閑話

 勘弁してくれ。職員からの報告を聞いた俺は、そう思った。


「間違いねえんだな?」

「はい。お二方のお話通り、ゴブリンの巣最深部に様々な魔物や動物の特徴を持ち合わせた魔物の死体がありました」

「魔法以外の攻撃が効かないって話もマジなのか?」

「ええ。死体に対して物理攻撃を試しましたが、損壊が認められませんでした。また、魔法もある程度強力なもの以外はほぼ効果無しでした。」

「……なんだそいつは。キマイラか何かか?」

「現状、不明としか。多くの生物の特徴を持つというのはキマイラもそうですが、見た目はキマイラとかけ離れています」


 長年冒険者をしてきたが、そんな魔物は見たことも聞いたこともねえ。こんな訳の分からない問題を相手にするのは、ギルドマスターになってから初めてだ。春になって行方不明者が増えているのもそうだが、ここ最近はヤバい話ばかりだ。ツイてねえ。


「その魔物は、何ランク相当だ?」

「確信はありませんが、最低でもAランクはあるでしょう」

「Aランクか……とんでもねえな」


 Aランク。それは、俺ことフォエルテ・ストロングスの若い頃の夢であり、冒険者として超えられなかった高い壁だった。

 しょうがない話だろう。冒険者は、その実力を適正に評価するためにランクを付けられている。冒険者の八割は最終的にDランク以下で止まり、Cランク以上になれるのは一割ほど。そして残りの一割は、死。そんな世界でBランクまで進めた俺は、むしろ幸運だろうさ。

 だからこそ、若くしてAランクに辿り着いたマリナは本当に凄いのだ。本当にあいつは、あの態度さえどうにかなればな……

 本題と全く別のことを考えていた俺は、次の一言で現実に引き戻された。


「いえ、Aランクです。まだ詳細は判明していませんが、それより更に上の可能性もあります」

「Aランクより更に上、だと?」


 Aランクより上のランクは一つしかない。Sランクだ。この国には四人しか該当する冒険者はおらず、その四人は一人で国家戦力と同等と言われる化け物ばかり。魔物にしたって、Sランク相当と判断される程のものは数十年に一度あるかないか。もし出現すれば、国どころか世界の危機だ。Aランクでさえ対処は極めて難しいのに、Sランクとなれば……


「いざとなったら、国から騎士団の応援を頼むか……?」

「落ち着いて下さい、あくまで可能性の話です。それに、既に魔物はマリナさんとシエラさんの二人が倒しています」

「そ、そうだよな。そもそも二人で倒せたんだから、世界の危機レベルってことはないだろう。まあマリナと嬢ちゃんの二人も強いが、詳細不明の魔物はAランク上位ってところじゃないか?」

「はい、それが妥当かと。では、調査に進展があればまた報告致します」

「お、おう! よろしく頼むぞ!」


 報告を終えた職員は、部屋から出ていった。部屋に残されたのは俺一人。


「本当にSランクだったら……いや、ないない!」


 そうだ。冷静に考えれば、Sランクってことは有り得ない。本当にSランクなら、Aランク上位が最低でも十人は必要だ。Aランクとしては異次元な

 マリナが居るとはいえ、その相方はシエラ・ジェリーナなのだ。


「Bランクとはいっても、実力はそこまでだからな」


 シエラ・シェリーナ。今回の件を調査するにあたって、この冒険者のことも色々調べさせた。その結果として分かったのは、冒険者らしからぬ性格と実力の低さだ。

 ランクこそBランクだが、それは過去にパーティを組んでいた現Aランクのルヴィア・フレイヤのおこぼれと見て良い。戦闘では、複数属性の魔法に回復魔法と幅広い魔法が使えるのは強みだろう。だが、根本的な実力不足だ。本人の実力は恐らくDランク、高くてもCランク下位くらい。これはかなり大きな問題だな。

 魔法使いは魔法使いであるだけで強力、実力差はつきにくいと言われがちだ。その風潮に同意するようにSランク冒険者の一人、アメジア・ヴェネイノはこう言った。『魔法は計算。計算はいつか答えが出るように、魔法もいつか使える』と。

 例えの分かりやすさはともかくとして、内容はこうだ。要はどんなに実力のない魔法使いでも理論上は強力な魔法が使えるということらしい。だが俺はそう思わない。いや、それが事実だとして何の意味もないと思っている。『いつか使える』では意味が無いからだ。

 DランクやCランクの魔法使いが、Bランク、Aランク相当の魔法を使おうとすればどれくらい時間がかかるのか。数日だとか丸一か月だとか色々な話があるが、どの程度にしても実戦でそんなに待つことは出来ない。使えたとしても、実用性皆無では使えないのと何も変わりないだろう。戦いで強力な魔法を使えるのはやはり、強力な魔法使いだけなのだ。


「だが、素行が良いのは冒険者らしからぬ良さだよな。嬢ちゃんは騎士の方が向いてんじゃねえかな」


 荒くれもの、喧嘩っ早い、トラブルメーカー。そんな奴ばかりな冒険者としては珍しく、大人しい性格で礼儀正しい。周囲の話によれば、ルヴィアとパーティを組んでいたときは暴走しがちなルヴィアのストッパーだったらしい。


「それで今度はマリナの子守り役か。嬢ちゃんも大変だな」


 早速、今回の魔物との死闘に巻き込まれているのだ。ツイてない。


「……ん?」


 そういえば、今回の魔物は強力な魔法しか効かなかったはずだよな。マリナは剣一辺倒で魔法は使えないはず。だとすれば……


「評価を見直す必要があるかもな、これは」


 ひょっとしたら、あの嬢ちゃんは将来大物になれるかもしれねえ。

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