第7話

「成程ねえ。ゴブリンの巣の奥に魔法しか効かねえ意味分からん化けもんがいて、そいつに襲われた、と……」

「信じてくれるんですか? こんな荒唐無稽な話を」

「信じるさ。てめえみたいな強者が傷を負うなんて、化けもんにしか出来ねえだろ」

「真面目に聞いていませんね? 話した内容は全て事実ですよ」


 強面の人を殺しそうな顔をしたギルマスと、人を殺せる眼光をしているマリナ。どっちも怖すぎて、会話に入れない……そんなことを考えていると、唐突にギルマスに質問されてしまった。


「なあ嬢ちゃん、こいつの話は本当なのか?」

「う、うん。本当だよ」


 少し怖かったけど、嘘をついている訳じゃないのだから怯える必要は無い筈だ。自信を持ってそう答えると、ギルマスは少し考え込んだ後で、


「話は分かった。もう下がっていいぞ」


 そう言ったきり、また考えこんでしまった。


「じゃあ、帰りましょうか」

「う、うん。それじゃあギルマス、またね」

「ああ、ガキは早く寝るんだぞ」


 そのまま帰ることにした私たちは、部屋を出る時にギルマスとそんな会話をした。その時のギルマスはなんだか、心ここにあらずという感じだったような気がする。

 ギルドから出ると、マリナが話し始めた。


「今日はもう遅いですし、一旦解散にしましょう」

「そうだね。マリナ、また明日」

「……はいっ!」


 ああ、今日は疲れた。早く帰って寝よーっと。




「ふぁーあ、なんだかまだ眠いや」


 翌日、マリナに会うためにギルドへ歩く道のりで。眠気と戦いながらも、私は色々考えていた。あーだこーだ考えた末に、私が出した結論は……


「やっぱり、昨日は私がやらかしてたよね」


 何だかんだ、マリナは悪い子じゃなかった。多少言動に問題はあった。でも、いざという時には私に逃げるように言ってくれたし、本質的には良い子なのかもしれない。実力も流石Aランク、という強さだった。もしこの先パーティを組めるのなら、組みたい。

 組みたいのだけど、問題は私なのだ。昨日を振り返ると、私が足を引っ張っていたのがよく分かる。押し切られる形で依頼を受けるのを止めれなかったし、戦闘中に目を瞑るなんて論外だ。最後は協力してあの化け物を倒せたけど、もし私でない高ランクの魔法使いがマリナと組んでいたら、もっと素早く強力な魔法が撃てたはずだ。そうすればマリナが怪我を負うことも無かったし、もっと安全に戦えただろう。


「パーティ、解消するべきなんだろうなあ」


 私の勘違いじゃなければ、私とマリナは結構仲良くなれた。少なくとも、私はマリナを嫌いじゃない。マリナだって私に呼び捨てを求めたり、Bランク呼ばわりをやめたりと、私をパーティメンバーとして認めてくれたように感じる。

 ……だから何だと言うんだ。それが、私がマリナの足を引っ張って良い理由にはならないだろう。


「でも、またお別れはしたくないよ……」


 私の中で、理性が「マリナの足を引っ張るな、お互いのためにパーティを解消するべきだろう」と声高に叫べば、感情は「折角仲良くなれたのに、解消なんてすべきじゃないわ」と言い返す。

 でも、本当は私だって分かっているのだ。パーティを解散するべきなのか、その答えが。


 冒険者は、危険な職業だ。ほかの仕事とは訳が違う。私が足を引っ張って、マリナに迷惑をかけるだけならまだ良い。今回のように、私が弱いせいでマリナまで危険に晒される……それは、駄目なのだ。


「よし。パーティ解散を、しよう」


 揺らぎながらも、何とか決意をする。そして私は、ギルドの中に入っていった。




「シエラさん、おはようございます」

「マリナ、おはよう」


 ギルドに入ると、即座にマリナが近づいてきた。この速さは多分、私が来るのを今か今かと待っていたのだろう。


「シエラさんは、朝食はもう摂りました?」

「うん? そういえば、まだだけど……」

「じゃあ、私と一緒に摂りませんか? ギルド併設の酒場、朝昼はレストランになってるんです」

「そうなの?」


 それは初めて知った。まあ、私は普段は酒場に行かないから、全然知らないのは当然だが。


「ええ、特に朝限定のメニューの目玉焼きトーストは美味しくて……」


 ぎゅるる。そんな可愛らしいお腹の音が響いた。


「す、すいません。私、ちょっとお腹が空いているんです」

「あれ、そうなの? なら先に食べてれば良かったのに」

「いえ、シエラさんを待っていたので……」

「え? あ、ごめん。私のことは気にしないで良いからさ」


 ひょっとして、私を気遣って待っていたのだろうか。そうだとしたら、何だか申し訳ない気持ちになってくる。


「違うんです、その……」


 そう言うと、マリナは少し恥ずかしそうに口籠る。


「言えない事情があるなら、別に言わなくても良いよ」

「そうじゃなくて! ただ、シエラさんと一緒に食べたいなって思って……」

「えっ」


 想定外の答えが帰ってきて、まじまじとマリナの顔を見つめる。彼女は顔を紅く染めると、ぷいっと向こうを向いて。


「ともかく朝食を摂りましょう! 私が奢りますから!」

「わわっ! ふ、服が伸びるからやめてよ!」


 誤魔化すように、私をレストランへ強引に引っ張っていくのだった。

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