27話

「な、何やってるんですかルヴィアさんッ!」


 いきなりキースを斬りつけたあたしを、シトリスは怒鳴りつける。尋常ではない怒り方で、今にもこちらに掴みかかってきそうだ。……コイツも、キースという冒険者を慕う一人だったのだろうか。


「何やってるって、冒険者としてするべきことをしたまでよ」

「はぁ!? あ、あんた何言ってんだ!? どうしてキースさんを……そうだ、キースさん大丈夫ですか!」


 慌てて、キースに近寄って手当てしようとするシトリス。そんな彼を、思いっきり背中から引っ張る。すると、シトリスは鬼のような形相でこちらを見た。


「お前、本当に何を……!?」

「何って……魔物を斬ったするべきことをした、それだけよ」

「……は?」


 あたしがそう言うと、シトリスは唖然として、信じられないものを見るかのような目で見つめてきた。気が狂ったとでも思われたか、あるいは本当に何を言っているのか分からないのか。どちらにせよ、こんな子供騙しにも気づけないようでは、コイツは大した実力じゃないのだろう。


「もうバレてるんだから、そろそろ演技やめたら?」


 そう声をかけると、私に斬り殺されたキースの死体が、ずるりと動いた。

 そしてキースの死体は。いや、は。


「バレたんなら、しょうがねえナァ! シネエエエエエエエエェェェェッ!!!」

「嘘だ……嘘だ! キースさん、どうしてっ!」


 あたしたちに襲いかかってきた。




「あ、あああ……」

「あんた、戦いでぽけーっとしててどうすんの?」


 使い物にならなそうなシトリスの首根っこを掴んで、一旦引き下がる。先ほどまであたしたちが居た場所には、今なお巨大化しつつある怪物が居座っていた。

 ……案の定、地面のべちゃべちゃも含めてコイツの一部だったわけね。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! なあシトリスぅ、俺と一緒にナロウゼェェェェェェェ!?」

「気持ち悪っ」

「あ、あああああっ!」


 完全に精神崩壊しているシトリスとは違い、私は冷静だった。というか、もうコイツを倒す準備は出来てるし。


「ねえ、何であたしがぺちゃくちゃシトリスと喋ってたか分かる? ……あんたを殺す魔法の準備してたのよ」

「コロスゥ? アヒャ、アヒャ! お前に、ソンナことが出来ルとぉ!」

「出来なかったらAランク冒険者失格でしょ」


 あたしが、ずぶ濡れなコイツに不信感を抱いてから、シトリスとの無駄話を終えるまで。あたしのとっておきを使うには、十分すぎる時間だった。

 そうして、この悪趣味な怪物は――


「燃え尽きなさい、『ヘルフレア』」


 地獄の業火で、焼き尽くされた。




 ―――――




 ギルドマスターからの、『手当てが済み次第、今すぐそいつを連れてこい』という司令。

 それに従って私、オネスト・ナイティーが率いる第六騎士団は、平原に居た少女を連れていこうとしていた。


「怪我の具合は大丈夫ですか、お嬢さん?」

「うん! もう大丈夫だよ! ずっとあの変なのから逃げ続けて、疲れちゃったけどねー!」


 周囲の複数人の騎士たちに、少女は満面の笑みでそう答える。幸いなことに、少女は怪我らしい怪我をしていなかった。不幸中の幸い、というやつだろうか。

 にしても、この少女は行方不明になってから数ヶ月経っている。それだけの長い間、辛い思いをしてきたのにも関わらず、あんなに笑顔でいれるとは。なんと心の強い子なのだろうか。


「……ん?」


 数か月も行方不明だったのに、どうして今更この少女は出てきたのだ?

 今回の元凶に襲われて助かったとして、そこから今までの間、この子は何をしていた?

 少女を、改めて注意深く観察する。やはり、怪我らしい怪我は無い。負傷のせいで動けなかったという線はないだろう。襲われた後、誰かに助けられた? そうだとしたら、その親切なお方がギルドやら騎士団やらに直ぐ通報したはずだ。

 つまり、この少女が、そこから数か月間わざと誰にもみつけられないようにしつつ、なおかつ何故かほぼ怪我を負わずに過ごしたということになる。


「ふむ」


 そんなことは、有り得ない。もう一度少女を観察して、気づく。

 。これが、数か月の間何かから命からがら逃げ続けた少女の身なりか?

 では。

 ……もし、本物の少女が死んでいたとしたら。そう考えると、すべての辻褄が合う。……合ってしまった。


「光よ、我が剣にその加護を宿せ。『ホーリーエンチャント』」


 我らが神に祈りを捧げ、その対価として聖なる光を剣に宿す。この光は、大いなる闇をもつ魔族や魔物を打ち払うためのものだ。


「……救うのが遅れてすまん、許してくれ!」


 そんな懺悔を、もうこの世には居ないであろう少女に向けて告げて――そのまま、私は剣を振り抜いた。


「……駄目ダヨ、そんな危なイもの振り回しちゃあ」


 ……何だと?

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