第20話

 現地調査を始めてから、一週間。結局、私たちは何の手掛かりも得ることが出来なかった。当然、レイフォード日報の売上は右肩下がり。それに耐えかねたガーネットはフェイクニュースを新聞に載せてしまい――


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」

「ごめんなさいで済む話じゃねえぞ、おい!」


 家に突撃してきたギルマスに激詰めされている、というのが現在である。ちなみに何故私たちがガーネットの家に居たのかというと、約束の報酬である売上の三割を貰うためである。私としては、何も出来ていないのに報酬を貰うのは……と思うのだが、マリナ曰く、『元々そういう話なのだから貰って何の問題もない、寧ろ貰うべき』とのことらしい。

 というか、やっぱりギルマスは怖い人だった。何というか、今にもガーネットをボコボコにしてしまいそうな迫力がある。マリナは『見かけ倒しの老いぼれ』なんて言っていたけど、全くそう思えない。


「どう責任を取ってくれるんだ、おい! あの滅茶苦茶な報道のせいで冒険者たちは大混乱だぞ!」

「ひぃぃぃぃぃん! 今日の発行分には誤報だったって書きますから許してくださいっ!」


 しかし、こうなる未来は見えていたというのにどうしてフェイクニュースを流してしまったのか。話を聞いていると相当影響があったようだし、内容次第では取り返しがつかないかもしれない。


「ねえねえギルマス、その『滅茶苦茶な報道』ってどんな内容だったの?」

「うん? ああ、嬢ちゃんたちも居たのか。報道の内容が気になるんだったら、これを見ればいいさ」


 ギルマスが、ぽいっとこちらに新聞を放り投げてきた。見開きを見ると、そこにはでかでかと『連続行方不明事件の犯人はスライム!? ギルドの調査は機能不全!』と書かれている。

 あちゃー、これは確実にダメな奴だ。ただ嘘を書くだけならともかく、ギルドを完全に敵に回している。これじゃあ、ギルマスも大激怒するわけだ。


「ガーネット、一応聞くけど、この情報を裏付ける証拠はある?」


 そうは言っても完全に嘘と決まったわけではない。ひょっとしたら、ガーネットが独自の情報を持っていて、それを元にちょっと誇張しただけかもしれない。そんな希望的観測を持ちながら、私がガーネットに問うと。


「そんなのあるわけ無いじゃないですか! スライムが犯人、ギルドが杜撰ってのもそう書いたら売れると思って……痛い痛い痛いっ!」


 いい笑顔で、完全に開き直るガーネット。案の定、話している途中でギルマスにシメられている。……これがマスゴミってやつなのか。


「とりあえず、ギルドに来い! そこで話をさせてもらおうじゃねえか、あん?」

「は、はい喜んでっ! シエラさんマリナさん、後は任せましたっ!」


 私がガーネットに呆れていると、彼女はあっという間にギルマスに連れていかれてしまった。結果として、私とマリナは二人だけガーネットの家に残されてしまった。


「……どうする?」

「どうする、と言われましても」


 マリナと顔を見合わせる。私もマリナも、あんまりにも急な事態にどうすれば良いのかが分からなかった。


「ここには、ガーネットさんが集めた資料がありますよね」

「そうだね」


 私たちが現地取材をしていたとは言っても、それだけで記事を書くわけではない。ガーネット自身も街の中で出来ることを色々とやっていた。行方不明者の家族や友人への聞き込み、行方不明者数の推移やどこの地域で多発しているかといったデータの収集。行方不明者が出た地域の情報のまとめ。それら全てをガーネットは一人で行い、ここに資料として記録していた。


「これらがあれば、今回の事件の考察くらいは出来るんじゃないですか」

「……考察か」


 ギルドだって、そういうのを何度もやっているはずだ。それも、私たちとは違ってその手の専門家に頼んでいるだろう。それでも真相が解明されていないのに、私たちがやったところで……

 そんな考えを見透かしているのか、マリナは続けて一言。


「現地取材を始めた時だって、困難なのは分かってたはずです。それでも遂行したのは、やらないよりは遥かにマシだから……違いますか」

「それは……」

「上手くいかないのは当たり前ですよ。駄目で元々、上手くいけば儲けもの……それくらいの気持ちでやってみたって、良いんじゃないですか」

「……うん」


 言い始めたのは私だっていうのに、マリナにこんな風に励まされてしまうとは。

 ――もうちょっとだけ、頑張ってみるか。


 そんな思いで、私は床に散乱している資料を集め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る