第18話

 暗所とスライムへのトラウマを私が得た夜が過ぎて、翌日。私たちは予定通り、行方不明者の件を現地取材することにした。


「ここが、一つ目の場所?」

「ええ。ここ、銀狼の平原が行方不明者が最も多発しているポイントです。出現する魔物は、ウィンドウルフとゴブリン。行方不明者の大半は、ここのウィンドウルフを討伐する依頼を請け負っていたそうです」


 開けた土地に、膝下くらいの高さの草が生い茂っている。視界は開けているが、足元は最悪だ。そんなこの土地には、白銀の毛並みを持つ狼が生息している。


「ウィンドウルフ……厄介な魔物だね」


 ウィンドウルフ。その名の通り、風魔法を使う狼型の魔物だ。風魔法を駆使した一撃離脱の戦い方や、群れて行動するその特性は、低ランクの冒険者にとって大きな脅威となる。だからこそ、この銀狼の平原には、Cランク未満の冒険者は入ってはいけないとされているのだ。

 それでも、行方不明者が出た、ということは。


「ええ。ですが、Cランク以上の冒険者ならば、問題ない相手のはずです。少なくとも――17名もの実力者がやられる相手ではない」


 17――それが今年に入ってから、ここで行方不明になった冒険者の人数だった。全員がCランク以上……中には、Bランクの実力者が居たそうだ。


「そうすると、どうして行方不明になったんだろうね」

「それを今から調査するんですよ。まあ、その前に一仕事しなきゃ駄目みたいですけど」


 前方に目を向ける。見えたのは、こちらに向かってくるシルバーウルフの群れだった。


「先手必勝です! シエラさん、援護を頼みましたよ!」

「援護、いる? マリナ一人で全部倒せそうだけど……」


 そう言うや否や、マリナはシルバーウルフの群れへと突っこんでいった。あ、早速一匹倒してる。

 様子を見るにマリナだけで充分だとは思うけど、サボる訳にもいかないし。


「グルゥゥゥゥ!」


 群れの大半がマリナへと向かっていく中、一匹だけ私の方に向かってきた。しょうがない、程々にやるかぁ。


「やっちゃえ、『アイスアロー』」


 魔力を込めた杖から、氷の矢が飛び出す。そのまま、進路上にあったシルバーウルフへ突き刺さる――ことなく、矢は逸れていった。


「だからシルバーウルフは嫌なんだ」


 シルバーウルフが風魔法を使って、一時的に風を作り上げた。それが氷の矢の進路を変えた結果、シルバーウルフに当たらなかった。理屈にすると簡単だが、戦う側からすればこの上なく厄介だ。

 おまけに。


「ウォォォォォン!」


 そう吠えると、シルバーウルフは一段と加速してこちらに突っ込んできた。追い風を起こしたのだろう。ここで手こずっていると、距離を詰められて面倒なことになる。それに、他のと戦っているマリナのことも考えれば、出来る限り素早くこいつを処理してマリナの援護に移るべきだ。


「しょうがない、強力な魔法は燃費悪いし使いたくないんだが……『アイスランス』」


 さっきよりも意識的に多くの魔力を杖に込めて、それを撃ち出す。氷の矢よりも強固に、そして先鋭な氷の槍が、シルバーウルフへと向かっていく。

 当然、シルバーウルフも風魔法で逸らそうとするが。


「キャウン!」

「多少風が吹いた程度じゃ、この魔法は逸らせないよ」


 その努力もむなしく、氷の槍はシルバーウルフの脳天を貫いた。この個体は即死だろう。


「さて、マリナに頼まれた援護をしなきゃね」


 マリナに頼まれた通りに援護しようと、彼女が戦っている方を向くと。


「遅いですよ、シエラさん。もう全部倒しちゃいました」

「……ははは、流石だね」


 何でもなさそうな表情をして、マリナはそう言った。これが、私とは違うAランク冒険者の実力なのか。あまりにも強すぎる彼女に対して、私は乾いた笑いしか出てこなかった。




 ウィンドウルフを倒し終わった私たちは、『現地取材』を始めた。まずは、この場所に何か手掛かりがないか、調査してみよう。


「それじゃあ、周囲に何か異常がないか探してみようか」

「そうですね。ひょっとしたら、案外直ぐに犯人が見つかったりして」


 そんなに簡単に見つかったら楽なんだけどね。そう独り言ちて、私は平原を見回す。

 そこにあるのはだだっ広い開けた土地と草、そして多数のウィンドウルフ。あとは、少しだけゴブリンやスライムが居る程度だ。


「……異常なし、だね。マリナ、そっちはどう?」

「ぱっと見、こっちにも異常なしですね。そもそも軽く見回すだけで分かるレベルなら、ギルドの調査もあっさり終わりますよね……」


 覚悟はしていた。やはりこの調査、一筋縄ではいかなそうだ。


「まあ、そう簡単には見つからないよ。ここは地道に手掛かりを探していこう」

「分かりました。あ、周囲の警戒はどうします?」


 そう問いかけてくるマリナ。ふふ、その言葉を待ってたんだよね。


「そこは私に任せてよ。こういう開けた場所なら探知魔法が使えるからね」

「おお、シエラ凄いですね。探知魔法を使えるなんて、かなりレアだと思いますよ!」


 自分でもはっきりと分かるくらいのドヤ顔で、私が自慢げに答える。そうするとマリナは、すごいすごい、と興奮した様子だ。彼女はきっと、私がレアな探知魔法を使えることを純粋に凄いと思っているのだろう。

 ……どうしてレアな魔法なのか、は多分知らないのだろう。そもそも探知魔法は、『魔物がどこどこに居る!』とか、『人が近くに!』とか分かるものではない。魔力の波を周囲に放ち、その反射から周囲がどうなっているかを把握できる魔法だ。だから、実際のところはあっちで何かが動いている、くらいしか分からない。それが人なのか、魔物なのか、あるいは無機物なのかすら分からないのである。

 というかそもそも、魔力の波を放って反射で把握する、という特性上平地以外では意味がない。少しでも入り組んだ地形だったり、洞窟のような狭い空間だと使い物にならないのだ。探知魔法の習得が難しいのは事実だが、どちらかといえば態々習得する意味が薄いせいでレアな魔法となっている。

 まあ、そんなことを教える必要もないので黙っているが。


「探知魔法があるから、私もマリナも調査に集中して問題ないよ」

「流石探知魔法ですね。これなら調査も捗りそうです!」


 マリナの中で、探知魔法がとんでもない大魔法扱いになっている。……まあ、別にいいか。

 マリナの探知魔法への誤解を放置したまま、私はマリナと調査を続けた。

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