第2話

 誰かが泣いている声が聞こえる。

 

 私が死んだ事を悼む者がいるのか? 

 私を惜しむものがまだいるのか?

 

 いや、違う……私の名では無い。

 誰だ? 見知った名でもない……

そもそも私の死を悼む者の声がすでに死した私に聞こえるわけが無い。

いや、どちらにしろ、人の声など聞こえるはずもあるまいに。


 さらに奇妙なことに、私は目を開けることが出来た。

  

 これは……死後の世界、なのか?


 その目に飛び込んできた景色は、にわかに信じがたいものだった。

 天井が白い……そしてこの明るさはなんだ。

 陽光でもない……

 土の匂いも硝煙の匂いも、ましてや焼けた家屋の匂いも血の匂いも……

いや、血の匂いはかすかだがある。

 しかし、それも嗅いだ覚えのない匂いに紛れ、定かではない……


 あの世というものにも匂いは感ずるものなのか?

それにしては妙に生々しく、また薬品の香のような気配もあるが、それが何なのか……いや、なぜかこれは……


「先生! 見てください!」

「そんなはずは……筋肉反射で……」

「いいから見て!」

「……わかりました」


 眩しい……なんだこの光は?


白衣の男が私の瞼を押し開き、光りを放つ筒で眼を照らしている。


「まさか……こんなことが……AED準備をお願いします!」


 何かを胸に貼り付けられ、男は両手で胸部を圧迫、一定の間隔で押し込まれる。

 心の臓を動かそうとしているのか?


しかし、なぜだ。まるで見たことも聞いたこともないはずのこの世界で、おぼろげながらも今この目に映る未知のもの、物体道具、人々の衣装、その言葉の意味するものがおぼろげながらもわかる気がする。仔細は全くわからないのだが、理解できないというわけでもない。この感覚。


 肉体の記憶?


 いま肉体の記憶と申したか? そうだ。この肉体には魂がない。


 それでも━━


 この体に呼びかけるその声を覚えている。

 この者を惜しむものが少なくとも、いる。

 その肉体の中に私がいる。


 しかし。

 私が貰い受けて良いという筋はない。

 どういった理由かはわからぬが、この者もまた、その生を終えたのだ。であるのなら大地に返すのが理と言うものだ。


 奇妙な物言い、感覚ではあるが、私は私の意思でその肉体から半身を引き剥がした。


 「皆さん、離れてください!」


 なんだ何をする気だ?


 はうっ


 なんだ⁈

 激しい衝撃が身体中に走った

 ……これは電気? それも恐ろしく強い……


 途端、肉体に引き込まれた。


 そして再び両腕で胸骨を圧迫される。


 「……もう一度行きます。離れてください!」


 なんだどうなってる?


 白衣の男が距離をとる。


 まさか……やめろ! 今度またあの電気を流し込まれたら死んで…


 「がっ! げほっ!」


 【つづく】

 

 


 


 

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