第一章 過去

第2話 スノーホワイト

第一章 過去


一、ローレライの独白


スノーホワイト。彼女はかつてそう呼ばれていた。メルバーンのギルドの、仲間のみんなから。

 テレージア・アルシェ。“テレージア”。それが彼女の名前だった。

 僕、ローレライ・ラ・ファイエットは、最後の最後に、彼女を守れなかった。彼女はそれでギルドを去り、僕たちはそれでも仕事を続けている。だが、僕の心には、彼女の最後に見せた涙がつき刺さったままだ。棘のようで、抜けない。

 テレージア。君さえ許してくれるのなら。いや、違う。彼女を、癒したい。守りたい。もう一度、彼女と一緒に生きたい。

 そうまで強く思ったのには、理由があった。

 この物語は、スノーホワイトことテレージアとの、僕ら魔法使いギルド・聖フェーメ団の、過去の話から始まる。


二、 魔法ギルド・聖フェーメ団


「今日から、ギルドの医療チームとして配属になりました、リラの国バークレーの町出身・テレージア・アルシェと申します」

 そう言って、4月の春の入団式、テレージアはぺこりとお辞儀をした。

 歓迎の意味も込めて、拍手が一同から沸き起こる。テレージアは、金髪碧眼の痩せた少女だった。背は中ぐらい。緑色の目が、ちょっと鋭い。

 他の新たな入団員は2~3人だった。メルバーンの国の魔法ギルド・聖フェーメ団は、毎年、少ししか新人を取らない……というか、定着率がいいので有名で、抜けるメンバーも少ないのだ。

「リラの国出身の子は、うちのギルドでも君だけだよ、テレージアちゃん」と、聖フェーメ団のギルド長・ダーフィトが言った。

「おっまえ、本当に肌が白いなぁ!!メルバーンも白人種の国だけど、さっすがリラだわ!!バークレーの町って言ったら、リラでも豪雪地帯で有名な町だもんな!」と、団員がテレージアに群れる。

 その様子を、ローレライ・ラ・ファイエットはじっと見つめていた。

 輝くような、白に近いリラ特有の金髪に、緑の深い目。ローレライは、ちょっと頬を染めて、手で頬をかいた。話しかけるべきか、迷った。正直、照れていたのだ。

 それに比べ、パトリック・シュライヒ、つまり、このギルドのトップクラスの実力者で、みんなから慕われている先輩……ローレライとは同世代なのだが……は、恥ずかしがる様子もなく、テレージアに積極的に話しかけていた。なんと、頭をなでなでしている。

「偉いな、一人で、リラの国から出てきたのか!ウム!テンプル聖騎士魔法学院・リラ分校出身かぁ!リラでも一番の魔法学校だな!!ウム、これは期待の新人ちゃんだ!」と言って、パトリックが笑顔を見せる。ローレライが驚いたことに、表情がないように見えるテレージアが、ちょっと照れたように、微笑んだ。

 テレージアは、事実、若いとはいえ、(19歳だった)、その名は伊達ではなく、医療魔術の心得に関しては、十分すぎるほどだった。任務に医術師として同行したときも、処置も早く、的確だった。

 ギルドには、10名ほどの魔法医術師が在籍していたのだが、テレージアは素直な子だったので、すぐに打ち解け、週4~5日の勤務でも、十分にその役割を果たした。

 やがて、テレージアが入団して、半年ほどして、ギルドの若きエース・パトリックと、テレージアが、付き合っているらしい、という噂が流れ始めた。

「僕は、ローレライ・ラ・ファイエット!」と、自己紹介を始めてテレージアにした時のことを、ローレライは思い出していた。

「一応、マグノリア帝国に勉強留学して、帝国ナンバー2の学校を卒業したんだ!君とは5つ年離れてるけど、よろしくね!」とローレライが明るく言った。テレージアは、礼儀正しく笑って、「はい、こちらこそ、」と言っていたのだった。

 彼女が「スノーホワイト」と呼ばれ始めたのも、そのころだった。あまりに透き通ったような白い肌と、金髪碧眼から来たのだった。それに、彼女は案外気さくで、明るい美人でもあったので、彼女はすぐにみんなの人気者になり、みんなから慕われ、「スノーホワイト」とも呼ばれるようになった。

「ウム、俺はスノーホワイトと付き合っている、」とパトリックが公言しだした。テレージアが許可を出したから、と彼は説明した。

「どこまでいってんの、エース!!」

「なあ、もうどこまでいったの??キスは??」と、みんながこっそり群がってパトリックに聞くので、パトリックも顔を赤くし、

「それは内緒だ!!テレージアの名誉もある」と言った。

 みんなは「ちぇっ、だが、応援してるぜ、エース兄さんとスノーホワイト!!」と、若い連中は言った。若い連中からは、23歳のパトリックは、「エース兄さん」と呼ばれていた。

 パトリックは、メルバーンの国一番の有名な魔法学院・聖ソロモン魔法学院を卒業しており、実力は確かなものだったのだが……

 誰もが、パトリックとテレージアは、お似合いのカップルだと言った。

 任務のあと、仲睦まじく、一緒に帰るパトリックとテレージアを見て、ローレライはこっそり後をつけることにした。

 スノーホワイト、つまりテレージアは、最初はみんなと同じく、年上のパトリックに対しては敬語を使っていた。だが、パトリックがテレージアとの交際宣言をしてからは、親しげに話しかけるようになったし、「パトリックさん」をやめて、「パトリック」と呼ぶようになった。

「どうせ見つかるだろうな」と思いつつ、ローレライは、どうしても二人の会話が気になって、なるべく気配を消して二人の後を追った。

 二人は楽し気に話し込んでいた。

「それでね、パトリック・・・・・」と、スノーホワイトが世間話をしだした。パトリックが、それを聞いて楽しそうに笑う。

(楽しそうだな、スノーホワイト・・・・・)と、ローレライは物陰から二人を見やって、考えていた。ふいに、パトリックが後ろを振り返り、こそっと、ローレライに向かってピースマークをした。スノーホワイトは気づいていない。

 もうばれたか、とローレライは思い、苦笑して、手を振っておいた。パトリックはすぐさま「なんでもないよ、スノーホワイト」と言って、テレージアの頬にキスをした。

「スノーホワイトって呼ばれるの、あんまり好きじゃないの」と、テレージアは頬を赤く染めて言った。

「だって、スノーホワイトには、“白雪姫”って意味があるじゃない?私、白雪姫も好きだけど、シンデレラや眠り姫の方が好きなの」

「かわいいね、テレージア」と、パトリックが言った。ちょっとクスクスと笑っている。

「だけど、みんなは白雪姫、という意味では使っていないし、君の白肌がうらやましくて、敬う意味で言ってるんだ。いわば、愛称だよ、テレージア。だから、許してあげて」

「パトリックが、そうおっしゃるなら」と、テレージアが皮肉っぽく言った。

 その後、二人は脇道をそれ、テレージアの住まいの方ではなく、パトリックの一人暮らしの住居の方へ向かったので、ローレライにもなんとなく察しがついたので、彼は尾行をやめることにした。

「寒くなってきたね、もう10月だし」と、パトリックがテレージアに言った。

「まあ、君はリラの奥地出身だから、メルバーンのこっちの寒さなんて、どうってことないだろうけど」

「そうでもないのよ」と、テレージア。

「女の子だし、寒いものは、いつだって寒いものよ」

「今日は僕の家に来てくれる?」

「はい、パトリック・・・・・」そう言って、スノーホワイトは頬を赤くした。

「怖がることはないよ」と、パトリックが優しく言った。

「それより、君、ちょっと手、見せて」と、道の片隅で、パトリックがスノーホワイトの左手をとった。ずっと、コートの左ポケットに入れて、隠していた手だ。

「やっぱり・・・・」と、パトリックが怪訝そうな顔をした。スノーホワイトの左手は、包帯が巻かれ、止血は済んでいたのだが、痛々しいし、まだ傷も完治していない。

「どうして、ギルドの他の医術師に言って、治してもらわなかったの?」と、パトリックが、優しく、だがちょっと責めるように言った。

 医術師というのは、他の人の傷を治すのは得意なのだが、自身の傷を治すのは、基本あまりできない……というより、しにくいそうだ。

「だって、今日の任務で、みんなすごい負傷してたでしょ。私の傷なんて、大したことなかったから、他の医術師がほかの人を優先できるように、私は包帯だけ巻いて、隠してたの」と、テレージアが言った。

「ごめんなさい・・・・・」と、素直に謝る。

「いいんだよ、スノーホワイト」と言って、パトリックが左手をとったまま、自身の口に近づけた。包帯のない、指の部分をなめて、

「今日は、こういうことしようと思うんだけど、それでもいい?」と、パトリックが真面目な顔で言った。

 スノーホワイトは、ちょっと戸惑ったような顔をしたが、顔を赤くして、頷いたので、二人は、やがてパトリックのアパートへと入っていった。

「今日の任務は、ちょっと怖かったわ」と、スノーホワイトが、コートを脱いでパトリックに渡して言った。

「みんながズバズバ、切られていって……。私も多少はシャイン・ソードで加勢したけど、基本、守ってもらってばかりだったし・・・・。それにね、正直、フランクが私を守ってくれなかったら、私、死んでたかもしれない。そのフランクも、今日の戦闘で、結構ひどい傷を受けたし・・・・。私も、戦闘が終わってから、真っ先にフランクの処置もしたけど・・・・・」

 それらの、テレージアの言葉を、パトリックは優しく受け止め、聞いていた。

「今日の任務は、君が我々のギルドに入って、一番厳しい任務だっただろうね。だから、それもあって、今日誘ったのだが……。テレージア、僕たち、戦闘者が、武力においては劣る医療術師を守るのは、当たり前だ。それに、君みたいに、か細くて、美人なスノーホワイトなら、みんな誰だって、男なら、守りたくなるさ」

「……でも・・・・・」そう言って、スノーホワイトが涙を流し始めたので、パトリックが、

「おいで」と言って、ソファに座り、スノーホワイトを呼んだ。

 おとなしく、スノーホワイトが、パトリックの隣に座る。

「君は、悪くない。ギルドだって、俺たちは魔法の戦闘系ギルドだ、こんなことならよくある。俺は今日は同行できなかったけど、君も、処置はよくしたらしいじゃないか!任務事態も成功したし。君は、気丈に、よく頑張った方だ」

「パトリック・・・・ありがとう」そう言って、パトリックがスノーホワイトを抱きしめたので、二人はしばらく抱き合った。スノーホワイトが泣き止むまで。

「もう怖くないよ、スノーホワイト」と、パトリックが言った。

「寝室へ行かない?――正直、そんなふうに任務にまじめな君が好きだ。君が欲しい」と、パトリックが言った。

「うん、パトリック、分かった」

「君、もしかして、はじめて?」と、寝室のドアをしめ、パトリックが静かに聞いた。ちょっと頬を赤くしている。

「……そうです」

「……そうか、分かった」

 そう言って、パトリックが上着のベストを脱ぎ、薄着の服になった。

「君が愛おしいよ、スノーホワイト」と言って、パトリックが、ベッドに腰かけているテレージアの手を取り、キスをした。

「ところで……ちまたでは、クラシック・セックスというものがはやっているらしい。だが、俺は、どっちかっていうと、洋楽の方が好きでね。ラジオで洋楽の番組がこの時間、流れているのだが、洋楽は、君のご趣味かな?」

「私は、なんでも。クラシックの方が、造詣深いけどね」

「うん、まあ、でも、今日は俺の趣味でいい?」

「うん、いいです。次は、クラシックね」

「うん、わかった」

 スノーホワイトは、ベッドに座ったまま、パトリックのアパートの室内を見回した。各地のお土産の調度品がおしゃれに並べられて飾られており、ステンドグラスランプも品よく置かれている。

 さっきの居間も広くて清潔感があり、いかにも男性の一人暮らしのアパート、と言ったところだろうか。

「私、あなたの家、好き」と、スノーホワイトが言った。

「あなたの匂いがするし」

「そう、スノーホワイト」と、パトリックがネクタイをゆるめた。

「君のすべてを、ここで一度、奪わせてもらう」と言って、パトリックが、静かにテレージアをベッドに押し倒した。

「愛してる、テレージア」

「パトリック・・・・・」

「君を、愛してる、スノーホワイト」と言って、パトリックがキスでテレージアの口をふさいだ。

 ラジオからは、軽い感じの洋楽が流れている。

「俺は、ちょっと変態でね」と言って、パトリックが少し笑った。照れているのか、自分を笑っているのか、よくわからない。

 彼は、テレージアの髪を舐めると、続いて、スノーホワイトが驚いたことに、スノーホワイトの白い素肌を舐め始めた。

「Just The Way You Areか……どう意味か、知ってる?そのままの君でいて、という意味の曲なんだ。有名な曲なんだよ。スノーホワイト、君は君のままで、まじめで優しく、美しい君のままでいてほしい」

 テレージアの喘ぎ声を聞きながら、パトリックは満足そうに、言葉をいったん切った。

 二人は愛し合った。

 スノーホワイトは、途中からは涙を半分浮かべながら、パトリックに身をゆだねていた。

「それでいい」と、パトリックが言った。

「僕に全部、任せて・・・・テレージア、愛してる・・・・・」

 ことが済んでしまうと、二人は裸のまま、ベッドに横たわった。

「寒くない?」と言って、パトリックがテレージアに布団をかける。

 スノーホワイトが、布団をふかくかぶり、恥ずかしそうに身を隠す。

「何をそんなに隠してるの」と、パトリックが笑う。

「今さら。もう、僕と君は、恋人同士なんだから」

 そう言って、パトリックが、スノーホワイトの白に近い金髪を、くるくると指先でいじる。

「俺のこと、怖い?」

「ちょっとだけ」

「素直でよろしい」と、パトリックが微笑んだ。見れば、パトリックの胸にも、いくつかの生々しい傷跡がある。ギルドに入ってからのものだろう。

 スノーホワイトが、その傷跡をそっとなぞった。

「?これ?ああ、これは、2年目にちょっと失敗しちゃってね・・・・・!!まだ、君が入る前のころの話だ!」

「そう……」

「スノーホワイト、君の素肌に、傷はつけさせないつもり」と、パトリックが真剣な顔で言った。

 それから、二人はもう一度、いや、気のすむまで愛し合った。

 ラジオの洋楽番組も、いつの間にか終わっていた。ザザーっという雑音だけが響く。深夜だからだろう。

 次の日は、テレージアは非番で、パトリックは仕事だった。

「じゃあ、行ってくるね、テレージア」と言って、パトリックはテレージアとともにアパートを出た。

「君は、僕のアパートにもう少しいてもよかったのに……。鍵も、渡しただろ」

「ううん、迷惑かけたくないから」と、スノーホワイトは泣き出しそうになって言った。

「傷跡、胸だけじゃなくて、いっぱい、腕とかにもあった……。パトリック、今日の任務も、油断しないでね」

「うん、うん、ありがとう、テレージア」と言って、二人はアパートのドアの前で抱き合った。

「これで僕らは一つになった、スノーホワイト。もう、これからは、一緒だ。運命共同体だ」

「ありがとう、パトリック」

「うん、じゃあ、僕は仕事あるから」

 そこで二人は別れ、パトリックはギルドへ、スノーホワイトは市内の自宅へと戻っていった。

「スノーホワイト!」と、自宅へと戻っていくテレージアに、声をかける者がいた。ローレライだ。

「ローレライさん……」ローレライは、パトリックより、1歳年上だ。

「すまない、尾行していたんだが、今日は俺も、非番……というか、午後から仕事入ってるんだが、」と、ローレライが言った。

「あの、パトリックとのことは知ってるんだけども・・・・僕も、君のことは、好きなんだが」

 と、ローレライが顔を赤くし、手で顔の半分を隠して言った。

「俺のことも、ちょっとは考えてて!」と、ローレライ。

「じゃあな!」そう言って、ローレライは踵を返し、走り去った。きょとんとしたスノーホワイトは、「?」マークを頭に浮かべて、くすっと笑って、家への帰路についたのだった。

 彼女と別れて、ローレライはまっすぐ、ギルドへの道に切り替え、パトリックの後を追った。

 ローレライは、ギルドで、任務にすでに発ったパトリック宛に、手紙を書いて、渡すように受付の人に頼んだ。

 パトリックは、10人の仲間とともに、今回の任務に向かっていた。

 昨日の惨劇ともいえる、スノーホワイトも参加した任務の後処理だった。

 メルバーンから馬車を雇い、メルバーンの南・中立国・プレトリアに向かった。

 プレトリアは永世中立国をうたっている国で、軍隊を持たない国だ。メルバーンとはとある条約を結んでおり、プレトリアに万一何かあったときは、メルバーンが助けに行く、という条約内容になっている。プレトリアはその代わり、資金などを提供しているのだが……。(それもあり、プレトリアは税金の高い国として有名である)

 馬車に揺られ、外の景色を眺めつつ、パトリックは頬杖をついて、昨夜のスノーホワイトとの夜を思い出していた。

「かたきは、俺が打つ」と、思いながら。

 任務の内容は簡単なものだった。プレトリア中北部・モロンビアの町で暴れている、皇国側に寝返った国・スフィーダの国からの内通者の暴動を抑えろ、というものだった。

 ただの暴漢ならたやすいだろう、しかも人数15名ほどらしいし、ということで、昨日、スノーホワイト・フランクを含む9名で向かったのだが、なんと敵側にも魔法使いが10名ほどいて、結果は散々、町の人々を守るので精一杯、ということだったらしい。敵側は、ビラを配り、戦争に仕向ける危険思考をばらまいているという。だが、永世中立国を誇りに思っている、プレトリアの国民は、動じなかったようなのだが……。

 ローレライは、パトリック率いる第一陣に万が一のことがあった場合、加勢に行く第二陣だったのだが……。

 モロンビアの町に着くと、パトリック達はすぐさま現場に向かった。情報によると、今日も連中は町でビラを配り、開戦思考を植え付けているらしい。数日後には、別の町にも向かうようだ。

 ビラをまくだけでなく、開戦思考の演説まで勝手に市の許可なく行っているらしい。

「そこの者!!ちょっと物申す!!」と、パトリックが、町を歩き、仲間とともに、その演説台へと向かった。演説台など許可されていないのだが、数人の魔法使いが取り囲み、一般人に邪魔させないように、見張っている。

 パトリックにはわかっていた。昨日に比べ、敵の人数が増えている、ということが。昨日15名だった敵が、今日は30名ほどに増えている。メルバーン側からの報復を恐れ、増員したらしい。いざとなれば逃げる算段も整えている、、という情報もあった。真偽のほどは、いまいちよく分からない。

 パトリックは大声を出したつもりだったが、どうやら、演説台の男性には、届いていなかったらしい。町の人々は、どうやら買い物などの外出途中に無理やり捕まったらしく、人質のように、演説を強制的に聞かされている。

「――いつまでも弱腰で、永世中立国を守る必要はない!皇国に忠誠を誓い、メルバーンを攻め込むのだ!ほかの小国と合併することも、皇帝陛下は視野に入れている!皇国に忠誠を誓えば、財政支援もくるし、裕福な生活ができるぞ?」

 などと嘘の甘言を言っている髭の男性に、パトリックはいらだち、仲間10名を置いて、一人、

「疾風迅雷!」と言って、風の精霊を使って、風の階段を作り、俊足移動して、その男の背後を取った。

 聖ソロモン魔法学院を首席で卒業したパトリックの速さに、誰も追いつけない。

 パトリックが、シャイン・ソードを出しており、それで男の首に突き付け、

「今すぐ、そのふざけた演説をやめろ。ゆっくりと、両手を上にあげろ」と怒りを語気に含ませて言った。

「もう帰りたいよ~~、お母さ~~ん」と、小さな男の子が泣き出す。敵の魔法使いに囲まれ、家に帰らせてもらえない聴衆の一人なのだ。

「貴様、昨日来た弱っちいやつらよりは、できるようだな」と、その男がパトリックににやりと微笑んで言う。一応、手は上げている。

「なんだと!?」と、パトリックが怒りのあまりそう叫ぶ。

「俺も魔術師なんだ。貴様ごときに負けはせんよ」といい、男が右手にしゅっとシャイン・ソードを出したので、すぐさまパトリックも後ろにジャンプして距離を取り、反撃の構えをとる。

 すでに、聴衆の保護を、、他の10名の仲間が行っているが、敵の魔術師たちが応戦している。その混乱に乗じて、町の人々が一斉に逃げ出す。敵も、聴衆の支持を得るため、というのも目的の一つらしく、聴衆たちに手出しはあまりできないらしい。

「我々の作戦を邪魔するなら、まず貴様たちを一掃する!今日の我々30名は、みな魔術師だ!!」と、ボスの演説していた男が言った。

「フン、それがどうした、俺がいる」と、パトリックが演説台の後ろの、誰もいない空き地に着地して言う。

「貴様らは全員魔術師か!手加減しなくていいから、まだいい!精霊と正しい使い方をすると約束していながら、その力を悪に使うとは、許しがたき行為!!俺が成敗いたす!!」と、パトリックが剣を構え、

「不尽木・火浣布!」と言って、聴衆に被害が及ばないように魔法をかけたのち、

「行くぞ!覚悟しろ・・・・」と言って、不尽木・火浣布がいきわたるまでの時間、ボスの男とシャイン・ソードの斬りあいを始めた。

 相手は相手で、なかなかに鋭い。切れ味だって、パトリックに負けていない。

「水流波!」と言って、「貴様は炎使いか?」と言って、水の竜を剣先から出した。

 パトリックはそれには答えず、水流波を疾風迅雷でかわしつつ、斬りあいで距離をつめる。

(よし!もう大丈夫だろう)と判断したパトリックは、剣を大きく振りかぶり、

「アーネト・ヘラーク・アトゥム、朱雀!火焔山!」と言い放った。

「フン、馬鹿な。水の精霊に、火の精霊だと!?よっぽど自分の力に自信があるのか・・・・・」と言いかけて、男は言葉を失った。

 猛烈な勢いの温度の炎が、パトリックの剣先からだけでなく、空中からも照射され、男は水の精霊の力で水のシールドをはったのだが、隕石のような炎の雷に、水のシールドが蒸発し、消えた挙句、それでも炎の勢いはとどまらない。実力の差があると、水に対し不得手な火の精霊でも、まれにこのような現象がおきる、とは言い伝えられているのだが・・・・。

「まさか、馬鹿な……!!」と言って、男は声にならない叫びをあげて、炎に焼かれた。

「俺の炎は、貴様ごときの水の力も、はねのける!」と、パトリックが叫んだ。

「地獄の炎で、焼かれろ」と言って、パトリックは剣をしゅっとふり直し、他の仲間の救援に向かった。

 血を流して敵と応戦している仲間も多かったので、パトリックは形勢が不利な仲間たちの方から、救援に向かった。

 リーダーを倒されたことで、敵にも意見のまとまりがなくなり、多少はゆらいだようだった。

「大丈夫か!」と言って、パトリックが、重症を負ってまで戦っている団員のもとにかけつける。

「俺に任せろ!紅蓮!!」と言って、パトリックが紅蓮の炎を剣先にまとわせ、敵の魔術師を一掃していく。

 その強さに、敵たちにも動揺が走ったようだった。

 パトリックが疾風迅雷の速さで敵を10人ほど斬り倒した後、残りの敵たちはみな敗走していった。散り散りになって、蜘蛛の子のように逃げていった。

「エース兄さん!」と、重傷を負った若い戦士の団員が嬉しそうに叫んだ。

「ありがとう、エース兄さん……」

「ウム!もう君はいい、医療班の治療を受けるんだ・・・・・敵はみな、敗走した!町の人たちもみな軽傷で済んでいる。そちらも、医療班が処置している」と、パトリックが説明した。

「よかった、エース兄さん・・・・・」

「君はもうしゃべるんじゃないよ」とパトリックが優しく言い残し、他の団員たちの負傷具合を確認したり、町の人々に説明して回った。今回の任務は、メルバーンの政府からの要請で、魔法ギルド・聖フェーメ団がうけたまわり、来た事、などを告げた。

 やがて、町の混乱も収まり、逃げた敵が戻ってくる気配もなかったので、一応任務終了となり、日暮れも近いので、一行はモロンビアの宿に泊まり、次の日、メルバーンへ帰ることにした。

「スノーホワイト・・・・・」と、宿屋で団員と食事をとりつつ、パトリックは一人思った。

 スノーホワイトが隠していた左手の傷をふと思い出す。

「君の仇(かたき)、フランクの仇(かたき)、自分がとったぞ!!」と思い、進まぬ手で、夕食のシチューをすすった。

 そのころ、メルバーンのギルド本部では、任務成功の知らせを受け、ローレライがパチン、と手をならした。

「さすがパトリック!奴ならやると思ってたぜ!」と一人思う。

 ほかの団員も、お祭り騒ぎで、「さすがエース!!」「さすがエース兄貴!」と口々に言いあった。

(スノーホワイトにも伝えなきゃ・・・・・)と思い、テレージアの家に向かおうとギルドを出たところで、スノーホワイトとかち合った。

「任務成功のことなら、もう知ってますよ、ローレライさん」と、スノーホワイトが言った。

「僕のこと、いい加減、名前で呼び捨てで呼んでくれない?敬語はそのままでいいから」と、ローレライがため息をついて言った。しゃれたポーズをとったつもりなのだが、スノーホワイトは反応してくれず、そっぽを向いて、気が別の方向に向いているようだった。

「テレージア、僕は君の知っての通り、パトリックの親友の一人、さ。僕とも仲良くしてくれよ、スノーホワイト」

「……ローレライ、と呼ぶのは、許します」

「うん、それでいいよ、テレージア。君、もうパトリックの女、だもんね!大丈夫、ギルドのみんなには、秘密にしといてあげるから!まあ、いずれ、パトリックが言うかもしれないけどね!それより、スノーホワイト、今夜は、僕とバーでお酒でもどう?二人っきりで、話しときたいことがあるんだけど」

「……今日はそんな気分では」

「どうして?任務は成功し、パトリックはかすり傷一つ負ってない。けがをした団員もいるみたいだけど、一応、、勝利で終わった。なにもパトリックを裏切るわけじゃない。僕と、お酒、飲んでくれない?」

「まあ、そこまでローレライが言うのなら」と、しぶしぶとスノーホワイトが了承した。

 二人は、ギルドの中に入り、みんなの祝福パーティ―に加わった後、こっそりみんなの間を抜けて、ギルドを早めに後にした。

「悪いね、スノーホワイト、無理に誘っちゃって」と、ローレライ。雨が降ってきた。二人とも、傘は用意していない。

「これ、お詫び」と言って、ローレライがスノーホワイトに雨よけの呪文をかけてあげた。

「いいんです。私も、パトリックのご親友なら、仲良くさせてください、ローレライ」

「うん、それでいいよ。僕のこと、、名前で呼んでくれてるし。――行先は、僕の行きつけのバーでいい?わりと、雰囲気はいいんだ。女性でも、安心しては入れる店だよ」

「分かりました」

「あのね、僕……」と、小雨の降る中、二人は小走りに酒場へと向かった。

「初めて君を見て、君と会った瞬間から、君に一目ぼれしちゃってね。パトリックを裏切るわけじゃないし、君を襲ったりするつもりはないから、安心して」と、テレージアが立ち止まったので、慌ててローレライが補足する。

「ただ、僕も、たまにはパトリックとの場に、同席させてほしい……ぐらい、君のこと、正直、気になってるんだ。スノーホワイト、君は・・・・」と言って、ローレライも立ち止まり、頬を赤くして、人差し指で頬をポリポリとかきながら言った。

「君は、僕が出会った女性の中で、一番美しいと思ってる。君は、綺麗だ」と、ローレライが恥ずかしそうに、尻すぼみな声で言った。

「ローレライ……」と、スノーホワイト。二人が、しばし、小雨の中見つめあう。

「今日は、話だけ聞いてほしくて。だから、バーに誘った。何も手出しはしないから、頼む、テレージア」

「……分かりました、ローレライ」

「うん、ありがと」

 そう言って、二人はゆっくりと、歩き出した。

 バーは人込みで賑わっていた。土日だからか、労働者階級の人々も多い。女性もちらほら見受けられる。

「さあ、スノーホワイト、奥の席に座って」と、ローレライが言った。

 カウンター席の奥にテレージアを座らせ、自身はその横に陣取ったローレライは、手を挙げて、

「カクテルでいい?スノーホワイト」

「ええ、ローレライ。私は、ジン・リッキーで」

「親父さん、モスコー・ミュールとジン・リッキーを一杯ずつ、頼みます!」

「オッケー、ご注文ありがとう、ローレライ君!いつもありがとうね!」と、陽気な店主・・・・・バーのマスターが言う。

「今日は綺麗なお嬢さんをお連れだねぇ!なに?初めてお見受けするが、恋人か何か??」

「違いますよ、親父さん!彼女はスノーホ……じゃなかった、テレージア!リラの国出身で、同じギルドの仲間!パトリックの恋人です」

「おお、パトリック君の!!」と、マスターが驚く。

「どうも」と言って、スノーホワイトが照れた顔をして喜んだ顔をした。

 しゃれた音楽の流れる店内で、二人はカチン、と乾杯し、お酒を飲みながら、話を始めた。

「パトリックの勝利に、君の瞳に乾杯」と、ローレライが言って、お酒を一気に飲み干す。

「それはどうも」と、スノーホワイト。

「僕にもね、君ぐらいの年代の妹がいるんだ。弟もいるよ!だけど、妹も二人いる。だから、君のこと、気になった、ってわけじゃないんだけどね。それより、いい加減、敬語、やめてくれない?と言いたいんだけど……」

「でも、私、付き合ってもない年上男性には、怖いので、敬語を使うんです」

「怖いだって?僕が?」と言って、ローレライが微笑む。

「そうか・・・・まあ、君がそう言うなら、無理強いはしないがね」

「私にも、家族の話をさせてもらえますか」と、少し酔いが回ったのか、普段は物静かなスノーホワイトが、話しだしたので、ローレライはにやりとして、

「うん、ぜひ、聞かせてもらおうか!」と言ったのだった。

「私、兄がいる、というのは、みんなにはそういってるけど……実は、嘘なんです」

「えっ!?」と言って、二杯目のカクテルを飲みながら、ローレライが飲み物を吹き出しそうになって言った。

「私、長女なんです。一番上の子です。年の離れた弟と妹が3人います。貧しい家の出なんです。長女なんで、教育を受けさせてもらい、学院には奨学金で行きました」

 次々と明かされるスノーホワイトの真実に、ローレライは動揺を隠せなかった。

「3人の弟と妹にも教育を受けさせたくて、出稼ぎのために、一人でメルバーンに来ました……。魔法医術師を目指したのは、母が病弱で、お医者様によくお世話になっていたのを、子供のころから見ているからです」

 そう言って、スノーホワイトはグラスを置いた。

「それなら、最初からみなにそういえばいいじゃいか?立派な話じゃないか、みんな感動するよ!」

「貧しい家の出ということで、みんなから馬鹿にされるのが怖かったんです。あと、憐みの目で見られるのが嫌だったから」と、テレージア。

「……そうか、テレージア」ローレライが、絶句する。

「君にそんな志望動機があったとはね……!!誓って言うが、みんなには秘密にしとく」

「はい、ありがとうございます、ローレライ」

「うん、そこは安心してほしい」

 一息ついて、ローレライは改めてスノーホワイトの様子を見て、しゃべりかけた。

「あのさ、スノーホワイト!教えてほしいことがあって。君、パトリックのどんなところに惚れたのかな、なーんて」

「わりと、真面目に聞いてるんだけど」とも、ローレライは付け加えた。

「えっ、パトリックに惚れた点……ですか……」そう言って、透き通った肌を赤く染めて、スノーホワイトは少し取り乱したような感じになった。

「私は……兄のように親しく接してくださったパトリックに……その強さと優しさに、惚れたんです」

「ふーん、なるほどね」と、ローレライがグラスの氷をゆらゆらと音を立てて揺らしながら言う。

「君、ちょっとお酒に弱いっぽいね。大丈夫、無理してない?」

「いえ、この程度なら平気です」

「そう……。それならいいんだ。ちなみに、僕はどう?僕のこと、男として」

「私は、パトリックの恋人です。裏切るようなことは・・・・」

「そう固くなるなって」と、ローレライがからからと笑う。

「フィーリングでいいから」

「ローレライのことは……そうですね、飄々としているところはあるけれど、ギルドの実力者の一人ですし、強さにも、尊敬していますけど……男して、は・・・・・・」そこで、スノーホワイトは息を切った。

「私には、分かりません」と言って、顔を赤くして、スノーホワイトはグラスを置き、「私、もう帰ります」ときっぱり言った。

「あれ?お気に召さない質問だったかな?」

「お代は、、私もはら……」

「いいよ、僕が持つから。僕はもう少し飲んでいくけど、君は先に帰ってていいよ」

「それでは、お言葉に甘えて、失礼します」

「うん、またね、テレージア」

 そう言って、ちょっと怒ったようなそぶりで、スノーホワイトは店の人込みをすり抜け、出ていった。

「本当は、、僕のアパートにも、このあと呼ぼうと思ってたんだけどなぁ……」とつぶやき、

「マスター、親父さん、僕との話にも付き合ってよ、」と、別の客と話し込んでいたマスターに手を挙げて話しかけた。

「はいよ、お客さん」

「スノーホワイトは……テレージアは、どうやら、僕のことは、お気に召さないらしい」と、少し酔って、ローレライがくっ、くっ、とおかしそうに笑った。

「ローレライ君、スノーホワイトって何?なんで彼女、そう呼ばれてるの?」

「ん?親父さん、実はね、彼女はリラの奥地の出身でね……」そう言って、二人の会話が始まる。

 一方の、逃げるようにしてバーを後にしたスノーホワイトことテレージアは、駆け足で、自宅のアパートへと向かった。

(私は、パトリックを裏切らないんだから……!)と、思って、寒空に息を吐く。

(私を、そんなに安い女だとは、思わないでほしい……!!)とも思った。

 同じ空の下、宿屋の一室で、パトリックもまた、酔いつぶれて寝た他の団員の介抱をしたあと、月夜を眺めながら、スノーホワイトの、照れたような笑顔を思い出していた。

「明日には、ギルドで会えるかな、」とパトリックは思い、ゆっくりと、お酒を飲んでいた。

 次の日、町を悪の皇国の手から守った英雄として、パトリックたちは町の人々から祝福を受けて、宿屋を後にし、モロンビアの町を後にした。

「負傷した者は、まだ完治とは言えないから、無理しないように!」と、パトリックたち年配の者が注意をして、各々が馬車に乗り込み、メルバーンに向かった。

 一応回復した重傷者には、医療術士が付き添う。

 一方、その日は勤務日だったテレージアは、朝からギルドに出勤していた。

 テレージアのその日の任務は、外出する隊員のサポートではなく、本部に残り、帰ってきた団員の、最終処置をするため待機することであった。

 医療術にも魔力を大量に消費するため、交代で処置をするのだが……。

 午後ごろになり、馬の蹄の音がして、次々と、出かけていた団員が帰還した。

 医療術士に支えられて、なんとか自力で歩いてきた重傷を負った、若者・ロキが、団員に迎え入れられる。

 パトリックも付き添い、ロキ君を支え、「さあ、中へ」と言って、エスコートした。

 ここからがテレージアたち、待機してる2名の医療術士の仕事である。スノーホワイトは、的確な処置で、呪文を使い、ロキの処置をした。ギルドの一室の治療室のベッドに寝かせ、重症部分の、応急措置&本処置を済ませた個所の、傷口が開かないための処置をする。

 ほかの者はわりと軽傷で済んでいたので、ギルドで、「もう俺らはいいから、ロキを頼む」と言っていた。

 スノーホワイトの処置の様子を、パトリックも腕組みして、真剣な様子で見ていた。本処置が終わっているので、ロキ本人には、もう処置による痛みを感じることは、ほとんどないようなのだが……。

 1時間ほどの処置のあと、ロキ・オードランはベッドに寝かされ、1週間の安静を指示された。

「ロキ君」と、パトリックが、ベッド横で言った。

「君は若いのによく戦った。なんでも、女性の医療術士をかばって、重症を負って、それでも立ち向かったと聞く。俺も、君をギルドの仲間として、誇りに思う。今日から一週間、休もう!」

「はい、エース兄さん」と、ロキが微笑んで言った。

「ウム、それでいいよ!ではね!」と言って、パトリックは病室を出て行った。スノーホワイトは、一人、病室に残り、心拍数などのチェックと、最終処置がきちんとうまくいったかどうかの、最終テストや確認業務を行っていた。

 夕方ごろになり、業務を負え、スノーホワイトが病室から出ると、パトリックが待っており、壁に体をもたれかけ、両腕を組みつつ、彼女に缶ジュースを渡した。

「お疲れ様、テレージア」と言って、微笑む。

「ありがとう、パトリック」そう言って、スノーホワイトがジュースを受け取る。

 パトリックは、あの後、本部で、今回の任務の隊長として、始末書というか、報告書を書いていたのだが……。

「左手、もういいみたいで、安心した」と、パトリック。スノーホワイトの左手は、もう包帯がとれている。

「あのあと、自力で治したの」と、スノーホワイトが微笑んで言った。

「そうか。それはそうと、テレージア、今日も、俺のアパートにこないか」と、パトリックが笑って言った。

「あのね、ああいうことは、今日はしないんだけど。紹介したい人がいて」

「?うん、分かったわ、パトリック」

 二人は、付き合ってもう数か月たつのだが、仕事の予定が合う日は、必ず一緒に手をつないで帰っていた。

 パトリックは、「プレゼント」と言って、袋からマフラーを取り出し、テレージアの首元にかけてあげた。

「まぁ……!素敵なマフラー!ありがとう、パトリック!」

 パトリックはウィンクすると、テレージアの手を取り、ゆっくり歩きだす。

 二人がパトリックのアパートにつくと、なんと、そこにはローレライの姿があった。

「!!」と、スノーホワイトが、思わず軽い恐怖心からか、パトリックの背中の後ろに隠れる。

「スノーホワイト、怖がらないで。僕の親友だから」と、パトリックがちょっと微笑んで言う。

「やぁ、テレージア!」と、ローレライが片手をあげて微笑む。

「ローレライ……」と、スノーホワイトが呆然とする。

「今日、任務の後に招いたんだ、テレージア。僕の親友でもあることは、君も知っての通りだが、付き合いの古さは、君は知らないはずだが……ローレライとは、ちょっというと同期なんだ、テレージア。それにね、彼の強い希望もあって、スノーホワイト、君とも3人で仲良しになりたいそうだ」

「パトリック・・・でも、男性の部屋で、付き合ってもいない男性も交えて、なんて・・・・」

「抵抗ある?君、硬派な女性だね。そんなところも素敵だけど」と、パトリックが苦笑する。

「あのさ、スノーホワイト、僕とも、今夜、一晩、寝ない?僕としては、どうしても、君が欲しくて欲しくてたまらないんだが」と、ローレライが言ってのけた。

「!!」スノーホワイトが、思わず後ずさる。

 パトリックが、頭をかいて、思わず苦笑し、

「ローレライ、いきなりそれはまずいんじゃないの?酒場で仲良くなったばかりだってのに・・・」

「!パトリック、あなた、ローレライから、もしかして、私の出自のこと、聞いたの?」

「うん、テレージア、すまない、ローレライがあの後、僕に連絡をよこしてね。直接、彼の口から聞いた」

「ずいぶんと、約束を破るのが早い方だこと」と、スノーホワイトが、ローレライに皮肉を言う。

「すまない、テレージア。僕、そういう理由、捨て置けないタイプでね。だが、誓っていうよ、パトリック以外には、言ってない」

「このことは、みんなには言わないから、安心して、スノーホワイト……。それより、スノーホワイト、どうしてそのこと、せめて僕には、言ってくれなかったの?君が節約して生活していたことは知ってるけど、それが理由だなんて、知らなかったし……」

「あのね、ごめんなさい、パトリック、もう少ししたら、あなただけには言おうと思っていた・・・・・というか、貧しい出自で、あなたに嫌われるのが怖くて、言えなかったの……。ごめんなさい、私、あなたにふさわしい女じゃないかもしれないけど……嘘ついてたの、ごめんなさい」

「おばかさん、」と、パトリックが言って、スノーホワイトを抱きしめた。

「まったく、君は、そんなわけないだろ。君のこと、嫌うどころか、ますます好きになったよ。君は、てっきり真面目一徹な子、と思っていたら、弟さんや妹さん思いの、優しい子だったんだね、スノーホワイト……。君のことが、愛おしいよ、テレージア」

「・・・・・パトリック・・・・・・」

「ほーらね、スノーホワイト、僕がパトリックに言ったの、よかったでしょ?あと、僕のこと、もう少し信じてほしかったなぁ。君との約束を一応、破ってしまったわけだが、償いはする男だよ。そういう男のつもり!あのね、僕が、君のご家族に、月5万円、仕送りを手伝うことにしたから!これは、僕が最初に決めたこと」

「!!ローレライ・・・・・」

「それより、君、月いくらぐらい、ご家族に仕送りされてるの?」と、ローレライ。

「毎月の給料の半分よ」と、スノーホワイトがけろりと言ってのけた。

 パトリックは思わず抱き合っていたスノーホワイトから少し身を離し、

「君、だから質素な生活を……!僕に言ってくれていれば、僕も援助していたのに・・・・・!!」

「ごめんなさい、パトリック」

「いいんだよ、君は悪くない。僕からも、ご家族に援助するよ、スノーホワイト。少しのお金だが・・・・・」そう言って、パトリックが、「月10万円だが、」と言って、小切手を取り出す。「毎月、10万円ずつ、手伝わせてもらう。」と言った。

 ギルド・聖フェーメ団は、他のギルドと似ていて、給料は、勤続年数とギルドへの功績、強さ、などを総合して払われる。危険も伴う任務が多いため、単に年功序列、といわけではない。

 パトリックの給料と、ギルドに入ってまだ1年もたっていないスノーホワイトの給料には、1桁ぐらいの違いがあった。

「二人とも、ありがとうございます・・・・・」と、スノーホワイトが申し訳なさそうに、小切手を受け取った。

「いいんだよ、スノーホワイト。それより、僕のこと、少しは信じてくれた?」と、ローレライ。

「ローレライ……。」

 3人はワインを飲みながら、話をした。といっても、スノーホワイトは、お酒は遠慮したのだが、二人がすすめるので、「じゃあ少しだけ、」と言って、飲んだのだった。

 スノーホワイトはお酒に弱いらしい。すぐにわかる。透き通ったような白い頬が、お酒を飲むと、すぐにほのかに赤く染まるのだ。

 その様子をじっくり眺めつつ、ローレライはパトリックにこっそり耳打ちし、「約束通り、な」と言った。

 1時間ほど談笑したところで、スノーホワイトがぼーっとしだし、うつろうつろ、になり始めた。ローレライは、

「スノーホワイト、そろそろ、おねんねする時間かな?」と言ってからかうので、スノーホワイトは言い返してやろう、と思ったのだが、意識がもうろうとして、何も言えない。

「俺は居間のソファで寝るから」と、パトリックが言った。のが、スノーホワイトにも聞こえた。

 ローレライが、腰に手を当てて、こくんと頷く。

 ローレライが、机につっぷしているスノーホワイトに近付き、彼女をお姫様抱っこして、寝室へと運んだ。

「スノーホワイト、ちょっとだけ、我慢して」と、ローレライが余裕の表情で彼女の顔を見る。

「ちょっ、ローレライ・・・」とスノーホワイトは言いかけて、眠気が襲ってきたので、なすがままになっていた。

 パタンと、寝室のドアが閉じられた。

 ベッドに寝かされたスノーホワイトに、立ったまま彼女を見下ろし、ネクタイをゆるめるローレライ。

 彼の目は、なんとなく冷たい。何を考えているのか、勘が鋭いほうのスノーホワイトにも、分からなくなってしまうような、そんな、鋭くて、よく分からない、深い目。

 テレージアは、そんな深い目の底の底を見た気がして、ちょっと怖くなった。

「スノーホワイト、今夜は、僕が君の騎士(ナイト)になる」

 そう言って、ローレライがベッドに身をうずめた。スノーホワイトと、折り重なるように。

「君をちょうだい、スノーホワイト」

「ローレライ……」

 二人は、抱き合った姿勢のまま、キスをしていた。ローレライからの、一方的なディープキス。

「僕のこと、“好き”って言って」と、体を上下させながら、ローレライが何度も言った。

「好きって言ってくれるまで、やめないよ、スノーホワイト」

 スノーホワイトにはよく分からなかった。どう返事してもいいのかも、自分の本当のキモチも、分からなかった。

「僕は君が好きだよ、テレージア」というのが、スノーホワイトが最後に聞いた、ローレライの言葉だった。

 あとは、テレージアに、意識はない。

 次に意識が戻ったのは、陽光のさす中、パトリックの声を聞いたときだった。

「スノーホワイト、」と、パトリックの優しい声がした。

「!!パトリック!!」見れば、スノーホワイトはローレライの着せた男もののカッターシャツ一枚だった。

 スノーホワイトが、少しだけ恥ずかしそうな顔をして、布団で体を隠す。

「恥ずかしがらなくても、スノーホワイト!君、僕と一度、寝たのに・・・・」と言って、パトリックがまたくすくすと笑う。

「昨晩は、お疲れ様!」と、パトリックがスノーホワイトに語り掛ける。

「ローレライは、今日は仕事だから、もう朝早くにギルドに出かけたよ!俺は、今日は非番」

「私は、昼からだわ」と、テレージア。

「そう、なら、今日は、俺からのお願い、っていうか命令、少しは俺の家でゆっくりしていって!」

「うん、ありがとう、パトリック」

「うむ」

「あの男……ローレライ、私に、何度も、好きと言え、って言ってきたの・・・・私、そんな安い女じゃないのに。私が好きなのは、パトリックなのに」

「うんうん、」と言って、パトリックが腰かけたベッドから立ち上がる。

「ありがと、スノーホワイト。だけど、君にも、ローレライとも、仲良くしてほしかったんだ!ごめんね」

「あなたがそう言うなら、許します」

「うん。俺は、朝食の準備、してくるから。温かい出来立ての方がいいでしょ?そこで、着替えて、待ってて」

 そういって、パトリックは「じゃ」と手をあげ、部屋を出ていった。

「パトリック・・・ローレライ……」と言って、スノーホワイトは、いったんボスン、とベッドに身を投げ出し、いろいろと考えごとをしたのち、むくりと起き上がり、床に散らばった自分の服を集め、着替え始めた。


             *


僕らの関係は、決して悪くなかった。スノーホワイトと僕は、こんな感じで、距離を縮め始め、やがて、3人でパトリックのアパートに集まることも多かった。

 相変わらずお堅いスノーホワイトは、パトリックとの愛を深め、交際も2年を超え、やがて3年がたとうとしていた。

 僕は、二人の間に割り込めずにいたのだが、それでも、スノーホワイトとの親交は、続いていた。

 体の関係を持ったのは、あの時の最初の一度のみだったが、(それ以来、スノーホワイトは僕を拒否し続けた)、それでも、スノーホワイトは、親し気に僕を「ローレライ」と呼び、僕もそれなりに満足していたし、パトリックと一緒に幸せそうに笑う彼女を見るのは、正直悪くなかった。

 事件が起こったのは、イブハール歴5984年、彼女・スノーホワイトが22歳、パトリックが26歳のときだった。


             *


三、 事故


≪序文≫

 僕は、アパートの一室で、窓から、沈鬱な雲々を見ていた。曇りの日も、人生にはあるものだが、イブハール歴5986年、あの事故の日から2年がたとうとしている今、僕は、彼女の涙を、今日でも思い出す。

 こんな、曇り空の日は、特に。彼女の泣き顔が、脳裏に焼き付いて、離れない。


≪本文≫

「政府から、我々への要望が来た」と、その日の朝、ギルド長が、朝礼を珍しく開き、全ギルド員、50名ほどに言った。

「我々も、メルバーン・ナンバー3のギルドとして、戦いに参加することにした。まずは、我々が先陣を切ることも、私の判断で、承諾しておいた」

 ギルド長・ダーフィトが、重々しく、だがきっぱりと言った。団員に、戦慄が走る。先陣を切ることの危険性は、全員が認知しているからだ。

 ナンバー1エースのパトリックは、一瞬目をつむり、考え込む風になったが、動揺している風はない。

「決行は二週間後、皇国側が攻めてくるまでに間に合うように行う。他、メルバーンのギルド4つが動いてくれ、バックアップもしてくれるそうだ。詳細は、このあと、我々でまとめ、明日、文書にして全員に配布する。とりあえず、昨日の、メルバーン・ギルドの全体会議で決まったことを、早めに伝えておいた次第」

 そういって、ダーフィトは椅子から立ち上がり、「一同、解散!」と言った。

 ざわめく団員の間をすり抜け、事前にダーフィトからそのことを知らされていたパトリックは、他の団員に、説明をし始めた。ギルド長からの指示だ。ローレライも、事前にそのことを知らされていた一人だった。

「皇国が、いちゃもんつけて、プレトリアの王族が、皇国側の兵士を愚弄した、とか言い出したのは、君たちも連日の報道で知っていると思う。今回は、その延長上の任務なのだが・・・・・」

「まさか、それだけで、開戦に!?いくらなんでも、それは皇国側のいいがかりすぎでしょ、エース!!」と、一人の団員が両手を広げて抗議する。

「ウム、分かっている。もちろんだ。我々の任務は、あくまでも開戦を防ぎつつ、プレトリアを守ることだ!というわけで、今回の任務があるわけだが……」

 パトリックは少し緊張の面持ちで話しだした。

「皇国側の斥候兵が、20名ほどのチームで、プレトリア近辺をうろついているらしい。それだけで、国際上の平和条例に反する。我々は、その平和条例に基づき、“プレトリアと条約を結んでいる親近国家・メルバーンの代表”として、その斥候兵に近づき、警告し、無視されれば戦闘して追い返す、という任務を請け負った」

「でも、エース!それこそ、斥候兵と戦闘にでもなれば、皇国側に開戦のきっかけや動機を与えてしまうのでは!?」

「ウム、だがな、とはいっても斥候兵を放置してはおけぬ事態なのだ。というのも、“斥候兵”とは名ばかり、実態では、偵察した村々を襲い、人に危害を加えているレべルだからだ。証拠もある」

「……なんてやつらだ!!」

「そのうえ、もう皇国側は砦まで作っているレベルだ。そこから、斥候兵を送り出しているが、一般人民への被害がひどくなってきたので、証拠つかんだ現在だからこそ動けるのだが、我々の出番だ!そのうえで、開戦は国際文書上防ぐつもりだ。いざとなれば、マグノリア帝国も我々についてくれることはやつらも知っているし、メルバーンと戦争はしないだろう。だからこそ、プレトリアを侵略される前の今この段階で、やつらにけん制をかける、というのが上からの指令だ」

「・・・わかりました、エース!!」

「パトリック・・・・・」と、スノーホワイトがローレライと一緒にたたずみながら、思わず恋人の方を見た。これほどの重要任務ともなれば、パトリックはナンバー1エースだから、任務に駆り出されるのは必須だ。

「大丈夫だよ、スノーホワイト」と、ローレライが彼女の肩を引き寄せる。

「君は第二陣として、控えておいてほしい。パトリックが、君を連れては集中して戦えないそうだから。第一陣は、僕らとパトリック、それから、エッカルトとかが行くらしいよ。君は、第二陣で、待機してほしい。これ、本当は明日知らせることなんだけどね、こっそり教えちゃう」と、ローレライが彼女の耳にささやく。

「そんな……!!私も、パトリックと一緒に……!!」

「だーかーら、そーするとパトリックが戦いに集中できないんだってば」

 と、ローレライがあきれたように肩をすくめて言う。

「分かってる?君は、パトリックの恋人なの。パトリックだって、人なの。無双に強いけど、さ。感情はちゃんとあるんだから、愛する女性を一緒に戦わせたら、集中できないことぐらい、僕にだって、想像できるけど……まぁ、君は女性だからね」

 次の日になれば、第一陣のメンバー、第二陣のメンバー、第三陣のメンバーを発表する、第三陣はほかのギルドとの合同チームになる、と最後にパトリックがみなに説明し、その日はそれでお開き、、ということになった。

「スノーホワイト、」と、ギルド長との打ち合わせで残っているパトリックを、待合室で待っているスノーホワイトに、ローレライが声をかけた。

「今日もパトリック待ち?君たち、大体月に何回ぐらい、セックスしてるの?って……」スノーホワイトのパンチを顔面に受け、ローレライは言葉を詰まらせたが、

(僕はパトリックと二人っきりの時に聞きだして、とっくの昔っから知ってるんだけどね・・・・・)と思いつつ、

「落ち着いて、スノーホワイト!あのさ、僕も君に話があって……」

「なんですか、ローレライ?」

 本当は、いつものように、テレージアを自分のアパートに誘おうと思っていたのだが、

(どうせ、断られるかな・・・)と思い、ローレライは、慌てて、

「なんでもない、スノーホワイト!僕は先に帰るよ!パトリックと、お幸せに!いい時間を!!」と言って、ローレライは思わず逃げるようにしてスノーホワイトの前を通り過ぎ、駆け足で去っていった。

(まったく……)と、テレージアは半ば呆れつつ、去っていくローレライを見送り、腕組みして、待合室の椅子に座りなおした。

「テレージア、待たせたな!すまない!」と、1時間後、ギルド長の部屋から出てきたパトリックが、待合室で寝ているスノーホワイトを見つけて、そう言った。

(疲れているのかな、寝ている、かわいい・・・・・)と思いつつ、パトリックは、そっとテレージアの髪をなで、続いて、人差し指で、テレージアのほほをつんつん、とつついた。

「?」と言って、テレージアがゆっくりと目を開ける。

 目の焦点があうと、そこにはパトリックがにっこりと微笑んでそこにいた。

「冷えてないか、テレージア。帰ろう、テレージア」

 そう言って、パトリックが手を差し出し、スノーホワイトの手を取って立ち上がらせた。

「うん、パトリック」

 木枯らしのふく中、二人は途中まで同じ道を帰っていった。

 次の日、第一陣、第二陣、第三陣のメンバー編成が発表され、テレージアたち12名の医療術士も、4人ずつ分散することになった。

 ギルド長からも、改めて、パトリックやローレライからも含め、詳細な詳しい任務内容と、現状の様子が、説明された。

 一応、本任務までは2週間はあったが、偵察任務など、微々たる任務もそれまでに入っていた。

「君を必ず守り抜いてみせるよ、テレージア」と、帰り際、パトリックがスノーホワイトに言った。

「必ず。僕を信じて」と、パトリックが力強く言った。

 偵察隊は、散々な結果で帰ってきた。3人編成で行ったのだが、一人が重傷で、二人に支えられて帰ってきたのだ。

 どうやら、皇国側は、斥候隊に、かなりの本腰をいれて強い魔法使いを投入していることが分かった。

 その事実も含め、日に日に、パトリックの顔は真剣みをおび、深刻そうな顔つきになって言った。メルバーンに舞い込む連日のニュース・・・新聞報道でも、明るいニュースはない。

 任務まであと一週間となったとき、パトリックが、帰り道の道中、スノーホワイトを自身の家に誘った。

「最後に君を抱かせてほしい」と、パトリックは珍しくちょっと切ない顔をして言った。

「……?最後?パトリック・・・・?」と思いつつ、スノーホワイトはOKと返事をして、彼のアパートに向かった。

「俺にも、分からない部分があってな」と、道すがら、パトリックが語りだした。片手で、スノーホワイトの手を握っている。

「次の決戦・・・・もしかしたら、俺にも死神が来ない、とは限らないが・・・・・」

 そう言って、パトリックがにっと微笑み、立ち止まって、カバンから小包を取り出した。

「なに、俺は死なないけどな!そう簡単に、皇国の好き勝手には、させん!!――ところで、スノーホワイト、これを受け取ってくれないか」

「……パトリック?」

「婚約指輪なんだ」と、パトリックが単刀直入に言った。

「受け取ってほしい。先の戦いが終わったら、婚約してほしいんだ、テレージア」

「まぁ、パトリック・・・・・!!ありがとう、パトリック!私、喜んで、受け取ります!」そう言って、テレージアが小包を開ける。

 パトリックがそれを手で止め、

「それは俺の家で、」と言って、彼女の背に手をあてて、自分のアパートへエスコートした。

「スノーホワイト、」とパトリックがコートを脱いで言った。

「愛してる」と言って、パトリックがテレージアにキスをした。長い、いつもとはちょっと違う、ディープキス。

 テレージアの手から、小包がポトリ、と床に落ちる。

 十分キスしあった後で、それに気づいたパトリックが小包を拾い上げ、にっこりと微笑み、開けて、指輪をスノーホワイトに見せた。

「どう?君の誕生石を入れたんだけど」

 そう言って、テレージアの顔色をうかがう。

「喜んでもらえた?君の瞳の色にも、そっくりでね!気に入ってしまったんだ!8月の誕生石、ペリドットなんだが」

「パトリック、私、すっごく嬉しい・・・・」そう言って、テレージアが、珍しく、自分からパトリックに軽いキスをした。

 やがて、パトリックが、婚約指輪を、スノーホワイトの左手の薬指にはめた。

「いつかは、君をもらいに行く。君しか、見えない。君以外は、見えないんだ・・・・・。僕と、結婚してほしい」

 そう言うパトリックは、少し緊張しているようだった。

「私も、あなたのことが好きだし、あなた以外、何も見えません」そう言って、しばし二人は……パトリックは強めのお酒を、スノーホワイトは、コーヒーを飲みながら、しばし歓談した。

 一週間後の激戦――おそらくはそうなるだろう――のことを忘れたいかのように、二人は無邪気に話しあった。

 あの店でね、かわいいバッグを見つけたの・・・・それでね・・・・・それなら、いつか俺が買ってあげるよ・・・二人は話し続けた。いつまでも、そういう時間が続けばいい、と思っていた。

 おそらく、明日、二人がギルドに行くころには、スノーホワイトの薬指を見て、きっと、みんなが騒ぎ出し、「婚約おめでとう!」ともてはやすのだろうな、と、パトリックは考えた。

 少し酔いがまわってきたところで、パトリックは、スノーホワイトをソファに押し倒し、キスをした。

 そのまま、小柄でやせたスノーホワイトの上に覆いかぶさり、

「もうここでしてもいい?どうしても、君が欲しい・・・・・愛してる、スノーホワイト、繰り返す、愛してる・・・・・」と、まるで船上放送のように、パトリックは、その「愛してる」という言葉を繰り返した。

「私も、、貴方のこと、愛してます、パトリック・・・・その強さも、優しさも・・・・・」

「俺は、君のためなら、何があっても駆けつける。例の任務の時は、無理せず、二陣でちゃんと待機してるんだぞ、テレージア。頼むから・・・」

「・・・わかりました」

「うん、それでいい・・・」

 窓に雪が降り積もる中、二人は、まるで最後の逢瀬を楽しむ恋人同士のように、求めあった。

 パトリックに舐められるたび、パトリックの手が、テレージアの長い金髪をまさぐるたび、スノーホワイトはこれ以上ない喜びの中にいた。

(今日も、スノーホワイトは、パトリックの家に……)と思い、自宅でお酒を飲んでいたローレライは、グラスを傾けながら、

「スノーホワイト、君の喘ぎ声、もう一度聞かせてよ・・・・・僕にも、もう一回だけ……」とつぶやき、にやりと微笑んだ。

 ローレライが、窓ガラス越しに、月夜を見上げつつ、

「おお、我のもとに来たれ、大天使よ……!」と言って、祝杯をあげるように、グラスを掲げた。

「雪降り積もる、二人に、乾杯」と言って、そのまま、強いお酒を、ぐいっと飲みほした。

 次の日の朝、パトリックとスノーホワイトの二人は、手をつないでギルドに向かった。

 誰かが、やがて、仕事をするときのスノーホワイトの左手の薬指にはめられている、彼女の瞳そっくりの指輪を見つけ、はやしたてた。

「わぁ、スノーホワイト、おめでとう!!エース兄さん、スノーホワイト、ばんざぁい!!」と、誰かが言う。

「やぁ、やぁ、諸君!」と、パトリックが片手をあげて言った。

「スノーホワイト・・・・彼女には、ちょっとだけ、そっとしておいてやってほしい。・・質問なら、俺が受けるよ」

「エース!スノーホワイト!!」と、団員の拍手が止まらない。

「戦陣の前だというのに、やけにお祭りムードだと思ったら……!」と、ギルド長もにやついて、扉にもたれかかり、腕組みをして斜めに立っている。

 ちょっとした、みんなの息抜きの時間だった。みんな、6日後の任務の緊張で、すっかり神経がまいっていたのだ。

「エース、結婚はいつされるんですか?」と、ある団員が、単刀直入に言った。

「ウム、我が愛弟子、ロキ・オードラン君の質問になら、答えてもいいかな!」とパトリックがふざけて言うので、ロキが、

「エース兄さん、ぜひ、教えてください!俺も、知りたいです!」とワクワクしそうな顔で答えた。

「ウム、ロキ君、なら答えてあげよう!私とスノーホワイトは、先の戦いが終わったら、そののち、スノーホワイトのご両親にご挨拶したのち、結婚する予定である!俺も、もう26になったしな!」

「わあ、おめでとうございます、エース!!」と、一同が叫ぶ。

「もうすぐクリスマスだが、めでたいニュースだな!」

「ビッグカップルだ!」と、誰もがはやしたてる。

 そんなお祝いムードな中、二人はかなり祝福された。

 そののち、やがて、任務の日がやってきた。

「テレージア、」と、出立の前に、パトリックがスノーホワイトの肩に手を置いて、真剣なまなざしで言った。ちょっと怖いぐらい、真剣な目だ。

「必ず、2陣で待機すること。予定では、俺たち第一陣で、敵の半分以上はせん滅する。君は、万が一出立命令が出ても、なるべく後方で戦うこと。医療術士の基本のキ、だ。それを守ること。君が安全地帯にいないと、俺は安心して戦えない。それだけは、約束してくれるか」

 スノーホワイトは、頬が赤くなるのを感じ、胸の高なりをおさえつつ、「はい、パトリック」と小さく言った。

「ウム、それならいい。俺は、今日はいつもより気を付けて戦うとする。なに、ローレライもいる、他のメンバーも手練れが中心だ。安心してほしい。君は、上からの待機命令を守ること。頼むぞ、テレージア」

 そして、

「じゃあな!」と明るめに挨拶をし、パトリックは強者ぞろいの第一陣メンバーとともに、今回の斥候兵撃退任務に向かった。

 スノーホワイトは、第一陣が出立するのを、他のギルド員と一緒に見守り、いつまでも外に立ち尽くしていた。

 エース陣が抜けて、いつもより閑散としているギルドの中に戻ると、半日遅れで第二陣として出発するための準備に加わった。

「スノーホワイト、やっぱり、エース兄さんのこと、心配?」と、とある女性の先輩の医療術士から声をかけられた。

「はい、そりゃあ……。もう、婚約者ですし……。何より、無茶しないか、心配で……」

「まあ、そうね!でも、パトリックなら、きっとやってくれるわ!私は、そう信じてる」

「はい・・・・・」なんとなく嫌な予感を胸に、テレージアは準備をてきぱきと進めていく。

 パトリックたちは、今回は、プレトリアからは、馬車を降り、馬を借りて、全員で馬に乗って山中を行き、斥候兵がいると噂の町に向かうらしい。場合によっては、山中での戦いも想定しているらしい。

 そのころ、敵の斥候隊を追っていたパトリック達一行は、馬にまたがり、プレトリアの町・ツイードを目指して山道を進んでいた。ツイードの町に、またしても市民を脅かす斥候隊が現れたと、報告があったのだ。

「みな、監視を怠るな」と、第一陣のチームリーダーのパトリックが言った。

 山道を10分ほど行ったところで、ロキ・オードランが片手をあげた。

「エース兄さん、やつらが来ます。敵です。全部で、50名ぐらいでしょう」と言う。

 パトリックが頷き、シャイン・ソードを繰り出し、馬の手綱を引いて立ち止まる。

「貴様ら、よく我らに気づいたな。まずは名乗れ」そう言って姿を木立の間からあらわしたのは、漆黒の黒いマントを身にまとった、男ばかりの集団だった。

 パトリックが口を切る。

「私が代表だ。話なら、まず俺にさせてもらう。俺はパトリック・シュライヒ、プレトリアの親近国家・メルバーンのギルド・聖フェーメ団の一員であり、ここ近辺で出没している、ガーレフ皇国の斥候兵の野蛮な行為を止めるため、国の要請で任務に来た」

「そうか」と言って、黒衣の男がにやりと笑う。

「なら、探す暇が省けた。お前らが今夜の獲物だ。だがな、お前らは少し勘違いをしているようだ。斥候兵は、実際は我々のなかでも1名しかいない。あとは、斥候兵ではなく、黒衣の騎士団、名前だけは聞いたことがあるだろう、国際ギャング団が構成している。したがって、今までの近隣地域への夜盗行為は、すべて我々黒衣の騎士団の仕業であり、皇国とはなんの関係もない。それなのに、皇国の斥候兵に手を出せば、開戦につながることは、承知の上か?」

「皇国側の斥候兵は、ただ貴様らと同伴しているだけ、と言いたいのか」と、パトリックがものおじせず言い返す。

「そうだ。それでも、貴様らは我々に手を出すか」

「貴様らのその言動だけが証拠として十分な脅し行為のものとみなせるので、我々がすでに言質をとっている、と言ったら?」と、パトリック。

 ロキ・オードランが、にやりと微笑み、魔法で録音できるラジオを掲げて見せる。ボイス・レコーダーのようなものだ。

「もとより、想定済み。貴様らを生かして返す気はなかった、と言ったら?」

「それなら話は早い」と、パトリック。

(エッカルト、ロキ君を連れて、君たちは合図の後に逃げろ。証拠を国に持ち帰れ。馬で行け。いいな!)と、パトリックがエッカルトとロキに伝令を思考で伝える。

 二人が静かにうなずく。周りは、ずらっと50名ほどの黒衣の集団に囲まれており、対して味方は20名前後、まず逃げ道はないが……

 パトリックが馬から飛び降り、ローレライに合図を送って、着地したのち、シャイン・ソードを掲げ、地面に突き刺す。

「送り火・精霊(しょうりょう)流し!!」

 黒衣の集団に焦りの気が生じる。突如、地面から炎の腕がにょきにょきと生えてきて、黒衣の集団50名をとらえて、業火の炎で焼き尽くす。

 シールドを張ったり、実力の高い奴らは逃げることに成功したが、この時点で、黒衣の騎士団の半分は死に絶えた。

 大技によくあるごとく、自身の魔力の半分を使ったパトリックは、エッカルトとロキに合図を送った。

 ローレライが、馬に乗ったまま、

「アーネト・ヘラーク・テフネト、強(ごう)深瀬(しんせ)!!」と言って、エッカルトとロキが馬で駆け出し、逃げ出した後の道を補佐する。深い濁流が、残った敵の馬を蹴散らす。

「僕の罪はちょっとばかし重いよ?」と、ローレライがにやりと不敵に微笑む。

(パトリックがあの技を使った・・・・・。これはまずい)

 黒衣の騎士団の残った20数名のうち、ほぼ全員が馬から落とされ、馬はみな溺れ死に、パトリックのおたけびの合図とともに、聖フェーメ団の団員が馬に乗ったまま、敵に斬りかかる。

 ほぼ人数的に1対1になった二組のバトルは続き、聖フェーメ団は一進一退の攻防を続けていた。

 送り火・精霊(しょうりょう)流しを生き残った実力者の魔法使いとのバトルは熾烈をきわめ、みな血をながしつつ戦った。

 残念ながら、敵の数人が、逃げたエッカルトとロキ・オードランを追っているらしい、とのうわさもあり、パトリックは気がかりだったのだが、エッカルトを信じて、戦い続けることにした。何より、ここに残って戦っている20数名の聖フェーメ団の団員を、死なせるわけにはいかない。

(パトリック、無茶はするな)と、剣での斬りあいを続けつつ、ローレライがパトリックに言う。

(あの技使ったんだろ!お前だけは、地獄には行かせんぞ!無茶するのは、僕の役目でしょーが!!)

 キィン!!と音をたててシャイン・ソードで敵と向かい合うパトリックが、

(俺のことより、他の団員を守れ!)と答える。

 数人の聖フェーメ団の団員が、黒衣の騎士団の紅蓮などの技に押され気味になり、気絶寸前で戦っていた。

 パトリックは、眼前の敵を疾風迅雷の俊足技で即座に倒した後、すぐさま救援に向かった。ローレライも、味方の劣勢を見てとり、「九頭竜!」と言って水技を使ったのち、パトリックと同じように、劣勢の団員の救護に向かう。

 魔法の作り出す水と火は、相対する性質を持っているものの、水が火を消すことはなく、決して、火の技が水の技に相性が悪いということはない。同等の威力を持つ。

 送り火・精霊(しょうりょう)流しで今も、うなり声をあげて苦しむ黒衣の騎士団の団員をよそに、生き残りのギャングと、聖フェーメ団の死闘は続いていた。すでに、援軍の要求は、パトリックの判断で第二陣に送ってある。もうじき、救援がくるはずだ。

「お前らのような、戦争好きの狂ったやつらは、全員地獄送りにする!」とパトリックが叫びながら、敵と相対する。

 敵も、パトリックからは逃げるようにして、別の団員を狙うことにしたようだ。

「逃げるな!」と、怒りをあらわにし、パトリックが剣を片手に敵を追う。

 双方とも、血を流しながら戦っている。さながら、地獄絵図だ。

「こいつだ!!」と、ギャングの一味の一人が、黒衣の一人の死体を持ち上げる。

「こいつが皇国の斥候兵だった!!お前らが殺したんだ!!皇国側に持ち帰って、戦争の口実にしてやる!!」と、狂ったように叫び、笑う。

「ふざけやがって・・・・・!」と、ローレライが、俊足を使って、そのギャングの首を剣でかききる。

 援軍の第二陣が到着する前に、パトリックもローレライも、他の団員も、みな血だらけになって戦っていた。

 パトリックも団員をかばって重症を負っており、「火の天使」という、魔法の火で傷口を一時的に止血する技でかろうじて立っている状態だった。

「こちらにも援軍がくる、と言ったら??貴様らの行為で、もう開戦は決まったようなもの!!」と、ギャング団がへらず口をたたく。

「フン、嘘が見え見えだぞ!こちらにも、援軍が来る!我々の背後には、帝国もいることを、忘れてもらっては困るな」と、ローレライが叫ぶ。

 第二陣が来たときには、パトリックはすでに草むらに伏していた。他の団員がかろうじてかばっていたところだった。ローレライは、なんとか重傷は負っていない。

(動ける俺が、なんとかしなければ・・・・・!)と思ったローレライは、パトリックのもとに駆け付け、残りの戦闘は第二陣、第三陣に頼み、パトリックをかついで、安全な場所へと避難させた。

「第、二、陣、来たか・・・・・」と、パトリックが口から血を吐きながら言う。

「しゃべるな、パトリック」と、ローレライが自身の傷口をかばいながら言う。

「スノーホワイトだけは、守ってくれ」と言って、パトリックは気を失った。


 そのころ、第二陣として出陣を要請されていたスノーホワイトことテレージアは、仲間とともに任務にあたっていた。

 少し離れたところでの戦陣では、血の匂いが立ち込めている。

 仲間の治療行為をしていたテレージアは、パトリックのことはとりあえず頭から離し、任務に集中していた。もちろん、婚約者のことは、気にかけていたのだが……。

 出血がひどい団員たちの応急処置などをしていたスノーホワイトは、別の医療術士から、「パトリックが今重傷で治療中らしい」とのことをかろうじて聞いた。

 あふれ出る心配と悲しみの涙で視界をにじませながら、スノーホワイトは処置を続けた。

 治療を必要としている味方は多い。今は、私情を挟んでいる場合ではない、のは知っていたのだが・・・・・。

 治療がひと段落ついたところで、「スノーホワイト、実は、エースが、致命傷レべルらしくて……おまけに、あの例の精霊流しの技も使ってるらしくて……!!ちょっとあなた、応援でいってあげてくれないかしら!!医療術士の人員が足りないのよ!」と、先輩から言われ、スノーホワイトは思わず気絶しそうなショックを受けつつ、頷き、先輩から聞いた場所へと向かった。

 駆け去るスノーホワイトを見て、その女性はにやりと微笑んだ。その姿が、しゅっと黒衣の男に代わる。すぐさま、駆け付けたマグノリア帝国の援団員に気づき、戦闘態勢を取り、戦いの姿勢を見せた。

 帝国の応援の人員は、先ほどの事態には気づいていないようだ。

 一人駆けていくスノーホワイトは、息を切らせながら、そのポイントへと向かった。だが、様子がおかしい。味方らしきものは誰もいないし、やけに殺風景だ。

「・・・・・??」と、スノーホワイトは、あたりを見回す。だが、先ほどの女性の医療術士から言われたことを鑑みるに、ここで間違いはないはずだが・・・・・

「邪魔な医療術士は、ここで殺す!」と、敵の2,3人が姿を現した。罠だと気づいたスノーホワイトだったが、もう遅い。

 その敵の2~3人は、手負いだったが、最後に、こちらの医療術士に狙いをさだめ、悪あがきをするつもりらしい。

「助けてぇーー!」と思わず叫んでしまったスノーホワイトに、敵がにやりと剣をだして狙いを定める。

 そのころ、治療を受けていたパトリックのそばにいたローレライは、かすかな女性の叫び声を聞き、スノーホワイトの声だと、悟った。

「パトリックを頼む!必ず、死なせるな!」と言って、ローレライがその場を速やかに離れる。

「スノーホワイトぉーーー!!どこだ、もう一度叫べぇーーー!!」と、ローレライが、片付いてきた、終戦に近づいてきた血みどろの戦場で叫ぶ。

 ローレライの言葉に気づいたのか、テレージアは、シャイン・ソードで応戦しながら、

「ローレライ!!」と叫んだ。

 その直後だった。疾風迅雷の俊足で、ローレライが負傷していた2~3人の敵を瞬殺した。首をすぐにかききり、命を奪う。

「スノーホワイト!!無事か!!」と、治療をある程度受けて回復したローレライが、スノーホワイトに駆け寄る。

 二人は思わず抱き合った。スノーホワイトは、少し負傷しており、怖さで泣きながら震えていた。

「ローレライ・・・・!!パトリックが、致命傷を負った、って聞いたけど・・・・!!それって、本当?」

「うん、パトリックがちょっと危ない。君にも、できれば来てほしい。いいかな?スノーホワイト、立てる?」そう言って、ローレライがスノーホワイトの手を取って立たせる。

 その時、ある方向から矢が飛んできて、ローレライを狙って敵が数人出てきた。残党だ。

 スノーホワイトが、ローレライが、お互いをかばおうとし、結果、敵からの斬撃を斬りはらったローレライだったが、テレージアが矢傷を受けてしまった。

「テレージア!!」と、ローレライが敵を薙ぎ払って叫ぶ。スノーホワイトがかばっていなかったら、ローレライに当たっていただろう。

 矢は、スノーホワイトのお腹らへんに当たっていた。敵をかたずけたローレライは、絶望の表情を浮かべ、致命傷ではなく、急所もはずれていることを確認し、少し安堵した。

 その時、ちょうどパトリックのところにかけていく医療術士の応援を、ローレライが見つけた。

「おい!!」と、ローレライが叫ぶ。

「そこの医療術士くん!俺だ、聖フェーメ団のローレライ・ラ・ファイエットだ!!ちょっとこちらに来てくれ!!」

 そのローレライの必死な声に、走っていた医療術士が、思わず歩みを止め、ローレライの所へ来る。

 痛みで顔をしかめているテレージアを見て、医療術士が、

「悪いけど、急所は外れているし、治療は後でも助かる。その前に、エースが死にそうなんだ!!俺は行かなきゃならない」と、その男性の医療術士が言った。

「うむ、そうなのだが・・・・・」と、ローレライは悔しそうだ。

「では!」と言って、その医療術士は、「矢は抜かず、そのままの姿勢で、待機しておいて!!必ず、矢は抜かないで!」と言って、去っていった。ローレライも、パトリックの危篤とあっては、強く止めることができなかった。

「スノーホワイト・・・・・!」と言って、テレージアの手を握りながら、ローレライは涙を流していた。

「ごめん、僕、何もできなくて・・・・・」

「いいの、ローレライ、パトリックが死んでしまったら、私たち、もう・・・」

「それ以上はしゃべらないで、スノーホワイト。傷にさわる」

 一方、そのころ、敵は、帝国からの援団を見てびびりだし、ほとんど退散していた。残党もいないレベルに落ち着き、医療班が処置に当たっている。

 ローレライは、救援を呼ぶため、スノーホワイトのそばを離れて、仲間を呼びに行くか、それとも敵の残党を恐れてこの場に残るか迷ったが、その中間案を思いつき、呪文を唱えて、火の精霊を使って、花火を打ち上げた。合図の花火だ。

 青い花火をあげたので、重傷者がいる、という合図だ。

 その花火を打ち上げた後、数分して、ようやく医療術士の一人の女性が駆けつけてくれた。

 ローレライもほっとして、処置をしてくれるよう頼んだ。

 こうして、そのころにはすでに気を失っていたスノーホワイトの命は、助かったのだが……。


「残念ながら、もう、子供は一生産めないでしょう」

 病室のベッドで目覚めたテレージアに告げられた医師の言葉は、残酷なものだった。

 かたわらには包帯を巻いたローレライがたたずんでおり、スノーホワイトのそばにいた。

 パトリックは別室だ。まだ本処置が最後まで済んでいないし、ちょっと予断を許さなない状態だ。

「貴様ぁ、なんだと!?」とつかみかかろうかと思ったローレライだったが、体がちょっと動いた後、自分でもわからなかったが、なぜか放心状態になり、その場に凍り付くした。

 スノーホワイトが、両手を口に当て、声にならない叫び声をあげる。

「お気の毒ですが、スノーホワイト・・・・・処置がもう少し早ければ。場所もよくなかった」と、医者が苦しそうに涙を浮かべて言った。

「テレージア、テレージア」と言って、医者が病室を出ていったあと、ローレライはベッドにつっぷして泣いた。スノーホワイトは、本処置も済んでおり、もうあとは回復途上にある。そこまでの重傷ではなかったのだが・・・・・。

「すまない、僕のせいだ!僕を許してくれ、テレージア、僕を殴ってくれ・・・・!君のために、何もできなかった」

「いいの、ローレライ」と、涙を浮かべながら、スノーホワイトが言った。

「あなたのせいじゃない。誰のせいでもない」と言って、スノーホワイトは静かに涙を流していた。

 スノーホワイトに髪をなでられ、思わずはっとしたローレライは、スノーホワイトを見つめ、思わずキスをしてしまった。何度目のキスだろうか。スノーホワイトとローレライは、あまりキスをしたことがない。

 スノーホワイトは、珍しく嫌がらなかった。しかし、ただ泣いていた。


 悲しいことに、ギルドの中で、「スノーホワイトはもう子供が産めない体になったらしい。エース兄さんとの交際も、婚約も、終わりかな」「せっかく婚約話までいってたのにな」「病室で、ローレライとキスしてたらしいぞ」といううわさ話が後を絶たず、スノーホワイトは、心無い言葉に耐え切れず、ギルドを去る決意をした。リラの故郷の奥地に帰ろうと思う、とローレライに話した。

「そんな、スノーホワイト・・・・・・!!ちょっと待ってよ、スノーホワイト!!」

「でもね、ローレライ、私、ちょっと疲れちゃった」

 パトリックの回復を待ち、スノーホワイトは、団員の配慮もあり、ローレライと3人きりで会う機会を許された。

「スノーホワイト。話は聞いている。俺が守れなくてすまない」と、パトリックが絶望の表情で言った。

 パトリックは、もう全快しているのだが、念のため、ということで、今日まで病室で過ごすように、と言われていた。

「スノーホワイト、俺の気持は変わらない。僕と結婚してくれないか、頼む」

「パトリック・・・・・」そう言って、スノーホワイトは涙を1,2滴流し、

「ごめんなさい、パトリック、私はあなたにふさわしくない」

 そう言って、スノーホワイトはパトリックの両手を握った。

「待ってくれ、スノーホワイト、誤解だ、俺は、君が欲しい。君と結婚したいんだ……」言いながら、パトリックも真っ青だ。

「ローレライ、パトリック、今までありがとう。だけど、私、もうここにはいられない」

 任務事態は成功していた。ロキ・オードランとエッカルトの両ペアは無事に逃げ帰り、証拠の音声記録をつかんで帰ってきたし、それがもとで、プレトリアとガーレフ皇国の戦争は回避できる見込みだった。パトリックも、全快するまでに至った。

 しかし……

「私、街中のギルドで稼ぐのを夢見ていたけれど、ちょっと認識が甘かったのかもしれない」と、スノーホワイトが涙ながらに語った。

「もう、私をゆっくりさせて、パトリック、ローレライ」

「待ってくれ、スノーホワイト!!」と、ローレライが真っ青な顔をして、病室を出ていこうとするスノーホワイトの前に、両手を広げて立ちふさがった。

「僕も君を幸せにする!幸せにしてみせる!!ギルドだって、1~2か月休めばいい!そういう団員も結構いるんだ!君は知らないだろうけど。もっと休んだっていい!だけど、去るのだけは、やめてほしい!!」

 ローレライとスノーホワイトは、あの任務の一件以来、ため口で話す中になっていた。なんとなく・・・・・自然と、なのだが。

「ローレライ・・・・」と言って、スノーホワイトはつかつかとローレライに歩み寄り、

「私とパトリックは、子供の名前まで決めていたの。私、もう精神的に、耐えられない。私は、もう女じゃない」

 そう言って、泣きながら、スノーホワイトは、一瞬呆然として動けなくなったローレライのそばを通り抜け、病室を後にした。

 ローレライがはっと我に返ったときは、すでに彼女は忽然と消えていた。

 スノーホワイトの泣き顔が、ローレライの心に、棘のように刺さり、ついで、スノーホワイトの最後の言葉が、彼の心に刺さった。

「パトリック・・・・・」と言って、ローレライも涙を流し始めた。

「僕のせいでもある。僕がそばにいながら、テレージアのこと、守れなかった。彼女は、僕をかばったんだ」

「知っている、ローレライ。だが、君は何も悪くはない」

 それ以後、スノーホワイトをギルドで見た者はいなかった。

 スノーホワイトは、ギルド・聖フェーメ団を去った。言葉のごとく、ギルド長にだけ挨拶をかわし、団員には顔を合わせず、その日のうちに、荷物をまとめて、彼女はリラへと旅立った。

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