【ネタバレ切り抜き】恋愛シーンまとめ

第5話 「くたばれ。キモ男より」


 手繰っていたアルバムが、生徒の顔写真のページになる。


「あ。北方先生」と伊勢が指さす。「昔の写真見ちゃうと、あの人髪薄くなったよね~」


「そりゃ二十年近く経ってるからな」


「考えらんないよ」伊勢は髪を耳に掛けて、楽しそうに笑う。「ほら、この子が鈴木さん。こうしてみると、二年の鈴木君と顔そっくり」


「ふーん」


 続いて、「武藤むとう圭斗けいと」という男子の写真を指さした。激しい天然パーマだし、生徒たちが神妙な顔をしている中、屈託のない笑顔――というか、爆笑しているので結構目立っている。


「これ、けいちゃん。憶えてる? 仲良かったよね」


「勿論」


「すっごいモテてたんだよね、けいちゃんって。今何してるんだろう……?」


「さあな。俺も、札幌に行ってからはよく知らないんだ。確か中学受験するって話だったけど、それきり」


「受験……そっか。ああ、そういえば、この子」


 今度は、「今田いまだりん」という女子。長い髪をセンターで分けて、分厚い眼鏡が印象的だ。


「委員長だな」


「そ。委員長も確か中学受験組。札幌のめっちゃ頭良いとこ行ったって聞いたよ。会ったことある?」


「無いよ。別に、そこまで仲良くなかったし」


「ふうん」


 続いて伊勢の指は、子供の頃の俺(松尾まつお良一りょういち)を、伊勢(伊勢いせ里映りえ)をと辿り、アルバムの上から消えた。行方は俺の左手にあった。そこで初めて気がついたが、風呂上がりの伊勢はTシャツにショーツ一枚という生っぽい格好だ。


「……ね……あの……どうする……お風呂入ったけど……」


「……伊勢」


 体を向けると、彼女の方から唇を近づけてきた。


 寸での所で、彼女の肩を掴む。


「――えっ。な、何? なんか変なことした?」


「伊勢に聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいこと?」


月本つきもとひとみは、今どうしてる?」


「つきもと――」紅潮していた彼女の顔が、すうっと白けていく。「……何、それ。つきもんのこと?」


「その呼び方、やめろ。蔑称だろうが」


「……私のことはエビって呼ぶくせに」


「エビは蔑称じゃなくて愛称。お前らの言うってのは、月本と憑き物を掛けて――」


 伊勢がぎゅっと目を閉じて、こめかみをガリガリと掻いた。その拍子に耳に掛けていた髪が垂れる。


「……っ。あ~あ~。いたね! そういえば! そんな子も! ジメジメしてて、いっつも大きな本読んでて、縮れた黒髪で……松尾にくっついて歩いてた! ねえ、その話今する必要ある!?」


「あるよ。その話をしないと、俺はお前の気持ちが理解できない」


 俺の言葉に、伊勢の体がぐらりと揺れたように見えた。


「何っ、それ」


「だってお前、俺と月本のこと嫌ってただろ。あれ何だったんだよ。話しかけても無視して……。キモいとか、何とか散々言ってたよな。それが今、なんでこんなことになってるんだ?」


「子供の頃のこと、だしっ。昔じゃん」


 開いたままのアルバムが、妙に視界でちらついた。表紙を閉じて、「……ま、お前にとっては昔のことだろうけどね」と、自分でもギョッとするほど雑に言い捨てる。「俺は、六年間以外のお前のことを知らない」


「だから昔のことでしょっ。十五年前……!」


「だから、お前にとってはな」


「何!? その言い方!」


「俺にとっては、小学校六年間の伊勢の印象が勝ってるんだよ……こんなことになって、なんか、話が飛んでるっていうか」


「私は変わったの。思春期を過ごして、大人になって、小学校の先生になった。昔の私なんてもう何処にもいないし、つきも――月本さんのことも知らない!」


「……」


「急に変なこと言わないでくんない」


「……だな。うん。ごめん」


 とにかく伊勢は月本のことを知らないらしい。


 それに、彼女からすれば昔は昔で、大事なのは今ってことなんだろう。確かに、今日接した感じだと大人の伊勢は昔のエビとは全然違う。俺が知っているかつての女子は、もういないのだ。


 腑に落ちないが、とにかく状況を飲み込みはした。


 再び伊勢の肩を掴んで、今度は俺の方から唇を近づける――と、今度は彼女の方が俺を突き放してきた。


「待って……」


「何だよ。悪かったって」


「……なんで……?」


「なにが」


「……なんで、北広島に来たのっ……」


 数秒間、俺はどう説明するべきなのか悩んで、迷って、やっぱり心の内をそのまま伝えることにした。


「月本瞳に、会ってみたかった」


 途端に、伊勢の顔が真っ赤になる。


「……はああ!? キモッ!!」


「き、きも――?」


「くっさ!! はんかくさ!!」


「はん、か……」


 北海道弁。


 はんかくさいってどういう意味だっけ。とにかく、相手を罵倒するときに使う悪い意味だった気がする。


「……それが小学校教師の吐く言葉かよ」


「じゃ、なに!? 松尾はわざわざ東京から、小学校の頃好きだった女の子に会いに、ここまでやってきたってこと!? 二十七にもなって!? こじらせるにも程があるし!! そもそも会えるわけないじゃん!」


「俺だって絶対会えるとは思ってねえよ。エスコンを見物するついでに、ちょっとこっちの方歩いてきただけ。会えないなら会えないで、それでも良かったんだ」


「いやっ……キモいわそれ……!」


「――ああっ。お陰で思い出したよ!」


「何を!?」


「俺は、伊勢里映っていう女子が大嫌いな、キモい男子だったんだ」


「!!……」


 伊勢が、さっき近づけてきた自分の下唇を噛む。


「お前は変わったかもしれないけどさ、こっちはあの頃から大して変わってない。俺は、お前にキモいって言われてからずっと、キモい男子のまま……大人になったんだ」


 それからお互いが言ったことと、言われたことを冷静に咀嚼する時間が発生した。その間に、伊勢は部屋着の下を履いている。


 先に沈黙を打ち破ったのは、伊勢だった。


「いや……キモいっ。キモいんだけどっ……」


 何故か瞳を潤ませながら、そんな罵倒を唾と一緒に吐き出す。


「……お前の気持ちがようやく分かった。やっぱり変わってねえわ。お前」


「――分かったら出て行ってよっ!!」


***


第9話 「この話止めない!?」


「この間のことだけどさあ」と、二人がけの席に座って伊勢が切り出した。「どう考えても、私悪くないから。急に変なこと言い出す松尾が悪いんだから」


 俺は顔を顰めてアイスコーヒーを啜る。


「その話題、敢えて触れなかったんだけど。今話す必要あるか? それより仕事の話」


 話題の呼び水になったのは、間違いなくあの姫カットアルバイター・茅森。二度目はないとあれこれ話に乗ったのが運の尽きか。


「別に、この話したかったわけじゃないけど。……松尾に言い分があるんなら聞いてあげよっかなってだけだし」


 そうは言いながら、伊勢の態度は明らかに俺の口から何かを引き出したい雰囲気だ。が、俺はそんなものをピンポイントで打ち抜ける程女心に理解があるわけではない。


「言い分はないけど、言いたいことは一つある」


「なによ」


「好きでもない男を家に上げるってのは、年頃の女性としてちょっとどうかと思う」


「っ!……」


 図星を突いたのだろうか。対面に座る伊勢の首が真っ赤に染まった。顔は化粧のせいか透き通るような白だが、多分透き通ってないんだろう。頻りに首をさすって、視線があちこちに飛び始める。


「べっ――別にっ、私っ、そんな――こと――し、し、――」


「しないんなら、なんで俺を……」


「――わっ、わたしっ――んんっ――ねえこの話止めない!?」


「だから触れなかったんだって」


「だ――だいたいさっ。松尾とは――ああいうことしようと思ってたわけじゃないしっ! あれはさ、なんか流れで――じゃんっ」


「……は? あ……」


 そうか。俺は伊勢がやる気(多分)満々でコンドームを買ってきたことを知っているけど、あれは俺が丁寧に戻しておいたんで彼女は俺が知っていることを知らない。些細なことだが、これが決定的な情報格差を生んでいるんだ。


「流れでか。なる、ほど……」


 言うべきか? お前、ゴム買ってたじゃんと。流れも何も、初めからその気だったじゃんと。


「そっ――そう! もう大人なんだから、そういう、間違いみたいなことはあるしっ……」


「…………」


 駄目だ、言えねえ。


 それが禁句であることは、俺の額から流れる脂汗が教えてくれる。


 そもそも女性がゴムを買ったからってそういう判断を下すのはどうなのか。男性からしたら嬉しい妄想一直線になるもんだが、女性からすれば? 


 例えば、俺を信頼していなかったとか。……いや、色々考えても俺に人生経験じゃ論理的な結論は出せなそうだ。


 ――ヤフー知恵袋――は、後で見るか。


「……ま、結局俺たち間違わなかったわけだからな。お互い良識ある大人でしたってことで、この話はおしまいだ」


「終わってないんだけど」


「……。なあに!?」


「あんたは――どうなのよ」


「あ?」


「好きでもない女に家に誘われて、ホイホイ付いていくような男なのかってこと」


「え゛っ」


「…………」


「…………」


 全然言い訳が思い浮かばない。


 お互い、無駄にストローで飲み物をかき回すこと数十秒。


 それは、幾分かは役得と思わないでもないフシはなかったわけじゃない。とはいえ、俺とて変な女に誘われたらホイ! と駆け足で付いてく程キャピキャピなわけでは決してない。第一、俺はそんなキャラじゃないし。第二に俺がそんな人間だと、伊勢には思われたくない。見下される気がする。


「しないよ。俺。勿論――そんなこと――」


 なんなら、あの夜の大人になった伊勢はちょっと、可愛いし、美人で良いなとも思っていたし。なんか優しかったし。風呂の中で悶々としているうちにのぼせたし。


「しないんだ。ふ~ん」何だか攻守が転じてしまったようだ。伊勢は首を摩りながらも余裕ぶった顔で鼻を鳴らした。「じゃあ、どうして松尾は私の家に来ようと思ったのかな」


「えーと――終電――」


「終電はまだだった」


「……だっけ? ええと、そうだな――ああ! 雨降ってたから」


「雨――」


「雨。伊勢が、雨宿りしていけって言ってくれたから」


「確かに、降ってたね」


「うん」


「…………」


 急に冷静になった。何故いい年した俺たちがお互いの恥を突き合って顔を赤くしているのか。


「この話止めない!?」


「う、うん」


***

第12話 「先生になるの、子供の頃から夢だったし」


「あ、伊勢。俺だけど」


「……」


 インターフォンからは何も聞こえない。カメラの電源ランプは点いているが。


「あれ。聞こえてないのか……。お~い」


「――聞こえてるんだけどっ」


「うおっ」


「なに」


「いや、なにって……」


「松尾にとって、私はどんなひどい目にあっても良い女なんでしょ。あ~あ。私ってなんて不幸な女なんでしょう。きっと、ストーカーに捕まって、ひどい目に遭わされて、遺体は山に埋められて、ヒグマに掘り起こされちゃうんだ。それで、取り残された児童たちは私の死を悼んで不良になっちゃうんだ」


 滅茶苦茶拗ねてる……。


「なに馬鹿なことを言ってんの」俺はカメラに向かってコンビニの袋を持ち上げて見せた。「これ。差し入れ」


「……はあ?」


「茅森から話は聞いた。コンビニ行くの控えるんだろ。あと、夜中はドカ飯してるって」


「してねえわ!!……毎日は」


「とにかく、色々買ってきた」


「はあ」


 溜息を最後にインターフォンのスピーカーから起動音が消えた。同時に、扉の錠がカチリと鳴る。中に入ろうとしたら、逆に伊勢の方がこっちに出てきた。風呂に入った直後なのだろうか、肌がつやりとしていて、頬が赤みがかっている。


「急に家に来られるの、困るんですけど。前もって連絡しようとか思わないわけ?」


「……お前が着拒したんだろ。馬鹿」


 伊勢は絶妙に目を合わせないまま、耳の横の髪をくるくる弄った。


*


 車中での張り込みは渋谷で調査員をやっていた頃に何度か経験がある。ただ身を潜めて様子を伺うだけの地味な仕事だが、これが結構過酷で辛い。基本暇だし、よそ見もできないし、眠るなんて以ての外。それに加えて、様々な生理現象が集中を妨げてくる。


 じっと雨音を聞いていた。


 車のルーフから、窓から、小気味よく、時には混沌と鳴っていた。


 滲んだ雨は伊勢の部屋の明かりを滲ませている。


 ――そのうち、部屋の明かりが消えた。


 今のところ周囲に異変はない。予想通り動きは無さそうだし、ちょっと抜け出してコンビニのトイレを借りようか――と、そのとき急にスマホが震えだした。


 明かりが漏れないように画面を確認すると、見慣れない通知が表示されている。……LINEか? タップしてみると、チャットの画面が出てきた。相手は「伊勢里映」。アイコンは「ちいかわ」のうさぎ。


 ――調子どう? という彼女からのメッセージ。


 なんだこりゃ。どうして俺のLINEに伊勢からメッセージが届いているんだろう。この間は結局交換しなかったのに。


 疑問をそのままぶつけてみると、


 ――電話番号から登録できんの。知らないの? と返ってくる。


 なるほど……。LINEにそんな機能があったとは。


 チャットを返すついでに友達追加というのをしてみると、邪魔なポップアップが消えた。同時に、すぐさま「里映伊勢」から着信が来る。


「お前、俺を着信拒否にしたんじゃなかったのか?」


「LINEは別だし。……ん――」伊勢の、気の抜けたような鼻息が聞こえた。「それで、外の様子はどう」


「異常なし、だよ。外は小雨が降っている。通行人無し。平和で、静か」


「暑くない?」


「意外と暑くなかった。今日が熱帯夜じゃなくてラッキーだな」


「ふふ、ん――ねえ、張り込みってやっぱり牛乳とあんパン?」


*


「松尾も北広島に戻ってくれば良かったんだ」


「それは――そういうの、自分で選べる年齢じゃなかったからな」


「ふ、ふ……」


「何か変なこと言ったか?」


「ううん。なんか不思議でさ。今、すぐ玄関の向こうで松尾が私のことを見守ってるんだ」


「――お前はベッドで高見の見物をしている」


 布が擦れる音がした。スピーカーから聞こえる伊勢の吐息が、大きくなって聞こえてくる。


「松尾」


「なに」


「――ありがと。今日、来てくれて――嬉しかった……」


「そういえば、張り込みの依頼料は貰えるんだよな?」


「――す……ん――」


「伊勢?」


「――ん」


「おい。エビ」


「…………」


 返答が無い。寝てしまったのか。


***


第13話 「え? 朝食って、お前が作ったの?」


「……あれ?」


 何故か、伊勢の車がコンビニの前に停まっている。


 取りあえず茅森に話を聞いてみようと思って立ち寄ったんだが、中で買い物でもしているんだろうか。


 車の横を通りがかると、開いた窓からだらりと腕を垂らす伊勢が俺を見ていたので驚いた。


「茅森ちゃんならとっくにシフト上がってるんだけど」


「……あ?」今は六時過ぎ。まだギリギリ勤務しているのかと思っていたが、一足遅かったのか。「そ、そうなんだ。まあ、いいや。もう少し時間が経ったら近隣の住民にも聞いて回るよ」


「それまでどこで時間潰すわけ?」


「それは、まあ、適当にさ。エビは関係ないだろ」


 と、言いつつも脳内には雑草の中の秘密基地が浮かんでいる。


「……」


 伊勢が、腕を振り上げて金属音のする何かを俺に放った。――鍵だ。「ちいかわ」のうさぎのストラップが付いている。


「何だこれ」


「私の家のスペアキー。オートロックの番号は二○五七ね」


 じわりと内臓が上に押し上げられたような衝撃だった。


「……何のつもりだよ」


「松尾には、私が児童を送るときのボディガードをして貰わないといけないでしょ。それに、不審者が捕まらなかったら今日も張り込んで貰わなくちゃ。徹夜でヘロヘロだったら困るじゃん。だから、私の部屋で休んでいいよってこと」


「えー、と」


 そこまでの仕事を引き受けたつもりは一切無いんだが。


「あ。ベッドは使わないで、ソファで寝てね。あと、シャワーは使っても良いけど部屋のもの漁ったりちょしたりしたらマジで殺すから。それと、台所に朝食。ラップしてるから、食べたいなら食べても良い」


「え? 朝食って、お前が作ったの?」


 伊勢は、俺の質問には返答せずに車を駐車場から走らせていった。


 俺は人差し指でくるくる鍵を回しながら、なんだか呆気にとられたような思いで見送る。


 ……どういうつもりなのかな、一体。


***


第18話 「まずはお友達からってことね」


「……男は悲しい時にタバコを吸うんだ――っていうのが、世話になった人の教えで」


「キャハハハハ!!」


 俺が言葉を切るやいなや、耳元で伊勢の爆笑する声が爆ぜた。慌ててスマホを遠ざける。


「あ、ご、ごめん。ふっふっふ――はあ、普通に大笑いしちゃった。その人変わってるねえ……!」


 まあ伊勢が笑うのも理解できるから良いんだけどさ。


「そうそう。なんか、一昔前の探偵ドラマの主人公気取ってて変な人なんだよな。言ってることは殆ど適当で当てにならないし、給料は全然上げてくれないし。その癖見た目は腹の出た辛気くさいおっさんでな。……けど、何でかな。タバコの吸い方は、何となく身に付いた。一緒に吸いに出ることが多かったからかな。逆に変なタイミングで吸っても惰性っていうか、美味くない」


 悲しいときに、タバコを吸うんだ。感情を煙に絡めて体内から吐き出すのさ――と、甲斐の言っていた理屈はこんなんだったかな。


「ふ~ん」微かに体を掻くような物音が聞こえた。「それじゃあ、松尾がタバコを吸っているときは、松尾が悲しい気持ちのとき」


「一概にそうとも言えないが。まあ、そうなるかな」


「じゃあ、校長先生の家の前で吸おうとしたのは?」


「あの時はエビに無視されたから」


「打たれ弱っ……」


「俺が打たれ強かったら、こんな人生にはならなかったかな」


「ん~」伊勢はあくびを噛み殺したらしい。「打たれ弱いとか、打たれ強いとか、そういうのってどうでも良いと思うけど。結局、人生を決めるのは行動するのかどうか、だし」


「……」


 俺を擁護しているのか貶しているのか分からず、黙り込んでしまった。


「……そういうのだよ!」と、いきなり伊勢が力強く言ってくる。


「な、何が?」


「私は、松尾のそーいう話を聞きたかったんだよ!!」


「こんなん大して面白くないだろ」


「面白いとか面白くないとかじゃなくって――まあ今のは面白かったけど! 私は松尾のことを……もっと……知りたいだけだから」


「そうなんだ」


 何か照れくさいな。


「で、松尾はどうして私のことを知りたいと思ったの?」


 ようやく話が正道に戻ってきた。勿論、彼女が通話してきたのはこの件だよな。


「けいちゃんに言われたんだよ。俺たち、お互いのこと何も知らないじゃんって。言われてみれば半端に子供時代のこと知ってる分今の話はあんまりしていないし、なんか気まずい感じだっただろ」


「……うん。なんか、距離感じてた。この間久しぶりに会った夜よりは」


「だろ? これから一緒に動くと決めたわけだし、このままじゃ不便だろうから」


「まずはお友達からってことね」


「……変な言い回しだけど、要するにそういうことかな」


「ふっ。変なのっ」伊勢が呟いた後にぼさっとノイズが入る。枕に頭を落としたんだろう。「私たちって、そんな関係だっていうのに結婚の約束までしちゃったんだ。あ~あ。変なこと言っちゃったな」


「!? けっ――」


 結婚の、約束?

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