第十五幕:幽州への進撃と乱世の兆し

夜風が冷たく草原を吹き抜ける中、檀石槐こと信玄は、南方の黄巾の乱によって広がる混乱を静かに見据えていた。高句麗との同盟が無事に成立し、東方の防備は盤石となった今、鮮卑はついに南進を開始する準備が整った。だが、信玄の思考はすでに次の一手に向かっていた。


「黄巾の乱…。これは、ただの反乱ではない。」


南では、太平道の教えが広まり、民衆が次々に蜂起している。信玄の目には、その情勢がかつての日本で経験した一向一揆と重なって見えていた。かつて信仰に突き動かされた民衆が立ち上がり、武士たちに反旗を翻した一向宗の一揆。あの時も、信玄はただ弾圧するのではなく、その動きを巧みに利用し、勢力を拡大した。今度も同じことができるかもしれない。


「一向一揆…。民衆の力が集まれば、侮れぬものになる。だが、あの時もそうだったように、乱を逆手に取れば、我が軍にとって強力な武器となる。」


信玄の頭には、かつての戦略が鮮明に蘇っていた。反乱を巧みに操り、時には懐柔し、時には利用し、必要があれば切り捨てる。それができれば、黄巾の乱もまた、鮮卑の勢力を拡大するための道具となり得る。


その時、忠実な部下である阿達が口を開いた。


「檀石槐様、この黄巾の乱、ただの反乱と見てよいでしょうか?」


信玄は目を閉じ、かつての経験と照らし合わせながら、深く考えた。彼の頭には、民衆が武器を持って立ち上がり、信仰に基づいて武士に反旗を翻した記憶がよみがえっていた。そして、目を開け、冷静な口調で答えた。


「いや、これはただの反乱ではない。太平道の教えに心酔した者たちが多く、奴らは狂信的だ。だが、その力を逆に利用できれば、我々にとって強大な武器となる。」


阿達は少し驚いた表情を浮かべながら頷いた。「彼らの力を、我々の側に引き込むということですか?」


信玄は頷いた。「そうだ。彼らを味方にすれば、漢軍を押し崩すのは容易だろう。だが、全てがうまくいくわけではない。狂信者たちは制御が難しい。使えぬ者は排除し、利用できる者だけを我々の力にするのだ。」


阿達は慎重な顔つきで続けた。「しかし、檀石槐様、彼らは信仰の力で動いているため、懐柔するのは容易ではないかと…」


その時、賢い参謀である賈生が口を挟んだ。「そうです。しかし、反乱者の一部は不満から蜂起している者も多い。信仰心が薄い者たちは、我々が強さを示せば従う可能性が高いでしょう。」


信玄は賛同するように頷いた。「そうだ。信仰に狂った者だけが全てではない。反乱の波に乗ることで、権力に抗う者たちは利用できる。まずは反乱を鎮圧している漢軍を崩すために、幽州に進軍する。」


信玄は地図を広げ、賢明な部下たちと共に作戦を練り始めた。幽州の混乱は、鮮卑が勢力を拡大するための絶好の機会だった。彼の指は地図上の要所を指し示し、冷静な口調で指示を出した。


「まず、幽州に至る要塞を確実に制圧する。漢軍が反乱者たちを相手にしている隙を狙い、我々は素早く動いて幽州を掌握するのだ。乱を利用し、我々の足場を築く。」


和連もまた、父の言葉に耳を傾け、目を輝かせて前に出た。「父上、私は幽州の制圧を指揮します。この乱を利用し、鮮卑をさらに強大にしてみせます!」


信玄は和連の成長を感じ、静かに微笑んだ。「お前もよく学んでいるな。幽州を制圧し、鮮卑の名をさらに広げよ。我々が動くべき時だ。」


賢明な賈生が冷静に進言した。「幽州の反乱者たちは信仰心に突き動かされていますが、組織的に行動しているわけではありません。そこに我々が介入し、適切に操れば、彼らを味方につけられるでしょう。」


信玄はその言葉に同意し、戦略を練り直した。「反乱者たちの中には狂信的な者もいるが、それを恐れるな。使える者は利用し、使えぬ者は排除する。それが勝利の鍵だ。時は来た。全軍を南へ進め、幽州を制圧する。」


こうして、信玄は鮮卑を率いて南進を決断し、和連はその指揮を任された。信玄は、かつての経験と知識を基に、この乱世で再び勝利を掴むべく冷静に動き出した。


「乱をただ鎮圧するのではない。これを利用し、我が軍をさらに強大にする。そうして次の時代を築くのだ。」


信玄の目には、戦場を見据える冷静な光が宿っていた。太平道の信者たちが引き起こした乱――それは彼にとって、かつての世界とこの地を繋ぐ運命の鍵でもあった。

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