28話

「金熊の森方面の冒険者部隊より報告です! スライム変異種と見られる魔物が出現、即座にルヴィアが撃破したとのこと!」

「……何だと?」


 唐突にそんな報告が入ってきたとき、俺は耳を疑った。

 スライムの変異種が出てきたのは、まあ分かる。今回の作戦前からスライムの変異種が今回の事件の元凶だと想定していたし、その予想が当たっただけだ。それ自体に何も驚くところはない。

 問題は、撃破出来てしまったことだろうか。確かに、ルヴィアは高い実力を持った冒険者だ。技術の高さを感じる剣技に、ずば抜けた威力と発動するまでのスピードで他を圧倒する火魔法。どちらも高いレベルで使える彼女は、間違いなくこの街最強の冒険者だ。今回の元凶を倒せてもおかしくはないだろう。


「即座にって……どんくらいで倒せたんだ?」

「は、数分とかからなかったそうです!」


 その言葉に、俺の周囲はざわつきだす。


「Aランク冒険者って凄いな。今回の元凶の魔物ってCランクですら歯が立たなかったんだろ?」

「Aランクというよりも、ルヴィアが凄いんだろ。流石Sランク筆頭候補だ」


 嬉々として報告するギルド職員に、ルヴィアのことをただただ賞賛する周囲。そんな浮かれた雰囲気に反して、俺自身はあまり喜べなかった。


「弱すぎる」

「え? ギルマス、どうかしたんですか?」


 確かにルヴィアは強い。だが、いくらなんでもこの規模の事件を起こしたにしては、ルヴィアにあっさり倒されるのは弱すぎるのだ。


「この規模の事件を起こした魔物が、そうもあっさりやられるのか?」

「確かに、想定よりは弱いかもしれませんが……シエラたちが戦った個体も居ましたし、複数体居るからこそ被害の規模が大きくなったのでは?」


 それはそうかもしれないが……


「あ、それとルヴィアからこれだけは忘れず報告しろと言われていまして」

「ほう? あのルヴィアがか?」


 独断専行しがちなルヴィアのやつが、こっちへの報告を要求するとは。重大な何かがあったのだろうか。


「はい、その内容なんですが……件の魔物は、人に擬態するそうです」

「人に、擬態?」


 ……それは。


「厄介すぎるな」

「確かに、奇襲される可能性が高まりますもんね」


 それだけではない。


 人に擬態する、という事実が指し示すことは二つある。一つ目、スライムの変異種は人に擬態する能力を持っているということ。これは内容そのままだ。

 擬態の程度にもよるが、冒険者が魔物を魔物だと気づかないままに奇襲を受ける危険性がある。意識外からの攻撃、特に味方だと思っていた者からの攻撃は非常に効果的だし、あっという間にやられてしまう可能性もある。非常に危険だ。

 だが、それ以上に厄介なのは……


「人間には同族への擬態が効果的だと分かっている、ということか」


 策を巡らす知能がある、ということだ。

 相手が知能を持っている、という事実は重い。根本から、作戦を変える必要があるだろう。ここから、どう動くべきか。


「……くそ、面倒なことになっちまったな」


 深い思考に沈んでいた俺の意識は、ある一言で引き戻された。


「ぎ、ギルドマスター! た、大変です!」

「……どうした?」


 一人の職員が、指さしながら大騒ぎしている。彼が見ているのは、銀狼の平原だろうか。


「そ、それが……ともかく、あれを見てください! 見れば分かりますから!」

「うわっ、本当になんだありゃ!?」

「お、おい。あれ、こっちに向かってきてないか?」


 それにつられて、他の職員まで騒ぎ出した。なんだ、何があったんだ? 不思議に思い、彼が指差ししている銀狼の平原を見ると。

 大波が、こちらに押し寄せてきた。




「う、うわあああああああっ!?」

「何だよあれっ! や、ヤバいんじゃないか?」

「俺は逃げるぞ、命あっての物種だっ!」


 近くには、海も川もない。というかそもそも、ここ最近はロクに雨が降っていない。水が足りていないのだ。にも関わらず、平原にはこちらに猛然と向かってくる大波の姿があった。


「な、なんだありゃ?」


 あまりにも想定外な出来事に、恐怖や驚きというより困惑しかない。有り得るはずがない出来事が今、目の前で起こっている。こんなところでどうして波が……あんな大量の水、どこから来たんだ?


「いや……そうか、あれは水じゃないぞ! あれはスライム変異種だ!」

「じょ、冗談でしょう!? あ、あんなのが魔物なんですか!」

「た、助けてくれぇ……」


 本陣に居る殆どのやつは、パニック状態になっていて使い物にならない。だから、そいつらを目覚めさせるために俺は。


「聞け、お前ら! お前らが助かりたいのなら、その道はただ一つだ。あの化け物に、ありったけの魔法を撃ち続けろっ! 何が何でも、あれをぶっ殺せっ!」


 喉が張り裂けんばかりの大声で、叫んだ。




―――――




 ま、まさか、あの少女が急にあんな化け物になるとは……このオネストの目を持ってしても、全く見抜けなかった。


「あ、あの怪物、あっちにとんでもない速さで向かいましたけど……何しようとしてるんですかね?」


 隊員の一人が、首をかしげながらそう話す。見れば、先ほどの化け物は丘のほうへ向かっていた。……確か、あちらには本陣があるはず。


「そうか、奴の狙いは本陣だ! 事前の情報によれば、あれはスライムなはずだ。本陣にあれが辿りつく前に、なんとしてでも魔法で倒せっ!」




 巨大化し、猛烈なスピードで本陣を襲おうとする変異種。混乱する本陣、遅ればせながら対応を始める騎士団。……討伐隊に大きな危機が迫る中、シエラたちはというと。


「スライム、つぶしたかったです……」

「またそれ? もう良いじゃん。今回の件が済んだら好きなだけやればいいよ」

「あっ言いましたね? 言質とりましたよ!?」


 ギルドで呑気に駄弁っていたのであった。

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