第5話
その時だった私の名前を呼ぶ声が聞こえたのは。振り返るとそこにいたのは、私の新人時代を指導してくれた佐藤さんだった。
面倒見が良くて優しくて、覚えの悪い私に対して嫌な顔をしない。そんな頼れる彼がいま目の前にいる。
状況を察したのか、私と高瀬君の間にさりげなく立ち入ってくれる。こんな時でもこの人は…と懐かしくて泣きたい気分になった。
「佐藤さん」思わず声が震えてしまう。「お疲れ様」そう微笑んだ彼の笑顔を見て、思わずほっとした。
安心したのもつかの間「お疲れ様です」と言う高瀬君の声に体が跳ねる。そうだ、高瀬君。彼は一体、私に何を伝えたかったのだろう。理由が分からず、ただただ恐怖する。
「高瀬君、お疲れ様」「そういえば部長が探していたようだけど確か、資料についてとか言っていたかな」「こんな所にいて大丈夫なのかい?」それを聞いた高瀬君は、首を傾げながらも思うところがあったのか一礼して慌ててオフィスに戻っていく。
残されたのは、私と佐藤さんだけ。無言のままも気まずい、何か声をかけなければ。そう思っている時に、「大丈夫か?」と佐藤さんが優しく微笑んでくれた。
「…はい大丈夫です」本当は今にも泣きたい気持ちなのだが、グっと堪える。すると、「昔から変わってないな。そんな泣きそうな顔で言われても放っておけるわけないだろう」「君の大丈夫です、は信用できないからな」はは、と佐藤さんが笑う。
その屈託のない笑顔を見ていると、安心したのか涙が頬を伝う。いきなり泣き出した私を見ても慌てたりしないで、さりげなく私を人目からかばってくれる。その気遣いに、さらに心が安らいだ。
「さて、こうして話すのも久しぶりだね。どうかな?一緒に食事でも?」佐藤さんはそう言って優しく微笑んでくれた。
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