第11話 拓実の事
「……拓実さん、ほ、本気ですか? 好きってことですか?」
凛華が神妙な面持ちで訊いた。
「……分かんないや。そういうの。ただ無性に心配になるんだよ……」
拓実が難しい顔で答える。
「な、なななんです……。それ……、意味がわかりませんわ……。浮気ですわ、浮気。とにかく、拓実さんのお母様を説得なさって、婚約解消など、きちんとしてから、その子とデートに行くなり、恋人になるなり、結婚するなり、なんでもかんでも、拓実さんの好きなようにすればいいと思いますわ。ただ婚約解消するまでは、拓実さんはわたくしの婚約者なんですよ……」
凛華が憂いを帯びた表情で、拓実を見つめながら伝える。
「何回も言うけど、婚約者だとは思ってないよ。形式のみだよ。俺は今まで誰かを特別だ、と思ったことはなかったし、結婚願望もない。俺の親、あんな不仲なのに、結婚とか考えられると思う? 凛華と婚約してるってことで、お見合い話や、言い寄ってくる女の人が減って助かったよ。でも、それは凛華も同じじゃなかったの?」
拓実が淡々とした様子で、凛華に告げる。
「……そうですわよ。わたくしたちはお互い、利用し合ってたにすぎませんわ……。デートもした事ありませんし……。いきなりの浮気話に驚いただけですわ!」
凛華の声が震えていたが、拓実が気づくことはなさそうだ。
「俺が母親をきちんと説得するから、心配しなくていいよ。凛華が不利になるような事には、絶対ならないようにするから。それに五家同士で結婚したら、神獣が一匹消えるよ」
「……わかりました。……一生さん、まだ何か話はございますか?」
凛華がなんとか笑顔を作って、一生に訊く。
「あ、ああいや。今日はもう、大丈夫だ。何かあれば、また連絡する。夜分にどうもありがとう」
一生は慌てて返事をする。
二人の気まずいやり取りに、どう止めに入っていいか分からなかった。
凛華が『さようなら、皆様』と言って帰って行った。
源次も『……オレも帰る……。お疲れ……』とそそくさと帰って行った。
——拓があんなに意思表示するのは、珍しいな。大学の学科で揉めた時以来だな……
一生は昔のことを思い出していた。
『鶴山製薬』は拓実の実家だ。
拓実は二人兄弟だが、七つ上の兄は大学卒業と同時に、親の反対を押し切り、家を飛び出し、当時付き合っていた彼女と結婚し、ここを離れて地方で暮らしている。
もう子供が三人いる。拓実とも、たまに連絡を取り合う程度の付き合いだ。
拓実の親からすれば、兄に会社を継がせる気だったのが、当てが外れてしまった。
拓実は『テクノロジー学科』のある大学へ進学し、人工知能論を学んでいる。人手不足の分野にAIロボットをもっと導入させるため、日々、勉学に励んでいる。
もちろん、大学受験の時も母親が薬学部か、理学部しか認めないと、大喧嘩していた。兄に跡を継がせ、拓実を研究員にしようとしていたようだ。
ついにキレた拓実が高校三年生の夏、『もう大学には行かない』と母親に言い、家出をし、高校に通いながら、夜間は工事現場で働き、ネットカフェで寝泊まりするという、拓実の母親が最も嫌がることをして、最終的に母親が折れるしかなくなった。
これはもちろん、一生の案だった。一生の所に居れば、あの母親は安心して、拓実を脅して、思い通りに操ろうとしただろう。
そして拓実の兄がこうなってしまった今、母親から、経営学部を受験し直せと、在学中の大学の学費も打ち切られている。
拓実は今、妖魔、厄災を撃破することで金銭を得ている。それを私立大学の学費に充てている。命をかけて戦っているので、安くはない金額を国からもらっている。申告も不要だ。
『結界師』は政府公認の闇組織であり、毎月の報告と定例会がある。毎月、妖魔、厄災を何体倒したか、どのようにして倒したか、妖魔、厄災はどこからやってきたか、妖魔や厄災に関すること全て、政府の監査官が細かく調べている。あちらにも、忍びのような人間がいるらしい。
それに国民を不安にさせない為、秘密裏の組織だ。政府でも、ごく一部の人間しか知らない。
その上、昔から神獣になれる結界師は五家しかない。ずっと親から子へ、受け継がれている。神獣になれる素質がある子に、その力は受け継がれる。
だから本当は結婚して、跡取りを必ず残さねばならない。
しかも五家みんな、大手、名門なので、相手もビジネス兼、五家と釣り合わないといけなかった。好きとか、そういうのは許されない世界だった。小さい頃から、ずっと言われている。
拓実の母親が凛華を婚約者に選んだのは、ただ単に、自分の会社の専門書を、良い条件で出版して、書店に置いてほしかった、これに違いないだろう。五家が四家になろうと、拓実の母親にはきっと、どうでも良いことなのだろう。
拓実の父親は現在、愛人宅で暮らしている。
父は昔、結界師だった。
昔は仲が良かった両親も、鶴山製薬が大きくなるにつれて、母親が経営にやたら口を挟むようになり、父も結界師の仕事に逃げるようになった。
その頃から母は、父の神獣の姿を『獣になるなんて気持ち悪い』と言うようになった。
小さい頃から、両親の仲が悪くなるたび、拓実が明るく、笑顔で、バカなことをし、その場をなんとか取り繕ってきた。
今の拓実の明るい性格も、その時に作られた。笑ってれば、きっと大丈夫と——
だが、拓実が高校に入ったあたりから、両親が別居。母親もタワマンで暮らしている。
7年前に兄も出て行ってしまった。今は広い豪邸に使用人たちと暮らしている。
だが大学四年生になった今も、やはり寂しいらしく、しょっちゅう、一生の屋敷に泊まっている。
一生が出張の時は、寂しがる拓実の家に、山名が泊まりに行き、話相手になり、馬鹿騒ぎをし、お菓子を食べながら、一緒に映画を観て泣いたり、ゲームしたり、寝る前にトランプや、オセロをしたりしていた。
拓実が喜んで、なかなか寝ないので、泊まった次の日は、山名は目を真っ赤にして出勤していた。『朝までモリオカートしてました』なんていう日もあった。
一生がお湯を沸かしてる横で、拓実は桜琴の事を考えていた——
(桜琴ちゃんは神獣の俺を見ても、あんな母親みたいな、軽蔑するような目で見てこなかった。そりゃ、最初はビビってたけどさ。なんかすごく優しい眼差しだった)
桜琴の眼差しを思い出すと、拓実の心は温かくなった。
「拓、わかってるとは思うが、凛華の事、きちんとしろよ」
二人だけになった部屋で、一生がお茶を淹れ直しながら言う。
「うん、そうだね。凛華もうちの母親と関わったら、きっと利用されて、壊れちゃうから。守らないとね」
拓が少し寂しそうに言った。
「……拓、今日うちに泊まってもいいぞ……。久々に飲むか……?」
「え、ええ〜〜!! いいの? 一生、明日も仕事なのに、ねぇ、いいの!?」
「いいよ、今日だけだからな」
一生が言葉とは裏腹に優しく微笑む。
その笑顔を見て、拓実が満面の笑顔になった。
「ただ、拓はオレンジジュースな」
「なっ!なんでだよう、意地悪一生〜〜〜!」
二人の笑い声が縁神社に響いた——
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