第6話
「倒した、の?」
魔物は、全身を氷に包まれたままピクリともしない。どうやら、本当に倒したみたいだ。
「やりましたね、シエラさん!」
「わっ!?」
ぎゅむ。柔らかい感触が服越しに伝わってくる。私は、後ろからマリナに抱きつかれていた。振りほどこうとしても、マリナの力が強すぎて出来ない。
「えへ、えへへ……」
「ちょ、ちょっと! 離してよ……もう……」
だいぶ恥ずかしいけれど、抵抗できないから仕方ない。それに、さっきブリザードを撃ったせいか辺りが寒い。こうやって寄せあっていれば暖かいし、寒さが紛れて丁度良いだろう。
「……倒せたんだね、この化け物」
「ええ。
こうやって氷像になった魔物を眺めていると、段々とこの魔物を倒したんだという実感が湧いてきた。……まあ、殆どマリナの手柄だろうけど。
「なんだか、今日は色々ごめんね。私が依頼を受けるのをちゃんと止めてれば、こんなことにはならなかった筈なのに」
「いやいや、ロクに相談せずに勝手に受ける依頼を決めた私が悪いんです」
「そんなことないよ。それに、戦闘になってからも足を引っ張っちゃったし……」
「いいえ、むしろ助かりました。最初に忠告してくれなければ、わ、わたしは、はんのうできずにしんでました」
そうだとしても……そう言おうとして、なんだか背中が濡れていることに気付く。
「なんか、どろっとした何かが背中に付いてるんだけど」
「えっ? なんですかそれ」
何だろうと思って、背中の濡れている部分を手で触る。それを正面に持って来てみると、そこには赤色のどろどろした何かが付いていた。
「何これ、血? あっ、そういえばマリナさん、怪我は……」
「なんだかいしきが、うすく、なって……」
「わ、わーっ! 待って、すぐ魔法で治すから!」
慌てて回復魔法を使うと、すぐにマリナは回復した。どうやら、そこまでの重症では無かったようだ。
「わ、私としたことが。治療までしてもらって、すいません」
「いやいや、怪我してたのを忘れちゃうなんて大ポカした私が駄目なんだよ。マリナさんは何も悪くなんて」
「マリナ、です」
「えっ?」
私が謝り倒していると、唐突に遮られる。うーん。急にどうしたんだ? ひょっとして、名前を言い間違えてたとか?
「……マリナって呼んでください。私たち、パーティメンバーですよね?」
「へ?」
一瞬、思考停止状態になる。あのマリナが、私に名前の呼び捨てを許した? 自分以外の全てをゴミ同然と見下し、口を開けば罵詈雑言、自分勝手な突撃をしまくる傍若無人な、マリナが?
……何かの罠か?
「いやいやいやいや、私は所詮Bランクだし。そんな私が、Aランクのマリナさんを呼び捨てなんてとても出来ないよ」
「マリナ、です」
「いや、その、マリナさんが私を信頼してくれてるのかな? それは凄く嬉しいけど、礼儀ってものが」
「マリナって、呼びたくないんですか……?」
上目遣いで、ぎゅっと私の服の裾を握って。悲しそうな目で、マリナは私を見つめている。なんだか、これ以上断り続けるのもあれな気がして。
「……マリナ」
そう呟いた瞬間、マリナの表情はにぱー、と飛びっきりの笑顔になった。
「!? も、もう一回言ってください!」
「……マリナ?」
「も、もう一回!」
「ね、ねえ。マリナ、そろそろ良いんじゃない?」
「えへ……もう一回、もう一回だけで良いですからぁ……」
ただ名前で呼ぶだけなのに、何だかとても恥ずかしい。自分でも分かるのだ、今の私の顔は真っ赤になっていると。
「も、もう終わり! 帰ろう、ギルドにこのことを報告しなきゃ!」
「で、でも、もう一回だけマリナって呼んで欲しくて……」
もう、これ以上は恥ずかしすぎて無理だ。なのに、なのに……
「……良いからさっさと行くよ! ……マリナ」
「!? は、はいっ!」
さっきまでは、あんなに寒かったのに。今は、なんだかとても暖かいな。
夜遅く。ギルドに帰ってきた私たちを見て、周囲の人たちはあわあわとしていた。
「遅かったじゃねえか……ってどうしたんだよお前ら!?」
「あんたら、装備が血塗れに……誰か、治癒魔法の使い手を呼んで!」
「BランクとAランクのコンビがここまでやられるなんて、一体どんな魔物が居たんだ?」
少し危なかったのは確かだけど、なんだかオーバーすぎるような……とりあえず、誤解を解かないと。
「皆、落ち着いてよ。私は無傷だし、マリナが少し怪我しただけで何ともないって」
「あ、あのマリナが負傷だって!?」
「あいつ、ワイバーンを討伐した時だって無傷だったんだぞ!? どんな魔物を相手したんだ!?」
落ち着かせようと放った私の言葉で、さらに騒ぎは大きくなっていく。あー……今のは失言だったかもしれない。これはしばらく収集つかないかもなあ。
もはや、騒ぎを収めるのを諦めていたその時だった。
「てめえら落ち着け! よく見ろ、そいつらはもう怪我してねえぞ!」
野太い男性の声が響き、途端にギルドは静まり返った。声のした方を向くと、そこには筋骨隆々な中年男性が立っていた。
「ぎ、ギルドマスター!?」
「で、でもあんなに血がついてて……」
「マリナがちょっとした怪我して、その相方が治したんだろ。今更てめえらが騒ぐことじゃねえ、散った散った」
男性がそう言うと、先程まで周囲であたふたしていた冒険者たちはすぐに散開していった。
「ギルドマスター、場を落ち着けてくれて有難う御座います」
「これくらい構わねえさ。むしろ、うちの若い連中が悪かった。あいつらも悪気はねえんだ、許してくれ」
どうやら、マリナはこの男性と知り合いのようだ。というか、ギルマス?
「おっと、そっちの嬢ちゃんは初めましてだな。俺はフォエルテ・ストロングス。一応、ここの冒険者ギルドで一番偉いらしいぜ」
「一応も何も、れっきとした最高権力者でしょう。いい加減な言い方はやめてください」
「はは、わりいわりい。……それで、何があったのかを聞かせてくれや」
それまで笑顔だったギルドマスターが、急に真顔になってそう言う。なんか怖いなあ、この人。
「えっ、あっ、はい……」
「シエラさん、こいつは見掛け倒しの老いぼれです。そこまで怖がらなくても良いですよ」
「え!? そ、そんなの言っちゃって良いの……?」
「はは、おめえも言うねえ」
私は怖くても、マリナは何も影響はないらしい。毒舌もいつも通りである。なんというか、本当に怖いもの無しだな。マリナの相変わらずな様子を見て、私は少し気が楽になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます