第17話

 私とマリナは、真っ暗な道を二人で進んでいた。目的地は、私の家。マリナに無理を言って、途中まで着いて来てもらうことにしたのだ。


「夜風が冷たくて、気持ちいいですね」

「そうだね。ここ最近は暑いから、これくらい涼しいと助かるよ」


 どことなく嬉しそうなマリナの言葉に、私も同意する。やはりこの時間は涼しく、汗をかかずに済むので快適だ。これで、私の苦手な暗ささえどうにかなれば最高なのだが。

 そんなことを考えていると、マリナが話し出した。


「明日からの現地取材、楽しみですね」

「楽しみ、かぁ。マリナは凄いね。私はそう思えないや」


 現地取材。それをするということは、実際に冒険者たちが行方不明になった場所に向かわなければならない。最初に提案したのは私であるものの、あまり乗り気ではなかった。


「え? でも、最初に言い出したのはシエラさんでしたよね? だとしたら、どうして現地取材するなんて言ったんですか?」


 やはりマリナもそこが気になったらしく、不思議そうな声色で問いかけてきた。大した理由ではないのだが、気になるのなら話しておくか。


「端的に言うと、行方不明者続出の件はすぐに解決するべきだと思ってるからだよ」

「なるほど、シエラさんは真面目なんですね。普通の冒険者は、そんな使命感もを持ち合わせていませんよ」


 シンプルな言い方になりすぎたか。これだと私が正義の味方みたいな考えで動いていることになってしまう。実際はそうではなく、もっとなんとなくな理由のだが。


「そうじゃなくてさ。今回の件、放っておいたら不味い気がするんだよね」

「え?」

「今回の件は冒険者全体の安全にも関わる。既に冒険者ギルドは事態の解明に乗り出してるはずだ」


 それも、大分前から。行方不明者が一人出れば間髪入れずに調査隊を派遣するギルドが、複数人も行方不明者が相次いでいる今回の件を放置するはずがない。ましてや、この騒動が始まってから時間が経っている。水面下では大規模な調査をしているはずだ。


「にも関わらず、何の情報も入ってこない。誰が、何のために、どんな手段でやったのか、何一つとしてだ」

「ああ……確かに珍しいですよね。普段は数日もせずに、あの冒険者はこの魔物にやられただとか、すぐに原因を発表しているのに」

「これだけ大規模な騒動なのに、ギルドは何一つとして情報を掴めていない。……おまけに、私たちが戦ったあの謎の魔物の件もある。どっちも前代未聞の騒動だけど、同時に起きるなんて中々ない話だよ」


 ここまで私が話すと、マリナの声もなんだか不安そうなものになってくる。


「……やはりマリナさんは、その二件は関係があると考えているんですか?」

「あると思う。いくらなんでも、二つの大事件のタイミングがたまたま一致するなんてこと、あるのかな?」


 疑念を示すような言い方をしたが、私の中では確信があった。行方不明者が続出している件と、私たちが戦った謎の魔物。この二件は、間違いなく関係がある。


「もし関係があるとしたら、放っておくわけにはいかないと思ったんだ。万が一、私たちが戦った魔物と同じような奴が、他にも居たとしたら……ひっ!」


 相当不味い、と言おうとした瞬間、情けない声が出てしまう。背中に、冷たい何かが触れたのだ。


「な、何これっ!? た、助けてマリナっ!」

「シエラさん!? 何があったんですか、すぐに助けます!」


 着ているローブと肌との間をぬたり、ぬたりと水っぽい何かが背中を這いずり回る。その不気味な感触の正体を引きはがそうと必死に手を動かすが、ナニカはするりと手から抜けていく。


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ! 全然取れないんだけどこれっ!」

「だ、大丈夫ですか!? くっ、全然見えない……」

「暗いのヤダ! 本当にヤダ! マリナ、速く助けてくれっ!」


 もはやなりふり構わずにマリナに助けを求めるが、マリナもマリナで混乱しているのかまともな返事が返ってこない。そうこうしていると、唐突にマリナが何かを言い出した。


「と、とりあえず視界を確保しましょう。シエラさん、何でも良いから明るくしてください!」

「わ、分かったよ! 明るくなれ、『ライト』!」


 マリナの言うとおりに、光魔法を使って明るくする。手のひらサイズの光の球が周囲を照らした瞬間、見えたのは剣を抜いて身構えるマリナだった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないよっ! 暗いの無理だし気持ち悪いのが背中に引っ付くし……マリナ、早く背中のを取って!」


 半狂乱になりながらも私がそう促すと、マリナが私に近づいてきて背中に手を突っ込んだ。


「うわっ、本当に気持ち悪いですね……うん? この感触は……」

「良いから早く引っこ抜いてってば!」


 そして遂に、マリナは私の背中から、這いずり回っていたナニカを取り出した。その正体は―――


「スライム?」

「スライム、ですね」




 あれから少し時間が経って、落ち着いた私はマリナと話をしていた。


「うぅ、恥ずかしい……スライム相手にあそこまで怯えるなんて……」

「まあ、しょうがないですよ。私だって何も見えない中でああなったら、きっとパニック状態になりますし」


 にしたって、である。これがただの少女ならともかく、私は一応Aランク冒険者なのだ。最強そのものとも言えるAランク冒険者が、子供相手にも何も出来ないスライム相手にビビり散らかしていたなんて、良い笑い話である。こんなのが知られたら、私の評判はガタ落ちだ。


「今回の件は内緒にしといてよ」

「それは勿論構いませんが……シエラさん、暗いのが苦手だったんですね」


 うぐっ。やっぱりそっちもバレてたか。あれだけ暗いの無理だなんだと騒いでいたのだから、当然といえば当然だが。


「……そっちも内緒でお願い」

「良いですけど、今度夜にお出かけしません? なんだか楽しそうですし」


 そう言ったマリナは、これ以上無いくらい良い笑顔だった。こ、こいつめ……しょうがない、バラされたくはないし、現地取材が落ち着いた頃にするとしよう。


「しかし、街中にスライムとは珍しい。どこから入ってきたんでしょうね」

「そんなのどうでもいいから、早く帰るよっ!」


 なんだか、さらに暗いのとスライムが苦手になりそうな一日だった。もうこんなのは勘弁してほしいものだ。

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