第4話
「よし、さっさと行きますよ。あんまり遅れないで下さい」
「……いやいや、何で何事も無かったかのように先に進もうとしてるの!?」
マリナがあまりにも平然としてるから、ついついこちらも流されそうになってしまった。
「え、今何かありました?」
「あったよ! めちゃくちゃあったじゃん!?」
ゴブリンに奇襲されたし、マリナがそのゴブリンをあっという間に切り捨てるし。色々あったでしょ。
「ああ、今のゴブリンですか? 随分ととろい動きでしたね」
「何でもないかのように言うけど、あれは普通の冒険者ならやられてたよ!?」
「まあそうでしょうね」
そうでしょうねって……
「そこまで騒ぐことでも無いのでは?」
「いやいや、今のみたいな凄い動きを見せられると流石に反応しちゃうよ」
「うん? 別にこのくらい、当たり前でしょう。Bランク下位の冒険者でも出来ると思いますが」
今の人間離れしていた動きでも、Bランク下位レベルらしい。だとすれば、Aランクのマリナの実力は一体どれほどの物なのか。
「それで、Bランクさんはどうしてこの依頼をここまで恐れていたんですか?」
「……今のが最たる要因だよ。視界が悪く、入り組んだ場所では相手の位置を把握しにくい。知能があるゴブリンだとそれを利用して奇襲してくるんだ」
そうやってたかがゴブリンと油断した冒険者が、何人もこの依頼でやられてきたのだ。
おまけに、こういう洞穴や洞窟の中では落盤の危険性もある。派手な魔法や大柄な武器を使えないので、余計に苦しい戦いを強いられる。
「だから、ベテラン冒険者でもやられたりする危険な依頼の筈なんだどなあ……」
「あくまで並の冒険者の話でしょう? 私には何の問題もありませんよ」
どうしてそんなに余裕なんだ、とは言えなかった。あの一瞬は、何があってもマリナなら大丈夫、そう私に思わせるほどの凄さだった。
「では、先に進みましょうか。この程度の依頼、さっさと終わらせましょう」
そこからはあっという間だった。先に進む途中で何回かゴブリンが現れても、マリナがすぐに倒してしまう。特に大きな障害も無いまま、私たちは巣の最深部まで辿り着いた。
「やはり楽勝でしたね。ゴブリン程度では私の相手になりませんよ」
「どうやら、マリナさんにとってはそうみたいだね」
改めて、マリナの強さはとんでもないものだと感じる。たかがゴブリンとはいえ、ここまで圧倒出来てしまうのはおかしい。油断は良くないが、マリナと一緒ならこの依頼は余裕かもしれないな。
そんなことを考えている時だった。
「グルアァァァァァァァァ!」
「……何ですか、今のは?」
「少なくとも、ただのゴブリンじゃ無さそうだね」
洞窟中に響いたナニカの咆哮。びりびりとした感触が、今も肌に残っている。さっきまで私の中にあった甘い考えは一瞬で消え去り、独特の緊張感が場を支配する。
「これも、Bランクさんが『ゴブリンの巣を掃討』を恐れていた理由なんですか?」
「まさか。こんなのがあると分かっていたら、恐れるどころか死ぬ気で止めてたよ」
通常のゴブリンの巣には、ただのゴブリンが複数体居るだけだ。ごくまれに通常個体よりも少し強い個体や知恵を持った個体が居ることもあるが、大した脅威にはならない。
……その筈だったのだが。ナニカが強力な魔物であることは、今の咆哮だけで分かる。では、どれくらい強力なのだろうか。
ベテラン冒険者でも対処しかねるCランク相当なのか。
町一つを滅ぼせるほどのBランク相当か。
国の危機になり得る、マリナと同等クラスのAランク相当か。
……あるいは、それ以上?
「ここは撤退しよう。危険すぎるよ。それに、まずはこのことをギルドに報告するべきだ」
「私としては、一度戦ってみたいのですがね。どれほどの強さなのか気になりませんか?」
未知の脅威に警戒する私の横で、マリナはこれから起きるかもしれない激戦にワクワクしていた。
強大な魔物を恐れず勇猛果敢なことは、冒険者向きな性格だとは思う。ただ、それは一歩間違えれば無謀となり、あまりにも重い代価を支払わされることにもなりかねない。
「私も気になるけど、それ以上に戦いたくないよ……」
「Bランクさんだって実力者でしょう? 随分慎重なんですね」
それはそうだ。何せ、失敗すれば命を失うかもしれないのだ。慎重にもなる。というかそもそも、私の実力はDランクくらいの雑魚だし。
「君が戦いたいにしても、それは今である必要はないだろ。ギルドに報告すれば、あのナニカを倒すために討伐隊を編成するはずさ。それに加われば良いじゃないか」
「……」
「私たちだけで挑むより遥かに安全だし、簡単だ。危険な戦いをしなくて済むなら、それに越したことはないだろ?」
「……成程、極めて合理的な意見ですね」
ほっ。マリナが話の通じるタイプで良かった。もしマリナが戦闘狂だったら、話を聞かずに突っ込んで私まで危険になっていたことだろう。
ともかく、出来る限りあの咆哮の持ち主を刺激しないように、静かに撤退をしなければ。
「ただ……本当に戦わなくて済むなら、ですけどね」
「へ?」
マリナのその言葉に、私が呆気に取られていると。
「グルアアアアアアアアア!」
先ほどよりも、近くから咆哮が聞こえた気がした。
「……来ますよ」
「勘弁してよ!」
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