第8話

「お待たせしました。ご注文の目玉焼きトーストとサラダ二つずつ、飲み物のコーヒー、オレンジジュースです」


 ウェイターさんが、そう言って料理を並べていく。


「ごゆっくりお楽しみ下さい」


 テーブルの上には、目玉焼きとベーコンが載せられたトーストを筆頭に、様々な料理が並べられている。なるほど、このトーストがマリナおすすめのメニューか。


「確かに美味しそう……」

「ふふ、味は私が保証しますよ。ガブッといっちゃって下さい!」


 言われるがままに目玉焼きトーストを両手で持って、一口。


「ん……!」


 最初は、ふんわりとしたパンの食感だった。その後を追うように、とろっとした黄身と肉厚なベーコンの旨みが口いっぱいに広がる。

 塩胡椒の素朴な味付けも、素材を引き立てたいて悪くない。普通に美味しいぞ。


「これ、好きかも……」

「本当ですか? 気に入って貰えて良かったです」


 それじゃあ私も頂きますね、とマリナもトーストを食べ始める。

 それから暫くの間、楽しい朝食の時間が続いた。




「ふふ、美味しかったですね」

「うん、また食べに来たいなぁ」


 朝食を食べ終わって、落ち着いた雰囲気になった。

 どちらかが積極的に喋り出すこともなく、会話はほぼ無い。でも、嫌な感じはしないのだ。

 ……こんな時間が、ずっと続けば良いのに。


「マリナ、私たちのこれからについてなんだけど……」


 そんな私自身の意思に反して、私の口は言葉を紡いでいく。私とマリナのパーティを、解散するために。

 私の真面目な様子を見てか、マリナの目つきも鋭くなる。


「待って下さい。その話は、私からさせてくれませんか?」

「……分かったよ」


 きっとマリナも、同じことを考えていたのだろう。実力差が大きすぎてパーティを組むのは無理だ、と。覚悟は出来ている。あとは、マリナの「パーティを解散しましょう」という一言を待つのみだ。


「それでなんですけど」

「……うん」


 そしてついに、マリナは口を開いた。


「パーティ名、どうします?」

「……へ?」


 予想外の一言に、私は固まる。パーティ名……何でいきなりその話が出てきたんだ? というか、パーティ解散の話じゃない?


「これからパーティとして活動するにあたって、あの名前はちょっと不味いと思うんですよね……」

「あの名前?」


 そういえば私たちのパーティの名前、何だったっけ。なんかやけになって決めたような記憶があるけど……


『パーティ名? なんでもいいよ』

『じゃあパーティ名は【なんでもいいよ】にしますね』


 あっ。


「そういえばとんでもない名前になってたね……てきとーにあんなこと言うんじゃなかったな」

「そうですよ。『なんでもいいよ』なんてパーティ名、初めてですよ!? 普通のパーティはドラゴンスレイヤーズとかキマイラファングみたいにもっとカッコイイ名前なんですよ!?」


 それ、言うほど格好いいか……? そんな疑問が喉まで出かかったが、口には出さなかった。少なくとも『なんでもいいよ』よりは格好いいな、うん。


「というか、君だって止めなかったじゃないか。私はパーティ名はどうでもいい、なんて言ってただろ?」

「そ、それはしょうがないでしょう。あの時は、どうせまたすぐに解散するって思ってましたから」

「ほら、やっぱり君もいい加減だ」

「むむむ……」


 言い返せないのか、私を無言で睨むマリナ。とは言っても少し恥ずかしがっているからか、全く怖くない。


「というか、私はてっきりもっと重要な話かと思ったよ」

「ちょっと待ってください、パーティ名も今後の私たちにとって、充分な死活問題ですよ!」

「今後の私たち……か」

「ん? どうかしたんですか?」


 少し含みのある言い方をした私に、マリナは不思議そうな顔を見せる。


「いや、てっきり私はパーティ解散についての話をするのかと思ってさ……ははは」


 今後の私たち、という言葉がなんだかおかしくて笑ってしまう。まるでこの先も私とマリナで組むかのような言い方じゃないか。


「いやあ、予想外だったよ。でも、パーティを解散すればその問題も無くなるからさ」


 パーティ名を適当に決めたのは失敗だったが、すぐに解散するのだから無問題も同然だろう。

 にしても、もう少し実力をつけなきゃなあ。いくらAランク相手とはいえ、あそこまで足を引っ張ってしまうのは不味いよ。


「だからまあ、そんなに気にする問題じゃなくて……」

「……ですか」

「うん? 今なんて?」




「何、言ってるんですか」




 唐突に、強烈なプレッシャーが全身を襲う。体がすくんでしまって全く動けない。その元凶は、向かいに座っているマリナだった。……ここまでAランクの冒険者は凄いのか。


「ご、ごめん、なさい。私、何か変なこと言った……言ってしまい、ましたか……?」


 必死に喉から絞り出した声は、恐怖のあまり掠れてしまった。その内容も、自然と媚び諂ったようなものになってしまう。だが、それも仕方ないだろう。私の中の本能が訴えているのだ。こいつに逆らうな、従えと。


「言ったじゃないですか、変なこと」

「ひ、ひぃっ……」


 プレッシャーが更に強くなって、思わず悲鳴を上げてしまう。な、何なんだ。何がマリナは気に入らなかったんだ?


「パーティ解散とか、笑えない冗談はやめてくれませんか?」

「えっ、その、それ冗談じゃな」

「それとも、私が嫌いですか? 気に入りませんか? ……パーティを組みたくない程に!?」

「え……あ……」


 マリナが怖い。心の底から恐ろしい。逆らって、マリナの機嫌を損ねちゃ駄目だ。マリナに従わないと駄目だ。そうしないと、殺される。


「はっきりと答えて下さい。私が嫌いなんですよね?」

「ち、違くて……」

「じゃあ、どうしてパーティ解散なんて話になるんです?」

「それは、私が足を引っ張ってたからで……お互いのために、ならないかなって………」


 私の言葉を聞いたマリナはすぅ、と目を細める。鋭くなった眼光が、私を捉えた。


「あなたは、余計なことを考えなくて良いんです」

「は、はい」

「足を引っ張っている、なんて意識は捨ててください」

「はい……」

「パーティは、解散しません。させませんから」

「分かり、ました……」


 マリナが話して、その度に私は肯定する。そうするしかなかった。私に選択肢などないのだ。


「それでは、また明日。パーティ名の件、考えておいてください」


 そうしているうちに満足したのか、マリナは席を立って去っていく。

 プレッシャーから解放された私はがくっと椅子から体が崩れ落ちた。


「……何だっていうんだ、本当に」


 パーティの解散に触れた瞬間、豹変したマリナ。私にはその意味が分からなかった。

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