。
——ちょ、ちょっ……、長時間、この狭い場所に、変な姿勢でいたから、脚が痺れた。はぁぁぁぁぁぁぁぁ、痛い。腰も、脚も。はあー、拓様、あれ、完全に恋しちゃってるやん。若様になんて報告すればいい? 見たまま、ありのまま報告する?
山名は自問自答した。
この嫌な三角関係を、きっと自分は話す事はできないと思った。
若様と拓様の仲が心配になる。
きっと、若様が身を引くだろうと思った。
桜琴と拓実が連絡先を交換しているのを、店の外から見てる男性がいた。その男性が店に入って来た……。
「あら、いらっしゃい、佐一。この間TV映ってたよ。大変だったね。お疲れ〜〜」
楓が笑顔で出迎える。
店に入ってきたのは、日野佐一だ。
「…………」
佐一は楓に返事も返さない。
そんな彼の視線の先には談笑する、桜琴と拓実の姿があった——
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