第8話 シュールな田中さん

田中さんが来てから今まで以上に我が家は明るくなったのである。

木之助さんが失恋してから代役として、と言ったら言い方は悪いが、その傷心を忘れさせる為に仲間となった田中さんだったが今ではこの家のシンボル的存在にまでなっている。

田中さんの取る行動すべてがとても面白く、通常私達が目にする周りの犬とも違い、かなりシュールな動きと性格の持ち主だ。

田中さん自らがその”田中さん”という名前を選ぶ所も変だし・・・。

犬なら大好きな飛び道具のフリスビーにも興味を示さないし、散歩だよ!と言っても喜ばないし、リードを付けようとすると家中逃げ回るし・・・。

とにかく私達が知っている犬の行動とは全てが真逆になっている。

それが本当に・・・いとあわれなり・・・ではあるのですが・・・。

とにかく可愛くて仕方ないのです。


____


今日も昼寝をしている田中さんに近寄り一緒に遊ぼうとする私。

木一さんは会社へ、木之助さん、木治郎さんは学校へ。

家には私と田中さんだけ。そう、二人だけのとっておきの時間なんです。

日頃、木之助さんや木治郎さんが田中さんとじゃれているのを見ていると、私だってじゃれたいもん!とか思ったりもするのである。


・・・。そうです。私だって田中さんと遊びたいんです。じゃれあって転がりあって笑いあって・・・そんな時間を二人で過ごしたいんです!

テレビドラマでよく見かける犬との幸せのワンシーン。


「はははは!田中さん!こっちこっち!早く来て!」


なんて言って、走り回ったりしているのは憧れなんです。

それを二人でやりたいんです!


そして今日も戯れたい・・・そんな思いで田中さんに近寄る・・・。

そしてじっと真横から覗き込んでみる。瞑っている田中さんの目の前で私の眼力を使いテレパシーを送る。

(起きてくださーい!)


「・・・・。」


完全に無視している田中さん。まるっきり私の存在に気付いてくれない。

さらにトライしてみるのである。


「ねえ、田中さん、遊びましょうよ。もうずっと寝ていますよ。」

と、言いながら私は田中さんのお腹辺りをちょんちょんと突いてみる。

お腹のぷにぷにがたまらないんですよね、とか思いながら。


「・・・・。」


完全に無視・・・。お腹ぷにぷにしているのに気付いてくれない田中さん。


「テレビとかで見る犬は喜んで起き上がって遊ぶのよ。知っていますか?田中さん?お願いだから少しだけ相手をしてくれませんか?」

と、言いながら尻尾をつかんで振ってみる私。少しだけ乱暴になってきてしまっている・・・。通常なら犬は嫌がるはずだ。こうなったら嫌がられてもいいから起こしたくなるのである。


「・・・・。」


本当に完全無視・・・。ピクリともしない田中さん。


こうなったらやけくそである。

私の中の眠れる獅子が悪魔と化す・・・。

私は垂れ下がった田中さんの耳を上に持ち上げて口を近付け、息を吹きかける。


「ふーーーーーーー!!??もう一回ふーーーーーーー!」


あ!!田中さんが片目を開けた!!!やった!やりました!私はここにいますよ!吉成トモ子です!覚えてますかーーー???と、心で叫びながら笑顔を振りまく。

ついでに両手で(いないいないば~)みたいな動作もしてみる。


「・・・・。」


田中さんは開けていた目で私を確認すると静かに目を閉じ、眠りにつく。

本当に(いないいないばば~)になっているじゃありませんか!


何という事でしょう!私を確認してからの無視!

・・・でも、この対応、ツンデレ?というのでしょうか?とても可愛いです。

きゅんきゅんと、きゅんの連続でございます。


でも・・・、諦められません。どうしても田中さんと遊びたいんです。

どうせ他の家族が帰ってきたら飛び起きて遊びに行くのは目に見えてます。


そうだ、良い事を思い付きました!こんな時は噓をついても神様は許してくれるはず。


「御飯ですよーーーー!田中さーん!」


と、何も持っていないのにご飯だと嘘をつく私。

あ!!瞬間田中さんの耳がピクリと動いたが・・・・。犬は嗅覚が素晴らしい。

その初動のピクリだけで他は微動だにせず、そのままの体制をキープしている田中さん。ツンデレにもほどがあります!と思い、田中さんの両足を持ち、

「イッチニ、イッチニ!」と、交互に足を動かしてみる。

すると、ものすごい勢いで私の手から足を引き抜くと私を”ビシッツ”と蹴る田中さん。


「あら、やだわーー!私を蹴るなんて―!」


と、蹴られた拍子に後ろに倒れ、右手を床に着く私。

なんとなくこの姿が、好きな人に旅立たれた後の”悲しき女”のようになっている。


俯いて悲しんでいると・・・まさかの・・・田中さんが・・・・。


「立った!・・・田中さんが立った!!!」

(クララが立ったみたいに言っている私)


田中さんは顔をぶるっと振ると私を見ながら「シャー!!」みたいな意味の分からない言葉を出して歩き始める。


(なんだ、田中さん歩けているわよ!そうよ!遊びましょ!)


田中さんの行く先は・・・。


腰をかがめ足をぶるぶるさせている・・・。

その神々しいお姿はまさしく・・・。


あー、ウン・・・チ・・・。


ウンチが終わった田中さんは右足を上げて顔をガシガシと搔いている。


「田中さん!ほらこっち、こっちおいでください!ウンチも済んだし、もういい加減遊んでくれても良いでしょう?」


物凄いアイドル並みの笑顔と、大きく手を広げて田中さんを迎え入れる体制抜群の私・・・。


田中さんはゆっくりと歩いた後、私の事を見ずに元の位置に戻って再び寝むり始める・・・。


えーーーー!また寝るんですか??田中さん!私よりもウンチが大切ですか!!??


____


「ただいまですー!」


木治郎さんが帰ってきた!


その瞬間、田中さんが飛び起きて走って木治郎さんのもとへ行く。


「ワンワン!」


「わーい、田中さん待っていてくれたんですねー!嬉しいですー!」


「おかえりなさい、木治郎さん。」

と、田中さんへの複雑な心境を胸に抱え、笑顔で木治郎さんを迎える私。


「トモ子さん、今日は田中さんはずっと起きていたんですか?遊んでいたんですか?元気ですねー!」


「そうなんです。田中さんたら私から全然離れなくて困っていたので木治郎さんが帰ってきてくれて本当に助かりました。これでようやく家事が出来ますよ!」


と、苦し紛れの今世紀最大の嘘を言う私である。


「そっかー、田中さんはトモ子さんが大好きだもんねー。僕もずっと遊んでいたかったですー。」


子供って本当に悪気がないのは分かっていますが・・・、聞いていて残酷な言葉を言っているのだと気付かないのも・・・いとあわれなり。



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