第3話
ここまですれば大丈夫だろう。その考えが甘かったと思い知らされる。
今日も高瀬君の質問に上手く答えられなかった。そればかりか、ついに上司に「お前がもっと指導しないとダメだろう」と注意を受けてしまった。さらに、お局様には「なんであんたみたいなブスが高瀬君の指導係なのよ」と嫌味を言われた。
うまく対応できない私が悪いのだ。そう思っても、「私だって頑張ってる。なんで私がこんな目に遭わないといけないの」とネガティブな気持ちに押しつぶされそうになる。
そんな私の微妙な感情が表情に出ていたのか、高瀬君が申し訳なさそうな視線を送ってくる。本音をグッと押し込めて、私は「大丈夫」と彼に笑顔を向けた。
正直、今にも逃げ出したい気持ちはあった。でも、今日一日頑張ろう。今日を頑張れば明日は土日だ。そう自分を奮い立たせた。
「先輩、ちょっとお時間いいですか?」昼休みの終わり際、デスクに向かおうとする私に高瀬君が声をかけてきた。仕事時間以外で話しかけてくるのは珍しいな。そう思いながら「どうしたの?」と、できるだけ笑顔で返事をする。
「先輩、さっきのこと気にしてるんじゃないかと思って…」高瀬君はまっすぐな瞳で私を見つめてきた。
さっきのこと?もしかして、上司に注意されたのを見られていた?だとしたら、また高瀬君に情けない姿を見せちゃったな。ネガティブな思いがぐるぐると頭をよぎる。それを無視して「高瀬君が気にすることないよ。私がうまく立ち回れてないだけだから」と安心させるように答えたつもりだった。しかし、自分の声は驚くほどか細い。後半なんて、ほとんど高瀬君には聞こえていなかっただろう。
そんな私の心情を察してか、高瀬君が「僕こそご迷惑をおかけして申し訳ありません。先輩に頼らずもっと自分で解決できるようにすれば良かったんです」と頭を下げる。
ああ、仕事ができないばかりか後輩にも気を遣わせてしまった。なんて自分は無能なんだろう。そう思いつつ、「本当に気にする必要なんてないから」と、ぎこちない笑顔を浮かべながら答えた。
もう、早く話を切り上げたい。そう思って高瀬君を見ると、「先輩、無理に笑顔を作らなくてもいいんですよ。僕、ちゃんと分かってますから」と、ねっとりとした視線を私に向けていた。
思わずゾッとして「も、もうこの話は終わり」と強引にその場を立ち去った。
もう限界だった。キャパオーバーでどうしたらいいのか分からない。私は思わずトイレに駆け込んだ。個室のドアを閉めた瞬間、こらえきれずに涙が零れ落ちる。
休憩時間を少し過ぎて席に着く。怒られるかとビクビクしたが誰にも咎められることはなかった。途中で、高瀬君が必死に視線を送ってきたけど、私は一度も彼と目線を合わせることはなかった。
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