第15話 木治郎さん・初めてのお使い

木治郎さん(6歳)は実の所一人でお使いを頼まれた事が無いのである。

いつもならば木一さんやトモ子さんと一緒にお買い物に行くからだ。

ある日、お買い物から帰って来たトモ子さんが買い忘れに気付く。


「あら、やだ!私ったら一つだけ買うものを忘れてましたわ!でも今からまた買いに行くと夕飯の支度に間に合いませんね・・・。誰かいるのかしら。」


と、家の中に誰か帰ってきているか確認をする。


「すいませんー!どなたか家におられますかー?」


と、大きな声で叫ぶトモ子さん。

勿論トモ子さんの周りには田中さんとウーワンさんがぴょんぴょんと跳ねながら寄ってくる。


「あら、田中さんもウーワンさんも今日は私の所に来てくれたんですね!でも残念です。お二人だとお願い出来ないご相談があったんです。」


田中さんもウーワンさんも舌を出しながら「はーはー」言ってくるが、流石にトモ子さんも頼めない。すると奥の部屋から・・・。


「はいはーい!木治郎がいますーーー!」


と、叫びながら木治郎さんが四つん這いで駆けてくる。

トモ子さんは餌を欲しがる獣に囲まれているかのような状況になったのである。


「あ、木治郎さんしかいないかー・・・ど・う・し・よ・う・か・な・・・。」


と悩んでいると、


「どうしたんですか?トモ子さん、僕ではダメなんですかー?」


と、可愛く顔を傾げながら聞いてくる木治郎さん。


「いえいえ、ダメでは無いんですが・・・実は買い物に行ったのに一つだけ買うのを忘れてしまったんですよ。それでご飯の支度もしなくてはいけないので買ってきてくれる人はいるかな?と思って声を掛けたのです。」


「なんだー、ならばこの木治郎様にお任せであるー!」


と、腕で胸をぱんぱんと叩きながら自信満々の顔をしている木治郎さん。


(でも、木治郎さんは一人でのお使いはまだした事ないし、大丈夫かしら・・・。)


と、心配している顔を見て木治郎さんがトモ子さんに声を掛ける。


「安心してください!買い物出来ますので!」


と、何故か下半身を指さして言っている木治郎さん。

・・・あ、そういう事か。パンツを穿いている風に言いたかったのですね!


「本当に一人でお買い物大丈夫ですか?木治郎さん。それとも木之助さんが帰ってくるまで待ってから行きますか?」


「いえいえ、心配には及びませぬ。私一人で十分でござるよー!」


・・・何だか分からないですがテンションだけはかなり高くなっているのが伝わります。


「それでは、お願いしちゃおうかしら・・・。えっと、酒屋で酒を一つ買ってきてください!」


「はい!簡単です!さかやでさけを買ってくればいいんですね!」


どうやら始めてお使いを頼まれた事が相当嬉しかったのだろう。浮かれている為か、軽くステップを踏んでいる・・・。まさしく木一さんのDNAである!


「では、1000円渡すのでおつりはお小遣いとしてあげるから木之助さんには内緒でね!ひ・み・つ・ですよ!」


「わーい!お小遣い!お小遣い!では木治郎は今からお使いに行ってまいります!田中さんもウーワンさんも申し訳ないですがお留守番をトモ子さんとしていてくださいね!無事に帰ってくるから安心せーよー!」


田中さんもウーワンさんも私と一緒に玄関まで木治郎さんを見送るのであった。


____


木治郎6歳、初めてお使いを一人で頼まれましたー!なんだか大人になった気分ですー!今日は初めてという事でお気に入りの靴を履いちゃいました!

僕はポッケに1000円を入れると落とさない様にずっとその手をポッケに入れて歩きました。途中どんな人に襲われるかもしれません。

周りを気にして1000円を盗られないように任務にあたるのでしたー!


(鳥さーん!虫さーーーん!見てますかー!お使いを一人でしているんですよー!)


木治郎さんは世の中に生息する小動物やら昆虫やら植物に声を掛けて目的地に向かうのである。吉成家特有のルンルン気分で足取りも軽い。


「あれ?木治郎君?今日は一人なの?」


と、近所の村上のおばちゃんが話し掛けてくる。


「はい!村上のおばちゃん!今日は一人でお使いに行くんです!」


「あらー。偉いわねー!もう一人でお使いが出来るんだー!凄いねー!」


「いやいや、そんな事はありませぬぞ!ははは!それでは失礼しますー!」


と、知り合いにお使いをしている所を見られてかなり嬉しかったのである。

これでお使いの証人を確保したと思ったのだ。


そして目的地到着!


「こんにちは!おじさんサケ1つ下さい!」


「お、木治郎君、今日は一人なのか?凄いなーお使いかー!」


「そうなんです!一人でお使いに来ました!」


商店街でも有名な吉成家。勿論木治郎さんも有名人である。


「はい、これとお釣りもね!落としちゃだめだよ!気を付けて帰ってね!」


「有難うございますー!」


と、お釣りをポッケに仕舞い込み、家路に就く事に。

お使いは楽しいですー。なんだか一人で来るのって大人の仲間入りした気分ですー!

スキップしながら帰る木治郎さんの後姿からは喜びのオーラが駄々洩れだったのである。


____


「トモ子さん、只今木治郎は帰ったのでござるー!」


と、叫びながら買ってきたサケを右手に高く上げる木治郎さん。


「お帰りなさい!木治郎さん、今日は本当に有難うねー!」


と、商品を受け取り袋から出そうとした瞬間、トモ子さんの脳裏に嫌な予感が走る・・・。


(ま・・・まさかの・・・まさか・・・)


「木治郎さん、これはサケ??」


「はい、さかやでサケ買ってきました!」


「・・・・」


「ははっははあはっはは!面白ーい!木治郎さん!凄いですー!!」


「どうしたんですか?そんなに嬉しいですかー?」


「だって、サケ・・・。うん、木治郎さん、正しいですよ!でも実はちょっと違うんですねー!でも、こんな事があるのですねー!面白い!!」


「ん?どうしましたか?トモ子さん・・・。」


「私が頼んだのは酒屋さんでお酒(料理酒)を買ってきてと言ったのです。そうしたら木治郎さんは魚屋さんで”鮭”買ってきたのね!確かに言葉が似ていますね!参った参った!」


「え?さかやでさけは、さかなやでさけではないんですね?」


「そうなんです、でもきちんと伝えなかった私が悪いので今日の夜は木治郎さんの大好きなハンバーグですが、私がこれを食べますね!」


暫くの沈黙の後・・・木治郎さんが。


「違います!今日は僕がサケを食べたかったんです!なので皆さんはハンバーグで僕がさけを食べますー!」


という事で今日の食卓は一人だけ鮭定食を食べる木治郎さんでした。

勿論我が家はその話で大笑い。

やっぱり我が家は楽しくて毎日が楽しいのである・・・。

心の中では次も木治郎さんにお使いを頼んで驚くような勘違いをしてくれる事を期待しているトモ子さんだったのである。



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