第9話

 街の中でも特に寂れている南方。閑静な住宅街に私の家はあった。


「……ただいま」


 ガチャ、とドアを開けて自宅に入る。少し前までは「おかえり」と返事があったのだが、今はない。

 そのままリビングにあがって、ふと思う。


「やっぱりこの家、一人で住むのに広すぎるよなあ」


 元々は二人で住むという前提だったのだから、広いのは当たり前だ。当たり前なのだけど、それが少し辛かった。

 二つの椅子が向かい合わせに置かれた食卓、一人で座るには大きすぎるソファー、そして今はもう使われていない個室。その全てが、かつての相方を……ルヴィアを想起させる。


「いつまで引きずってるんだ、私は。いい加減に切り替えなきゃ駄目だろう」


 最高の仲間だった。少なくとも私にとっては。

 いつもうるさいと感じるくらいに元気一杯で、最初は苦手だった。その圧倒的な才能と実力に、何度も嫉妬した。でも、ルヴィアはどんな時でも明るくて、私がどんなに失敗しても「次があるわよ」って励ましてくれた。私は足を引っ張るまいと必死で努力して、ルヴィアはそれを褒めてくれた。

 私はルヴィアのことが大好きだったし、ルヴィアも私のことをある程度は信頼してくれていたと思う。そうでなければ、彼女の方から「一緒に住んでみない?」なんて言わないだろう。

 だからこそ、あの時はショックだった。


『あたし、パーティを抜けるから』

『何でってあんた、足手纏いなのよ』

『なっさけないわね……泣くくらい悔しかったら、強くなってみれば?』


 最初のうちは、ルヴィアも私を本当の仲間だと思ってくれていたのかもしれない。だが、実力差が開いていくのに伴って、ルヴィアの中での私の扱いも変わっていったのだろう。信頼できる仲間から、頼りないパーティメンバーに。頼りないパーティメンバーから、庇護対象に。最後には、庇護対象からただの足手まといとなった。そして、いつまで経っても伸び悩む私は見切りを付けられたのだ。

 命をかけて戦う冒険者にとって、弱すぎる仲間など不要なのである。


「……だから、余計に分からないんだよな。何でマリナはあんなに怒ったんだろう」


 私の感覚では、ルヴィアとマリナの実力はかなり近い。だから、マリナも私の実力面を問題視してパーティを解散すると思っていた。だから、私からパーティ解散を切り出しても、同意するはずだった。でも、実際にはそうならなかった。


『パーティ解散は、しません。させませんから』


 思い出されるのは、パーティ解散に大反対していた今朝のマリナの様子だ。確かに、マリナと私は少し仲良くなったかもしれない。それでも、実力差が大きく離れた私とパーティを組むことに固執する理由にはならないはずだ。


「まあ、必要としてくれるのは嬉しいんだけどさ」


 理由が分からないけど、私を必要としてくれるのは悪い気分じゃない。少なくとも、足手まといとして切り捨てられるよりはマシなんじゃないだろうか。


「……なんだか暗いことばっかり考えちゃうなあ。もう寝よう」


 これ以上うだうだと考えてるよりかは、早く寝て明日に備えよう。そう思った私は、ソファーに身を投げ出した。本当はベッドで寝た方が良いんだろうけど、そこまで動く気力もない。今日はもうここで寝よう。

 そんなことを考えているうちに、私の意識は段々と薄れていった。




 翌朝、私は冒険者ギルドの前に立っていた。ギルドでマリナと待ち合わせしているので、とっとと中に入るべきなのだろう。


「少し会うのが気まずいな……」


 昨日、パーティ解散について揉めた(というか一方的に色々言われた)せいで、マリナと会うのが気まずいのだ。正直、どんな顔をして会えば良いのか分からない。


「昨日のことは触れずに何も無かったように振舞うべきかなあ。やっぱり、最初は謝っておいた方が良いのかな?」

「でも、昨日は私そんなに悪くなかったし、謝らなきゃ駄目なのかな? いくら何でもあっちが怒りすぎだよ」


 考えれば考える程、どちらが正しいのか分からなくなってきた。というか、マリナがまだギルドに来てなければ中でじっくり考えた方がいいかもしれない。


「でも多分、もうギルドに居るんだよな」

「それ、誰の話ですか?」

「うわっ!」


 真後ろから声がしたので、びっくりした。後ろを向くと、そこにはにこにことした表情のマリナが居た。


「い、いつからそこに居たんだ?」

「ギルドの前で、『少し会うのが気まずいな……』なんて言ってたところからですね」

「ほぼ最初からじゃん!」


 お、終わった。聞かれてたら不味い部分までバッチリ全部聞かれてしまった。

 多少仲良くなったとはいえ、マリナは割と怒りっぽいところがある。きっとマリナは、ブチギレているだろう。


「まあ、確かに昨日は私も過剰反応でしたね。ごめんなさい」

「……え?」


 そんな私の予想とは逆に、マリナは申し訳無さそうにしていた。


「あのマリナが謝った……!? 明日は霰かな?」

「し、失礼ですね! 私だって自分の過ちがあったら謝罪はしますよ!」


 ……その発言は突っ込み待ちなのかな?


「私の話も聞かずにゴブリンの巣に突っ込んだ、あのマリナが?」

「あ、あの時はあなたを仲間として認めてなかっただけです!」

「さらっと酷くないそれ? あの時はマリナの方から誘ってきたのに」

「う……」


 痛いところをつかれた、といった感じでマリナは苦々しい表情になる。彼女はしばらく口をもごもごさせた後、躊躇いながらも話し出した。


「今だったら、あなたの話はちゃんと聞きます。……私にとってあなたは、信頼できる仲間ですから」

「えっ」


 言ったマリナも恥ずかしかったのか顔を紅くしているが、言われた私も相当恥ずかしい。


「〜〜〜っ! 早く行こ!」

「は、はい。えへへ……」


 びみょーに生暖かい変な空気を振り払うように、私は足早にギルドへ入っていった。

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