第11話

 あの後、私たちは魔物討伐の報酬を家に置いてきた。そして、もう一度ギルドに集まっている。新しく受ける依頼を選ぶためだ。

 ただ、私はあまり依頼選びに集中できていなかった。家に置いてきたお金のことが、度々脳裏をよぎるのだ。


「あれだけの大金を家に置いてきたから、不安だなあ。大丈夫かな、盗られてないよね?」

「Aランク冒険者相手に金を盗む命知らずなんて、そうそう居ないと思いますよ」


 それもそうか。いくら私の実力がそれとかけ離れていたとしても、AランクはAランク。泥棒相手だってその肩書は有効だろう。私がマリナの言葉に安心すると、マリナがある依頼の紙をこちらに見せてきた。


「それはそうと、この依頼はどうですか? 簡単そうですし、報酬も悪くないですよ」

「『スライムの群れを討伐』か。依頼内容は百匹程度のスライムを討伐、報酬は大銀貨八枚……悪くないけど、マリナはこれで良いの?」


 マリナがこの依頼を持ってくるのは、少し不思議だった。一つ目の理由として、この依頼はCランク冒険者でも受けれるものなのだ。Aランクであるマリナにとっては難易度・報酬共に物足りない筈である。


「Bランク以上の良い依頼があまり無かったんです。それなら手軽なこれで良いかなって」

「なるほどね。それは別に良いと思うよ」


 ただまあ、こういう返答が帰ってくるのも想像はついていた。高ランクの依頼とは強力な魔物が現れた時に出されるものだ。だが、強力な魔物なんてそうそう居ない。だから時期によっては高ランクの依頼がほぼ無いこともあるのだ。


「他に何かあるんですか? まさかスライム相手に警戒しろ、とは言いませんよね。いくら何でもAランク冒険者がスライムに遅れは取りませんよ」

「そうじゃなくて。この依頼だと、君の出番がほぼ無いかもよ?」


 そう言うと、マリナは眉をピクリと動かす。ん、ちょっと言い方が不味かったかもしれない。変な解釈してくれないと良いのだけど。


「……面白い。私が動く前にあなたが全部倒すというんですね?」

「違う違う違う! 私にそんなこと出来ないって!」


 案の定、マリナは挑発的な意味で捕らえたらしい。そうじゃない、確かに私が全部倒すことになるかもしれないが、そうならざるを得ないと言いたいのだ。


「違うんだよ。スライムには魔法以外の攻撃がほぼ効かないだろ? だからマリナとしては相性が悪い相手かなって思ったんだ」

「スライムって、魔法以外の攻撃が効かないんですか? その情報、初めて聞いたんですけど」


 困惑した様子で、マリナはそう話す。


「いや、情報が無かったとしても戦えば分かるよね。それとも、スライムとは戦ったことが無かったの?」

「いや、普通にありますよ。それに、数えきれないほどにスライムを倒してきました。その情報、間違っていませんか?」


 スライムを、倒した? 


「いや、え?」

「え、と言われましても……うーん?」


 意図は伝わっているはずなのに、イマイチ話が噛み合わない。これは一体、どういう事なんだろうか。

 その後もしばらく二人で話し合ったものの、一向にズレは解消しない。結局、お互いに疑問を抱いたまま依頼を受けることになってしまったのであった。




 スライムという魔物は、非常に弱い。力は弱いし、移動速度も遅い。魔法が撃てるわけではないし、人間の脅威になることはまず無い。というか、そもそも人間に敵対的でない。ぷよぷよとした感触や冷たさも相まって、夏場の愛玩動物として人気になるくらいには無害な魔物なのだ。

 だが、そんなスライムにはたった一つの強みがある。物理攻撃がほぼ効かないのだ。スライムのぷよぷよした体は、とても弾力があり衝撃に強い。殴打しても効果はないし、剣や槍で攻撃しても持ち前の弾力性で弾かれてしまう。だから、魔法使い以外には厄介な相手なのである。


「とりゃっ!」

「ピギーッ!」

「プギャーッ!」


 厄介な相手のはずなのだが……私の目の前では、剣士であるマリナがスライムを蹴散らしていた。確かに、マリナはスライムを倒している。魔法以外の攻撃で。


「まさか、こんな方法があるとはね……」


 横にした剣を相手に押し付けて、潰す。一言で言えば、そういうことをマリナはやっていた。斬撃や打撃が効かないなら、全体を丸ごと潰してしまえば良い。なるほど、良い発想だ。剣は斬るためのものだという固定観念に囚われず、魔物を倒すためにフル活用できている。

 私もこの光景さえ見なければ、発想を褒めていただろう。……スライムを潰す酷い絵面さえ見なければ。


「これで、終わりですっ!」

「ピギッ!」


 マリナが、スライムに剣を押しつけてそのままぐぐっと力を込める。すると、段々とスライムの体が薄く広がっていき……ベチャ、と透明な液体が飛び散った。マリナにも多少かかっているが、本人は全く気にしていないようだ。


「うわあ……」


 この戦いには、美しい剣技も、派手な魔法も無い。あるのはただ、延々と続く力任せにゼリーを潰す作業のみ。飛び散るスライムの体液のおまけ付きだ。


「どうです、シエラさん! 魔法が使えなくたって、スライムは倒せますよ!」

「ああうん、すごいね。すごいよ、うん。本当にびっくりしたなあ」


 口から出てくるのは、感情が微塵も乗っていない言葉ばかり。いや、実際凄いとは思っているとも。こんな倒し方、前代未聞だ。素晴らしい発想だろうよ。気持ち悪さにさえ、目をつぶれば。


「……な、なんか冷たくないですか?」

「そんなことないって。あ、それ以上近づかないでよ。なんかスライムの体液とか匂いが移りそうでヤダ」

「スライムに匂いなんて無いですよ! そもそもスライムなんてほぼ水ですし……」


 ほぼ水だろうと嫌なものは嫌なのだ。それはしょうがないと思う、うん。

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