第10話 結界師会議

 桜琴は安心して、機嫌が良かった。

 佐一も無事で、負傷者はいたが、死者もゼロだったことをニュースで知った。


 お菓子をトラックに運ぶのを手伝ってる時に、信号待ちでベンツに乗ってる一生を見た。ずっと心配していた。

(! 良かった。神谷田さんも無事だったんだ。神谷田さんもこうして無事ってことは、鶴山さんも大丈夫だよね……)

 久しぶりに心から安心できた。嬉しかった。自然と笑みが出た。



「うっわ〜!! 綺麗な女の子。笑顔がめちゃくちゃ可愛い〜!! あ、わたくしめにも微笑んでくれてる〜。わぁ〜〜〜」

 桜琴は運転手の山名にも会釈して、微笑んでいた。

 山名はニコニコしながら、桜琴に手を振っている。


「お、おい、山名! お前はきちんと、前だけを見ていろ! 前以外を見るな! 店の方は一切見るな!」

 一生が不機嫌なハスキーボイスを出す。

「えぇ!? なんですか、若様。その変な命令。いいじゃないですか。減るもんじゃないし……。あんな可愛い子、そうそういませんよ」

 山名がふてくされる。


 信号が変わって、一生の車が動き出した。もう一度、桜琴と目が合った。

 笑顔が眩しかった——

 見惚れてしまった。

 一生は軽く頭を下げた。

 微笑み返す余裕もなかった。……心臓がうるさい。

(あ、あんな笑顔もできるんだな。いつもあんなふうに笑っていたらいいのに……)



 山名は考えていた……、というより、脳内の『若様・幸せへのアプリ』のデータを更新している。

 ——ええっと、若様のタイプは色白で、背が低く、痩せ型で、格段に目を引くタイプの美人ではないが、ぱっちり目が大きく、口角が上がるのがキュートな愛され顔、そして童顔!! っと——


「若様、良かったですねぇ。わたくしめも全力で応援いたしまする!!」

「……何の話だ!?」

 ぶっきらぼうに言う一生を見て、若様は自分の気持ちに気づいていない、と山名は感じた。これは新しいミッションだと思った。


(昼夜、あんなに働いて苦労してる若様には、必ず幸せになってもらいますよ……。しかし、女性と付き合った事がないわけじゃないのに、あの慌てよう……。でもテンパっている若様、面白すぎ!)

 山名はアクセルを踏んだ。





「うぁ〜、よく寝た。二人ともうるさいよ〜。ねぇ、『豚ドラゴン』まだ?」

 拓実が起きてきた。

「あ、もうすぐ、着きますよ」

 山名がそう言い、駐車場に車を停めた。


 三人は『麺屋・鳥豚ドラゴン』でラーメンを食べて帰った。

 店名にはビビったが、食べて見ると意外に美味しかった。

 拓実は替え玉を三回、注文した。





 ***

 一生の屋敷の中にある、縁神社の敷地内に、小さな和風の建物がある。

 二間しかない、この狭さが一生は気に入っている。広すぎる本邸と違い、二重結界も張りやすい。

 ラーメンを食べて帰宅した後、スーツから和風の部屋着に着替え、先ほどまで拓実と仮眠を取っていた。


 午後八時頃、源次がやってきた。

 結界師や、忍びのみが使える扉から、神社に入ってくる。誰がきたのかは気配でわかる。

 一生の屋敷全体に、結界が張り巡らせてあるからだ。


「……こんばんは」

 そう言い、二間続きの和室に入ってきたのは、身長百九十センチはありそうな、筋肉質の大男だった。白のシャツに、黒のデニムという出立ちだ。

 顔立ちは濃いが、奥二重が魅力的で、美形の部類に入るだろう。


「こんばんは、源次。昼は厄災の撃滅、ありがとう。感謝する」

 一生は深々と頭を下げる。


 源次こと、御厨山源次みくりやまげんじは結界師で、神獣にもなれる。歳は二十四。今は、母親が経営している旅館で働いている。父親は教頭先生だ。



「ヤッホー! 源次〜、久しぶりだね。あれ、パーマかけた? 似合ってるね!」

 拓実が源次のスパイラルパーマを見て、ニコニコと笑顔を見せる。

「……そ、そうか……」

 恥ずかしそうに、源次が髪を触る。

「うん、源次、かっこいい! モデルみたい。俺が女なら、ほんと惚れちゃうね」

 拓実は無邪気に言ったが、源次の顔はみるみる険しくなり、眉間にシワが寄り、顔はカッと赤くなり、拓実をギロリと睨んだ。


「拓、源次が恥ずかしがってるから、やめてあげてくれ」

 一生がお茶を配りながら、拓実を止める。


 その時、引き戸が開いた。

「こんばんは、皆様。遅かったかしら?」


 身長が百七十近くはありそうな、スレンダーな女性が入ってきた。

 フレームなしのメガネをかけ、髪をおさげにし、薄手の淡いピンクのトレーナーに、白のロングスカートという出立ちだった。

 全体的に薄化粧だが、ピンクの口紅が印象的だった。

 彼女から、フレグランスの甘い香りが漂った。

 麻宮凛華あさみやりんか。二十一歳である。

 彼女も結界師で、神獣にもなれる。実家は大手書店、出版社である。凛華は今、実家が経営している書店、麻宮本店で、副店長として働いている。


「ちぃーす! 凛華! 元気だった?」

 拓実が笑顔で訊ねる。

「わたくしは元気です、拓実さん。……ですが、今のは婚約者に対する挨拶でしょうか? まるで大学の友達に会ったような……、そんな挨拶ですね」

 凛華はメガネをかけ直しながら、淡々と言った。表情が暗い。

「まっ、まあまあ、凛華。その話はまた今度、二人の時にしてくれないか。上がって、ほらお茶でも飲んで」

 一生がなだめに入る。


 十畳の和室の真ん中に、テーブルセットが置いてあり、みな、そこに座っている。

 結界師の会議はいつもここで行われる。


「皆、急にすまないね。それで、今回集まってもらったのは、昼間の厄災の事なんだが、源次や凛華は違和感を感じなかったか?」

 一生が本題に入る。

「いや……、特に何も……」

 源次が真面目な顔で答えた。


「いつもの厄災と何ら、変わらなかった、と思いますわ。そもそも、わたくしが着いた時点で、厄災はもう凄く小さくなっていて……、消滅しかけと言うか……、もう黒い塵になりかけというか……。源次さんのお父様が、神獣になっている源次さんの上に乗りながら、金属バット振り回して……、戦っていましたわ」

 凛華がお茶を飲みながら伝える。


「ギャハハっ! さすが源次のおやっさんだな〜〜。俺も見たかったなぁ。いつものおやっさんの厄災無双!!」

 拓実がお腹抱えて笑う。


 源次の父親は、見た目はものすごく厳つい。元、結界師だ。

 今は公立の中学校の教頭先生だが、元体育教師だった為、今も筋肉がすごい上に、髪を坊主にしている。どう見ても、真っ当な仕事をしているようには見えない。

 そんな見た目とは裏腹に、生徒思いの優しい先生で、生徒を守る為、野犬や、熊と素手で戦った、という伝説すらあり、生徒からは愛されている。

 黒いサングラスをかけている時もあり、その姿がモグラに似ている事から、生徒から付いた渾名が『屈強のマッチョもぐら』である。


「ええ、『屈強のマッチョもぐら』の異名に恥じない、素晴らしい戦いぶりでしたわよ。神獣に跨り、戦地を駆け巡りながら、厄災を金属バットでブン殴る御姿、すごく豪快で、強く、華麗でお見事でしたわ」

 凛華の言葉に源次が目をクワッと見開き、

「な、何だと……!!」

 真顔で凛華を睨んだ。

 顔は赤くなり、目は充血し、右手の握り拳が震えている。


「凛華……、源次がお父上を褒められすぎて、すごく恥ずかしがってるから、やめてあげてくれ」

 一生が源次の助けに入る。

 源次は、物凄い恥ずかしがり屋だった。


「オホホホ。相変わらず、勘違いされそうな、ハラハラリアクションですわね。まぁ、そこがいじりがいが……、じゃなくて、源次さんの面白いところですわね」

 凛華が高笑いする。


「……それより、本題に戻るが、今回、私と拓が戦ったのは特殊な厄災だった。私と拓を狙って、執拗に跡を付けてきていた。話もしてくるし、攻撃も緩いと感じた。そして妙だったのは厄災自体が、まるで消えたがっているような、そんな感じだった……」

 一生は顎に手を当てて、あの奇妙な厄災との戦いを思い出しながら、話していく。


「そうなんだよ。途中でさ、厄災の大きさも完全に戻るし、変なおっさんの顔とか浮かび上がってきてさ、なんかぶつぶつ言ってて、あんな気持ち悪い奴は初めてだったね!」

 拓が興奮気味に話す。

「掃滅した時には、二体ともキラキラして、雪の結晶みたいに輝いていたな。いつもみたいに黒黒した塵にならなかった……。楽しそうな笑い声も聞こえて……。そういえば、源次たちの倒した厄災もまるで、我々の道を塞ぐみたいに暴れてたな。あの厄災に引き寄せられてきたんだろうか? 考えすぎか」


 一生と拓実の話を黙って聞いていた凛華が、

「……! 本当に、そんな気味の悪い厄災がいるんですのね。すこぶる気持ちが悪いですわ!」

 凛華は嫌悪感を露わにしていた。


 しばらく、いやほとんど話をしてなかった源次が口を開いた。

「…………前にもあったか、親父に聞いてみる……」

「わたくしも、厄災に関する書物庫で、それと同じ事が以前にもあったか、探してみますわね」

 凛華がメガネの位置を直しながら話す。どうやらサイズがあっていないらしい。


「この他に何か報告がある方はいますか〜〜?」

 拓実が仕切る。

「はいはい、俺はあります〜。一生の記憶消去の術『忘却』が通じない女の子がいました〜。その子はめちゃくちゃ、美味しい塩饅頭が作れます」


「後半の情報は忘れてくれ。拓の神獣の姿を見られて、私は記憶を消したつもりだったんだが、彼女の霊力がとても強いのか、記憶があった。こんなことは初めてで……、驚いている。ただ彼女自身、ベラベラ話すタイプではなさそうなので、しばらく様子を見ることにした」


「まぁ、馬鹿な拓実さんのせいで、うちの馬鹿な拓実さんが、とんだドジを踏んだせいで、一生さんが御苦労なさったのですね。すみません。婚約者として、お詫びします」

 凛華が頭を下げる。

「あのさぁ、婚約者っていったって、あの母親が勝手に決めたんだ。俺も納得していないし、凛華の事、婚約者だとは思っていないよ。凛華もそうでしょ」

 拓実が合点がいかない様子で話す。


「ま、まぁ、それならば、き、きちんと、拓実さんは、お母さんに、婚約解消したい迄を、申し出てください。もちろん、お互いベジネスに、影響が出ないように、してくださいね。鶴山製薬さんとは、今後も良い関係でいたいので……。拓実さんに、あのお母様を説得させられるか、み、見ものですわね」

 凛華がたどたどしい言い方で話す。


「うん、俺、頑張るよ」

 拓実がみんなを見ながら笑顔で言った。


「俺さ、生まれて初めて、守ってあげたい、って思う女の子ができたんだよね。なんか放っておけない感じでさ……」


 源次は何ら変わりなくお茶を飲んでいたが、一生と凛華は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。


 一生はまさかと思いながらも訊ねた。

「そ、その相手ってまさか……」


「桜琴ちゃんだよ。俺は彼女を守りたい……! 二度と泣き顔は見たくない」




 一生は拓実が初めて見せる、精悍な顔つきに戸惑っていた——

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