第二章 心癒すハープの調べ~現在編~

第3話 来なかった手紙の返事


第二章 心癒すハープの調べ~現在編~


《序文》

 あれから5年がたとうとしている。スノーホワイトことテレージア・アルシェは、ギルドを去ったのち、リラの故郷で暮らしているらしい。僕・ローレライ・ラ・ファイエットは、ギルド長から聞きだした彼女の住所宛てに、手紙を毎月送り、仕送りもしていた。彼女の一家のことを思って、だった。

 実は、仕送り額の半分は、パトリックからであった。しかし、本人の希望で、それはスノーホワイトにはふせたままだった。

 僕は、その後も仕事を続けながら、過去の自分を呪い、自分を責め続けた。

 パトリックも、あれから笑顔がめっきり減り、団員からも心配されるほどだった。

 パトリックは再婚しようとはしなかったし、彼女も作っていなかった。

 みんなだって、かつての仲間・白肌のスノーホワイトのことは、心の片隅に、古い傷跡のように、あったに違いない。

 僕は、仕送りや手紙送りを続けつつ、毎晩のようにお酒を飲んでは、彼女のことに思いをはせ、夜(よ)月(づき)を眺めた。


一、 来なかった手紙の返事


 ある朝のことだった。僕が早起きをして郵便ポストを見ると、そこに珍しく、僕宛の手紙が入っていた。

 不審に思って裏返し、送り主を見て、僕は思わず手紙をその場に落としそうになった。

 まぎれもない、彼女・・・・・スノーホワイト、テレージア・アルシェからの手紙だった。

 5年間来なかった、手紙の返事が、今、突如来たのだった。

「ローレライへ、」という宛名で、手紙の文は始まっていた。ローレライは2~3枚の文をじっくりと読んでいた。どうせギルドに遅れても、今日はたいして重要な任務は入っていない。夏の暑さの中、ハンカチで汗をぬぐうのも忘れて、ローレライは道に立ったまま、ポストの前で、手紙をすべて読んだ。

「ローレライへ  テレージア・アルシェより

 毎月の仕送りと、毎月の手紙、本当にありがとう。今まで、返事を書かなくてごめんなさい。あの事件以来、私はどうしてもあなたと手紙ですら話すのが怖く、内容はすべてきちんと読んでいたけれど、返事を書く気が起きませんでした。

 パトリックのことも、貴方の手紙で聞いています。私も、新しい男性は作らず、今でもパトリックのことを思って、家族とリラの奥地の故郷で暮らしています。あなたの仕送りのおかげで、弟や妹にも、教育を受けさせられました。今でも、毎日楽しそうに、中学校や小学校に通っています。

 私はといえば、故郷の町で、小さな医院を開き、医者として働いています。その収益とも合わせ、あなたの仕送りのおかげで、私は最近、アイリッシュハープという楽器を習い始めました。リラの民族楽器です。

 ハープを弾くようになり、心の傷が癒えて来たように感じ、意を決して、こうして筆をとっています。

 あなたに一言、お礼がいいたくて、それから、ハープを習えるようになったお礼もあり、一度、パトリックやあなたと、また会えたらどんなにいいか、と思うことが多々あります。

 私は、故郷の町を離れるつもりもないけれど、あなた達二人と会えたら、と思うと、寂しいです。

 今度からは、手紙にも返事を送ります。

 今まで、無視するような真似をして、ごめんなさい。

 仕送り、本当にありがとう。

                                 あなたの良き友人  テレージア・アルシェより」


 だいたいが、このような内容の文であった。

 あとは、会えなくて寂しいというパトリックに伝えてほしい、というようなものが別紙で書いてあった。

「これは、ちょっとパトリックにも知らせなきゃね・・・・・」と言って、ローレライは、ギルドへと向かった。

「パトリック!」と言って、任務のあと、ローレライがパトリックを呼び出した。

「どうした、ローレライ、今日も飲みに行くか」

「そうじゃなくて、パトリック!手紙だよ!スノーホワイトから、手紙の返事が来たんだ!」

 その言葉に、パトリックが一旦停止したように真っ青になり、続いてローレライの胸ぐらをつかんだ。

「……見せろ!その手紙を、俺にも見せろ!!早く!!」

「わ、分かったって、パトリック!ちょっと、僕、むせちゃうでしょ!まったく・・・・・」

 そう言って、パトリックが離さない胸ぐらをよそに、ローレライが胸ポケットから手紙を取り出した。

「はい、コレ。まったく、君ときたら、せっかちにもほどがある・・・・・」

「うるさい!」と言って、ローレライが手紙の本文に目を走らせる。

「君宛ての別封筒の手紙もあったけど、僕はあえて読まなかった。君とスノーホワイトの、プライベートだと思ってね!」

 パトリックの胸ぐらづかみから解放され、ローレライが襟を正しながら言った。

「そうか、スノーホワイト、医院を開いて働いていたのか・・・・・。ハープも、最近始めたのか……」そう言って、パトリックが、もう一枚の紙をローレライに突き出す。

「特別許可をやる、お前も読んでみろ、俺宛の手紙だ」

「!パトリック、ありがとう!」そう言って、ローレライがパトリックから、手紙を受け取る。

「本当にいいの、と言いたいけど、僕も気になるから!」と言って、ローレライが手紙の本文を読む。

 そこには、テレージアの、かつての婚約者への愛の言葉が書いてあった。今でも愛している、他の男も目に入らない、あなたとの一夜が忘れられない、私にはあなたと結婚する資格もないし、あなたには普通の子供を産める誰か別の女性と結婚して幸せをつかんでほしいとも思っているが、しかし私もあなたのことを忘れられない、などなど。

 読みながら、ローレライはつたー……っと涙が頬を伝うのを感じた。悲しいからでもない。感動したからでもない。悔しいからであった。パトリックには告げてあったが、ローレライだって、スノーホワイト、テレージアのことを最初から気になっており、本気で好きだったのだ。

「まったく、君は羨ましい奴だよ、パトリック」と言って、ローレライは手紙をパトリックに返したのち、パトリックの顔を一発殴った。

「テレージアを守れなかった僕が君を殴る資格はないかもしれない。だけど、僕だって、彼女を譲るつもりはないし、彼女を放り出して別の女とくっついたら、その時はお前を殺す」

 そう言うローレライの瞳は熱く燃え、その語気には凄みがあった。思わず、誰もが圧倒されかねない圧があったが、パトリックは静かにペッと血を吐き、

「・・・・誰が、別の女性と付き合うって?ローレライ、俺を見くびるな」それだけ言って、パトリックはつかつかとローレライのそばを離れ、別の方向へと去っていった。おそらく、自宅に戻る前に、ギルドで手紙の返事でも書くのだろう。

「君だけじゃない。――僕だって、手紙の返事、書かせてもらうよ、パトリック!」と言って、怒りと悔し涙をながすローレライは、自宅へと戻った。

 自宅に戻り、カバンをベッドの上に放り出したローレライは、深くため息を大げさにつき、スノーホワイトからの手紙を机の上に置いた。

 ウィスキーを飲み、しばらくして落ち着いたのち、今すぐには返事を書く気になれず、「スノーホワイトへ 手紙の返事、ありがとう!ずっと待ってたよ・・・・」と書いただけで、筆を止めてしまった。

 スノーホワイトが待っていたのはパトリックだ。僕じゃない。

 そう思うと、続きが書けなかった。

 ローレライは、きっと唇をかみながら、(僕だって、彼と同じぐらい、君のことを……)と思いながら、酒をもう一杯やった。

 寝る間際になり、そのまま床に就こうと思ったのだが、思うところがあり、机に向かい、スノーホワイトへの思いをつづることにした。

「スノーホワイトへ

手紙の返事、ありがとう!ずっと待ってたよ。そうか、君は医院を開いて、今は趣味もされているのか。それならよかった。

 一つ、伝えておきたいことがあってね、スノーホワイト。君とパトリックの仲は知っている。だが、だが、僕は・・・・・テレージア、僕のことも、見てほしい。それでね・・・・・一つ、提案があるんだ」と、そこまで書き、ローレライは筆をおいた。

「パトリック、許せよ・・・・」と言って、月光に照らされながら、ローレライは窓際の机の上で、ある考えにふけっていた。

 次の日、ギルドで顔を会わせた二人は、ちょっときまずくなりつつ、二言、三言告げた後、別れ際に、ローレライが、

「パトリック!今日、大事な話がある。今日の夜、ちょっとバーに誘ってもいいか」

「ああ。それなら、どうせなら、俺の家で飲まないか。酒ならそろえてある」

「うん、わかった。恩に着る、パトリック」

 そう言って、二人は別々の任務に向かった。

 ローレライは32歳、パトリックは31歳になっていた。

 その日の夜、ちょっと負傷して手当を受けていたローレライのもとに、パトリックが姿を現した。

 二人で話し合い、ちょっと会話をしたのち、二人はパトリックの家に向かった。

「荷物ぐらいは持ってやる」といって、パトリックがローレライから荷物を奪い取った。

「……ありがとう、パトリック」

 パトリックの家に着くと、ローレライはさっそくテーブルに座り、

「この前は殴ってすまなかった、パトリック」と、ぼそりといった。

「あのな、パトリック」と言って、ローレライがお酒とおつまみの用意をするパトリックに声をかけた。

「僕、スノーホワイトを迎えに行こうと思う」

 その言葉に、パトリックがちょっと反応したように、台所で一瞬動きを止めた。

「スノーホワイトも27になってる。それでいて、まだ身も固めていない。君のことが気にかかっているらしいし、君だってもう30を超えてる。そろそろ、結婚を考えてもいいころだ」

「俺は、テレージア以外とは・・・・!!」と、パトリックが憤慨したように言うので、ローレライが、

「分かってる。だからこそ、今が好機だと思う。テレージアも、心を開いてくれている。俺が、迎えに行ってくる」と、ローレライがぼそりといった。

「……頼んでも、任せても、いいのか」

「ああ、僕に任せてほしい」

 そう言って、出されたお酒をぐいっと飲みほし、ローレライが静かに言った。

「僕にしかできないと思う」

「俺はギルドを長らく離れるのもできないしな」と、パトリックが遠くを見るような目で言った。

「うん、僕に数か月、時間を欲しい」

「分かった」

「ありがとう。それなら、スノーホワイトへの手紙の返事の続きが書ける」

「俺も書いてたところだ。もう完成してある。俺は俺で彼女の住所知ってるから、俺から送っておく」

「うん、わかった、パトリック」

 その晩、思う限りお酒を飲み、話をした二人だったのだが、ついに決めたのが、スノーホワイトからの返事が来次第、彼女を迎えに行くということだった。ローレライも、ギルド長には僕から話しておく、と言った。

 2週間ほどで、テレージアからの返事が来た。

 正直、メルバーンに戻りたい気持ちは少しはあるが、(パトリックにまた会いたいらしい)、リラはリラでもう生活ができており、悩んでいる、という内容だった。スノーホワイトが揺らいでいる。僕らはそう感じた。

「僕が行かせてもらうよ、パトリック」と、ローレライが手紙の返事をパトリックに見せながら再び言った。

「必ずテレージアを連れて帰る」

「うん、ローレライ、頼む」

「おう、まかせろ」

 一週間後、ローレライは荷物をまとめ、メルバーンを去った。

 彼にとっても、ギルドのみんなにとっても、であった、愛しい人・スノーホワイトを連れ戻すために。


二、 彼にとっての祈りの息吹、今、再会の時


 ミニチュア魔法と、彼の貯えておいたお金などを持ち出し、ローレライはメルバーンから、スノーホワイトの待つリラ東部・バークレーの町に向かった。バークレーの町は、リラの国東部でも、山脈沿いにある町で、かなり奥地なので、雪そりで行ったり、徒歩の旅になるだろう。

 バークレーの町は、リラの北部、海岸沿いの町から外れたところにある。

 ローレライは、馬車と徒歩と馬そりの旅を続けながら、2か月ほどで、バークレーの町にたどり着いた。

 毛皮のコートを着込んだローレライは、自身に防寒の呪文をかけていたのだが、それでも雪だまりの景色にぞっとした寒さを覚えながら、手帳にメモしてきた住所に向かって、のっそのっそ、と積もっている雪の中、歩いて行った。

 ローレライ不在の際の、手紙のやり取りと、お金の送金は、代わりにパトリックにしてもらっていた。

 ある一軒家があった。バークレーの町中心部から西部に外れた田舎道を少し進んだところに、彼女の家があった。

 家の玄関で、まだ10代前半の男の子と女の子が雪だるまを作って遊んでいた。飽きもせず。

 ローレライに気づき、思わず雪だるまを作る手を止める。

「やぁ!」と、ローレライが、カバンを持っていないもう片方の手をあげて挨拶した。

「僕はローレライ・ラ・ファイエット。君のお姉さん、テレージア姉さんを探しているんだ」

「え??姉ちゃんに?」と、兄らしき男の子が言う。

「うん、そうなんだ。呼んできてもらえるかな?御在宅かな?」と、ローレライが身をかがめて言う。

「姉ちゃんなら、今日は医院休みだから、家でハープ弾いてるよ」

「んー、分かった、それならちょっと呼んできてくれないかな?この名刺を見せて」と言って、ローレライが、ギルドの自分の名刺を取り出す。

「分かった!ちょっと待ってて、変な兄ちゃん!」と言って、男の子が元気に家の中へ駆け出す。

「変な兄ちゃん」と言われてボーゼンとしたローレライは、しばし家の玄関の前で待っていた。

 改めて、スノーホワイトの家族の住む家を見る。みすぼらしくはないが、レンガ造りの、まあ普通の一軒家、と言ったところだ。医院は、市街地の別のあるビルの一室を借りて営業している、と手紙に書いてあったから、自宅が診療所でないのは知っていたが……。

 数分後、玄関のドアがバタン、と開き、勢いよく、息を切らしたスノーホワイトが出てきた。

 一目会いたかった、愛しい人の姿に、ローレライは思わずカバンをその場に落とし、

「スノーホワイト……!!」と言って、テレージアと抱き合った。テレージアも抱擁を受け入れてくれた。

「ローレライ・・・・!手紙で聞いてはいたけど、本当に来てくれるなんて……!!」

「当たり前だろ、スノーホワイト。俺の愛しい人」と言って、ローレライが一層強くテレージアを抱きしめる。室内にいたせいか、テレージアは薄着だ。

「スノーホワイト、しばらく、このまま・・・・」と言って、二人は抱き合ったまま、玄関の前で立ちすくんでいた。雪がしんしんと静かに降り積もる。

 珍しく、テレージアも嫌がらず、ローレライをひしと強く抱きしめていた。さすがに5年ぶりだからだろうか、とローレライは推測した。

 その後、「君の体が冷えるから」、ということで、二人は家の中へ入った。

 家の中には、スノーホワイトことテレージアの母親もいた。父親は他界している、というのは、ギルド時代にスノーホワイトから聞いている。

「まあまあようこそ、遠いところからおこしで。さあ、こちらの暖炉のそばの暖かいところへどうぞ」と、スノーホワイトの母親が椅子を進める。ローレライは何度もお礼を言って、カバンを床に置き、椅子に座った。

 テレージアが、お盆にのせた、はちみつつきのパンとコーヒーのマグカップを持ってくる。

 続いて、テレージアが、ローレライの椅子の隣の椅子に座る。

 ローレライが、改めて母親に詳しい自己紹介をしたところ、

「まあ、あなたが私たち一家に仕送りをしてくださっていた……!!テレージアからお話は聞いております、ギルド時代の親しいご友人だったそうで。本当に、なんとお礼を申し上げていいか」

「お気になさらないでください、お母さま。僕らにとって、娘さんは、みんなにとって大切な存在でしたから」と、ローレライが頭を下げる母親に慌てた素振りを見せる。

 テレージアの判断で、居間でローレライと二人っきりにしてほしい、ということになり、母親と3人の兄妹は、居間から出ていき、二人は面と向かい合って話し合うことになった。

「聞いていたより、素敵な家じゃないか、テレージア」と、ローレライが切り出す。

「私のギルド時代の仕送りや、あなたからの仕送りのおかげで、増築できたの。あなたのおかげよ、ローレライ」と言って、スノーホワイトが暗い顔をする。

 その顔を見つめていたローレライは、(5年前となんにも変わらないな)、と思い、スノーホワイトの手を取った。やはり、ひんやりと冷たい。

「あのね、君がギルドをやめてからの仕送りの半分は、実はパトリックからでもあったんだけどね……。君には、パトリックの指示で黙っておいたが。その、卑怯だと思うから、先に言っておくけど」と、ローレライが言った。

 ローレライの握った手を、スノーホワイトが握り返す。

「それでも、ありがとう。きっと、仕送りを提案してくれたの、あなたなんでしょ。それに、5年間、手紙を送り続けてくれたのも、あなた」と言って、スノーホワイトが目を閉じる。

「……スノーホワイト、よければ、僕とキスしてくれませんか」と、ローレライが目と目を合わせ、ちょっと困ったように微笑んで言う。

「僕のこと、受け入れて、スノーホワイト」

 そう言って、二人は深いキスをした。

「あのね、スノーホワイト、」と、長いキスのあと、ローレライが顔を軽く紅潮させて言った。

「パトリックからの手紙でも知っていると思う。僕らと、3人で結婚しないか」

 それは、ローレライとパトリックで、二人で決めたことだった。パトリックは、メルバーンに帰ってきたスノーホワイトと結婚する。そこまでは決まっていた。そこで、ローレライが、「僕とも結婚させてくれないか」と申しでた。メルバーンでは、高貴な家系では、一人の女性に対し複数人の夫が結婚することは、一応許されていた。ただ、珍しい慣習ではあったが。

 スノーホワイトは、リラ出身で、高貴な家柄の出身とはいえない。だが、パトリックとローレライは、どちらも裕福な家の出だし、パトリックに至っては貴族出身だ。

 十分に、多重婚の資格はある。

 ローレライからの、結婚の申し出に、スノーホワイトは、顔を同じく紅潮させて、ぺこりと頷いた。

 パトリックがローレライの重婚を許したのも、手紙を書くことができなかったパトリックに対し、5年間、返事のこない手紙を書き続けたローレライの思いを知っていたからだった。

 パトリックは、決してスノーホワイトのことを軽んじ、思うのをやめたのではない。ただ、彼女の心の傷跡にふれるのがこわくて、どうしても手紙を書くことができなかったのだ。

「僕の愛しいスノーホワイト」と言って、ローレライが、床の絨毯に片膝をついて、スノーホワイトの手を取り、キスをした。

「僕の妻に、なってくれますか。初めて君を見た日から、はじめて君の美しい金髪に触れた日から、俺の心は君のものです」

「ローレライ・・・・・。今まで、あなたのことを見ず、貴方の愛を拒んでいて、ごめんなさい・・・・。手紙だって、5年間も、私、返事ができなくて・・・・ごめんなさい」

「いいんだ、テレージア。君の心の傷のせいだろう。君のせいじゃない。悪いのは、それを治せなかった僕らなんだ」

「……今は、ハープがあります」と、テレージアが言って、微笑む。

 その優しい微笑みに、ローレライはにっこりと微笑み、立ち上がってテレージアに再びキスをした。

 ディープキスののち、スノーホワイトは軽く涙目になりながら、ローレライと抱き合っていた。

「・・・家族がいるから、これぐらいで」と、スノーホワイトが言った。

「・・うん、わかってる。無理言って、ごめん」

「いいの」

「それより、スノーホワイト、手紙で気になっていたんだ、君のアイリッシュハープというものを、聞かせてくれないか」

「いいわよ」

 そう言って、彼女は居間のドアを開け、奥の部屋から母親を呼び出し、「もう居間でのお話は済んだから、母さんは居間でゆっくり過ごして」と言うのがローレライには聞こえた。

 ローレライは、カバンをもちあげ、やってきた母親に礼儀正しく一礼し、そばを通り抜け、スノーホワイトの待つ小部屋へと向かった。

 スノーホワイトの、寝室だ。小さなハープが置いてある。

「リラの民族楽器なの。メルバーンには、珍しいでしょ」と、テレージアが微笑む。

「うん、そうだね」と言って、ローレライがカバンを下ろし、出された小さな椅子に座った。

 スノーホワイトは、ベッドに腰かけ、その小さなハープを弾き始めた。

「お前の外套と帽子と

 靴をおとり、そして私の炉端にお座り、

 婦人が一度も座ったことのない炉端に。

 私は火をあかあかと燃やして置いた、

 外のものは闇の中に残して置いて

 火のそばに座ろう。


 酒は炉の中で暖まっている、

 ちらちらと焔が出ては消える。

 私はあなたの手足をキスで暖めよう。

 それが燃えるようになるまで。」


 スノーホワイトが、ハープを弾きながら歌い終えると、ローレライはにやりと笑い、パチパチと拍手した。

「いいんじゃない?続きを聞かせて?」

「今のは、12月の夜、という曲なの」と、スノーホワイトが笑顔で言った。

 その後、テレージアが何曲が、歌声なしの曲を弾いた。

「でもね、私、先生から教えてもらったんだけど、一番好きなのは、アメージング・グレースという曲なの」

「ほう。メルバーンでは聞いたことのない曲だ。ぜひとも教えてほしい」

「また今度ね、といいたいけど、じゃあ、最後に一曲、弾くわ」と、テレージア。

 そして、自身を落ち着かせるように深呼吸して、テレージアのハープ演奏が始まった。

「驚くばかりの神の恵み

何と美しい響きであろうか

私のような者までも救ってくださる


道を踏み外しさまよっていた私を

神は救い上げてくださり

今まで見えなかった神の恵みを

今は見出すことができる


神の恵みこそが

私の恐れる心を諭し

その恐れから

心を解き放ち給う


信じる事を始めたその時の

神の恵みのなんと尊いことか


これまで数多くの危機や苦しみ

誘惑があったが

私を救い導きたもうたのは

他でもない神の恵みであった


主は私に約束された

主の御言葉は

私の望みとなった


主は私の盾となり

私の一部となった

命の続く限り


そうだ この心と体が朽ち果て

そして限りある命が止むとき

私はベールに包まれ

喜びと安らぎの時を

手に入れるのだ


やがて大地が雪のように解け

太陽が輝くのをやめても

私を召された主は

永遠に私のものだ


何万年経とうとも

太陽のように光り輝き


最初に歌い始めたとき以上に

神の恵みを歌い

讃え続けることだろう」


 歌い終わって、テレージアはほっとしたように安堵した。

 ローレライが、

「君って、十字教の信者だったよね?讃美歌に似てるけど」

「うん、これは讃美歌なんだけれども・・・・リラ特有の曲なの」

「なるほどね、確かにいい曲だ」

「うん、ありがとう、ローレライ」

「スノーホワイト、あのね、旅立ちのことなんだけど・・・・・」

「分かってる。メルバーンに、戻るのよね?」

「うん、できれば。ご家族への仕送りは、僕らも手伝うから」

「私も、きっと心の底で、それを望んでた。また、あなたと、それから、パトリックと会うことを。ギルドのみんなとも」

「・・・・・うん、そうだね」

「明日、私の借りてるビルで、医院の診察があるの。1か月後、出発って、どうかしら。医院を閉めなきゃ。患者さんの引継ぎがあるから、最低でも、旅立つのに、1か月はかかるけど」

「うん、わかった、それでいい。僕はその間、市内のアパートを借りることにする」

「私の家には、お客さん用の部屋が一つはあるけど、粗末だし、そっちがいいかも」

「十分いい家だけど、これ以上お母様に気を遣わせるのも、気が引けるしね」

「うん、わかった」

 その後、二人は個室でキスを繰り返した。

(パトリック、これでいいのよね……?)と思いながら、スノーホワイトは、ローレライの求めるがままになっていた。

(パトリック・・・・・)

 ローレライは、カバンを手に持ち、スノーホワイトの家族に挨拶をして、スノーホワイトの弟と妹にはお菓子をあげながら、家を後にした。バークレーの町市街地で、アパートに泊まるつもりなのだ。

 スノーホワイトとは、明日、医院の診療後に、医院で会う予定になっていた。スノーホワイトから、医院の住所はすでに聞いていた。

 アパートの一室で、お酒をたしなみながら、ローレライはニヤッと笑った。

(スノーホワイトが、ついに僕のものに・・・・・!!)そう思い、思わず笑い声をあげた。

(自分でも、狂ってる)と、ウォッカを一口飲みながら、思った。

(でも、僕は、あの子を手放せない。5歳差がなんだ、それがなんだ、僕は彼女が好きだ!)

 そのころ、家族と食事をとり、自室に戻ったスノーホワイトは、ハープをわきに置き、ローレライが5年間にくれた、60通あまりの手紙の束を手に取り、ミニチュア魔法で縮めようとして、メルバーンに持っていこうとしたことを思い出した。

 あの時、ローレライに、ハープ演奏のあと、止められた。

「いいんだ、」と、ローレライは言っていた。

「その手紙は、メルバーンに持っていくのは、やめよう。僕の判断!いいんだよ、僕の思いが、少しでも君に届いていたのなら、それでいいんだ」

 そう、ローレライは悲しそうな顔をして言った。

「ローレライ……」スノーホワイトは、月夜を見上げながら、そう思った。雪がまだ降っている。

 ローレライも、窓枠から月を見上げていた。

 次の日、スノーホワイトはいつも通り、白衣を着て医院へと向かった。

 雪がふぶく中、防寒の呪文をかけて、出勤した。

 医院に8時につくと、なんとそこにはもうすでにローレライがいた。約束では、医院がしまる16時に会う約束だったのに。

「ローレライ?」

「ん?やあ、おはよう、スノーホワイト。いやあ、なに、君の働いてる様子がちょっと見たくてね。安アパートに一人でも、退屈だし?」

「そう……ありがとう、来てくれて。心配してくれたの?」

「……うん、まあ、そんなところ。あと、純粋に興味。君の普段のリラでの日常が見たくてね」

「うん、わかった」

 そう言って、スノーホワイトは鍵を取り出し、医院の扉を開けた。

 ローレライも中に入る。

 途端に、ローレライから抱きしめられ、スノーホワイトは困ったように笑いながら、その抱擁に答えた。


「……そうでしたか、では、お大事に」と言って、スノーホワイトが次々に患者を診ていく。

 その手際の良さに感心しながら、ローレライは診察室の片隅で腕を組んで立ちながら、彼女の様子を見守っていた。

「腕のいい知り合いのお医者さんに紹介状を書いておきますので、来月からはそちらに通われてください」、とテレージアが老婆に告げた。リューマチがひどいのだ。

「ええ、ありがとうございます、テレージア先生」

「ところで、奥のその方は、助手さんか誰かで?」

「ええ、まあ、そんなところです。医者希望の見学者です。医者の卵です。まあ、どうぞお気になさらず」

 そのほか、緊急で熱が出た子供を抱えた男性や、子供が転んでけがをした、ちょっとひどい怪我なんだ、医療魔術で治してやってくれ、という親子が来たりした。

 スノーホワイトの専門は、外傷を治す分野だ。それぐらい、朝飯前だろう、と、ローレライは思った。

 案外、診察に来る患者は少なく、午後からはゆったりとした時間が流れた。

 午後に入る休憩時間のところで、安心したように、ローレライは医院を去った。月貸しの安アパートに戻った。

「ふーん、やるじゃないの、テレージア」と、ローレライは雪道を歩きながら思った。

(まあ、リラNo.1スクールを出てるから、不思議も何もないけどね)とも思った。

 夕方ごろ、スノーホワイトが、医院を閉め、その後、ローレライの待つアパートへ向かった。

 約束していたのだ。

「やぁやぁ来たね、お嬢さん」と言って、ローレライが扉を開けた。

「さあ、入って」と言って、スノーホワイトのコートの雪を払いのける。

「寒くない?部屋、ストーブ入れてたんだけど」と、ローレライが彼女からコートを受け取る。

「大丈夫、ローレライ」

「僕との結婚、受け入れてくれてありがとう。嬉しかったよ」そう言って、ローレライがくっ、くっとおかしそうに笑う。

「何がおかしいの?ローレライ…?」

「ん?ごめんごめん、なんでもないんだ。それより、今日もお仕事お疲れ様、テレージア。一杯、祝杯をあげようじゃないか」

と言って、ローレライが冷蔵庫からお酒の瓶を取り出す。

「悪いけど、私、昔のまま、お酒に弱いと分かってからは、あまり飲まないのよ」

「分かってる。けど、今日だけ、強くないお酒、どう?アルコール度数低めの、ロング・カクテルを用意したんだけど」

「……そこまで言うなら」

「うん、ありがと」

 そう言って、二人はテーブルについた。

 ローレライが、「お腹すいたろ」と言って、ハンカチをとりのけて、用意していたサンドイッチとハムエッグを持ってくる。

「軽食でよければ、先に取ってて。夕食は、僕が作るから」

「ありがとう、ローレライ」

 スノーホワイトは白衣を脱ぎ、いつもの私服に戻っていた。

 そのお腹あたりに目を注ぎ、ローレライは顔をしかめた。

 今日、彼女を抱く。そう思っていた。そう決めていた。だが、その前に、聞くべきことは多々ある。

 おいしそうにサンドイッチをほおばる彼女を見て微笑みながら、ローレライはお酒をグラスについだ。

「乾杯」と言って、二人がグラスを合わせる。

 時刻は夕方5時頃だ。

「プラチナホワイト」と、ふいにローレライが呟いた。彼女と向かい合って、椅子に座ったまま。

「?なんのこと?」と、スノーホワイトが聞き返す。

「君のコト」

「え?どうして?スノーホワイトじゃなくて?」

「新しく、5年間で、考え付いたんだ。というより、それしかない気がしてね。失ってはじめて気づいたんだ。君が僕にとってオンリーな存在だってね!だから、プラチナホワイト」

「……ありがとう。わりと気に入ったわ」

「そう?よかった。これからは、僕はたまに君のことをそう呼ぶよ?いい?」

「ええ」

「ありがとう」

 ローレライが、お酒が回ってきたのか、少し涙を見せた。

「プラチナホワイトか・・・・・。君にピッタリの名前だな・・・・我ながら」そう言って、涙をぬぐう。

「もう、ダメかと思った。君が、もう二度と僕たちのもとへは、戻ってきてくれない気がしてた。手紙の返事が来ない日々を過ごしながら、僕は正直、諦めてたんだ」

「……ローレライ」

「だけど、君から返事が来た。それが、嬉しかった」そう言って、ローレライが涙を流す。

 スノーホワイト、いや、プラチナホワイトが、その涙を、そっと人差し指で拭う。

「ごめん、ローレライ。私のせいね」

「ううん、違うよ、スノーホワイト」

 そう言って、ローレライはこちらを向いた彼女の顔を引き寄せ、キスをした。

「今日、君が欲しい」と、正直に言った。

「だけど、その。君、こんなことを男性が聞くのはなんだが、あの傷のあと、性行為はできるのか、僕は知らなくて……」

 プラチナホワイトが、

「それなら安心して。お医者様が、性行為に問題はないって。外傷も残らなかかったし、痛みもないの。ただ、治療のせい、というか、治療が遅れたこともあり、卵子がもうできなくなったらしいの。そういう問題なのよ」

「……うん、わかった。もうそれ以上は聞かない。とりあえず、性行時の痛みとかは、ないんだね?」

「さっきも言った通り、外傷はないから、ないって、聞いてるわ。まあ、あれ以来誰とも寝ていないから、確証はないけど」

「そうか」

 そう言って、ローレライが、立ち上がり、スノーホワイトの手を取り、

「僕で試してみる?」とにやっと微笑んで言った。

「……」

「大丈夫、無理はさせない。怖がらせるつもりもない。いいだろ?僕の将来の妻なんだから。パトリックも承認済みなのは、手紙で知ってるだろ」

「ええ。いいです、ローレライ。寝ても、いいです」そう言って、酔いのまわってきたプラチナホワイトを、パトリックがゆっくりと立ち上がらせた。

「寝室は、こっちだから」と言って、手をつないだまま、呼び寄せる。

 寝室で、ステンドグラスランプに灯りを付け、ローレライは彼女をベッドに座らせた。

 身長150cm代前半の彼女は、ほっそりと、5年前のまま痩せていた。酔いが回っているのか、ちょっとぼーっとした目つきをしている。

「大丈夫?最近、ちゃんと食事、とってる?」と、自身の服のボタンをはずしながら、ローレライが聞く。

「パトリック……」と言って、スノーホワイトが涙を流すので、ローレライは思わずイラっとして、つかつかとスノーホワイトのもとに歩み寄り、彼女をベッドに押し倒した。思わず、顔が上気する。

「彼は君のことを思い、結婚もせずに待っている。それこそ、毎日、抜け殻のように、どこか寂し気に、ね」と、ローレライが悲しそうに言った。涙がポトリと落ちる。

「だけどね、スノーホワイト、聞いて。僕だって君が欲しい。君を愛してる。今、パトリックのことを考えるのは、あの男の名前を口にするのは、やめて・・・・・?」

「分かりました、ローレライ」と、スノーホワイト。

「悪いけど、君が欲しいから、もう僕は止まらないよ?」と言って、ローレライが涙が頬を伝ったままのスノーホワイトの顔を舐め、キスをする。

「愛してる、スノーホワイト・・・・・いや、プラチナホワイト」と言って、ローレライが、

「いれるよ?怖くない?さっきは、怖がらせて悪かった」と言った。

「いいの。怖くない。好きにして」と、スノーホワイトが悲しそうに言う。

 その後、二人は営みを静かにした。彼女の傷跡。僕が守れず、彼女につけてしまった傷跡。とローレライは思いながら、ゆっくりと体を上下させた。

 彼女の喘ぎ声・・・・・涙の入り混じった、悲哀の入り混じった喘ぎ声に満足感を得ながら、彼らは求めあった。

 外は凍てつくような吹雪だ。窓ガラスが曇っている。それにもかかわらず、室内は暖房がよく聞き、暖かい。雪国ではよくある光景らしい。

「愛してる・・・・・スノーホワイト。プラチナホワイト。僕のことも、愛してる?ねえ、愛してる、って言ってよ」

 小さい声で、スノーホワイトが、「愛してる、ローレライ」と言った。

「小さくて、よく聞こえないんだけど、プラチナホワイト。まあ、いいんだけどね・・・・・。今日は、許してあげる」と言って、ローレライは、スノーホワイトのお腹にキスをした。傷口があったあたりだ。

「・・・・・あの時は、君を守れなくて済まなかった。ずっと言いたかった。僕が守れなかったんだ。ごめん。パトリックからも、何度も責められた」

「……私が勝手にあなたをかばっただけ。あなたは、悪くない・・・・」

 そう言って、スノーホワイトは泣いていた。

 ローレライが、何度も何度も、スノーホワイトを求めるので、テレージアは拒否しようとしたのだが、

「まだ、まだ足りないよ、スノーホワイト」と、ローレライが言った。

「気持ちいい?ねえ、答えて、プラチナホワイト。気持ちいいか、それだけ教えて?そしたら、終わってあげるかもよ?」

「……」

 彼女の答えを耳元で聞き、ローレライは満足したようににやっと微笑み、ゴロンと横になり、彼女に上着をかけてあげた。

「お疲れ様、スノーホワイト」

「・・・・・ローレライ……」酔いが回っているのか、スノーホワイトはちょっときつそうだ。だが、意識ははっきりしているらしく、静かに涙を流している。

「なんで泣くのさ?……おっと、悪かった、テレージア。痛かった?」と、ローレライが彼女に心配そうに言う。

「ううん、痛くはないの。ただね・・・・・」と言って、テレージアは泣き続けた。

「心が、痛いの」その彼女の言葉に、ローレライは思わずピタリと動きを止め、真っ青になった。

「テレージア・・・・・?結局、君を怖がらせてしまったかな?ごめん、テレージア・・・・許してくれ」

「いいの、ローレライ、少しだけ、怖かったけれど・・・・」

「うん、僕が悪かった、すまない、テレージア」

「あのね、ローレライ」

「ん?」

「私、あなたのことも、愛しているから。5年間、手紙くれ続けたこと、忘れてないから」

「スノーホワイト」と言って、ローレライがテレージアを抱きしめる。

「パトリックも君を待ってる。一緒に、メルバーンに、戻ろう、僕の愛しいプラチナホワイト」

 その後のことは、ここでは書かない。

 その晩、スノーホワイトは、家族の元へは帰らなかった。

 次の日からも、スノーホワイトは医院で勤務を続けた。

 一か月間、スノーホワイトはいつも通り勤務を続けた。引継ぎも済ませてしまい、患者は徐々に減っていった。

 その間、彼女とローレライは何度も寝た。ローレライは、初めよりかは優しく、だが相変わらず激しく、彼女を抱いた。

(僕が・・・・)と、自戒の念もこめて、ローレライは思った。

(僕が彼女を求めるたび、僕は彼女の癒えない傷あとにふれるんだ・・・・。いくら、ハープがあるとしても。僕は・・・・・僕は、罪深い人間だな)、と、ローレライはフッと笑った。

 メルバーンへの出立の日、ローレライはスノーホワイトの実家へ向かい、家族に丁重に挨拶をしたのち、結婚話のことも正直に告げた。

 娘さんが欲しい、僕に娘さんをください、パトリックという青年のことはお聞きでしょうが、彼と一緒に、僕も結婚させてください、と、ローレライは頭を下げた。

 スノーホワイトの母親は、にっこりと微笑み、「あなたはいい人そうだから」、と言って、許可します、と言ったのだった。

 ほっとしたローレライとスノーホワイトは、お互い見つめあい、微笑んだのち、実家を後にした。

「全然みすぼらしくなんかないよ、スノーホワイト。ご家族を、恥じちゃいけないよ」

「うん、わかってる、ローレライ、ありがとう。でも、パトリックは貴族だしね、つい、比べちゃったの」

「なるほどね、うん、気持ちは分かるよ、スノーホワイト」

 ローレライは、あれ以来、プラチナホワイトとも、スノーホワイトとも、どちらも使っていた。

 彼女の了承も得ている。

 スノーホワイトとローレライの、メルバーンへの旅は、ゆるやかに、スノーホワイトのペースに合わせて、続けられた。


三、 そしてふたりを結ぶこのひもは、弱いバラのひもではないように。


 メルバーンの季節は夏だ。一年中冬のようなリラに比べ、メルバーンには一応四季というものがある。

 パトリックは、暑い中、汗がしたたり落ちるのも気にせず、一人冷たい水をぐいっと飲みほし、ギルドの腰掛に立っていた。

 ローレライが旅立って、半年ほどたつ。今だ、なんの音沙汰もない。

 いつものように任務を終え、自宅アパートに戻ったパトリックは、アパートのドアを開けた瞬間、そこにテレージアが立っているのを見つけた。

 それは、5年ぶりに見た、愛しい人の姿であった。

「スノーホワイト!!」と、パトリックが驚愕して叫び、思わず半歩下がる。

「やぁ!」と、ローレライが片手をあげ、スノーホワイトの後ろからひょっこり姿を現す。

 ローレライはパトリックの親友なので、自宅アパートの合鍵を持っていた。だからこういう芸当ができたのだが・・・・・

「驚いた?パトリック!」

「ローレライ!!まったく、二人とも、二人して僕の心臓の寿命を縮める気?」

「ごめんなさい、パトリック」と言って、スノーホワイトがにっこりと微笑む。

「スノーホワイト・・・・・」と言って、パトリックはスノーホワイトの肩をつかんだ。

「会いたかった・・・・・!!手紙も書かなくて、すまない!俺は、俺は……君に手紙を書くのが、怖くて……!!すまない、俺を許してくれ、スノーホワイト!!」そう言って、パトリックが涙を流す。

「いいの、いいのよパトリック、私も会いたかった・・・・・!!」そう言って、二人がひしと抱き合う。

 パトリックの、スノーホワイトを抱く手が震える。

「あなたも仕送りの半額をしてくれてたの、私も知ってるから。あのね、ローレライが教えてくれたの」

「ローレライ・・・・。まったく、それだけは最後まで秘密にしろと、言っておいたのに・・・・!!」

「悪いね、パトリック」と言って、ローレライが片目をつむってウィンクする。

「俺と結婚してくれ、スノーホワイト!!ローレライも、一緒に、頼む」

「ええ、分かっています、パトリック」

 二人は、玄関戸口で抱き合い、思わずへなへなと座り込み、5年ぶりの再会を喜び合ったのだった。

「僕の妻でもあるからね、パトリック」と、付け加えたようにローレライが言う。

「分かってる、ローレライ」と言って、パトリックが涙をぬぐい、立ち上がり、スノーホワイトを立たせ、

「さあ、中へ入って、スノーホワイト。道中でのことを教えてくれ」

 3人は、おのおの飲み物を飲みながら、開け放された窓から入る風に髪を揺らしながら、話し合った。5年前のように、3人で。楽しく。

 その後、暑い中、ローレライが、パトリックに、

「俺が彼女を家まで送っていく。今日は、彼女も疲れただろうし」と、言った。

「うむ、そうだな。ローレライ、頼む」そう言って、パトリックはスノーホワイトの緑の目をじっと見つめた。

「スノーホワイト、いや、プラチナホワイト。またな。また、俺と・・・・・俺と、寝てくれ」

「はい、パトリック。喜んで」

「うむ!ではね、スノーホワイト」

「暑いの苦手なのは、5年前と一緒だね、スノーホワイト、」とローレライが言った。

「だって、バークレーでは、夏なんてないに等しいもの」

「うん、そうだね」

 自転車をおして歩きながら、ローレライはスノーホワイトと一緒に歩いて、スノーホワイトの家に向かった。

「あのさ、スノーホワイト」と、ローレライがぽりぽりと、人差し指で頬をかく。

「どうかな、君がパトリックのもとへ行ってしまう気がしてね。僕とも結婚してくれるらしいけど。どう、今日、僕の家で、気持ちいいこと、しない?」

 さらりと言ってのけるローレライに、思わずスノーホワイトがぷっとなる。

「なんで笑うんだよ?スノーホワイト、ちょっと、僕意外だったんだけど!」

「ごめんなさい、ローレライ、ただ、つい、おもしろくて」

「・・・・それで、どうなの、君、返事は……?僕としては、わりと本気で言ったんだけれども・・・・・」

 スノーホワイトはまだ笑ったまま、

「ごめんなさい、ローレライ。私、今日はもう疲れちゃったから。また、明日なら、約束するわ、OKするわ」

 そう言って、スノーホワイトとローレライは、彼女の自宅前で別れた。

(彼女はもうパトリックのもとへ行って、帰ってこないな、こりゃ……)と思って、ローレライは自転車にまたがり、自分のアパートへと自転車をこいだ。

 次の日、パトリックは非番、ローレライは仕事だった。

 スノーホワイトとパトリックが、日中、カフェで会う約束をしているのは、ローレライも知っていた。

 夜は、僕と会ってくれるらしいが・・・・・と、ローレライは思った。

 カフェで・・・・・メルバーンの市内のカフェで、ギルドの元仲間数人と、パトリックと、スノーホワイトは、歓談していた。パトリックは、どことなくぎこちない。だが、二人を包む空気は、相変わらず、5年前と変わらず、温かい。

 パトリックと、ギルドの元仲間と別れ、スノーホワイトは・・・・・二人との結婚式を控えた、ギルドにも復職せず、今は働いていない彼女は、ローレライのアパートへ向かった。

 合鍵は、もらっていた。

「ローレライ・・・・ごめん、ついつい遅くなっちゃって・・・・・」 

 扉を開けた瞬間、ローレライがスノーホワイトに抱き着いてきた。

「スノーホワイト、今日は、約束だよ……?いいね・・・・・?」

 やけにシリアス顔だ。お酒が入っているからだろうか。すでに、酒臭いというか、お酒の匂いがする。まだ、夕方の5時だ。

 二人は、自然と求めあう雰囲気になっていた。

「愛してるよ、スノーホワイト」と言って、ディープキスをした。

 ローレライの唇からは、お酒の匂いと味がした。

「パトリックと久しぶりに会えてうれしい?ねえ、スノーホワイト、教えて」そう言って、ローレライがスノーホワイトの頭をなでる。

「……嬉しいけど、なんだか、複雑な気持ち。あなたとも結婚するし、私、裏切ってるわけじゃないけど、複雑」

「うん、それでいいんだよ」

「……」

「君、アイスコーヒーでいいよね?二杯目、行く?」

「うん、ありがとう、ローレライ」

「僕は給仕係ですので」と、ローレライが冗談を言う。

 二杯目のアイスコーヒーを飲んだところで、ローレライがスノーホワイトの手をとり、キスをしたのち、

「ね?奥の部屋、行こう?プラチナホワイト?」と、ウィンクして優しく言う。

「……うん、わかった」

 ローレライが、スノーホワイトの背後にたち、ゆっくりと彼女の服を脱がせていく。

 ローレライは身長が180cmほどあるので、二人の身長差は20cmを超えている。

「綺麗だよ、プラチナホワイト・・・・・」と言って、ローレライが、スノーホワイトの真っ白な肌に伝う汗をなめる。

 ベッドで、ギシギシと音を立てながら、ローレライがスノーホワイトの髪をすくうように手でもてあそぶ。

 ローレライの手から、さらさらの金髪が滑り落ちていく。

「うん、実に綺麗♪」

 そう言って、ローレライがスノーホワイトの片手を、彼女のお腹のあたりに持ってきて、

「さわってみて、スノーホワイト?ここが、僕のアレが君のナカに入ってると・こ・ろ♪」

 ローレライが、微笑むスノーホワイトを見て、汗をしたたらせ、

「気持ちいい、プラチナホワイト?」と、言い直す。

 その後も、二人は求めあい、一つになって、また離れ、また一つになり・・・・・を繰り返した。

「ここが君の弱いところかな?」と言って、スノーホワイトの喘ぎ声に満足したローレライは、

「もっと聞かせて?」と言って、彼女の耳元でささやく。

「ねえ、パトリックのと、どっちが気持ちいいの?教えて、スノーホワイト」

「・・・・それは・・・・・」

「ねえ、どうして言えないの、テレージア」

 その晩は、そうしてふけて言った。

 スノーホワイトは軽く泣いていた。ローレライは汗をかきながら、彼女を欲し続けた。

「パトリックのことを思いながら、僕に抱かれるのって、どんな気分、スノーホワイト?」と、彼が意地悪く言う。

「そしてふたりを結ぶこのひもは、弱いバラのひもではないように。」と、スノーホワイトが事後、呟いた。

「?」彼女の髪をなでながら、横向きになり、ローレライが聞き返す。

「ある詩の一説なの。素敵でしょ?私の好きな詩なの」

「なるほど。それで?君はそれで何が言いたいの?」

「あなたとの絆、って言いたいの」

「そう、それはそれは、実にカワイイ、プラチナホワイト」と言って、二人はキスをした。


四、開戦の結婚式


 イブハール歴、5990年の秋。スノーホワイトこと、テレージア・アルシェは、パトリック・シュライヒと、ローレライ・ラ・ファイエットと結婚式を挙げた。

 二人の夫の親族、および仲間、親友、ギルド聖フェーメ団のみんなが、式に出席した。スノーホワイトの家族は、距離が遠すぎるから、ということで、祝電の手紙だけを送ってくれた。

「綺麗よ、スノーホワイト!!」と、ギルドの女性医療術士の元同僚たちが、白衣装の彼女に群がる。

「ちっ、ちっ、ちっ、ガールズ!知ってるかい、彼女はもうスノーホワイトじゃない、プラチナホワイトなんだよ!」と、タキシード姿のローレライが手を振る。

「うるさい、ローレライ先輩!」と、女性陣が笑う。

「綺麗だよ、プラチナホワイト」と、パトリックが、真っ赤なバラをもって、彼女に手渡す。

「ありがとう、パトリック」見つめあう二人の間には、なにか温かい雰囲気が漂う。

「おっと、パトリック、おいしいところ持っていくね!プラチナホワイト、僕からも、ね、花束のプレゼント!」と言って、ローレライが白いバラの花束を渡す。

「ありがとう、二人とも・・・・」と言って、テレージアが二つの花束を受け取り、ドレスの胸元に持ってくる。

 透き通った肌と、真っ赤なバラが、非常によく映える。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 と、式に入り、神父様がそう告げる。

 3人とも、十字教の信徒だ。まあ、正確にいえば、テレージアはリラの十字教の信徒なのだが。

 3人の新郎新婦は、お互いに誓いのキスを交わし、結婚指輪の交換を行った。

 パトリックとローレライは一つずつ指輪をつけ、テレージアは二人から送られた一つの指輪をつけた。

 幸せなる3人の姿が、そこにはあった。

 だが、これが、開戦を告げる結婚式になった。


 冥王ハデスが、イブハールを含める世界アラシュアに宣戦布告してきたのは、結婚式からわずか半年後、イブハール歴5991年のことであった。

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