第5話

「……来ますよ」

「勘弁してよ!」


 何だって化け物を相手にしなくちゃならないんだ。私の実力は精々Dランク程度なんだぞ!?


「グルアアアアアアア!」


 咆哮は先ほどよりさらに大きくなった。ナニカは、既に私たちの近くにいる筈だ。だが、姿は一向に見えてこない。


「Bランクさん、私も足手まといを抱えたくはありません。逃げても良いですよ」

「わ、私だって一応パーティメンバーなんだ! 仲間を見捨てて逃げれる訳ないだろ!」


 いくら私でも、流石にそんなことは出来ない。だが実際、このままだと私は足手まといになるかもしれないな……


「グルアアアアアアア!」


「もう近い筈なのですが、一体何処に……」

「来る方向すら分からないんじゃ、どうしようもないじゃないか!」


 このまま見つけられなければ、奇襲されることになる。それだけは不味い。必死になって周囲を観察しているのだが、何も見つけられていない。

 改めて周囲を見る。

 薄暗い空間は、一部にヒビが入った固そうな岩壁に囲まれている。私たちが通ってきたこの空間唯一の出入口にも、何も異常は無さそうだ。


「このままじゃあ……うん?」


 ヒビが気になったので、目を凝らして見てみる。丁度マリナの後ろにあるヒビ。さっきまではマリナが壁になって見えなかったのだろう。

 ここに入ってきたとき、この岩壁にヒビなんて入っていただろうか。……入ってなかったよな。これ、ひょっとして。


「マリナ、後ろ!」

「え?」


 そうやって、私がマリナに警告した瞬間だった。バキッ。そんな音を出して岩壁が壊れる。そこから巨大なナニカが飛び出した。


「グルアアアアアッ!」

「あ……」


 そのままナニカはマリナに襲い掛かり、鋭い牙を突き立てて……

 反射的に、目を閉じる。きっと今、マリナはあの牙に……現実に起きているであろうことを考えると、目を開けられなかった。

 その瞬間、脳裏に色んな事が思い浮かんでは消えていく。もっと美味しいものを食べておけば良かったとか、私が無理にでもこの依頼を受けるのを止めるべきだったとか、あの子には幸せでいて欲しいなとか。

 でも、何よりも私が思っていたのは。




「まだ、死にたくないなぁ……」



















「私もシエラさんも、死にませんよ」




「え?」


 もう聞こえない筈の、あの声での返事が信じられなくて、思わず目を開ける。そこには……


「さっきは助かりましたよ。あなたが忠告してくれなければ、私は死んでいました」

「グルルルル……」

「しかし、思いっきり斬りつけた筈なのに傷一つついていませんね。これは厄介そうです」


 ナニカに向かって剣を構える、マリナの姿があった。


「マ、マリナぁ……良かったぁ。私、君が死んだかと……」

「ぼーっとしてないで、構えてください。あの化け物を倒して、すぐに帰りましょう」

「う、うん!」


 マリナにそう言われて、慌てて杖を構える。改めてナニカを見る。狼のような頭、虎のような胴体に象のように立派な牙、おまけに六本足はゴブリンのもの。こんな魔物、見たことがない。

 だが、魔法ならどんな魔物でも倒せるはず!


「行くよ、『アイスアロー』!」


 体内の魔力を杖に込めて、それを放つ。すると杖から氷の矢が飛び出して、魔物に命中した。命中したのだが……


「グルル……」


 魔物は全く痛がっておらず、目立った傷も無い。どうやら、有効打にはならなかったようだった。


「ま、まるで効いてない!?」

「仕方ありませんね。もっと強力な魔法を撃ってください」

「そ、そんなこと言われたって私はDランク相当の実力だよ!? これ以上強力な魔法は時間がかかり過ぎる!」


 私の師匠曰く、魔法とは計算のようなものらしい。どんな計算もいずれは答えが出るように、理論上はどの魔法使いにも使えない魔法など無いらしい。だが、現実的には能力の低い魔法使いでは高度な魔法を使おうとすると時間がかかり過ぎるのだ。理論上出来ようと、実用性皆無では意味がない。


「時間は私が稼ぎます。どんなに時間が掛かっても良いですから、やって下さい!」

「わ、分かった! 出来るだけ速くする!」


 だが、やるしかないだろう。魔物を相手に戦うマリナ。彼女の後ろで、私は魔法を撃つ準備を始めた。

 体内の魔力を杖に込める。これくらいの魔力を込めれば、アイスアローは撃てる。だが、これだけでは強力な魔法は撃てない。だからもう一度、体内の魔力を集めて杖に込める。……まだだ、まだ足りない。もう一回だ。

 そうやって何度も何度も魔力を集めて、杖に込めていく。あと少しで、私のとっておきの魔法が撃てる……!


「グルァァッ!」

「ぐっ!」


 その時、魔物が私に飛び掛かった。マリナは私を庇おうとして、剣を切り払う。だが完全には防げなかったらしく、彼女の肩から血が溢れ出していた。


「マリナ!? ち、血が……」


 どうしよう。魔力は少し足りないけれど、このまま魔法を撃ってしまおうか。ちゃんと成功するかは分からない。だが、一刻も早く倒さなければマリナが……


「私のことは気にしないで! 焦らずにちゃんと魔法を撃って下さい!」

「……!?」


 その言葉にハッとする。そうだ、ここで私が焦ったら駄目なんだ。もし魔法が失敗すれば、今までの苦労が水の泡となる。そうなれば、もう一度魔法を撃てるまで私たちが耐えることは出来ないだろう。苦しい状況だからこそ、失敗は許されない。確実に、この化け物を仕留めなきゃいけないんだ。

 焦らず、でも着実に素早く。そうやって杖に魔力を込め続けて、やっと準備が終わった。


「マリナ! 準備出来たよ!」

「分かりました、やっちゃってください!」


 私がそういうや否や、マリナは横っ飛びをして魔物の攻撃を避けた。今、私とこの化け物との射線上には何も邪魔するものはない。やるなら、ここだ。


「これでも喰らえ、『ブリザード』ッ!!!」


 氷雪が、猛烈な風に乗って魔物へと押し寄せる。


「グルアアアアアア!!!」


 魔物がもがき苦しもうと、魔法は止まらない。吹雪は止むことなく、あたり一面を真っ白に染めていく。そのまま、カチコチと魔物の体は凍っていき、


「グ、グル……ァ……」


 遂に、魔物は動きを止めた。

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