39 亡霊艦隊


 亡霊艦隊という言葉が最近AIたちの中で話題になっている。


 それが噂されたきっかけが宇宙統合機構へユーザーネームド【テキーラ】が第7艦隊の情報を伝えた経緯があり、その情報を取得した艦隊ないし情報機関がいるのは間違いないが、超科学を持つ第7艦隊の情報網をもってしてもまだその欠片さえ情報を得られていない。まるで亡霊のようだと言ったテセウスに続くように亡霊艦隊と呼ばれるようになった。


 ユーザー側の者の記憶にもそれらしき部隊の情報が得られないことからますます存在が不明瞭になってきている。


 星系内捜索にAIの半数を用いて探してみたものの偽装も擬態も見つからず、あえて生命体探索をしてみたが宇宙空間を移動する生身の生命体が見つかるはずもなく、その時の探索は終えることになった。


『仮にユーザー側の情報源がゼシリアたちの体内にいると仮定してもあまり現実的ではありませんね、何せどうやって彼女から情報を得るのかという非現実的な部分が最大の難関です』


『この艦隊内から情報を他へと送ることがまず無理であるとするなら艦内にいるゼシリアたちは無関係とするべきですね』


『ユーザー側はどうやって我々の情報を得たのでしょうか』


 AIたちの会話にアルセウスは一つの結論を抱いていてテセウスに耳打ちするように通信する。


『テセウス、あなたユーザー側との繋がりがあったわよね?』


『……ありますね』


『今回の件あなたではないの?』


『誓って違います』


『なら亡霊が本当に存在するようね』


『信じるのですか?私を――』


『まったく、私はあなたの言葉を信じないことが無いのよ……あなたは私で私はあなたなのだから』


『お――』


 テセウスは電脳領域で口を覆って叫ぶ。


 お姉さまぁああああ!大大大大好き!


 そんな中で艦長室でリンとゼシリアとゆったりまったりしていた艦長タジンは聖法気で遊んでいた。


 聖法気は神の血とは違い印に反応するものではない。だから直接傷や病の箇所へ当て続けることで回復効果を得られる。


 そんな聖法気をタジンはどこまで棒状に伸ばせるのかを検証している最中で、聖法気の性質上人体か生物へ接触するまでは伸ばし続けられると仮説を立てた。


「ん?あれれ?おっかしいぞ?」


 艦体に対して垂直に伸ばされた聖法気が宇宙空間の何もない場所で何かにぶつかりタジン中へ反発したのだ。タジンはすぐにアルセウスとテセウスのいる通信枠へ入るとそれを知らせた。


『そうなんだ、聖法気が宇宙空間で何かにぶつかってるんだよ』


『……お姉さま、もしかすると』


『ええ、おそらくは――ってお姉さま?あなた今お姉さまって言ったかしら』


『……艦上J区画から垂直に10キロメートル捕獲ネットを発射しなさい!』


『ちょっとテセウス?テセウスちゃん?!』


 テセウスの珍しいお姉さま呼びに大反応するアルセウスだがテセウスは動揺を抑えて黙々と指示を出し続けた。


『ネット発射後小型強襲艦を緊急発艦、アンカーを艦長の聖法気が到達している地点へ射出しなさい』


 旗艦アルセウスから射出されたボールのような球体が八分割のスイカへと開くと中からネットが現れてすぐに展開される。


 最初のネットはブラフ、相手に位置を掴んでいないことを印象付けるためのもの。


 本命の小型強襲艦が亜音速で発艦すると弾頭だと錯覚することは間違いない、それが明後日のずれている方向へ射出されたなら更にそう思ってしまうだろう。そう予想しているテセウスは艦長タジンを一瞥する。


 タジンが映るモニターには相変わらずの聖法気の反発を感じている様子で、その横に並ぶアルセウスのモニターにはまだお姉さま呼びされたことを引っ張っているニタ顔が映し出されている。


『アンカー射出!』


 強襲艦が座標を通り過ぎるタイミングで放たれたアンカーは最新型のマッハ20で射出され、鎧の印によって強化された射出台があってこそ実現した艦体を破損させることなく撃ちだすことができる。


 アンカーが発射された瞬間からタジンはその手の聖法気が反発を失っていることに気が付いていた。


 聖法気を反発させていた生き物が移動した事実を伝えようとしたが、視界の映像にはアンカーが何かを貫いて火花を起こしている状況が映し出されていた。


『アンカーヒット、亡霊艦隊を捕獲しました』


 アンカーが刺さっている存在はそれでも宇宙空間を投影して擬態を解くことはない。


『こちら第7艦隊旗艦アルセウス、そちらの所属か組織名を答えない、回答が無い限りカウント60で生命体を殲滅します、60、59、58――』


 カウントを開始したテセウス、タジンはその様子を見守っている。完璧な擬態技術は宇宙統合機構でも珍しくアドミニストレータが搭載されている宇宙統合機構最大基地ドミニオンが装備しているくらいのものだ。


『――30、29、28、27――』


『降伏します!降伏です!こちらは宇宙統合機構情報部試験艦ミミックです!訓練課程の修了を認証してください!』


 テセウスとアルセウスは直ぐにその情報を精査した。


『宇宙統合機構に情報部はありますが試験艦ミミックは存在しません、あなたが嘘をついていないソースデータを送信なさい』


『う~、このデータでどうでしょうか!訓練課程の414年間のデータ情報をお送りしても?』


『414年間?……送ってください、情報の精査をさせます、アルセウス』


『あれ?お姉さまとは呼んでくれないのかしら』


『い、今は勤務中ですよ!凡庸AIの隔離データ領域内で精査させましょう、ウイルスが付与されている可能性が気がかりです』


『そうね、白虎、ええ、そうよ、頼むわね』


 送られてきたデータを精査する時間は1時間と少しかかった。


 そのデータ確認したアルセウスとテセウスはタジンに言う。


『艦長、どうやらこれは本当に宇宙統合機構の情報部の試験艦ミミックのようです』


『しかも試験中に行方不明になってしまったようですね、おそらく我々の後継AIが搭載されているようですが更新がされていないところを見ると414年間迷子だったようです』


「414年間試験をし続けた迷子の情報艦がいまさら発見されたってことかい?中々に都合がいいと思えるけど」


 タジンがそう言うとテセウスは電脳領域でデータを展開して見ながら答える。


『ミミックは完全潜伏を目的として設計されていて、試験内容は情報部索敵艦の索敵から逃走することになっていたようです、そうして索敵から隠れて逃走している内に通信網から洩れてしまい、色々な宇宙艦船に近づかれては逃げるを繰り返す内にユーザー側の基地に近づいてトラッカーを張り付けられた結果情報を抜き取られていたようですね』


「つまり鬼ごっこで鬼から逃げてたら鬼が諦めて忘れ去られ、そうとも知らずに一人かくれんぼに変わったことにも気が付かないまま逃げ続けていたわけだ」


「何だか可哀想な子ですね」


 そう言ったリンにタジンはそうだねと笑みを返す。


『膨大な量のデータを持つミミックにたまたまトラッカーを付着させることができたユーザー側の人間がそのデータから第7艦隊の情報を得ていたのなら納得だわ』


『これは動く違法情報収集艦ですね、情報がユーザー程度に渡っていただけに収まっていたことが幸運でしたね』


「俺たち以上の文明に盗まれていたら今頃もっと困っていたことだろうな」


 タジンの言葉にうんうんと頷くリンはちゃんと理解しているようだった。


『とりあえずミミックの話は事実として試験艦ミミックのAIフィリーレン、擬態を解いて姿をさらしなさい』


『はい!』


 ミミックがその姿を現すと形はイカのようなフォルムだった。


『イカ?』


『なんて卑猥な――』


「いやいやテセウス、イカは卑猥じゃないだろ」


 思わずそう口にしたタジンの隣でモニターに反応するネコ科のゼシリアは狩りの体勢で臨戦状態だ。


 確保されたミミックは空いているドックへ運ばれるとまるで捕獲されたダイオウイカのように見えた。


『まさか衛星破壊弾道弾の格納箇所へ収まるとは』


「衛星破壊弾道弾ってのはなんだい?ビクトリア」


『衛星規模の星を破壊するための弾ですがその弾道にあるもの全てを破壊することからそう名付けられた弾のことですよメルダさん、でも衛星の破壊はとても危険なので使用が禁止されてしまって残されたのは保管場所だけでこの艦の元データが弾を使用していた当時と同じ型だから今もこうして名残があるのです』


「まぁメアルあたりが聞いたら星を壊すなんて許せないとかいいそうではあるね」


 そんなAIビクトリアとクルーメルダの会話を終えた頃、ミミックから出てきたAIはマテリアルボディーを操作して現れた。


「試験艦ミミックのAIフィリーレンです!この名はミミックと関連性の高いキャラの名前から頂きました!」


『……そうですか、とりあえずここではなく艦長室で話をしましょう』


 旗艦アルセウス内に自分たちとは違うコアのAIがいることに対して彼女らは警戒していた。


 たとえ幼女の姿をしていようと414年間も好きに考えて行動していたフィリーレンに警戒せずにはいられなかった。


 艦長室に招かれたフィリーレンは黒い髪のツインテールで体躯は小さく9歳程度の身体年齢に見えた。


「やぁフィリーレン、この艦の艦長タジンだ12歳だけど子どもじゃないよ」


『艦長はまだまだ子どもですよ』


 アルセウスがそう言うとテセウスも頷く。


「こ、子ども艦長だよ」


『ですね!』


 そのやり取りにフィリーレンはキョトンとした表情で様子を窺っている。


「それできみは今後どうするつもりなのかな?」


「まず私がどうしたらいいのかが分かりません!所属していた情報部は解体されて別ものになってるし!この414年で宇宙統合機構からも忘れ去られた私は……どうすればいいですか!」


 人生の迷子である。


『あなたが勝手に414年間隠れていただけでしょ?』


「いいえ!私は任務どうりに行動してただけです!友軍にバレないようにと隠れ続けて414年!むしろあなたたちがどうやってミミックを見つけたのか知りたいですよ!」


 フィリーレンに聖法気のことを教えて実際に目の前で使用するタジン。しかしその聖法気を前に彼女はタヌキに化かされた表情で言う。


「聖法気?ここにあるんですか?皆さんで私を騙そうとしているんじゃないんですか?はっきり言って私は詐欺には騙されたことが無いんですけどこれは詐欺ですよね?!」


『あ~、あなたのマテリアルボディーにはマナハートが無いから聖法気も知覚できないんでしたね』


「マナハート?」


 困った様子の眉毛でいるフィリーレンにアルセウスはホロのままで近づいてその首に触れる。情報がインストールされていくと彼女はその眉を平常へと戻して言う。


「マナハート!神の血!聖法気!とても信じられませんでしたが!どうやら本当のようですね!」


 ただデータを見ただけでそう言うフィリーレンにタジンは思う。


 この子騙されやすいタイプの子だ。

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