第8話 厄災の正体

 日野佐一ひのさいちはレスキュー隊である。28歳にして、昇任試験に合格。

 異例の出世を遂げている。


 身長、百八十ニセンチ、黒髪アクティブショート、普段着でも、鍛え上げられた筋肉がわかるほどである。趣味は山登り。


 そんな佐一は現在、救助活動にあたっている。国道付近で、地震のような異常現象が起き、道路が陥没し、電柱が車の上に倒れたり、パニックで、車が衝突事故を起こし、動けない人々がいる。

 幸い、まだ死者は出ていないようだ。


「日野隊長、追突事故現場ですが、ドアが破損して……、開けられません、中に母親と乳児が取り残されています」

 部下が佐一に報告してくる。


「わかった。今行く。ところで、ドクターカーはあと何分ぐらいかかりそうだ?」

 佐一が部下に訊く。一刻を争う事態だ。運転席で足が挟まって動けない人もいる。

「県道の方は通れるみたいで、ちょっと遠回りにはなりますが、あと十五分ぐらいかかると、連絡がありました」

「くそ! 十五分か……、なんとか持たせないとな。行くぞ、お前ら」


 ——誰一人、死なせてたまるもんか——


 佐一と数名の部下たちはドアが破損して出れない、母親と乳児のところへ走って行った——










「なんだか……、大変な事になってるなぁ、地震?」

 父がテレビを見ながら、深刻そうに呟いた。


 今、桜琴たちはリビングで、お昼ご飯の焼きうどんを食べている。うどんの上に目玉焼きが乗っていて、何気に嬉しくて、幸せを感じながら食べていた、そんな時だった。

 うどんしか見てなかった桜琴も、TVを見る。


「えぇ、これ、うちからそんなに離れてないよ! 何があったの!? 地震なんて感じた?」

 楓がテレビを見て、箸が止まった。


『え〜、こちらはTV関東です。ただいま入った情報によりますと、所々から、ガソリン引火と見られる火災が起こり、消防が消火活動を行っています。また、追突事故により、潰れた車から出れない人も数名いて、レスキュー隊が救助にあたっていますが、現場は依然として、厳しい状態が続いております。現在、負傷者数は二十名ほど、今後も増える見通しです。なお、この事故により、国道五百八号線は通行止め、県道七百七号線は通行可能となっておりますが——』


「あらやだ、怖い。先ほどのお客様たち、巻き込まれてないといいけど……」


 母が何気なく言った一言に、桜琴の心臓がドクンと跳ね上がった。


『なお、この地震と見られる現象については、揺れも通常の地震と大きく異なることから、専門家による調査が取り急ぎ、行われています。今後も引き続き、情報が入り次第、お伝えします——』

 桜琴はTVから聞こえる音声に気分が悪くなってきた。


 ——ま、まさか、また黒緑あいつらのせい? あの人たち、大丈夫かな……。あ、あたしのせい? あたしがたくさん話したから? え? 今回は違うよね……?


『今、レスキュー隊により、一人の女性と乳児が助け出されました。母親と見られる女性は腕に軽い怪我を負っているようですが、二人とも無事です——』

 TVに救助の様子が映しだされた。


「あ、佐一じゃん! みんな見た? 佐一、いたって!」

 楓が興奮気味に話す。


「赤ちゃんとお母さん、助かって良かった、良かった……。本当……大変な仕事だよ。佐一は立派だな。ただ、怪我しないか、見てるこっちもハラハラするなぁ」

 父が大きく息を吐き出す。


「こういう人たちがいるから、助かる命があるのよね。……あら……、桜琴……、どうしたの!?」

 桜琴は真っ青になり、膝を抱えて椅子に座っている。


「ちょっと、大丈夫?」

 母が顔を覗き込んでくる。

「……、あ、あんまり寝てないからかな。き、気分悪い…。上で寝てくるね……」


 桜琴はそう言い、トイレに駆け込んだ。


 ——さっき、TVに黒緑がちらっと見えた。

 う、うう、き、気持ち悪い。

 桜琴は嘔吐してしまった。

 久々に見たと思った。



 トイレのドアがノックされ、母が心配してくる。

「ちょっと桜琴、大丈夫? 吐くぐらい調子が悪かったの? 大丈夫なの?」


「お、お母さん……、あ、あたし……」


 ——実は人に見えないものが見えるんだ……


 桜琴は母に本当のことを言ってしまいたかった。


 ——でも言えない。お、お母さんまで、そのせいで何かあったら……


「な、なんでもない……。だ、大丈夫……」

 鼻水を啜る、桜琴は泣いていた。

「桜琴……、とりあえず、落ち着いたら、上で寝てなさい」


 母の心配そうな声が聞こえた。そして去って行く足音も聞こえた。

 お昼ご飯を食べたら、残りの梱包もしてしまわなきゃいけない。まだ少し残っている。母も忙しい。


 桜琴は洗面台で口をゆすいで、作業着を脱いで、自分の部屋のベットに横になった。吐いて、だいぶスッキリした。


 桜琴は色々、思い出していた——


 ずっと佐一のことは好きだったが、専門学校に入学した頃から、急によそよそしく、そっけなくされだして、辛かった。


 仕方なく参加したコンパで、知り合った大学生と付き合い始めた。初彼氏だった。

 この頃は付き合うというのが、どういうものかも知らなくて、そして知らないまま終わった。

 デートで動物園に行った帰り道、初めて手を繋いだ。

 その瞬間、彼の背後から、黒緑が現れて、彼が襲われ、逃げた彼が車に轢かれた。


 幸い命に別状はなかったが、彼はお見舞いにきた桜琴を、異常なほど怖がり『もう来ないでくれ』と言った。



  ——あれは傷ついたな……。思えばあの時、初めて黒緑を見たんだったな。


 その後、彼とは音信不通になった。たまたま、手を繋いだ場所が、物怪か、霊的なものがいた場所だったんじゃないか、と思ったりもした。


 だが、その後も、友人を通じて仲良くなった人たち、お店によく来てくれる男性、食事や、映画など二人で行くようになると、必ず、その人たちはみんな黒緑に襲われた。中には転んで、怪我をしたり、骨折してしまった人もいた。


 命に別状はないが、みんなが桜琴を怖がった。『お祓いをした方がいい』とまで言われた。

 不安になり、誰にも言わず、一人で、有名な神社にお祓いに行ったこともある、御守りも幾つも買った。神頼みだった。


 ……だが、無駄だった。


 その後も月縁堂で、桜琴に結婚して欲しいと懇願してきたサラリーマン。

 毎日毎日、店に通い、ラブレターまで書いてきた薬剤師。

 街でナンパしてきて、手を引っ張って無理やり、車に連れ込もうとした男。 

 みんな、黒緑を見て逃げた。このナンパ男は『顔、顔があぁあぁぁぁぁ!!!』と酷く怯え、過呼吸を起こしていた。


 黒緑の被害者、合計十五人以上。


 ——あたしは呪われているのだろうか……。あたしだって、普通に恋愛したかったな。


 桜琴は涙を浮かべて、天井を見た——








 一方、一生こと、白銀狼はくぎんは体長三十メートルはありそうな、厄災の周りを走り回りながら、碧い神力を出し、五芒星を描いていく。


(この厄災は、妖魔十五体程度か、この大神力で一気に叩く!)


 厄災が大きな泥の手に変わり、自身の体からヘドロ玉を取り出し、白銀狼目掛けて、次々と投げつけて来る。白銀狼は素早い動きで躱していく。


 そのヘドロ玉を避けながら、白銀狼はおかしいと感じた、違和感があった。

 厄災がいつもの感じとは全く違う。


 攻撃が弱いというか、ぬるいのだ。速さも威力も。


(妙だな……。弱っているのか? 私を油断させようとしているのか?) 


 警戒しながらも、五芒星を描き終え、

『氷龍の刃』と心で唱えた——



 その時、厄災が山の形に変わり、

『……コレデ、ヤットオワレル……』

 と天使のような安らかな顔が、厄災から沢山浮かび上がってきた。

 みな、微笑んでいる——


 ——な、なんだ、これは!! こんなの見たことないぞ!


 白銀狼は戸惑ったが、次の瞬間、五芒星が碧く光を放つ——


 二十五メートルぐらいありそうな、氷の龍が地面から出てきて、雄叫びを上げ、その鋭い氷の爪で、厄災を横一線に切った。


 厄災は粉々に散った。

『アハハ……』『ウフフ……』と楽しそうな笑い声が、辺り一面に聴こえて、キラキラと、光りを放ちながら消えていく——


 ——なんだ、こ、この声は? この光はまるで……精霊じゃないか……。倒したのは妖魔の塊じゃない……。何がどうなってる?


 白銀狼いっせいはあまりに美しい……、光の宝石のような、そんな光景をしばらくみつめていた——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る