第7話 厄災との戦い

 渋滞で動けない最中、厄災ニ体はどんどん近づいてくる。


 妖魔や、厄災は見える人間と、見えない人間がいる。霊力が強ければ、強いほど、見えるし、感じるのだ。

 妖魔は妖怪、物怪の類で、いろいろな形をしているが、厄災は黒緑の泥のような塊だ。泥のスライムみたいで、形も色々変えてくる。


 一生も碧い水晶のピアスを左耳につける。神通力をアップさせる神石だ。

 

「せめて、若様のお屋敷まで、厄災どもを誘導できたら良かったのですが、この渋滞では、どうにもなりませんな。若様、ここで結界を張りますか?」

 山名が一生に訊ねる。一生の屋敷なら神気があり、神通力も回復が早い。


「そうだな……、やむを得ないな……、拓! ここで結界を張るぞ! ラーメンぐらい、何軒でもつきあってやる。まだ、神通力は残ってるか?」

「まぁだまだ、全然、大丈夫だぜ〜〜! 一生、結界を張るよ〜」


 拓実と一生が車から降りる。

 二人で両手から神通力を出す。拓実の手からはあかいオーラ、一生からは碧いオーラが出る。


 辺り一面、結界が張られる。二人だと結界も早い。


 結界が、妖魔や厄災を閉じ込める。中から外は見えるが、外から中は見えない、完璧な異空間が出来上がる。

 ここで妖魔が出した攻撃や、結界師が出した神術が、結界から外にでてしまう事もない。


 拓実が『智拳印』と呼ばれる印を結ぶ。

 拓実の周りに風が起き、綺麗な髪が風になびく、途端に拓実の姿が黒狼に変わる。

 黒狼の身体からは紅いオーラが出ている。まだ神通力がある証拠だ。


「おお、黒狼様こくろうさま! その凛々しきお姿、久々に拝見しました。相変わらず、格好良いですな」


 車から降りた山名が興奮している。そこに紺装束の忍びたちが五人やってきた。忍びたちは霊力が強いため、結界の中にも入って来れるのだ。山名に何やら耳打ちしている。


「若様、拓様、大変です。渋滞の原因はもう一匹の厄災が道を破壊し、塞いでいたためです。

 現在、源次様がお一人で厄災と闘っておられます。凛華樣も急いで、そちらへ向かっているとの事です」

 山名が正確に状況を伝えてくる。

「感謝する『波』のものたちよ」

 一生が紺装束の忍びたちに礼を言う。忍びたちは黙礼をする。


 『波』と呼ばれる忍びたちは普段、一生の会社で働いている。

 営業職だったり、工場勤務だったり、色々だ。現在、五十名ほど忍びたちがいる。先祖代々、忍の一族だったものたちだ。『波』の長は山名である。忍びたちからは『うずまき』と呼ばれている。


「山名、残りの『波』たちを半分、源次のところに直ちに向かわせてくれ」

 一生が即座に判断を下す。

 相変わらず、賢明な判断だと山名は思った。

「承知いたしました」

 山名がまた紙にさらさら書いて、空に飛ばした。今度は空から黒猫が現れ、その紙を加えて、消えた——


 ——厄災が全部で三体か、なかなか厄介だな。一匹は暴れてるようだし、人々は地震だとパニックになっているだろう。犠牲者が心配だが、あそこには源次も、源次の父親もいるから、大丈夫だろう。


 

 妖魔より厄災の方が強い。人や、生き物の恨み、悲しみなどの負の念により、妖魔が生まれ、妖魔が形を変えて集まった物が厄災だからだ。さらに厄災は妖魔さえ呼ぶから、かなり厄介だ。

 だから、妖魔が集まり厄災になる前に、始末しなければならない。

 


  一生も智拳印を結ぶ——

 美しい銀髪が風に舞い上がる。左耳のピアスもゆらゆら揺れる。

 一生の身体が三メートルはありそうな白銀狼に変わる。耳の中、爪、全てが白銀だ。

 瞳は碧く、宝石のようだ。一生のこの姿は『白銀狼はくぎん』と呼ばれている。



 神獣になるにはかなりの神通力を使う。当然、身体への負担も大きい。だが、厄災相手には、神獣じゃないと、なかなか厳しいものがある。結界師が出す『神術』と、神獣が出す『神力』では威力が桁違いだ——






 黒狼たくみは、体長二十メートルぐらいの一匹の厄災と闘っていた。

 二匹の厄災はそれぞれ、一生と拓実を狙っているかのように、二手に分かれていた。厄災に憑いてきている妖魔どもも邪魔だった。


 黒狼は頭上を睨み、心の中で『炎天えんてん』と唱える。頭の上にいる、妖魔や厄災目掛けて、紅炎が高く昇り、妖魔や厄災の一部を焼き尽くす。

『ぐぎゃああぁぁぁぁ!!!』

 と妖魔の声がする。厄災は、黒緑の一部分が焼けてなくなっている。

 妖魔はこうして倒せるが、厄災には何度も何度も、術を繰り出し、少しずつ、黒緑の体を削り取っていくしかない。

(この厄災だと、妖魔十体分ぐらい吸収してそうだなぁ……。だるいなぁ。ラーメン食べて、一生の家でごろ寝したい……)

 黒狼たくみは空を見て思った。



「黒狼様、加勢いたしまする」

 山名がそばに来た。忍びたちが直径十五センチぐらいの、青い鞠のような物を厄災に投げつける。一生が祈祷をしたものだ。

厄災に当たり、碧い炎が出て爆発する。忍びたちは容赦なく投げつけていく。

厄災の体がどんどん削り取られていく。


「さっすが、若様。今回の手鞠弾も素晴らしい出来ですなぁ!」

 山名こと『うずまき』が絶賛している。忍びの時の名だ。


『ヤ。ヤメテ……』

「ん?? 何か言いましたか、黒狼様……?」

うずまきが、不思議な顔をして、黒狼の方を見る。

「ううん、俺は何にも話してないよ……、……厄災か? な〜んか奇妙な声だな……」

黒狼が答える。


 その時、山のような形になった、厄災から黒緑の泥の手がたくさん出てきた。うずまきや忍びたちは、短剣を出して、狙ってくる手泥を切り落としていく。

 黒狼も鋭い爪で引っ掻いて、厄災の伸びてくる手を切り捨てていく。

 その時、また、

『イタイヨ……。イタイ』

 と聞こえた。どうやら厄災から聞こえてくる。

(あれ、厄災って普通に話したっけなぁ?)

 黒狼は不思議に思った。今まで、厄災や、妖魔にダメージ与えても叫び声しか聞いた事なかった。

(まぁいいや。とりあえず、倒して、ラーメン食べて、昼寝したい。あっ、桜琴ちゃん家のお菓子も食べたいな。おやつに間に合わせなきゃ……)

 黒狼は厄災に向かって、勢いよく炎を吐いた。



 





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