第5話 田中さんの散歩

今日は日曜日。朝から木之助さんと木治郎さんは田中さんの散歩をするんだと張り切っています。やはり子供達だけで散歩に行かせるのは少しだけ心許ない。

という事で二人には内緒で私と木一さんは後を付ける事にしたのである。

昔からこのような”探偵ごっこ”が好きだった木一さんは大きくなっても変わらない。

自分の事を「金田一木一」と言っていつも笑わせてくれたのを思い出します。

「一」が多いですよ、という私の言葉に「一本取られた!」という「一返し」をさらにして返すのがお約束。

何年経っても同じ返しをする木一さんは本当に愉快である。


___


「木治郎さん、散歩に行く前に田中さんのマナー用品の確認をします!」


「はい、田中さんも一緒に確認しますよー!」


二人で指さし確認・・・。とっても大切な事ですね。素晴らしい事です。

田中さんも一緒にマナーバックをくんくんしていて可愛いですね。


「木治郎さん、田中さんのウンチ用の小袋を持ちましたかー?」


と、木之助さんが大きな声で木治郎さんに言うと、


「はい!田中さんのウンチの小袋持ちましたー!」


と、木治郎さんが右手を挙げながら大きな声で答える。そして横では田中さんがくるくると回ってはしゃいでいる。


「ワンワン!」


「田中さんがおしっこをした時用のお水も持ちましたかー?」


「はい!田中さんのおしっこ用の水も持ちましたー!」


「ワンワン!」


本当に可愛いお二人。それを柱の後ろからこっそりと見て笑っている木一さんはもっと可愛い・・・。お尻がぴょこっと出てますよ。隠れ方も本当に滑稽で面白い木一さんである。


木之助さんと木治郎さんの二人が田中さんにリードを一生懸命付けている。

田中さんが羽交い絞めされて若干苦しそうな顔をしているがドンマイドンマイ田中さん。二人で乗り切るんだよと、心で願う。


そして玄関ドアを開ける前に二人は私達の方へ振り返ると、敬礼のような仕草をする。


「ただいまより、行って参ります!!」


と、二人から大きな声が上がる。


「気を付けて行ってらっしゃい!」


と、私達も大きな声で真似して敬礼して返す。


____


「木之助さん、散歩は楽しいですね。田中さんも喜んでいますかね?」


と、上目使いで木之助さんを見る木治郎さん。


「田中さんの足取りも軽いですよ。でも、引っ張っていく力が強いですね。」


リードを持つ木之助さんが若干引っ張られ気味になる。そして木治郎さんも手を貸すが思ったよりも田中さんの力が強い事に驚く二人。


「あれー、木之助君と木治郎君か。犬を飼い始めたのかい?」


近所の有名なお爺ちゃん、「山本さん」が声を掛けてきた。


「山本さん、こんにちは!犬ではなく”田中さん”です!今は一緒に住んでいますー!妹なんですー!」


と、元気よく木治郎さんが答える。


「え?田中さん?って誰の事かな?妹さん???」


山本さんが不思議そうな顔をしてこちらを見る。


「このワンちゃんの名前が”田中さん”です!」


「ワンワン!」


「へー、名前が田中さんて言うんだ!珍しい名前だね!あ、そうそう、犬はね、引っ張られたままだと言う事を聞かなくなるから、絶対に散歩の時は真横を歩かせるようにした方が良いよ!あるいは少し後ろ位をね!こっちの言う事を聞くようにしないとね!躾が大事!大事!頑張ってね!」


「へー、そうなんですね!山本さん有難うございます!感謝感激雨あられですー!」


二人で一緒にリードを持ち、二人の間に田中さんが来るように必死にリードを固定する。木之助さん、田中さん、木治郎さんの並びで横一列に歩く。

固定した力に田中さんが慣れてきたのか、段々と二人のリードは引っ張られなくなった。


「凄いですよ!木治郎さん、田中さんが引っ張らなくなりましたね!山本さんの言う通りです。今では力を入れなくても真横について歩いてきますね!」


「本当ですー!田中さんは良い子ですー!田中さん凄いですー!」


「ワンワンワン!」


____


「トモ子さん、見ましたか?あの二人を。もう田中さんに街の歩き方を教えましたよ。なんだか涙が出てきますね。二人共大人の階段駆け上ってますねー。」


「はい、木一さん素晴らしいですね。兄弟愛が田中さんにまで広がっています。皆で階段駆け上ってますね!」


(大人の階段駆け上がるー、君はまだ王子様さー♪)


木一さんが替え歌を作って歌ってます。本当に面白い。


物陰に隠れながら感動を隠し切れない木一さんとトモ子さんである。

すると田中さんが道路上で立ち止まり動かなくなる。


「どうしましたか?田中さん。何かあったんですかね?どう思いますか?木之助さん。」


と、木治郎さんが田中さんに尋ねる。


田中さんはその場でしゃがみ込み体をプルプルとさせている。


「なんだか田中さんの様子がおかしいですよ!!プルプルしていますー!!」


と、さらに木治郎さんが叫ぶ。


「違いますよ、木治郎さん、田中さんはウンチをしているようですね。」


と、木之助さんが優しく木治郎さんに田中さんのウンチスタイルに関して説明をしている。(ほら、つま先立ちでプルプルしているのがウンチの証です。)

そして、田中さんのプルプルが止まると田中さんは立ち上がり、体をブルッとしてから歩こうとする。

その動きをしっかりとリードを握り、止めようとする木之助さん。


「木治郎さん、ウンチを拾ってください!」


木之助さんがウンチ処理を木治郎さんに指示する・・・が。


木治郎さんは拾おうとしたが勇気が出ないらしい。初めてのウンチ拾いに動揺しているようだ。それを見ていた木一さんが助けに行こうとしたのを止めるトモ子さん。

しっかりと腕を握り、トモ子さんが無言で顔を横に振る。そして木一さんも無言で顔を縦に振る。


「木治郎さん、ではリードを持っていてください。こうやって拾えばいいんですよ。」

と、木之助さんはそう言うと、持っていたビニール袋でそのまま拾うと要領よく袋を裏返して口を縛る。


「凄いです!木之助さん!とても簡単に拾いましたね!今度は絶対に僕が拾いますー!」


二人のやり取りは本当に人間の進化を見ているようで、心がほっこりとしたのである。やはり二人は大人の階段を一気に登ろうとしてますね。

木一さんもライオンのように二人を崖から落とした甲斐がありました。


そして田中さんの初散歩と二人のウンチ初拾いは幕を閉じたのである。


「木一さん、トモ子さん、只今二人共帰りましたー!田中さんの散歩も上手くできました!」


と叫ぶ木之助さん。すると横から木治郎さんが声を上げる。


「聞いてください!木之助さんは簡単にウンチを拾ったんです!凄い技でした!次は僕もやってみるんですー!」


ほほほほ、はははは、___


木一さんと私の笑い声が部屋をこだましたでのある。

本当に笑いの絶えない吉成家。やっぱり木一さん率いるこの家族は最強です。

そして我が子を見つめる誇らしげな木一さんの横顔はまるでナポレオンのようです。

私もその木一さんの横で清少納言のような微笑で皆を見つめたのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る