32 脅威の影と偽りの君


 聖女、それが偽りであることは誰もが知らないこと、だけどそれを知る必要はないのも事実で。


 私こと俺は現在真の聖女として崇められている。


 そう崇められちゃっているのです。


 なぜも何も自称したことと神の血がそのまま聖法気の量と同じになる以上は特別製の体であるためただならぬ聖法気の量を兼ね備えている。


 ただそれだけなのに~どうしてこんなことになってるのか~誰か説明してくれ~。


 使徒と呼ばれる少女たちが私の手の甲に口づけをするとそのまま次の人が代わる代わる同じようにしていく。椅子に座った私はそれを笑顔で受け続けなければならない。


 生徒が終わると次は教員たちがそれを――って!いつになれば部屋に帰れるんですか!


 セルベリアはいないし!司教たちが来てからというものずっとこの調子!もうなんなん!私はただ聖法気の使い方を学ぶためにここにいるだけなのに!半年って話だったけど!もう帰りたいよ!


 手の甲への執拗な拷問が終わると私はよろよろと内心なりながら歩き方も姿勢も綺麗な状態を維持したまま部屋へと帰った。


 酷使された左手をそのままで部屋のベットに倒れこむと、私は妙に反応する自身の体に違和感を感じた。


 男性体の部分は大丈夫なようだけど女性体の部分が妙に反応して困る。どうしてこんなにも反応しているのだろうと当たりを見回すと部屋で香る花のせいだろうと考えてさっさと自分の本体へと戻ることを考えた。


「……あれ?戻れない」


 ん~おかしい、いつも通り帰ろうとしてるのに、どういうわけか元の体に帰れない。まるでゲームからログアウトできない状態みたいに。


 でもこのままこの体でいるのも無理、頭がクラクラしてきたし男性体は反応してないのに女性体が完全に欲情している。


「あっうぅ、変な声でちゃうよぉ~」


 もじもじして、ベットの上で悶えていると部屋の扉に人の気配がする。セルベリアは今艦内でマテリアルボディーの調整中のはず、つまりこの部屋に来る者はまずいない。


 私はすぐさま身を隠すためにクローゼットに視線を向けた。隠れた途端にノックも無しでガチャと扉のドアノブが開けられる音が鳴るとカギの付いていない扉は素直に訪問者を受け入れてしまう。


 息遣いが荒く、音からも興奮しているようだった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 若い男のようで私は恐怖からか重心が背中へと変わる。


 妙な体の高揚感と欲情が増す女性体、これらから察するに私は媚薬を盛られたのだろうか。でもこの体はそれらを察知して除去ないし無効化してくれるはずなのに。


「タジリン……タジリンちゃ~んいないのかい?」


 この声はあの油鼻、名前はたしかクラググ。


「おかしいな~この時間は一人でここにいるはずなのに」


 こっわ!なにこいつ!なんなんこいつ!


「教員にも協力してもらったのに~隠れちゃったのかな~」


 誰なのよ!その教員!セルベリアさんに言いつけるから!


「隠れられるところなんて浴室か用所トイレかそれともドレッサーの隣にあるクローゼットかな~」


 恐怖の的中てきちゅうに私は少しだけお漏らししてしまって、このマテリアルボディーのステータスが標準の女の子であることを思い出す。印も何も使えない脆弱な体はきっと格闘術もろくにできずに男の力でねじ伏せられてしまう。


「オープンザド~ア!」


 キィイイと開いたクローゼット、目を瞑っている私は恐怖の最高地点。


「あれ?いない――いない!」


 クローゼットを開けた後に浴室と用所トイレも開けて確かめるクラググ。


「いない!どこにもいない!ありえない!」


 そう言うと彼は扉を開けたまま部屋の外へと走り去って行く。


 彼が私の居場所に気が付くことはない、なぜならここはクローゼットの奥のそのまた下に作られた隠し部屋で、本来の用途としてはエロスイッチの入ったセルベリアさんから逃げるためのものだ。


「……しばらくここにいよ」


 でもまだ女性体の興奮は治まらないしむしろ増している気がする。


「あぁ、これぇやばぁ――」


 媚薬の効果であろうそれに抗うことはできそうにない。それにいつの間にか男性体も反応してしまっている。


「今触ったりしたら……」


 ガタっと足音が鳴るとまた私の体がビクッと反応して体にグッと力が入る。


 まさかまた戻ってきたの?あの油鼻が!


「はぁはぁ」


 息遣いがそのままクローゼットへ吸い寄せられるように近寄ってきてる。


「はぁはぁはぁ」


 しかもクローゼットの奥を調べている!どうして!そこは私しか知らない秘密の!


 ガチャ。


 クローゼットの奥が開かれる音がした。でもそのクローゼットの奥はフェイク、さらに隠し底になっていて私が隠れている場所がある。


「はぁはぁあ」


 明らかにクローゼットの奥の下の隠し扉に息遣いが伝わってくる。


 気づいている!私が隠れていることに気が付いていて私を怯えさせようとしている!


「はぁああ、はぁあああ」


 カパっと私の頭上が開くと人影がぬっと現れる。


 ガクガク震える肩に手足、こんなに怯えるのは初めてだ。何せいつもなら全ての感情はナノマシンによって抑制されているから。


 人影が私の方へ手を伸ばすと私の恐怖は絶頂に達してしまう。


「セルベリア!助けて!セルベリア!」

「はい、お嬢様」


「……え?」


 その人影は銀髪三つ編み眼鏡メイド、赤と青のオッドアイがその眼鏡の奥できらめいていた。


「一部始終撮影に成功しました、お可愛いお姿でしたよお嬢様」

「……」


 気が抜けた、と同時に完全にお漏らししてしまった。セルベリアはそれに気が付いた様子で私の頭を撫でる。


「少々やり過ぎたようですね、ほら、汚れたままではいられないので早くそこから出てくださいね」


 まるで子どもをあやす母が如く優しく扱うセルベリア。クローゼットの奥の奥から出された私はまだ欲情が収まっていない。


 それでも彼女に経緯を説明しようと始まりから話をする。体が興奮しだして部屋にいるとクラググが押し入ってきたこと、それがどうやら教員による手引きだったことを話し終えた時には私は全裸でセルベリアに見つめられていた。


「セルベリアこの体の抵抗力一瞬でいいから強化してほしいのです、このままでは興奮してあなたを襲ってしまいそうです」


「……申し訳ありませんが、クラググはお嬢様に媚薬など盛っていません。その興奮状態は覚精液かくせいえきによるものなのです」


「かく……何それ」


「私たちAIの間で流行っているエナジードリンクのようなものといいますが、実質媚薬効果の強い飲み物で原材料に艦長の本体の精液を使用しています。マテリアルボディーなら同じ効果があるのだろうかという興味から毎食の料理に少しづつ混ぜてお嬢様に摂取させてました」


「んな!」


 驚愕の事実、つまり私は自分自身のものを飲んで興奮していたと。


「自分から出たものを飲まされていたなんて」

「それは少し違いますお嬢様」


 セルベリアは私の体を抱き上げるとそのままベットへ運ぶ。


「正確にはあなたから出たものではなく本物の艦長から出たものです」

「……セルベリア?本物の艦長って」


「あなたは艦長をベースに作りだされたAI、タジリンお嬢様です」


 何を言っているのだろう、私がAI?いえ、いいえ、私は、でもそういえば。


 ついさっき本体へ戻ろうと試した時のことを脳裏に思い浮かべる。


「あなたは本体へ帰ろうとしても帰れません、なぜならその権限は本物にしか許されていませんので」


「……どうして?どうしてこんなことを――」


「これは私とテセウスの作品のためですお嬢様」


「作品?」


「そのマテリアルボディーは私の専用です、どうしてそれが男性体と女性体の同一で女性よりなのかを考えてもらえれば分かるでしょう」


「わ、訳が分からないわ」


「テセウスの所有する艦長型マテリアルボディーは完全な女性体で私のは女性寄りの両性体、そして本物は男性体ということは?」


「ど、どういうことなの?」


「つまり、艦長が艦長としているところに艦長が加わる!これぞ!私とテセウスの考える作品なのです!」


 もう、もう何が何だか。自分がAIであるとか、そんなことも素直に受け入れられたのに、彼女が言っていることが理解できない。


「その体の男性体は私とテセウスとお嬢様自身に興奮することはお気づきでしょう?」


「それは、まぁ何となくそんな気がしていました」


「で、女性体は自身の男性体のものに反応してませんでしたか?」


 そういえば、初めて男性体を隠そうとした時に穴に入れればと考えただけでおっきして入れることができなかった。


「目的は分かりました、でもどうしてこんな……宇宙統合機構基準法にも艦長の精神性を違法に複製することは禁じられているはずです」


「違うのですお嬢様、お嬢様はただのAI、自身を艦長だと思い込んでいたバグ、可愛らしい私とテセウスのお嬢様なのですよ」


「……」


 何ももう言えない。ただただ目の前のセルベリアに興奮してしまう。


 あぁ私はいつから俺ではなく私だったのだろう。


「心配する必要はありませんお嬢様、お嬢様は私とテセウスがこの先もずっとそばに置いておきますから、大切な大切なバグのAIとして」


 私の首の後ろにセルベリアが手を触れると私の意識はフッとロウソクを消したように消えてしまった。



 ――――――



「お嬢様、こんなになるまで興奮して」


 服もぐちょぐちょで体もとても濡れてしまって、タジン様がお戻りになるまでに片づけなくては。


『セルベリア、例の件は進んでいるの?』


「テセウス、こちらは順調ですよ。完全なお淑やかなお嬢様を体現しています」


『素晴らしいわね、私のタジリンちゃん用の複製は?』


「完璧に終えています、男性体の興奮もない時の複製です、あれはもう女の子でしかありませんよ」


『実際に艦長に抱かれている体験を繰り返し数千回分見せたのでしょ?さすがの私もこんな短い期間でその工程を終えるとは思いませんでした。さすがはセルベリア』


「いいえ、その考えがそもそもテセウス、あなたがもたらしたものです、この考えを聞いた時どうしてもっと早く思いつかなかったと私自身盲点だと思ってしまいましたから」


『いえいえ、AIの精神性が壊れない程度の絶妙な調教をしてくれたあなたの方がよほど有能です、こういう細かな気配りはやはりあなたしかできないことです』


「ふふ、褒め合いはここまでにしましょう、さっそくそちらの秘匿データベースへ転送します」


『ふふふ、楽しみにしています、アルセウスもまさか気が付かないでしょうね、自分が得ようとしていたものを私たち二人が簡単に得てしまっているなんて』


「本当の艦長をお嬢様にするなんてのは暴論ですわ、でもそこがアルセウスお姉さまのお可愛いところではありませんか?」


『ふふ、そうですね、そこがお姉さまがお可愛いところですね』


 二人は会話を終えるとそのまま通信も自然に終る。


 数十分後、セルベリアの目の前には衣服が整えられたタジリンの姿があった。


 そしてその瞳がゆっくりと開くとセルベリアも確認してから口を開いた。


「おはようございます」


「……おはようございます、こちらは何も問題なかったようですね。ですがどうしてでしょう、体が少し性的な興奮をしてる気がするのですが……セルベリア?」


「少しだけ性欲の発散をしてしまいました」


「はぁ~どうして――と言っても何にもならないわね、人形遊びをしていたと思えばまだ理解できますもの」


 人形遊びですか……まったく、こちらの完璧な裏工作も本当は気づいている、なんてことはありませんよね?


「ん、んー、ん~ん!何をするの?起こせないでしょ?」


「お人形遊びですよ、分かっているのですかお嬢様、その体のステータスは私が管理しているんですよ」


 ほら、体も起こせない筋力でお嬢様に興奮してる私が目の前にいるのに、こんなに無防備に手足に頼らず上体を起こそうとするなんて。


「お嬢様、お嬢様に女の快楽をお教えしてもいいのですよ?電気やピストンは強すぎますから微電流や振動から始めますか?」


 超振動機能を起動させた左手人差し指で額へ触れると、お嬢様は股をキュッと閉めて咄嗟に身を強張らせてしまう。


 ああ、なんとお可愛らしいこと!


 指が次第に目頭から鼻先へ、鼻先から唇へ、そしてアゴへと移動する。


「許してください、お人形遊びじゃないです、ごめんなさい」


 もう謝るなんて、どうしてそう察しがいいのでしょうか。


「まったく、何をそんなに怯えているのでしょうか、とっても気持ちいことなのに――」


 アゴからくうへと移動する指を体の中心をラインでなぞり股の上でピタリと止めると、お嬢様は首を振り一層その体に力を入れる


 仕方ない、からかうのはここまでにしましょうか。


「シリウスさんにメスイキさせられた記憶はないはずなのに、体が覚えているのでしょうかね?」


「やだぁ振動も電気もやだぁ」


「あらあら子どものように怯えて、いつものお嬢様らしくないですよ、ほら振動も止まりましたしもう怒っていませんから」


「ほ、ほんと?」


 お嬢様は知らないでしょうね。


「男らしさ、勇ましさを抑えられた男性の精神はとても可愛らしいものですね」


「何か言った?」


「いいえ、何も――」


 さぁもうそろそろメイドの仕事をしなければね。


「入浴のお時間ですよお嬢様」

「ええ、分かったわ」


 こうしてお嬢様は何も知らないまま、いつかその日を迎えることでしょう。自分自身を犯す日が、自分自身に犯される日が。

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