便利屋大田の裏稼業

鳥居神主

第1話 便利屋大田の裏稼業


 東北の都市部からやや外れたところにある閑静な住宅地。近くに学校もあるためか子連れの夫婦に人気があり、公園に立ち寄れば子供たちの姿をよく見かける。

 表通りに出ればスーパーやコンビニ、ドラックストアなどが立ち並んでいて生活するに困ることのない地域だ。


 新興住宅地とあって新築の一軒家が建ち並ぶ中、その一角にポツンと古びた建物が存在する。

 一階はやや錆びたシャッターで閉じられ、二階の居住空間につながる鉄骨階段も同様に錆びているが、強度に問題はない。


 建物正面に堂々と据え付けられた看板には「便利屋大田」の文字が堂々と書かれている。よくある町の便利屋だった。


「ふぁ〜」


 時刻は十時。猛暑の影響で室内には熱気がこもっている。

 家主である中年男性の大田は、気だるそうに息を吐いてから洗面台に立った。

 鏡に映るのは黒色の短髪と痩けた頬にギョッロとした目。酒をあまり嗜まないので腹肉は出ていないが、髪の毛は年々薄くなる一方。きっと二十年後には寂しい頭部になっているに違いない。

 ワックスで髪型を整えながら大田は肩を落とした。


 身支度を整えた彼は併設された事務所に向かう。

 扉を開けて時計を一瞥すれば、針はまだ開店時間の十一時に達していない。よし、残しておいたカステラでも食うか、と思い立ったときだ。

 事務所のドアがノックされた。


「大田くん、いるかい?」

「……いますよ。伊藤さん」


 大田は渋い顔を作りながら返事してドアのロックを解除した。部屋に入ってきたのは白髪交じりの小太りな老人、近隣住民の伊藤だった。

 元市議会議員で現役時代は仕事をバリバリこなしていたが、引退した現在はどこにでもいるお年寄りといった印象だ。

 彼は息を切らしつつ「階段辛いねぇ」とこぼし、そのまま慣れたように来客用の椅子に腰を掛ける。


「最近、足腰が弱ってしまって。運動しようにもこの歳だから、なかなかね」

「あまりご無理はなさらないように」


 そう言って自宅から運んできた冷えた麦茶を差し出す。老人はコップを受け取るとすぐに飲み干した。おかわりは、と訊くと老人は手を振った。

 大田はそのまま席に着き、伊藤と向かい合う。


「今日はどのようなご要件で?」

「うーん。ちょっとした世間話に付き合ってほしいと思ってな。ダメかい?」

「いえ。構いませんよ。どうせ今日も暇ですから」


 大田は笑顔で伊藤を受け入れた。

 老人は一時間ほど孫の話やペットの話を彼に語りか聞かせる。大田は嫌な顔ひとつせず、相槌を打っていた。

 やがて時刻が正午を迎えた頃、伊藤が大きく息を吐いて顔を上げた。


「黄昏自警団という連中を知っているか?」


 急に話題が変わったことに違和感を覚えるも、大田は何食わぬ顔で答える。


「確か、仙台を中心に活動する迷惑系動画配信者だったと記憶してます」

「犯罪撲滅という名目で駅に張り付き、怪しいヤツを捕まえて警察に連れていっているそうだ」

「私的逮捕ですか。それはまた」


 動画文化が根付いたことで生まれた迷惑系配信者。炎上系や突撃系、暴露系など多岐にわたり、最近では私的逮捕系もそのカテゴリーに入った。


 痴漢や不審者を取り締まるという名目で監視を続け、独断で警察署に連れていく。その際、相手が抵抗すれば無理やり拘束するのも特徴であり、現在でも賛否が分かれている。


 どうしてそのような話をするのか。腑に落ちないといった表情を浮かべる大田。少しの沈黙ののち、伊藤は意を決して口を開いた。


「実は少し前、外孫がそいつらの餌食にされてな。絵の参考にと駅内の観察をしている最中に声を掛けられ、気が散ると怒鳴ったら、向こうが不審者と決めてかかり掴みかかってきて、もみ合いとなった。

 その際、孫は頭を打った。軽く打っただけで命に別状はなく、警察の介入で誤解とわかり示談になった。しかし、それから数日後、急に指先が痺れるようになったそうだ。医者に診せたが原因は不明。治す手立てはないと言われた」

「お孫さんのお仕事というのは」

「絵師。今で言うイラストレーター、だったか」

「それは死活問題ですね」


 大田の発言に伊藤は力なく頷いた。


「孫は後遺症に苦しんでいた。納期を間に合わせるのに必死でやっていたが、以前のように絵を描けず、このまま続くようだと引退も考えねばならんと、ぼやいてた。

 だが十日前、自宅で首を吊っている姿で発見された。人見知りでプライドが高かったからなぁ。耐えられなかったのだろう。絵の描けない己の姿に」

「自殺ですか」

「状況からしてそれ以外、考えられないというのが警察の見解だ」

「民事裁判は?」

「起こしたよ。しかし相手は支払う気はないと争う素振りを見せている。動画サイトで黄昏自警団と検索してみてくれ。すぐ動画が出てくる」


 言われた通り、大田がスマホでサイトを開いて検索すると上から三番目のところに問題の動画が出てきた。

 『訴訟を起こされた件』というなんとも安直なタイトルで、内容は誤認逮捕した相手から喧嘩をふっかけられたとする、いわゆる逆ギレ動画だった。


「この配信者。『まっさん』とかいう輩は孫に怪我を負わせたにも関わらず『相手の容姿が悪いから誤認されても仕方ない』『俺は正義の味方』『あんなヤツの遺族に金払うくらいならドブにでも捨てたほうがマシ』などとほざきおる。

 仮に民事で勝てたとしても百万もいかんだろうというのが弁護士の見立てだったよ」

「そうですか」


 大田は右手で口元を隠し、その動画に映る『まっさん』と名乗る人物を凝視した。金髪のツーブロックと無作法につけられたピアス。どこをどう見てもチンピラだ。それが正義を掲げているとは。滑稽だった。

 この手の連中は金のために行動している。そのせいで伊藤の孫が犠牲になった。

 大田は小さく唸って腕を組んだ。そんな中、


「コイツを掃除してくれ」


 言葉を絞り出すようにいってのける伊藤。

 即座に大田が首を横に振る。


「ここは便利屋ですが、そういった掃除は請け負っておりません」

「とぼけなくてもいい」


 伊藤が大田の瞳を力強く見つめた。


「酒井からアンタの話は聞いておる」

「なるほど。酒井さんから……」


 酒井という名前が出た途端、大田は相手を客と認め、はぐらかすのを止めて姿勢を正した。


「代金は払う。正義の鉄槌を下してほしい」

「対象はおひとりでよろしいですか?」

「本当は関わった者、全員と行きたいところだが、手持ちを考えるとそうもいかん」

「承知しました。なにかご要望はありますか? 例えばやり方など」

「特にない。アイツがこの世からいなくなればそれでいい。そちらとしても、余計な手間はかけなくないのが本音だろう」

「そうですね。助かります」


 契約はここに成った。大田は立ち上がった。


「あとはお任せを。お支払いのほうは酒井さんのほうに」

「頼んだよ。アンタが頼りだ」

「かしこまりました。清掃をお引き受けしましょう」


 話が終わり次第、伊藤は立ち上がり「ありがとうな。太田くん」と一礼して事務所を去った。


「礼にはまだ早いですよ」


 大田は小さく笑ってからすぐにパソコンを立ち上げ、専用のチャットアプリを通じて酒井に連絡を取った。数分後、返信があった。


『依頼を受けてくれて感謝する。情報提供と手回しはこちらが引き受ける。仕事に取り掛かってくれ』

『了承しました』


 すかさず情報が入ったファイルが送られてきた。添付された情報を閲覧すると、ターゲットの情報が記載されていた。


 動画配信者まっさんこと本名、松原王(キング)二十七歳。


 暴力団の構成員の父とキャバ嬢の母の間に生まれるも、両親から虐待され、母方の祖父母のところに預けられた。

 体が大きくなるにつれて凶暴になり、中学三年生の頃、仲の悪い後輩に暴行を加えて片目を失明させるという傷害事件を起こし、少年院に収監された経緯を持つ。


 出所後は職を転々としながらも長続きせず、女の家に転がり込んでは好き放題を繰り返し、金に困ったことを機に動画配信者となった。


「面倒な編集は舎弟にやらせて自分は私的逮捕に専念か。いいご身分だ」


 資料を眺める大田の口から出た言葉には侮蔑を込められていた。

 一通りの情報に目を通した大田は事務所を出て一階へと降り、停めてあった黒い乗用車に乗り込み、車を走らせる。


 アーケード街のパーキングに車を停め、そのまま徒歩で仙台駅に入る。すれ違う人々と視線を合わせないように進むと、小型カメラを持ったガラの舎弟たちに囲まれた松原の姿があった。


 大田はごく自然に彼らの背後にある売店に立ち寄って土産を選ぶフリをする。松原一行は通行人たちにらみつけるように監視していた。

 怪しいと思う人物がいれば舎弟が尾行し、連絡があれば即座に松原が私的逮捕に向かうという手順を取っている。


 この日も同様の手順で怪しい人物を追いかけ回していたが、警備員からの厳しい注意を受け、口答えしてから撤収していった。

 大田が後をつけると、駅から三十分ほどに場所にあるボロアパートに入り、そのまま出てこなくなった。


 すべて情報通りだ。確認を取った大田はパーキングに向かい、料金を支払ってから事務所に戻った。

 まだ夕方だというのに、早々と店じまいし、自宅のテーブルに印刷した地図を広げて作戦を練る。

 こうしたことを数週間続け、ようやく運搬経路と運び先が決定された。大田は密かに計画を実行へと移す。


 いつものように帰宅した松原たち。基本的に松原は買い物などを舎弟にやらせ、一人で外に出ることはないが、お気に入りの風俗嬢と会うときだけは一人かつ徒歩で繁華街に向かう。この日もそうだった。


「あー、樹里とやんの楽しみだわぁ」


 タバコを蒸しながら、お楽しみの光景を思い浮かべる松原。

 その背後で影がうごめいた。瞬間、松原は地面に突っ伏した。薄暗い暗闇に佇む大田の右手には違法改造されたスタンガンが握られていた。


 すばやく松原に駆け寄り、心配する演技をしつつ懐からスマホなどの通信機器を抜き取った。

 彼を抱きかかえた大田は斜め向いに停めてあった白い車のトランクに押し込め、そのまま車を走らせる。

 信号待ちの時間を利用し、スマホの電源を切った上で電波を遮断する特殊な箱の中にガジェット類を収納して追跡を困難にした。


 道中、人目のつかない場所に立ち寄り、トランクを開けて松原のガムテームで両手両脚を縛って口と目を塞ぎ、人ひとりすっぽり入る麻袋身に彼を入れ、身動きを取れなくした。

 そのまま車は仙台を出て県内の漁港へと向かう。二時間後、こじんまりとした漁港に到着した。

 どこからともなくガタイの良い漁師と小柄な漁師の二人組が現れる。車から降りた大田に漁師が声をかけた。


「通信機器は外したかい?」

「もちろんさ」

「ならそのまま運ぶ。トランクを開けてくれ」

「あいよ」


 大田は言われるがままトランクを開ける。さすがに目を覚ましたのか、松原がモゴモゴと動いている。


「ははっ、生きがいいねぇ」

「コイツ、病気とかないっすよね?」


 漁師の片割れが大田に尋ねた。


「資料によれば健康体だそうだ」


 大田が言葉に大柄な漁師が笑みをこぼした。


「そいつはいい。お得意様が新鮮な臓器をご所望でな」

「どの部位だ?」


 大田が訊く。


「腎臓と肺、それと――だな」

「ん、んーーーーーーッ!!」


 耳は塞いでないので、こちらの声は丸聞こえである。

 大柄の漁師がははっ、と吹き出した。


「まぁまぁ、そんなに怖がらなくてもいいよ。麻酔かけんだからさぁ。なっ?」

「ンンンッーーーーー!!!!」


 漁師たちは二人がかりで獲物を引きずり出し、強引に小型漁船に運ばれる。そこから船を乗り継ぎ、その先で彼は解体されるのだろう。

 松原は声にもならない声で叫んでいたが、きっと数時間後には無事、あの世に送り届けられることだろう。


「自業自得だよ」


 出船する漁船の後ろ姿を眺めながら大田が呟いて踵を返す。運転席に乗り込み、酒井に連絡を終えた彼は帰宅の途についた。


  ◇◇◇


 翌日、迷惑系配信者の失踪が大体的に報道されるも、目撃情報の少なさから捜査は難航すると見られている。

 嫌われ者の失踪とあってネットが騒然となり、次々に彼の悪口や悪行が書かれ始めた。擁護派も存在したが、アンチの勢いに押され、SNSは批判一色と化した。


 中には自殺した伊藤の孫を悼む声も上がっていて、遺族がこれらのコメントを見れば多少は気が晴れるだろう。伊藤の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 事務所の椅子に背を預け、体を伸ばした便利屋の大田は、愉快そうに残していたカステラを頬張った。

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