第23話

 外が暗くなりつつある中で、ギルドに駆けつけた私たち。今はギルマスと応接室で対面していた。


「それで、何の用なんだ嬢ちゃん。悪いが今は行方不明事件への対処で忙しくてな。あまり時間は取れないぞ」

「その行方不明事件に関することで、話したいことがあるんだ。出来るだけ早く、ね」


 行方不明事件。その言葉が出た途端、それまでおざなりな対応だったギルマスの目の色が変わった。


「……聞かせてくれ」

「単刀直入に言うよ」


 ピリピリとした空気感の中。緊張しているのか、手がじとっと汗ばんできた。そんな自分を落ち着かせるために、すうっと息を吸って。


「行方不明事件の元凶は、スライムなんじゃないかと思ってる」

「……はぁ?」


 あまりに想定外だったのか、ギルマスの強面が完全に崩れ去っている。ぽかん、という表現が的確であろう呆気に取られた表情だった。

 そして、その表情は段々と呆れから憐憫を感じさせるものに変わっていく。……憐憫?


「可哀想に、あの魔物との激闘で脳を損傷したんだな。時間ができたら良い医者を紹介してやるよ」

「待ってくれよ。私の脳は正常だし、この推測は狂言じゃないぞ」


 そいつの名前はローズだ、とか、本当に良い医者なんだ、とか医者の紹介をするギルマスを無視して、私は言葉を続ける。


「結構自信があるんだ。聞いてくれ」

「……まず、行方不明者が多発しているのは、銀狼の平原と金熊の森だ。前者にはスライムがほぼ居ないし、後者に至ってはスライムが生息できる環境じゃないんだぞ」


 はあ、と大げさに溜息をつくと、ギルマスは有り得ないと言わんばかりの態度を見せる。というかもう言ってるか。


「それなんだが、私たちが金熊の森で調査した時にスライムを見かけているぞ」

「何、それは本当か? スライムを気にもかけないシルバーウルフが多く生息する銀狼の平原ならともかく、金熊の森はオークと野生の獣ばかりだ。オークはスライムを襲うんだから、あそこにスライムなんて居るわけが……」

「そう言われても、実際に居たんだよ」


 ギルマスは考え込みだして、しばらくすると。


「……まあ、その話は分かった。スライムの生息域が変化したかもしれないな」

「だろう? そうすると、スライムが事件の元凶という可能性だって……」


 スライムが金熊の森にも生息している。つまり、『スライムが生息している』ことが事件が起きている地域の共通点になった。

 続けてさらに、スライムが元凶であることを主張しようとしたその時。


「だが、その話には一つ重要な矛盾点がある」

「……そうだね」


 来たか。スライムという魔物を話すとき、避けて通れない話題。スライムについて誰もが持っている知識で、世間の常識。……いや、ただの固定観念だったのかもしれないそれに、ギルマスは言及する。


「スライムは弱い。魔法以外が効きにくいという強みこそあるが、子供ですら安全に倒せる魔物だ。そんなスライムが、冒険者を倒すことは無理だ」


 そうだ。それが普通の認識だ。そして、私もそう思っていた。だからこそ、あんなに分かりやすいを誰も訝しがらなかった。誰も、真実に辿り着けなかったのだ。


「じゃあ、もし強いスライムが居たらどう思う?」

「強いスライムって……そんなのあり得ねえが、居るんだったらこの事件の元凶かもしれねえな」


 スライムは弱い。強いなんて絶対有り得ない。そういう考えが、透けて見えた。そんなギルマスに、私は『もしも』の話を始めた。


「有り得ない、か。……ねえ、ギルマス。もしも強いスライムが居たら、相当厄介だろうね。魔法以外が効きにくい高ランクの魔物なんて、絶対に大変なことになるよ」

「まあそうだろうな。そんなのが居たら、もうとんでもないことになるさ」

「そうだね。実際私たち、とんでもないことにあったし」


 その私の言葉に、ギルマスは。


「……魔法以外の攻撃が効きにくい、高ランクの魔物。おい、そんなこと有り得るのかよ。だとしたら相当ヤバいぞ」

「私もそう思ったから話をしに来たんだよ」

「冗談だろ――嬢ちゃんたちが倒したあの化けもん、スライムなのかよ」


 酷い顔をしていた。そしてきっと、鏡を見ればおんなじような表情が映っているはずだ。そんな地獄のような空気の中。


「あ、話終わりました? なんだか面倒そうだったので、聞いてませんでしたけど」


 事の重大さを全く把握していないマリナは、呑気そうにしていた。




「とりあえず、両地域にそれぞれ十名近くの調査隊を派遣した。今回はスライムの生息数についても調べさせる予定だ」

「それだけ人数を集めれば大丈夫かな。もし今回の元凶と遭遇しても、何人かは帰ってくるはず」


 いきなり慌ただしくなったギルド内。職員たちの自己犠牲サービス残業によってあっという間に調査隊が編成され、派遣されていった。


「それと、例の謎の魔物についてはどうなの?」

「スライムの可能性があるという話は、調査している連中に送っておいた。あとは結果待ちだな」


 神妙にそう話すギルマス。それを横目に、私は――


「これ、もし推測外れてたら大迷惑だよね?」

「今更何言ってんだお前は」


 推測が外れていないか、めちゃくちゃ心配していた。


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