第3話

 依頼の受託を済ませた私たちは、依頼の対象であるゴブリンの巣に向かっていた。


「よりによってあの依頼を選ぶなんて……ねえ、他のにしない? 今からでも遅くないと思うんだ」

「くどいですよ。だいたいDランクの依頼なんです、何とでもなるでしょう」

「いや、でもさあ……」

「なんです、私の判断ミスだとでも言うんですか?」


 ぎろり。そんな擬音がぴったりなくらいに睨まれると、何も言えなくなる。

 でも、『ゴブリンの巣を掃討』は確かにDランクの依頼であるものの、危険度・報酬・拘束時間の全てにおいて見合っていない外れ依頼なのだが……


「やるしかないかあ」

「そうです、その意気でぱっぱとこなしましょう」


 まあ、マリナにここまで自信があるのだ。何か良い案でもあるのだろう。


「おや、ゴブリンの巣というのはあれですかね」


 マリナの言葉に反応して、彼女が指差ししている方向を見る。


「どれどれ……うん、そうだろうね」


 平原にぽつんとある小高い山。その斜面には、怪しげな洞窟があった。

 中がどうなっているかはここからだとよく見えない。だが、この辺りは開けた土地だ。他にゴブリンの住処になりえる場所がない以上は、それが巣であることに間違いなかった。


「作戦はどうする?」


 ゴブリンの巣を掃討。一見簡単そうだが、全くそんなことは無い。むしろ、ベテラン冒険者でも手こずる厄介な依頼だ。だから、この依頼をするとき、普通は何か作戦を用意する。

 まあ、そもそも普通ならこんな依頼は受けないが。


「作戦ですか? うーん………いのちをだいじに?」


 いや、流石にアバウトすぎる。まさか、何も考えてなかったのだろうか?


「そういうのじゃなくてさ。毒入りの餌とか、入り口を封じて兵糧攻めとか、具体的なやつだよ」

「いやいや、ゴブリン相手にそこまでする必要なんて無いでしょう。あのゴブリンですよ?」

「確かにゴブリン単体は弱いんだけどね……」


 いくら何でも舐めすぎだろ、とは言えない。ゴブリン自体はとても弱いのは事実なのだ。

 人型の、緑色の肌をした汚い魔物。小型が故に非力で、知恵も人間で言えば10歳程度。武器だって木の棒くらいしか扱わない。

 異様に数は多いけれど、危険性は低い雑魚モンスター。それが、ゴブリンの評価になるのだろう。–––普通なら。


「ゴブリンの恐ろしさは、多少なりとも知恵があることなんだ。あの洞窟の地形次第では、面倒なことになるよ」

「地形次第? どういうことですか?」

「ゴブリンはね、『隠れる』んだ。もしあの洞窟の中が入り組んでいれば、隠れる場所はいくらでもある」


 へー、という感じでマリナは聞き流している。まだ事の重要性を分かっていないみたいだ。


「まあ、一回突っ込んでみたら良いさ。こういうのは痛い目見ないと分からないからね」

「なんか馬鹿にされてるみたいで腹が立ちますね。あんまり調子に乗るとぶちのめしますよ」

「ごめんて」




「おお、近くで見るとなんだか雰囲気ありますね」

「少しでも危険を感じたらすぐ引いてくれよ。不味いと気づいた時にはもう手遅れなんて、よくある話だ」


 目の前には、ゴブリンが住んでいるだろう洞窟がある。今から私とマリナは、ここに突入するのだ。


「じゃあ、行きましょう」

「うん、先は任せたよ」


 私たちはそんな風に一言交わし合った後、真っ黒な世界へと足を踏み入れた。

 洞窟の中は想像以上に暗かった。これだけ暗いと、お互いの位置すら分からないし、まともに戦うことも出来ないだろう。


「この暗さは面倒ですね。ちょっと戦いにくそうです」

「ちょっと戦いにくいって、まさかこのまま戦うつもり?」

「これくらいなら問題ないかと。一応は見えますし、見えなくても音と直感がありますから」


 ……中には戦えるような化け物も居るかもしれないが、普通は無理だ。だからこそ、殆どの魔法使いはこういう場面に備える。


『ライト』


 そう唱えると、手のひらサイズの光の球が辺りを照らす。明るいとは言えないが、暗さの問題を解決するには充分だろう。


「おお、やっぱり魔法は便利ですね。これなら戦闘に支障は無さそうです」

「それは良かった。でも、大した魔法は使えないからそこまで期待しないでよ」


 そもそも強力な魔法が使えないのもそうだけど、ここでぶっ放すと落盤が怖い。


「ここまでしてくれた時点で充分ですよ。後は私に任せて下さい」

「ちょ、ちょっと! そんなに急いで進むのは危ないよ!」


 そう注意するが、マリナは聞く耳を持たずにずんずん進む。


「ゴブリン程度に遅れは取りませんよ、さっさと……」

「ゴブゥ!」


 そのときだった。さっきまで暗かった視界が急に明るくなって、気が大きくなっていたのかもしれない。

 元々油断している節はあったマリナは、碌に確認もせずに突き進み、死角からゴブリンに襲われる……


「邪魔です」


 ことはなく、ゴブリンの体は真っ二つになった。


「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る