第22話

 あの本を読むのが面倒だと悟った私たちは、別の資料を探すことにした。


「別の資料は無いの? あんな難しそうな奴じゃなくてさ」

「別の資料ですか……あ、これは良さそうに見えます」


 そう言いながらマリナが引っ張り出してきたのは、比較的新しそうなものだった。複数枚の資料がまとめられたそれの一ページ目には、でかでかと『近隣地域の魔物について』と書かれている。


「ガーネット、こんなのも作ってたのか。本当に色々やるなあ」

「こういう風に資料としてまとめておくと、記事を作るときに見返しやすいんでしょう。まあ、その資料が多すぎて有効に使えているかは微妙ですが……」


 確かに、この部屋の至る所が紙の束で埋め尽くされている惨状を見るに、見たい資料を見つけるだけで苦労しそうだ。折角こういうのを頑張って作るのなら、ちゃんと整理整頓すれば良いのに。


「まあ本人がそれで良いみたいですし、案外何とかなるのかもしれませんね」

「どうだろうなぁ……」


 絶対何とかなってないと思う。資料が多すぎるせいで、変なところにまで置かれている。棚の下の僅かな隙間にある資料とか、どうやって取り出すのだろうか。


「まあ良いや。それで、この資料はどうなってるかな」


 さっきの本みたいにびっしりと文字が書かれてないと良いのだけど。そう願いながら一枚めくると、そこには中々面白いものが載せられていた。


「地域ごとに出没する魔物と、その数の大小が書かれてますね」

「そうだね。今回の事件が起きてる銀狼の平原と金熊の森は、どうなってるかな……」


 ぺらぺらと何枚かめくると、お目当てのものを見つけた。




 ・銀狼の平原 危険度 高

 出現する魔物 シルバーウルフ多、ゴブリン少、スライム極少

 備考 Cランク未満の冒険者は立入禁止。


 ・金熊の森 危険度 中

 出現する魔物 オーク多

 備考 野生動物が多く出現。特に猪は凶暴なので注意。




「簡潔だけど、よくまとめられてるね。こういうのをギルドが配ってくれると便利な気がする」

「良いですねそれ。新人の冒険者とかには大いに役立ちそうですし」


 ……さっきから本題とは関係ない雑談ばかりになってしまうな。集中、集中。今は事件について考えないと。


「それにしても、ホントにガーネットさんは駄目ですね」

「え?」


 急にマリナの口から飛び出した、辛辣な一言。それに困惑する私に、彼女は説明を始めた。


「これ見れば分かりますけど、どちらの地域もスライムなんてほぼ生息してないじゃないですか。なのにスライムが犯人だなんて、これじゃあすぐに嘘ってバレちゃいますよ」

「……確かにそうだね。まあガーネットは、あの弱い魔物のスライムが犯人!? みたいな記事の方が売れると思ったんでしょ」


 そう考えると、ガーネットは本当に何やってるんだ。いくら売れたいからって有り得ないことを適当に書くなんて――いや、本当に有り得ないのか?

 今の会話で、何かが引っかかった。それが何かは分からないが、どこかが間違っている気がする。……そのどこかってどこだよ。


「むむむ……」

「急にそんな考え込んで、どうしたんですか?」


 思い出せ。現地取材に行ったとき、何があった。どうして、私は今違和感を覚えたんだ。銀狼の平原と金熊の森、そこで何を見た。

 思い出せ、私。どんなに細かいことでも良い、思い出すんだ……!


「……あっ」




 ――気づけば夕方。結局、今日の調査では何の手掛かりも得られなかった。見つかったのはオークとスライム、あとはイノシシやらシカやらである。要するに、成果ゼロ。




 金熊の森には、スライムが居た。ということは、可能性はあるのか。

 まあ、そうは言っても最弱の魔物であるスライムにそんな危険性があるとは思えない。魔法以外の攻撃がほぼ効かないくらいでは……


「……いや、魔法以外が効かない、魔物……まさか」

「ど、どうしたんですか、マリナさん?」


 一つ、思いついたことがある。もし、私の考えが正しいのであれば――


「マリナ、今からギルドに行こう」

「え? どうして急にギルドなんですか?」

「ギルマスと早急に話をしなきゃ」

「え、いや、え? 待ってくださいよシエラさん!?」


 これから私たちは、地獄を見ることになる。

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