第3話 木之助さんの初恋
ある日の出来事だった。
木之助さんから急に悩み事があると言われる。
9歳児からの呼び出しに応じる事になった私・・・面白い。
___呼び出される母親。
「トモ子さん、お話があるんですがお時間よろしいでしょうか?」
この文章だけ読むと、9歳の息子からの言葉のようには思えないかもしれないが、間違いなく9歳の息子からの相談である。
「なんでしょう、木之助さん。」
やはりここまで読んでも親子の会話ではなく恋人の会話に聞こえるかもしれないが、本当に親子の会話なのである。
「実は、最近心臓のあたりが”キュン”となるのですが、これは病気でしょうか?少しだけ気になったので、まずはトモ子さんに相談しようかと・・・。」
なるほど、そう来たか・・・。
「木之助さん、きっとそれは病気なのは病気なのですが・・・”恋の病”という病気ではないかと思いますよ。」
瞬間的に、木之助さんが「え??」みたいな顔をする。
「病気なんですか??やはり。でもその”恋の病”とはどんなでしょうか?」
「木之助さんにお尋ねします。もしかしたら最近気になっている女の子がいるんじゃないですか?」
さらに木之助さんが「え?????」みたいな顔をする。
「トモ子さん、何故それを??」
本当に何度も言いますが、これは恋人同士の会話ではなく親子の会話である。
「だいたい、その位の年になると、男子の皆さんが経験するものなんですよ。胸の所が”キュン”とするのは・・・。大人になった証拠です。それを・・・「こ・い」・・と言います。」
「こ・い・・・ですか?トモ子さん。では、これは怖い病気ではなく、僕くらいの年頃の男子がなる怖くない病なのでしょうか?」
若き年頃の無垢な感じがたまらない・・・。そしてその”きょとん”とした表情が子犬さんみたいでたまらない・・・。
「そうです、怖くないんですよ。寧ろ、木之助さん・・・大人の階段上ってます。」
「え?僕も大人の階段上り始めたんですか?」
そうですよ、君はもう、シンデレラさ・・・ではなく王子様なのである。
「そうです。その”キュン”が、その証なんですよ。実は私も幼い頃にその経験をしましたのでよーく分かります。」
昔を思い出し、ちょっとだけ頬を赤らめてしまうトモ子・・・。
それを聞いた木之助さんの目が瞬間大きくなる。
「それって、木一さんにですか??」
「木之助さん、残念ですがその頃はまだ、木一さんには私も出会っていないんです。だから、ここでいうのもなんですが、違う男子ですよ。これは私と木之助さんの二人だけの秘密ですよ。」
「はい!!秘密です!でもそ、そんな!!トモ子さんが木一さん以外の方に”キュン”するなんて!!」
木之助さん、お主も野暮な事を聞くのう・・・。
「木之助さん、それは違います。そのような経験をして木一さんと出会ったんですよ。木一さんも最初の”キュン”は違う女子に対してですよ。でもそれが大人の階段を上るという事なんです。」
木之助さんの顔が(へーそうなんだー!)みたいな顔に変わる。
「トモ子さん、有難うございます。”キュン”の意味が分かっただけでも嬉しいです。有難うございます。大人の階段を上っているんですね。僕も。」
そして木之助さんが立ち上がり部屋に行こうとしたその時、私は獲物を逃さなかったのである。
「木之助さん、その女子のお名前は?それをちゃんと聞いておかないといけませんね。」
驚きと恥ずかしさを隠せないその姿は木一さんそっくり・・・。
もじもじした時に右足のつま先を床にこすりつけてくねくねする動きまで同じ。
これも木一さんのDNAの濃さからくるものなのですね。
可愛い・・・。
「えーとですね・・・。お名前は高宮きららさんです。」
(きららさん・・・まさしくキラキラネーム。でもきっと、木之助さんが好きになったのですから古風な感じの子なんでしょうね。)
と、勝手に推測する。
「その事は、まだ木一さんには話していないのですか?」
と、聞く私に木之助さんは恥ずかしそうにしながら首を振る。
「木一さんはああ見えて、”恋の魔術師”なんですよ。だからこそ、木一さんに相談してみると良いかもしれませんね。」
「有難うございます、トモ子さん。最初に話したお陰で、これが本物の病気ではなく”恋の病”という事が分かりました。木一さんにも相談してみます。」
そう言うと、木之助さんは照れながらも子供部屋に戻ったのである。
扉を閉める際の後ろ姿なんて本当に出会った頃の木一さんと同じ。
本当に本当に何度も言いますが恋人同士の話ではなく、親子の会話なのである。
_____
木一さんが仕事から戻って来た。
早速、木之助さんの話をしてみる事に。
「木一さん、どうやら木之助さんが”恋の病”にかかったらしいです。」
「え?トモ子さん、どうしてそんな事、分かったんですか?」
「はい、本人から相談を受け、どうやら胸が”キュン”としているらしくその原因が分からなかったようなので話していくうちにクラスメイトの女子に好意を持っているという事が分かりました。胸が”キュン”とする事を初めは病気と思ったらしいですよ。なので木一さんの事を”恋の魔術師”と教えておきましたので、そのうち木之助さんから相談があるかと思います。」
「ははは、上手いですね、トモ子さんは。私が”恋の魔術師”とは。まあ否定も出来ませんが木之助さんの事はこの木一にお任せください。きっちりと”恋のワンツースリー”を教えてみたいと思います。別名”恋のアンドゥートゥルワーとも言いますかね。ははは」
こんな時の自信に満ち溢れた木一さんの目は本当に素敵です。
いつ見ても頼もしい。
あの”野望”に満ちていた時とまるっきり変わりません。
そして笑った時にちょこっとだけ見える八重歯がまたいとおかしなり・・・。
「では、木之助さんの事、どうぞ宜しくお願いします。本人も初めての体験ですのでかなり気持ちが昂っていますので。」
「トモ子さん、お任せください。木之助さんの事は気にする事なく母親を楽しんで下さい。まあ、苦しゅうないですかね・・・。ははは。」
本当に木一さんは、言う事成す事全てが面白い。
___
そして食卓にて家族四人が揃う。
「あの木一さん、食事中にお話があります。」
来たぞ来たぞ。トモ子さんの言っていた恋の病のお話。
「何ですか?木之助さん」
少しだけ誇らしげな顔をする木一さん。こんな時の自身に満ち溢れた顔の木一さんは本当にステキだ。
「木一さん、僕はどうやら”恋の病”にかかったようです。そこでトモ子さんに相談した所、”恋の魔術師”の木一さんに聞いた方が早いという事で、今後僕がどうしたら良いかをお伺いしたいのです。」
(コホン)と咳払いをする木一さん。
あらやだ、木一さんたら鼻の穴も広がってますわ。いとあわれなり・・・。
「木之助さん、それは素晴らしい事ですね。”恋の病”にかかるというのは人生で最初に訪れるミッションみたいなものです。」
「み、ミッションですか・・・。木一さん。」
「そうです。ちなみにお相手の女の子のお名前は?」
「はい・・・。高宮きららさんと言います。」
「ほー、きららさん、とても輝いている名前なんですね。そしてその子の事を思ってしまって心臓の所が”キュン”となるんですね。」
きららで輝いている・・・そのままの意味だけど木一さんが言うと物凄く輝いている風に聞こえてくる。
「そうなんです。胸のあたりが”キュン”と。それでどのようにすればよろしいかと思い、木一さんに聞こうという事になりました。」
「分かりました。この”恋の魔術師”こと、木一がお答えしましょう。」
木治郎も分かっているのか分からないが、真剣に木一さんを見つめている。
___そして木一さんの出した答えがこれなのである。
「木之助さん、昔からそんな時にはする事は決まっています。”当たって砕けろ”です。」
「”当たって砕けろ”?・・・その意味は・・・。」
「告白を本人に直接して答えを聞くという事です。好きOR嫌い・・・とね。」
「分かりました。木一さん。当たって砕けます。」
家族全員が笑顔で木之助さんを応援する。本当にステキな家族だ。
木治郎さんも意味が分かっていない割に拍手をしていた。
_____
木之助さんはその後、当たって砕けたようだ。
高宮きららさんはまだ、「好きとか嫌いの意味が分からないらしい。」
という事で少し傷心気味になった木之助さんを想い、家族で色々考え抜き出した答えが・・・。
木一さん、トモ子さん、木治郎さんにより一つの結果が生まれたのである。
後に高宮きららさんの写真を拝見した所、古風な感じはどこにもなく、どちらかというと最先端な感じの洋服もキラキラした女の子だったのである・・・。
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