第13話

「直接聞きに行くって、誰に?」


 まさか、行方不明者に聞ける訳じゃあるまいし。そう考えていると、マリナは私がさっき読んでいた新聞を取って、ある場所を指し示した。そこには、誰かの名前が書かれている。


「この新聞を書いた、ガーネット・レイフォードにですよ」




 そういうことで、現在私たちは彼女の会社を訪れていた。会社と言っても、随分とボロい家が突っ立っているだけにしか見えないが。


「ここが、ガーネットさんの会社かあ。なんだかこじんまりとしてるね」

「会社といっても、社員は彼女一人だけらしいですからね。会社というより、ただの家なんでしょう」


 そんなことを家の前で話していると、中から声が聞こえてきた。


「あー、もーっ! この事件の真相が解明出来れば、売上爆増間違いなしなのにーっ!」

「……どうやら、悩んでいるみたいですよ」

「事件というのはたぶん、行方不明者が多発している件だろうね」


 どうやら、この街きっての新聞記者も、事件について特別な何かを知っている訳では無さそうだ。


「あんまり、新情報に期待は出来なそうだなあ」

「そうですね。言い出した私が言うのもなんですが、わざわざ来る必要は無かったかもしれません」


 ガーネットも特に何か知っている訳ではない、という事実に私たちが落胆していると、さらに家の中から声が聞こえてきた。


「このまま販売数が下がり続ければ、廃刊の危機です! 何がなんでもこの事件をスクープしなきゃ……」

「なんか聞いてて可哀想になってきた。世知辛いなぁ」

「仕方ないですよ。世の中ってそういうものですし。売れない新聞を書くのが悪いんです」


 さ、冷めてるなぁ。ガーネットの苦悩をあっさりと切り捨てたマリナにドン引きしていると、家の中からまた声が聞こえてくる。


「売れさえすれば、何とかなるのに……もうこの際手段は問いません、ともかく販売数を何とかしなきゃ駄目です!」


 おっと、段々不穏な感じになってきたぞ。これ、大丈夫なんだろうか。


「……そうだ、スクープが無ければ作れば良いんですよ! 私、天才ですか!?」

「おい」

「マスゴミ、ここに極まれりですね」


 大丈夫じゃなかった。いくらなんでも、フェイクニュースは不味いだろう。そんなことをしたのがバレたら、ガーネットもタダでは済まないだろうに。


「犯人は、魔物ってことにしましょう。正体は……スライムにしますか、あの弱いスライムが何人もの冒険者を手にかける。これ以上の衝撃ニュースは無いですよ!」

「具体的な内容まで考え出しちゃったよ」

「人間なんて、皆こんなものです。期待するだけ無駄なんですよ」


 こうやってフェイクニュースって生まれるんだなあ。それはそうと、マリナ辛辣過ぎない?


「うーん、これは止めに入った方が良いのかな?」

「次ヤバいことを言い出したら突入しましょう。ひょっとすれば思いとどまるかもですし」


 そうだよな。きっとガーネットだって、言ってみただけで本気ではないはずだ。ここは彼女の良心を信じて、少しの間見守るべきなんだろう。


「そうですね、信憑性を持たせる為に誰か適当な冒険者に金を握らせて……」

「アウトー!!!」

「突入ーっ! 悪巧みもそこまでですよ!」


 ……残念ながら、ガーネットは本気だったらしい。そういうことで、私たちはガーネットの家に突入した。ところが、家に踏み入った私たちが目にした光景は、想像を絶するものだったのだ。


「うわっ、なんだこの紙の量! これじゃ一歩も進めないぞ」

「全く整理されてないですね。ここの家主は余程のずぼらなんでしょう」


 家の中は、酷い有様だった。写真や記事に使うのであろう資料と思われる紙が、足の踏み場が無くなるほどに散乱していたのだ。そんな汚部屋の奥には、椅子に座している少女が居た。

 赤茶色の、セミロングといっていいくらいの長さに切り揃えられた髪。ピンク色のぱっちりとした目と、豊かな胸部。本来はもっと可愛らしいであろう少女の姿は、目の下の深い隈のせいで台無しだ。

 少女はこちらを見ると、怒った表情でこちらに近づいてきた。


「何ですか、あなたたちは!? いきなり人の家にずけずけと入り込んできて、おまけに汚いだの何だの……いくら何でも非常識じゃないですか!?」


 開口一番、少女は私たちを強く非難した。なるほど、確かに私たちの行っていることは良くないことだ。他人様の家に侵入して、汚い、家主はずぼらだ等と好き勝手言っている。これは非常識と言われても仕方ないだろう。普通の相手ならば、ね。


「うーん、さっきまで虚偽報道をしようとしてた人に非常識と言われたくないなあ」

「うぐっ!? あ、あなた達、いつから話を……」


 誰かに聞かれていたのは想定外だったのか、驚愕する少女。そんな少女にマリナは追撃する。


「『この事件の真相が解明出来れば、売上爆増間違いなしなのにーっ!』と言っていたところからですね」

「バッチリ全部聞かれてるじゃないですかーっ!?」

「この件に関する虚偽報道は止めておいた方が良いかと。状況が状況ですから、バレればギルマスや冒険者ギルドがただではおきませんよ」

「ギルマスって、あの怖いおじさんですか!? ぐうっ、でも販売数が……」


 マリナにそう注意されて、少女はうんうんと悩み始めた。やっぱり、ギルマスが怖いのは私だけじゃ無いんだな。

 自分が怖がりだったわけではないことに少し安心しつつ、私は少女を相手に提案をする。


「まあ、少し落ち着いてよ。何も虚偽報道なんてしなくても、私たちと組んで大スクープをすれば良いじゃないか」

「……え?」

「し、シエラさん、私たちはただ情報を得れればそれで良いはずでは?」


 私の意外な提案に、少しの間固まる二人。特にマリナは、かなり狼狽えているようだ。


「それはそうなんだけど、何となく放っておくのも不味そうだからね」


 というか、放っておいたら絶対にやらかすだろうし。 そんな考えで提案したが、はてさてどうなることやら。


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