養殖ウナギくんの成り上がり

傘重革

 うなぎ

おっす! 俺は、しがない養殖ウナギ


水槽の中でぎゅうぎゅう詰めになりながら、他のウナギたちと同じように「土用の丑の日」に向けて出荷されるのを今か今かと待っていた。


「おい、聞いたか?今年は記録的な暑さらしくて、ウナギの需要が半端ないらしいぜ!」


「マジかよ!だったら俺たちも、高級料亭行き間違いなしだな!」


水槽の仲間たちは、色めき立ってはしゃいでいる。だが、俺は冷めた目でその様子を眺めていた。


どうせ俺たち安物の養殖ウナギは、スーパーの特設コーナーに山積みになって、値引きシールを貼られていく運命だ。




そんなことを考えながら、出荷を待っていたある日、運命のいたずらか、選別作業員のミスで俺は、別の生簀に紛れ込んでしまった。


「あれ?ここ、いつもと違うぞ……?」


周りのウナギたちは、ひと目で俺とは違う。黒々と艶やかな肌、堂々とした体つき。選りすぐりのブランドウナギ様ばかりだ。

間違いない。高級店向けの生簀である。


「おいおい、お前。安物だろうが。紛れ込んでんじゃねぇよ」


身がぎゅうぎゅうに詰まった、美味そうな巨体のウナギが、ギロリと俺を睨んだ。


「へ、へへ……す、すみません!」


俺は慌てて頭を下げた。バレたらすぐに追い出されてしまうだろう。


しかし、次の瞬間、信じられないことが起こった。


「あら、あなた、安物の割になかなかいい体格してるじゃない。ここにいなさい」


艶やかな光沢を放つ、美しいマダムウナギが俺に微笑みかけたのだ。


「え、でも……」


「いいのよ、いいのよ。どうせ人間様は、私たちの違いなんてわからないんだから」


こうして俺は、高級ウナギたちに混じって、高級料亭へと運ばれることになったのだ。


「まさか、俺がこんな高級店に……」


活け簀の中で、他のウナギたちと肩を並べながら、俺は緊張で体が震えた。


そんな俺に、マダムウナギがアドバイスしてくれた。


「大丈夫よ。あなた、素材は悪くないんだから。あとは、職人の腕次第よ」


そして、運命の土用の丑の日。



◇ ◇ ◇



養殖ウナギは、熟練の職人の手によって、丁寧に捌かれ、秘伝のタレで香ばしく焼き上げられた。


「お待たせいたしました。特上鰻重でございます」


カウンター席に座る老紳士の前に、置かれたのは、紛れもなく件の養殖ウナギだった。


老紳士は、鰻重を一口食べると、目を大きく見開いた。


「これは……!?」


「いかがでしたでしょうか?」


店の主人らしき男が、老紳士に尋ねた。


老紳士は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


「……懐かしい味がする。私がまだ若かった頃、よく通った店の味だ」


「それはそれは……」


主人は深々と頭を下げた。


その後、老紳士は、一口食べるごとに、遠い日の思い出を語る。


まだ彼が金銭的に余裕がなかった頃の話だ。

安物の養殖ウナギが呼び起こした、老紳士の原点。


そして、最後のひとかけらを口にした時、老紳士は静かに涙を流した。


「ごちそうさまでした。最高の鰻重でした」


その夜、旅立つ最中、生まれて初めて、養殖ウナギは自分の存在意義を感じていた。


たとえ、ブランドウナギではなくても、誰かの心を満たすことができる。


安物の養殖ウナギだけど、それでいいんだ。


ちょっした偶然から、仲間たちが羨ましがるような、最高の一日を過ごした養殖ウナギはは、静かにその生涯を終えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

養殖ウナギくんの成り上がり 傘重革 @kasaegawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ