第21話

 なんやかんやあってガーネットの家に取り残された私たちは、事件の考察をすることにした。


「まずは、前提となる事件の情報について整理しようか」

「そうですね。今回の事件は、冒険者の行方不明者が多発している、という内容です」


 そうだ。冒険者で行方不明者が出ること自体は珍しくないのだが、それが相次いでいること、そして何の手掛かりも発見されていないという異常性から、この事件は表面化した。


「事件が発生したのはいつからなんだろう」

「この資料によれば、何の手掛かりも得られない行方不明者が出たのは、去年の暮れからだそうです。ただ、その人物が必ず今回の件の被害者とは言い切れないとか」

「明確には分からないってわけだね」

「はい。ただ今年の初めあたりから行方不明者が急増したそうなので、そのあたりだと推測されてますね」


 今年の初め……いや、その少し前から事件が始まっていた可能性も考えれば、去年の後半から今年の初めくらいの時期に原因となる何かがあったと考えるべきだろう。


「それで、全体で被害はどれくらい出てるの?」

「人的被害と推定されているのは、今年に入ってから何らか手掛かりすら発見されていない行方不明者の総数、54名です。物的被害はありませんね」


 まあ、そもそも今回の事件の原因が全く分かっていないからな。もし同じ原因で物的被害が出ていても、それが今回の事件と同じ原因と分からなければ、無関係のものとして処理されてしまう。後者に関しては無いというより、今は確認できていない、と考えた方が良さそうだ。


「被害者の特徴はないの? 年齢、性別、ランクの割合とかどんな依頼を受けていたかとか」

「年齢に関しては十代前半の新人から、五十代後半のベテランまでと幅広いですからね。ランクに関してもまちまちです。依頼に関しても、この依頼が特別多い、というものはないですね」

「じゃあ、場所はどう? 行方不明者が最後に確認出来た場所とか、そこに居たと推測できる場所とか」

「先日現地に行きましたが、銀狼の平原と金熊の森が特に多いですね。被害者の多くはそこで出ています。位置的にはかなり近いですね」


 ふむ。じゃあ、事件の元凶はそこにあるのだろうか。


「じゃあ、そこらへんの地域に絞って調査したら良いんじゃないの?」

「それが……少数ながら、街中でも行方不明者が出てるようなんです」


 ……街中で?


「そうすると、街中に元凶が居るかもしれないってこと?」

「いえ、ギルドは街中での行方不明者に関しては関係ないと結論づけているそうです。まあ、三名だけと本当に少ないですからね。それに、あくまで推定ですから実は外で行方不明になったかもしれませんし」


 三名だけか。それに、本当に街中で行方不明になったかは怪しいのなら、それに関してはあまり参考にならなそうだな。


「念の為、ということで街中での小規模な調査もギルドはしていたようですが、一昨日には止めたそうですよ。……よく調べられてますね、この資料」

「なんだかんだ言っても、ガーネットの記者としての実力は確かなんだと思うよ。モラル面に難があるみたいだけど……」


 閑話休題。今は、この事件の考察についてだけ考えよう。


「それじゃあ、次は行方不明者が多発している銀狼の平原、金熊の森の情報について調べてみようか。ここの資料は充実してるから、現地にいった私たちでも知らない情報があるかも」

「そうしましょうか。行方不明者が多発している地域に関する資料は、えーと……多分これですかね」


 マリナが棚から引っ張り出してきたのは、『王国土地記録書』という題名の分厚い本だった。これまでのレポート形式のものとは異なり、なんだか堅苦しそうな図鑑だが、ちゃんと読めるだろうか。


「なんかこういう固そうなのって、あんまり読みたくないなあ……」

「いくつか付箋がついてますから、そこのページを読んでいきましょうか。まずはこれですね」


 そう言ってマリナが一つ目の付箋が挟まれていたページを開くと、そこには――


『そもそも銀狼の平原と金熊の森という名はそれぞれ、二つの伝承が由来となった地名である。前者は、はるか昔にその知恵と風の加護を持って人々を守り抜いた気高き伝説の魔物、フェンリルのことを指していると考えられる。その一方で……』


「だめだこりゃ」

「読むのは無理そうですね」


 長すぎる内容に絶望した私たちは、パタンと本を閉じて何も見なかったことにした。

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